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2017年1月

2017年1月21日 (土)

ロミオとジュリエット(1/20)

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年末からこのところロミジュリばかりを観劇しているように思う。

それにしても、これほどまでにまったく違ったロミジュリが観られるのは日本だから、という醍醐味であろう。

早稲田の学生達なのか、大隈記念講堂は外の寒気とは裏腹に開演前から、近頃は珍しい熱気に包まれていた。

古典の解体もここまで大胆なものになると、一体どうゆう経緯を辿ったらここまでバラバラに、そして勇敢にして奇抜なものになるのか??かえって「原作と違う」なんてものは大きく飛び越えて、興味が湧いてくる。

今回はノイズ系実験音楽のバンド「空間現代」が生で演奏を担当、彼らの大音量の音が急な八百屋舞台(前下がりに傾斜のある舞台)でもがき、茶々を入れる役者たちのきっかけとなるため音楽が作品のかなり重要な部分を占めている。

今の時代、十代の男女の純愛なんて嘘っぱちでしょ?彼らはもっとタフだよ、と今回のアバンギャルドなロミジュリが現実を突きつけてくれた。

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足跡姫〜時代錯誤冬幽霊〜(1/19)

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東京芸術劇場で野田秀樹の新作「足跡姫〜時代錯誤冬幽霊」を観た。

このところの戦争責任を問うことをご丁寧にオブラートに包んだ作品群からは路線が変わり、伝統芸能を継承していくこと、その難しさ、文化芸術とは、といった問いかけ、そして何と言ってもその問題に生涯かけて挑んだ中村勘三郎へのオマージュがストーリーの核となっている。

まず俳優陣の中では池谷のぶえ、鈴木杏、そしてやはり相性が良いのだろう妻夫木聡が良い。古田新太はそつなく上手い。若い俳優たちのアンサンブルは作品ごとに質が向上し、主要役者たちを食う勢いである。

歌舞伎舞台を意識した美術、特にラストシーンの美しさは脳裏に焼きつくほど見事。

若手アンサンブルの成長の勢いそのままに、作品自体ももう少し攻めの姿勢に、世の中を、観客をdisturbするほど挑発する問いかけを投げかけても良いのかも。

常に人のやらないことに挑戦を続け、歌舞伎界に演劇界にさらには世の人々に問いかけ続けてきた勘三郎氏へのオマージュなのだから。

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ロミオ&ジュリエット(1/18)

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赤坂ACTシアターで小池修一郎の代表作「ロミオ&ジュリエット」の最新演出舞台を観た。

乃木坂46の生田絵梨花がジュリエットに抜擢されたダブルキャストで、彼女と古川雄大バージョンの方を観劇。2017年のロミジュリ、テロが横行する時代を生きる若者たちのロミジュリ、そのテロに屈しない愛の物語、、というコンセプトらしいが、どうも人物造形、彼らの行動の動機が伝わってこない。

ミュージカルの王子様、さらにお姫様を見物する舞台で、キャピュレットとモンタギューの異常なまでにアグレッシブな対立もどうしてその憎しみが起こるのか???さらにはどうにもチンプンカンプンな不倫スキャンダルの新解釈も加わり頭の中は?????で一杯であった。

ロミオについて回る「死」のイメージをダンスで表現した部分は純粋にその表現方法を楽しんだのだが。

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世界(1/18)

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赤堀雅秋の新作「世界」をシアターコクーンで観た。

若手劇団による下北沢などでの小劇場公演以外に、中・大劇場での新作書き下ろしの傑作がなかなか出てきていない昨今において、久しぶりに心に強く響く翻、舞台を見ることが出来たように思う。

日本で最先端&最良の、そして日本人へ向けての現代演劇を上演する、、これこそが前芸術監督、蜷川幸雄氏がコクーンで実践してきたこと。この流れを今回の新作のように、引き継いでいってもらいたい。

狭い世界のあれこれを人のひた隠した内面まで見逃さず丁寧に描き出すことにより、人間の日常の営みの根底にあるものー人の孤独、人との関わりのバランス、生き続けていく中で迫られる決断とその中でギリギリの女が前を向き下す曲げることのできない決意、家族とは?誰かを思い愛するとは?若さゆえの他人に対する不寛容さ、、、ーを見事に舞台に挙げてくれている。

