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2016年11月 7日 (月)

かもめ(11月1日)

Kamome_245

東京芸術劇場で秋の目玉作品、チェーホフの4幕喜劇「かもめ」を観た。

翻訳・台本 木内宏昌、演出 熊林弘高の「かもめ」は12年前にも、スカイツリーなど影も形もなかった当時はとても珍しい下町の演劇(アート)の殿堂、TPTの本拠地ベニサン・ピットで観たことがあり、その時も主役のアルカージナは佐藤オリエが演じていた。

12年後の二人の「かもめ」、今度は池袋、東京芸術劇場の中劇場、プレイハウスで、人気のイケメン俳優(今回が初舞台とのこと)坂口健太郎をアルカージナの息子トレープレフ役に迎えての上演となった(ーこのイケメン俳優のくだりだが、当日、チェーホフ劇なのに若い女性客が多くいるのに驚いて、パンフレットを開いてこの事実を確認した次第。イケメンの演劇ビジネスへの貢献度の高さを改めて実感)。

12年前、確かに「かもめ」はヒューマン喜劇として、大いにベニサン・ピットの常連客たち(年齢層は高かったように記憶している)を楽しませてくれた。では、今回の「かもめ」、若い客も多く混じった客席にはどのように映ったのだろうか。

熊林組と呼ばれるほどに演出家との結びつきの強いキャスト陣(佐藤オリエ、中嶋朋子、満島ひかり、小林勝也、田中圭 など)が集まった今回の舞台。彼らは大いに創作の行程を楽しんだのかもしれないが客席にいる観客たちはどうにもこうにも置いてけぼりをくらった感じが否めない。さらに言えば、これはチェーホフの「かもめ」なのか?とさえ思えた。作者(チェーホフ)のシニカルな人間観察を自らの胸をチクチクと痛めながら、苦笑いと一緒に楽しむのがチェーホフ劇だとすれば、今回の舞台に関してはそのチェーホフ的な気恥ずかしさはない。それぞれが自らの目的ーほとんどの場合はそれが恋愛対象の受け入れの返事ーを手に入れるため、なりふりなんて構っていない、すごく自らの欲求にストレートだ。(まあ、これが現代的と言ってしまえばそうなのかもしれないが)

それが、今回作り手がパンフレットで言っている「今日の新しい「かもめ」」「役者が作る(生きる)それぞれのキャラクター」ということになるのだろう。だが、「かもめ」として上演するならば、やはり大前提はチェーホフの書いた戯曲なのではないだろうか。でもって、その戯曲からは改訂するなんてするのが憚れるほどに、今読んでも学ぶところがてんこ盛りに溢れていると思うのだ。

どうにも役者がこれでもか、と大げさにヒートアップする熱演というものが苦手だ。人ってそんなに自分に自信満々に日々を過ごしてはいないと思う。

なんだかキツネにつままれたような「かもめ」観劇だった。

一つ、最後に佐藤オリエのアルカージナは今回もしっかりと存在していて素晴らしかった。

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