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2016年12月

2016年12月23日 (金)

かもめ(12/13) 桜の園(12/20)

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古典のコンテンポラリー演出で今や世界にも衝撃を与えている三浦基率いる地点の代表作、チェーホフ「かもめ」と「桜の園」を吉祥寺シアターで観た。

地点が活動している京都では上演されているが東京ではこのバージョンの上演は初めてということもあり、年の瀬、吉祥寺シアターには地点ファン、さらにはチェーホフ好きと思われるー他の劇場と比べてー年配の、特に男性客が多くつめかけていた。

難解?という印象も強い地点の作品だが、さすがにこのチェーホフに関してはー結成時初期からチェーホフ劇の解体、再構築上演に挑み続けているー多くの人が納得する完成度で、これがチェーホフ劇の、特に笑ってしまうほどの「面白さ」なのだと大満足の上演だった。

長ったらしい、それも馴染みのない名前やどうでも良いー実のところ、どうでも良いこともないのだがーエピソード、台詞などをギュッと簡略化し、その反面原作のメッセージを損なうことなく、それどころかメリハリにより、よりその意図を際立たせた演出は見事。

トレープレフの視線で描いた「かもめ」、保守的で微動だにしない地主たち(ラネーフスカヤを始め)と新しい時代を走り回るロパーヒンを一円玉(新しい価値)の枠で隔てた「桜の園」。視覚的にも、新しい読み直しの削ぎ落とした戯曲にしても、チェーホフが発した現代人に対する警告を知るのには地点の劇を観るのが一番!!

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2016年12月12日 (月)

ロミオとジュリエット(12/11)(12/14)

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マームとジプシーを率いる藤田貴大のシェイクスピア初演出作品「ロミオとジュリエット」。

The Japan Times Nov.22

こちらのインタビューでその内容に少し触れてから気になってしょうがなくなって、、、もともと観劇する予定になっていた14日ソワレを待ちきれず、11日マチネの回を突発的に観劇!

直前にチケットを購入したため、席は2階席の最後列。結果的にこの2度見、それも2階席からの遠目と1階席の近いところでの違う場所からの観劇がこの作品を楽しむために好条件に働いた。と言うのも、舞台の上でめまぐるしくその場面を切り替える、大きな二つ折りのボードの動き、またその奥で行なわれていることー1階席からだと見えないーを2階席からは見ることが出来て、それを踏まえて2回目は120%藤田ワールドに浸ることが出来たからだ。

古典作品を今上演する意味、それは「今」の文脈で読み直し、今の芝居として上演すること。そこのところを真摯に受けとめているのがこの作品。

でもって、我々のロミジュリとして大いにワクワクして楽しむことが出来た。その内容、プラス、細部にわたって藤田ワールド全開の仕掛けが丁寧に施されておりー音楽、美術、衣装、プログラムetc.-そちらも目で見る芸術として堪能することが出来た。

野田秀樹芝居にはまりまくっていた頃、出来るならー時間的に、そして経済的にーこの舞台を毎日鑑賞したい、意味を探り、役者の変化を見て、仕掛けられた視覚効果を楽しみたいと思ったものだが、今回の芝居に関しても同じ思いを持った。

毎日、彼女らーロミオとジュリエットーのギリギリ具合に釘付けになり、ボールルームでのダンスにうっとりとし、音楽を口ずさみたい!!!この素晴らしい想像の世界に浸りたい!と。

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眠れる美女(12/11)

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ハムレット(12/11)

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桜新町のスタジオで映像アーティストの紀里谷和明氏の初演出舞台「ハムレット」を観た。FBでこの作品を知り、没後400年のシェイクスピアを氏がどのように翻案するのかー原作とは違うやり方で自身が考えるハムレット像を舞台化するという意図は事前に読んでいたのでーちょっと興味があり日曜日の朝のハムレット観劇を決めた。

最終日ということもあり、100席ほどの会場は満席状態。朝(追加)公演の後、マチネとソワレも上演するということで、そちらもソールドアウトということだったので、紀里谷氏の大きな影響力を知ることができると言うものだ。