それらの日常の悲喜こもごもを確かなリアルで演じてれている役者陣全員に大いなる拍手を送りたい。彼らの何気ない(この何気ないというのが大きなポイント)、しかしながら決してウソや誇大表現にならない確かな演技がこの繊細な翻を見事に活かしている。

客入れから本編までがっつりと流れるボブ・ディランの楽曲(It's All Over Noow, Baby Blue, Rainy Day Women #12 & 35, I Shall Be released, Mr Tambourine Man, A Hard Rain's A-Gonna Fall ..etc.) がさらにおまけの宿題まで与えてくれているようだ。

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2017年1月18日 (水)

ユー・アー・ミー?(1/17)

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鈴木聡率いるラッパ屋の最新作「ユー・アー・ミー?」を紀伊国屋ホールで観劇。

ラッパ屋について、劇団HPの自己紹介文から抜粋しておくと、

「1983年、広告会社・博報堂のコピーライターだった鈴木聡を中心に早稲田大学の「演劇集団てあとろ50’」出身のメンバーが集まり「サラリーマン新劇喇叭屋」を結成。1984年11月、旗揚げ公演『ジャズと拳銃』を高田馬場の東芸劇場にて上演。以来30年間で40本、鈴木聡による作・演出のオリジナル作品を上演している。」ということになる。

当初の劇団名が示すように、一貫してサラリーマン、OL世代の登場人物たちの日々の悲喜こもごも、彼らの中で起こる人間関係のちょっとしたトラブル、トホホな中年主人公の自分探し&人生探し物語を笑いとともに上演し続けている。

そんな自らにとても近い立場の登場人物たちに共感しようと集まってくる観客たちでラッパ屋の客席には他の公演ではとても見られない特異な現象が。。。

圧倒的にスーツ姿のサラリーマンたちー普通は最も演劇から遠ざかっている人種ーがその割合を占めているのだ。

私が観劇した日などは、おそらくFBで示し合わせたのだろう、友人らしきサラリーマンのグループが劇場の一列を占拠。おそらく「芝居が女子供のものだと思ったら大間違い。面白いから見にこうぜ!」と友人に声をかけたのが何回か続いた結果、観劇後の新宿での飲み会込みで集まるグループとなったのだろう。

今回もお決まりの会社での負け組サラリーマンが主人公のコメディ。彼が若い世代と自分を比較した冒頭の自虐的対比部分の描写が秀逸。手にするのは缶コーヒーかスタバか、、確かにそこに世代の差は顕著に現れているいるのかも。

完全に主人公と同年代の私としては20代のOL生活がよみがえってきた。バブル前夜の日本の会社は生温くて、それがとても居心地がとても良かったんだよな〜〜〜。みんなで仲良しで仕事していたな〜、よく上司が飲みに連れて行ってくれたし。。そこで意地悪い発言をする人なんていなかったな〜〜〜、なんて。

良い意味でも、もちろん悪い意味でも、みんな会社人で(終身雇用が普通だったので)、個人の「顔」というものはぼやけていたように感じる。

本作では現代式にアップデートされた自分とアップデートに乗り遅れた自分とが葛藤を繰り広げるのだが、そこにどちらが良いという答えはなく、所詮いつの世も世知辛いといった結末になっているところが地に足が付いていて良い。そんなもんでしょ?人間なんて。

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トリスタンとイゾルデ(1/15)

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青山のDDD青山クロスシアターで若者たちによる2017年の新世代「トリスタンとイゾルデ」を観た。

英国で「もののけ姫」を舞台化(ジブリ作品の世界初の舞台化で、スタジオジブリ、宮崎駿が正式に舞台化の許可を出した作品)した若い演出家 Whole Hog Theatre創設者のアレクサンドラ・ルターが同舞台を2013年に日本で上演した際にプロダクションカンパニー、ネルケプラニングと共同制作をしたことをきっかけにもう少し深く日本で演劇活動をしてみたいと一念発起。

ダイワファウンデーションの留学制度に応募し、日本で(とりあえす)1年間の語学&演劇留学に挑んでいる中での成果の発表の場として実現したのが今回の舞台。

開幕前に訪れた都内のスタジオではー驚くことにー覚えたばかりーーーながらなかなか流暢な日本語で演出をつける彼女に話を聞くことができた。(その内容はjstages.comで)

前回の「もののけ姫」で披露したパペットやプロジェクションを多用しての視覚効果は今回の舞台でも目玉の一つで、ヨーロッパ中世の騎士物語を見事に2017年の青山でのイマドキの若者たちの恋愛物語へと変容させていた。

ヴィジュアル的にはネルケプラニングがけん引する2.5次元ミュージカル(漫画やアニメなどの原作をその世界に忠実に再現、舞台化したもの)の流れ多く引き継いだもので、フード付きマントに身を包み、逆立て、漫画の作画そのままにツンツンに決めた髪型の若い俳優たちはまるで進化したゲーム画面の中から飛び出してきたよう。中でもトリスタンを演じる松本竜平君のヒーローへのなりきり(取材で見たジャージー姿の時と大違い)は見間違うほど。

チラシにあるように緑と赤のシンボルカラーで組み分けされたアイルランドvs英国の対立関係はその視覚による手引きによって非常にわかりやすく語られていて、その話についていくために頭を悩ます必要は無く、敵対関係にある両国の思惑に翻弄されるトリスタンとイゾルデの悲恋物語(悲恋という意味ではマーク王が一番悲恋の心持ちかも)にグイグイと引き込まれていく。見た目に分かりやすいという意味ではキャスティングの妙ー役者それぞれの見た目がそのまま役柄に通じるようにヴィジュアル的にアニメ化されているーも加わり、若い観客がストレス無くストーリーに集中出来るような舞台に仕上がっていた。

当初はそのあまりにも漫画ちっくな作り込まれた見た目と大仰な身振りに、これがリアルとして通じるのか?との疑問が頭をもたげたが、すぐに、いやいや、これこそが今の若者たちのリアルに近いのかも、と考え直した。グラブっている彼らにはこの方法の方がしっくりとくるのかも。

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隅田川/娘道成寺(1/14)

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この冬一番の寒さの中、演劇界のホットなスポット、人気劇団木下歌舞伎の女性ソロ舞踊の2本立て「隅田川」 by 白神ももこ /「娘道成寺」 by きたまり をアゴラ劇場で観た。

巷での人気と比例して10日間というロングランにも関わらず、超満員の劇場。ネオ歌舞伎への人々の期待度が高いことを感じる。

歌舞伎演目を題材に独自に演出、振り付けた2作品。

舞踊としてはあまり好みではなかったーどうも一途で必死な女性を前面に出すもの、(なので女優の憑依的怪演というのもいただけない)が苦手ーが歌舞伎の新しい楽しみ方としては面白い。

帰りの風吹きすさぶ駒場東大前のプラットフォーム、、、ロンドンの冬を思い出す極寒の風に思わず途中で寄り道してワインを飲んでから帰途へ着く。

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2017年1月14日 (土)

キャバレー(1/13)

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六本木 EX Theater(初めて訪れた)で松尾スズキ版「キャバレー」を観た。

2007年に青山劇場で上演された舞台の一部のキャスト(主にメインの役所)を一新しての再演舞台。

変わらなかったところのサポートキャスト陣ー平岩紙、秋山菜津子、小松和重ーの上手さにはただただ感嘆しかない。

が、惜しむらくは真ん中のサリー・ボウルズの長澤まさみのキャスティング。歌も歌えるし、真ん中も張れるし、なんと言っても華やかで、、、以前の彼女の舞台でも大いにその強みを発揮してくれていたのだが、、、今回はその彼女の武器が裏目に出た感が。

サリーの人生、が見えてこないのだ。ショービズ世界での成功、女優業への憧れ、異国の地での孤独、不器用なまでの愛への求心。。。いろいろなものがないまぜになった彼女の心の奥が見えてこない。ただたんにかわいい、性格の良い人気者。レビューの花形ではあるが、それだけでは彼女の歌を聞くために毎晩男たちはクラブへ通い続けたりはしないであろう。

新MC石丸幹二はさすがに自身のプロフェッショナルな役作りをコンプリート。小池徹平のクリフはもう少し「自分」をゴリ押しするぐらいでも良いかも(彼もサリーに負けず劣らず複雑な闇を抱えているので)。

華やかでスキャンダラスなダンスの振り付けは見所にはなっているが、その他にも新しい2017年の解釈(演出)今の「キャバレー」の味を入れてくれても良かったかも。

六本木のEx Theaterに集まる観客たちはこれまで見たことのない「新しい」キャバレーを観たいと思い、思いがけないものを期待して集まってきていると思うので。

観劇後に六本木のバーで作品について語りたいと思うような、そんな作品であることが重要なのでは?