で、作品だが、これが翻案するとは明言しているもののあまりにもシェイクスピアのハムレットとは別のものになってしまっていて、正直、面食らった。チラシには原作者に敬意を表して、、とあったのだが、それだったら、せめてハムレットにインスパイアされたオリジナル作品、として上演して欲しかった。

というのも、その翻案が、他でもよく見るような若干の省略では収まらず、省略どころかストーリーの解体、物事の順番の入れ替え、役の簡略化&統合と原作がバラバラになり全く違うストーリーに変わっていたからだ。ハムレットというよりは「クローディアスの困惑」。

自分なりの解釈というのは演出家に絶対必要なものだとは思うが、今回の作品ではその解釈を一方的に、かなりわかりやすい形で終始押しつけられることとなっていたーもしかしたら、その解釈の押しつけ、教義というのがシェイクスピア劇の上演で決してやってはいけない、それをしてしまうとシェイクスピア劇の良さがすっかり無くなってしまうことなのかもしれない。

映画のドラマチックな効果音のような(意味のない)怒鳴り声もいただけない。

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ワレワレのモロモロ 東京編(12/10)

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出演者たちのそれぞれに自分に起きた「ヒドい目」ー(過酷なバイトの話、とか初めての海外旅行で体験した予想外の出来事とか)について書いたショート戯曲をオムニバスで紹介していく作品。

結構ヘビーな話も含まれているのだが、キャラクター(結局は役者それぞれということになるのだが)のトホホ。。さが涙がちょちょぎれるほど可笑しく、また愛しい。

カッコつけたところで、人の真実ってこんなもんだよな〜と我が身と我が身の周りを思い返しながら気づかされ、観ているうちに心が裸になっていく。

岩井作品は悲惨な状況の中にどっしりと人間賛歌(love)が構えていて、そんな本物の前では観ている側のこちらも自然とまとっていたモロモロのものを落とさざるを得なくなる。

そんなつまるところ「ヒドい話」を笑いに導く岩井演出が素晴らしいことは言うまでもない。

日本中、世界中の人に一度は観てもらいたい、シェイクスピアとは方向性は違えども、これも確実に名作。

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前と後ろと誰かとえんを壊せ(12/10)

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昨日からの続きで言うとポジティブにとても日本的なダンス、KENTARO!!率いる 東京Electrock Stairsの 「前と後ろと誰かとえんを壊せ」を吉祥寺シアーで観た。

チェックやボーダーの衣装も、脱力した語り&歌も、何といっても元気で高度な振り付けのダンスがステキ!

海外にこの日本らしさを知らしめたい。モノトーンのシックな衣装でもなく、カラフルで、カワイイ、、ヨーロピアンには出せない魅力。

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ドーレ・ホイヤーに捧ぐ(12/9)

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フェスティバル トーキョー2016の最終演目、80年代から活躍するドイツのカリスマ振付家、ダンサースザンヌ・リンケの代表作3作上演舞台を観た。

今回は彼女自身は舞台に立たず、カンパニーのダンサーたちが彼女の世界(Tanztheater ダンスシアター)を魅せた。

このように、ドイツらしいーAlles in Ordnung /Nothing amiss — 歪みのないダンスを見るとグローバルとは言いながら、同じヨーロッパでもやはり国、地域によってそれぞれに個性は大きく違うなと感じる。

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金色交響曲(12/7)

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1万人ゴールドシアターの1日限りの上演会「金色交響曲」を埼玉アリーナで観た。

ロミオとジュリエットを1600人の高齢者が演じ、表現するという演目で、蜷川幸雄の逝去を受けて演出を請け負ったノゾエ征爾(劇団 はえぎわ主宰)がその類まれな手腕を発揮。観客も多いに楽しめ、また演者の1600人にとっても大満足(だと推測する)な、All you need is LOVE-愛こそ全てを高らかに謳うイベントに仕上がっていた。

それにしても前代未聞の試みながら、奇跡と言えるほどに完成度が高い上演となっていたのには本当に驚いた。

これも、やはり積み重ねてきたリハーサルの中でリーダー(ノゾエ)が築き上げたものであったのだと思う。

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2016年12月10日 (土)