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Merry Xmas2016&Happy New Year2017「20th Century Toy」(1/11)

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近藤良平率いる男子(だんし)ダンス集団 コンドルズの新春公演「20th Centry Toy 」を芸劇シアターイーストで観た。

従来のステージよりも小ぶりな空間で、学ランおじさんとと学ラン若手新メンバーががっぷり四つにダンスステージを展開する。

アニメーション(大好き)、ベテラン陣の爆笑コント、ちょっとブラックな人形劇がコンドルズならではのお得感を演出する。

キレッキレの若手がジャンプするのをしっかりとベテランチームがサポート。。。これこそが人が一緒に踊ることの醍醐味と楽しさ。誰一人として手を抜いていない、それぞれがステージで輝いていることを自覚している。。客席の観客にも踊る楽しさを実感させてくれる、稀有なダンス集団コンドルズ。

今回は平原慎太郎のちょっと癖のあるセクシーさが目に付いた。

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豚小屋〜ある私的な寓話 (1/10)

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2017年1月 9日 (月)

Takarazuka20周年スペシャル・ガラ・コンサート エリザベート(1/9)

食わず嫌いは治さねば、、、と宝塚のガラコンサートなるものへ出向いてみた。(実際のところ、宝塚はロンドンのコロシアム劇場でレビュー形式のショーを1度見たことがある)

で、確信した。。It's not my cup of tea であると。。
それを「夢」と受け止める人もいるだろう。憧れ、や完成形として観る人も多いことはその会場に入ればひしひしと伝わって来る。。が、どうも私にはその(男性・女性)性の歪みが、そもそも男らしいとか女らしいとかの概念が煩わしい。
ガラコンサートやレビューショーではなく、まずは作品を観なければ語れないことは承知しているのだが。。。

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シェラザード(1/8)

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荻窪のアパラタススタジオで今年1本目のKARASアップデイトダンスシリーズ「シェラザード」を観た。

世界的なダンサー、振付家、演出家、美術家の勅使河原三郎の本拠地アパラタスでは定期的にーそれも頻繁にーワークインプログレス=アップデイトの新作が上演される。この勇気ある試みが3年余の時を経て定着しつつあるのが嬉しい、自分たちのやってきたことに確信がついてきた。。。というようなことを終演後のトークで勅使河原が語っていたが、まさに”言うは易く、行うは難し”とはこのことで、このペースで日々新しいものを求め続けるというのがいかに大変なことか、、と日々の怠惰な自分の生活を省みて思う。

大海の波の砕ける音の中、劇的なバレエ音楽(リムスキー・コルサコフ作曲)「シェラザード」にあわせ踊る男女のほとばしる激情が小さなスタジオ内に充満する。

アパルタスに通うたびに、その1時間ほどの身体表現=ダンスから、大きな世界ー自然の営み、人の営み、人の性、運命のいたずらーなどなどを見せてもらっている。

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2017年1月 6日 (金)

虚仮威(1/5)

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柿喰う客の本公演(中屋敷氏のオリジナル戯曲を劇団員が演じる公演)「虚仮威(こけおどし)」を本多劇場で観た。

現代人にとっての一大イベントであるクリスマス。みんなそれぞれに年末最後の打ち上げ花火のようにクリスマスを楽しんでいて、それはそれで問題ないけれど、ふと考えてみて、、、クリスマスってそもそも一体何なの???と、打ち上げ花火に水をかけるようなお話。

チラシの画像にあるような光景がステージ上で再現され、ステージ中央にある枝ぶりの良い木の周り、またその木のてっぺんと地面を役者陣が超高速で走り回り、上り下りしながらクリスマスの夜に家族崩壊の危機に直面している現在の家族(夫婦)とやはりクリスマス=サンタクロースにより家族が離散した100年前の東北地方の家族の話が交互に展開される。

巷の演劇サイトの投稿に描かれているように、柿喰う客のスタイル、テンポが良い意味でも悪い意味でも隅から隅まで行き届いた、想定内で楽しめる作品。

イケメン&イケ女の役者たちがダンス公演のようにある一定のリズムにノリながら、よどみなくリズミカルにセリフを話し、若者言葉でブラックジョークと時事ネタジョークを連発する。。。この独特なスタイルで若者層から大きな支持を得ている中屋敷法仁と劇団柿喰う客。

アフタートークで主宰、作家、演出家の中屋敷氏が劇団公演では「いかに役者を際立たせるか、良く見せるか」に重点を置いている、と語っていたが、、、だからなのか、と納得。

舞台の核が役者であることは動かしがたい事実であるのは確かだが、その前にその(素敵な)役者たちが腕を発揮できる、彼らが心血を注ぐ意味のある「翻」がまず最初にある、というのが大前提ではなかろうか。

ゴールは役者へ向くのではなく、役者を含めた製作者サイド全体が翻という共通項をもとに作り上げる作品(ステージ)が輝いてこそ、それが演劇なのでは??

七味まゆ味のホ〜〜ホ〜サンタは大好きだけれど、それはそれ。

「う〜〜ん 上手いね」以上の怖〜〜〜いお話が観たかった。

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2017年1月 3日 (火)

コーラないんですけど(12/30)

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2016年の観劇納めはナベゲンの「コーラないんですけど」。

近未来の日本。引きこもりの息子とその息子のためには出来うる限りのことを、と考えている母親ー場面によりこの二役を役者が交代で演じるーの会話で綴られる、「良かれと思った」ではすまないですよ、と善意の無知に対しての警鐘を鳴らすおなはし。

部屋のソファでゲームに興じる息子にコーラが飲みたいと頼まれた母親は1本のコーラのために街を徘徊する。ゲームに興じていた息子が無知ゆえに騙され民間兵士として戦地に派遣されると、母親はその身を呈して息子の身代わりとなり戦地へ向かおうとする。

戦地で息子は世界の現実に直面することになるのだが、集団的自衛権が認められ自衛隊の他国における戦地での活動が近い日に実現するかもしれない今、この劇にあるような悲喜劇が家族単位で起こりうる案件として話される日も近いのかもしれないですよ、と劇は笑いの向こうに示唆する。

息子の好きなコーラを求めることに没頭するあまり、周りの状況を読めない母親のように世界の状況に対応できずに我が道をいく前にきちんと現状を学び、広い視野でものごとを、なんでコーラがないのか、、、分析し、判断しましょうと警告する。

が、あくまでも劇のトーンは笑いが濃い。。。が笑いの後にきっちりと考えさせられるのがナベゲンの芝居。

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ルーツ(12/26)

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KAATで松井周作、杉原邦生演出の新作「ルーツ」を観た。

ほとんど死んでいると言われる第三の生物、古細菌の未来活用を目的にその古細菌を採取するために世の中から隔離された奥深い山の中にある古い村に入植した主人公がその閉鎖的な社会の中で長いものに巻かれなければ生き延びられない、白をシロいとは言えない状況に置かれる悪夢のような体験をするという話。

目では見えない世界=細菌、閉鎖的な集団における言い伝え、タブー、よそ者、狭い集団社会での性の抑制、盲目的な価値観、、、などなどが思い起こさせるものの幅は狭くない。ゆえに観客によって答えは何通りにも出てくるであろう。

ほんの少し、やりすぎのところもあり、そこで集中力が途切れなければ大いに得るところのある作品であると思う。

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4センチメートル

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夏に早稲田で上演した「OKINAWA 1972」の衝撃も記憶に新しい、詩森ろばの本拠地、風琴工房での新作「4センチメートル」をスズナリで観た。

実話をもとにした社会派ミュージカル。ミュージカルは劇団では初めてという試みだったということで、ちょっと心もとない場面もあったが、歌をライブで届けるプラスとそのリスクをプラスマイナスして、、、様々な事実レポートをテンポよく運ぶためにはミュージカルはプラスに働いていたように思う。

障害者用の福祉車両の改良化(使い勝手、経費の双方から)を試みた大手自動車会社の社員の実話をもとにした芝居。

会社人の苦労話だけでなく、もともとこの車を開発するきっかけとなった、障害を持つ子供達を命を削りながら育てている、頑張るお母さん達の実情、すべてを一身で背負わなければならない母親の状況、手薄な福祉の現実にももうすこし比重を傾けてもらいたい、という気持ちにもなった。

日本の女性達の辛抱強い頑張りによって、かろうじて崩壊していないこの国の状況というものに(昨年の流行語となった「保育園落ちた日本死ね」につながる)真剣に目を向けなくては、、、立ち行かないと思うので。