自己紹介読本(12/6)

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山内ケンジ率いる城山羊の会の最新作「自己紹介読本」を下北沢の小劇場で観た。唯一無二の作風から他ではまず観ることの出来ない芝居を求めた観客で埋め尽くされた小劇場。開演前から観客の期待はマックスに。

その期待に応えるように、笑いで盛り上がった舞台だったのだが、、、ちょっとそこで首を傾げることに。

「城山羊の会の芝居って、こんなに健康的に笑って良いものなのか?」ということ。

最年長での岸田賞受賞後、確実に演劇界の注目株となった劇団がそ有名税として払った代償はなかなかに厄介なものなのかもしれない。通常とは違った視線で描かれた人間ドラマのその中味に変化はないのだが、それに対する我々の反応としては、その笑いには逡巡があってしかるべきなのでは? ダメだけど、それが人だよね、という気恥ずかしさが劇場に蔓延するところで効果が生まれていたように思うのだが、彼らの芝居のダメさが明るみに出てしまったら。。。ダメさが肯定されてしまったら。。。気づかないことも出てくるように思う。

これから、ますますそのあたりのバランスが難しくなっていくのかもしれないが、貴重な個性溢れる劇団なので解決策を見つけてくれることを願う。

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2016年12月 5日 (月)

AND(12/5)

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勅使河原三郎率いるKARASの本拠地、荻窪のアパラタスでアップデートダンスシリーズの最新作「AND」を観た。

チラシでは佐藤利穂子と鰐川枝里のデュエットとのことだったが、最終的に舞台に上がっていたのは佐藤のソロ。しかしあくまでも日々のアップデート段階でのソロダンスの披露ということで、今後アップデートしていく中でデュエットとして表現される日が来る可能性もあるということだった。

で、このソロダンス、アップデートの最先端として観ることの出来るキレキレの尖った表現のダンスで「ブラボー」の一言。実際、隣に陣取っていたフランス人たちは「ブラボー」と声をかけていた。

思いがけない展開、逆転、身体の解体とその先に続く新しい連続、、これこそが最先端の末端。表現に妥協がない。

荻窪の小スタジオがパリの前衛アートのスタジオになっていた。

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あなたが彼女にしてあげられることは何もない(12/5)

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フェスティバルトーキョー16の街中パフォーマンスプログラムの一つ、岡田利規 作:演出の「あなたが彼女にしてあげられることは何もない」を南池袋公園内の特設観客席で観た。パフォーマーはその観客席の目の前にある営業中カフェのテーブルで独り言で世界の成り立ちについてボソボソと語り、彼女の言葉をヘッドフォンを覗き見、ならぬ覗き聞きするという趣向。

テーブル上のコーヒーカップ、コースター、タバスコ、コーヒーミルク、、らが世界に繋がる瞬間を目撃せよ。逆方向から見たら、私たち一人一人は確実に世界を更生する一つの要素であるということ。

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ヘンリー四世 混沌/戴冠 (12/4)

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今年二度目のほぼ全員が同意した熱烈スタンディングオベーションを新国立劇場にて体験した。 一度目は三浦春馬、小池徹平主演のブロードウェイミュージカル「キンキーブーツ」、そして今回の「ヘンリー四世」だ。 新国立劇場の代名詞とも言える、前芸術監督、鵜山仁演出のシェイクスピア歴史劇シリーズ。これまでの「ヘンリー六世 三部作」「リチャード三世」に続いて、今回は実際の時は少し遡って、ヘンリー六世の父の若い頃と祖父の話。サブタイトルにあるように二部作になっていて、平日は日替わりで上演。週末にはその二本を一気に昼夜で観ることが出来る。 なので、日曜日に一気に観劇。 今回も演出、美術、演技  とそれぞれに高得点をあげ、演劇の面白さを十二分ー総合点で満点以上という事ーに味あわせてもらった。 事実は小説より奇なり、を超えてその奇なる事実を壮大なエンタメドラマに仕上げたシェイクスピアの翻が面白いのは言うまでもなく、それをさらに良くするかどうかは現場の役者と、彼らをまとめる演出家。 で、その作用がプラスに働いたのが今回の舞台。 その中でも、軸となる主役、二人ーハル王子ー浦井健治、彼の反面教師 フォルスタッフー佐藤B作、が実に素晴らしい。特異なキャラクターとして嘘っぽくなりがちなフォルスタッフと言う役に人物としてのリアリティーがあった。百戦錬磨の東京ヴォードヴィルの座長という実体験(?)が演技に滲み出ている。 一方、7年前、ヘンリー六世に大抜擢された浦井健治、その彼の成長ぶりと同時に変わらぬ天然王子様キャラを目撃出来るのもシリーズ作品ならではの醍醐味。