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螺旋(12/21)

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太鼓芸能集団 鼓童の最新作「螺旋」を文京シビックホールで鑑賞。

8月にサントリーホールでの創立35周年記念公演のプログラムの一つとして観た「螺旋」の音楽性の素晴らしさに驚嘆し、すぐさま関連記事のための取材を申し込んで実現した記事がこちら ⏬

The Japan Times

今回、演奏メンバーの交代、さらに会場の違いから良い意味で、また8月とは違った舞台を体験させてもらった。

芸術監督、玉三郎氏が明言するように「彼らはあくまでも音楽演奏者であることが第一」からくる芸術性が彼らをこのように長い間第一線にとどめている要因であろう。

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Take me Out(12/16)

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DDD青山クロスシアタースタジオでNinagawaスタジオで蜷川幸雄の演出助手を務め、自らも演出、受賞歴もある気鋭の演出家、藤田俊太郎演出の舞台「Take me Out」を観た。

2003年のトニー賞に輝いた本作(面白いことに初演は(野球文化のない)ロンドンであったらしい)はメジャーリーグのあるチーム内での楽屋話ースター選手のカミングアウトによりチームの雰囲気が一転、差別発言、喧嘩、新しいスター選手の登場と暴走、と迷走するチームにある日予期せぬ悲劇が、、、という話ーからいつの世もなくならない人のネガティブな本性、差別思想、心の闇、裏切りを描いた作品。

演出藤田はチームのロッカールームを劇場の中央を横切る形で設置。観客はその両側からフェンス越しに男たちの血気盛んな言い合いの様子を間近で観ることとなる。

会場にハートが浮遊した感じの女性客が多いな〜と思っていたら、なるほどイケメン (プラス) 鍛え抜かれたボディ、、とこれはヴィジュアル的にも通いつめる観客、ファンもいるんだろうなと思わされるスタイリッシュな趣向の舞台でありました。

話としては、、(う〜〜〜ん。。。??となるところもある)とてもストレートな群像劇でそれほどに驚くものでもなく、さらに見目麗しく上手い役者陣によりさらに滑らかに、きれいに進んでいくのだが、思いがけないところに今回、この舞台ならではという見どころを見つけた。

最初、最も違和感を感じた栗原類ー自閉症気味な新人の凄腕ピッチャーでチームメイトがゲイであることに強い嫌悪感を示すーの存在がそれ。

おそらく野球というスポーツにこれまで全く関わりのなかったであろう栗原類。他の役者たちが軽々と野球の動作(ピッチングや素振り)をこなすところ、なんともぎこちないピッチングフォームを披露。なぜ、彼にこの役を???と頭が混乱状態になる中、話が進むにつれ、若干のマイナス面をおしてまで彼にこの役を、とキャスティングした理由が見えてきたのだ。

精神に微妙に、だけど決定的な支障をきたした孤高の天才ピッチャーというこの役を見事に生きていたのだ。ギリギリのところで踏みとどまっていた心の線が切れた後の彼の演技は圧巻。カーテンコールでも一人、まだ劇世界から戻ってきていない感の表情が印象的だった。

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シブヤから遠く離れて(12/14)

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2004年の3月に蜷川幸雄の演出で初演された岩松了の戯曲が、今回は岩松自身の演出で再演された舞台。

初演の時嵐の二宮和也が演じていたーシブヤをあてもなくうろつく今どきの若者、主人公ナオヤを村上虹郎が演じ、その彼が偶然関わりになり、惹かれていく謎の女マリーを12年前同様小泉今日子が演じている。

小泉以外のキャストは一新し、演出家も変わったことで蜷川/二宮バージョンよりもリアルなズルズルと落ちていく人たちの話になっているーさらに、そこにアオヤギ(橋本じゅん)のようにしっかりと地に足を下ろした人がガッツリと加わることによりその情けない人間の性がさらに強く浮かび上がる。

初演時はその今どきの若者ナオヤがとらえどころのない新人類として描かれていたが、今回は中心にいるナオヤは街で見かける、ある意味とても現実的なシブヤの若者として存在し、逆に周りの大人たちが相当に困った人たち、という関係が日本の現状を反映しているかのようで面白い。

小泉今日子はますますその魅力を増し、あらゆる注目を集めて存在していたのがすごい。

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