大河ドラマのようなこの歴史劇、年末に放送される時代物の長時間番組のように、一度席に着いたらその天下取りの顛末を見届けたい、と前のめりになること間違いなし。

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エノケソ一代記(12/2)

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三谷幸の新作、昭和の喜劇王エノケンに憧れて彼の偽物として旅一座で興行をしていた男、エノケソ劇団の座長(市川猿之助)と彼を取り巻く人々、妻(吉田羊)、興行主(浅野和之)、劇団員たち、古川緑波の偽物(三谷)を描いた喜劇。

年末に芝居好きの友人と出かけて楽しむのにちょうど良い、良くも悪くも軽いエンタメ。

淺野和之の巧さが際立つ。三谷の芸達者ぶり、また吉田羊(初舞台)のコメディエンヌとしての魅力を楽しめたのも嬉しい。

猿之助さん、あくまでも良い意味で軽〜く、お願いします。

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ジャパコン(12/2)

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座高円寺でチャリT企画の社会派コメデイ「ジャパコン」を観た、 2020年オリンピックを目前にした日本で、隠れ(家族に対し)ネトウヨで改憲派の息子と護憲派でそのために市民活動に精を出す両親、西日本を襲った大地震のためにその親子が営む民泊宿を頼りに上京した親戚たちの普段は見えない、それぞれの信ずるもの、望む国の形、個人的志向をめぐる衝突とその後の許容に至るまでの過程を現政権への皮肉もちらばめ笑いで包んだ社会派劇。

どちらが正しいではなく、それぞれの言い分をオープンにきちんと話し合いましょうよ、という提案。ネット社会の昨今、見えない相手を名無しで攻撃する場面を多く目にするが、そこを家族という小さな社会に置き換えて、もっと民主的に問題について向き合いましょう、と、至極まっとうなことを良い意味で肩の力が抜ける効果のある「笑い」をちりばめて描いている。
ExileのCDを買った人がオリンピクの開会式を買う権利を得るというシステム、「世界に広げよう9条の輪!」といいともの友達の輪にひっかけたポスターの標語、、などなどゆる〜いジョーク、とは言え、十分にあり得そうと思わせるのが上手い。
オリンピックまであと4年、、このままいったら、このコメディが本当になっちゃうかもね〜〜。

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2016年12月 1日 (木)

メヂャメヂャ(12/1)

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江戸馨率いる東京シェイクスピアカンパニーの「メヂャメヂャ」ーMeasure for Measure/尺には尺をーを新宿三丁目のSpace雑遊で観た。

シェイクスピア学者であり、バイリンガルの江戸馨が劇団上演用に翻訳、編集した翻は、いつものように、感心する名訳が散りばめられている。

わかりやすい悲劇や喜劇と違って、奥歯に物が挟まったような問題劇である今作「尺には尺を」を2時間の尺の中にうまいこと収め、笑いを取り、勧善懲悪とは違った、それこそ人の世の問題点(矛盾)をしっかりと印象付けるところが流石。

ところで、日本では上演の少ない芝居であるが(蜷川先生も最後まで残しておいたぐらい)英国では人気のある演目であるらしい。実際、何年か前に英国を訪れた際にグローブ座でマーク・ライランスの(正統派)舞台を、そして同時期にサイモン・マクバーニーのコンプリシテ版、コンテンポラリーな舞台を観ることが出来たのは貴重な体験だった。どちらもそれぞれの方向性で良くできていた。

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