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2013年7月

2013年7月29日 (月)

カタルシツ「地下室の手記」(7/29)

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前川知大率いるイキウメから派生した劇団本公演とは別の(小作品?!とはかぎらないのか)路線シリーズ作品の第一弾「カタルシツ「地下室の手記」」を赤坂Red Theatreで観る。

*****演劇サイトより***

語る室。イキウメのオルタナティヴ、別館を作ります。
イキウメからはみ出したものをときどき、ここでやります。
第一回は、地下室でひたすら愚痴をこぼす一人の社会不適合者を描いた、ドストエフ
スキーの「地下室の手記」を演劇にします。 
世間から軽蔑され虫けらのように扱われた男は、自分を笑った世界を笑い返すため、
自意識という「地下室」に潜る。
世の中を怒り、憎み、攻撃し、そして後悔の念からもがき苦しむ、終わりのない絶望
と戦う元小官吏のモノローグ。
舞台は帝政ロシアから現代日本に。ネットのストリーミング生放送で、カメラに向
かって理路整然と罵詈雑言。
地下室への訪問者に小野ゆり子を迎え、コメントにブチ切れるいい大人を、安井順平
が実演します。

(前川知大)

*******

ここにあるように19世紀のドストエフスキーの小説をもとに劇作家前川知大が現代日本の話として改訂した本作。

厭世家の引きこもり主人公を安井順平が愛すべき不器用なキャラクターとして好演している。

ネットのストリーミング生放送って、どこよりも早い、即効批評プラスそれに対する言葉あそびということで面白いツールだよね。この劇でもこのツッコミ手法が(ほぼ)モノローグ芝居に広がりを与えている。

やっぱりーみんな言っているけどー前川知大は上手い!!!



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シンポジウムSymposium(7/28)

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(↑こちらは以前上演された「リハビリテーション」の写真。今回はこれよりも小さめの部屋で観客はそれぞれに床に座りながらの観劇ー出演者同士による座談会を聞くーとなった)

東京デスロックの観客なしの即興(基本的にその場で起きていることがその日の作品となる)パフォーマンスシリーズの最新作、「シンポジウム」を彼らの本拠地であるキラリふじみで観る。

****演劇サイト より****

現代人の抱える問題をテーマに発表した『モラトリアム』『リハビリテーション』『カウンセリング』に続く東京デスロックの新作『シンポジウム』は、語の由来にもなったプラトン著による『饗宴』をモチーフに、横浜、京都、北九州、ソウル、各地域で活動するアーティストと共に行う愛のパフォーマンス。コミュニティの姿、サイズ、そしてそこにある愛を見つめる、言葉による、言葉によらない、現代の饗宴。

*** *** 演出家 多田淳之介のブログより*****

シンポジウム SYMPOSIUM』上演によせて


東京デスロックの新作となる『シンポジウムSYMPOSIUM』は、2013年1月の東京復帰公演『東京ノート』の上演に向けて、東京公演復帰準備公演として発表した『モラトリアム』『リハビリテーション』『カウンセリング』という一連の作品の続編にあたる作品になります。三連作では、東京というサイズを意識し、地域東京で4年ぶりに活動を再開するにあたっての、関東、東京へのフィールドワークフィードバックによって構成されていました。これは2009年〜2012年の東京公演を休止していた4年間に、各地域の劇場、アーティストの活動に参画し、個人的にも芸術監督を務める富士見市民文化会館キラリふじみを中心に、全国各地域でのワークショップや市民劇の創作などに携わるなかで自然と身につけてきた作品の考え方の一つです。地域での活動は、その地域を見つめる視座を探す事から始まります。客人であるアーティストの視座、地域に生きる人々の視座。そして芸術作品は世界への新たな視座をもたらすことにその意義があります。『東京ノート』では地域東京への視座を、『シンポジウム』では、青森横浜京都北九州ソウルから参加するアーティストと共に、地域日本、そして地域アジア、わたしたちの世界への様々な視座をもたらすことを目指します。

作品自体は「シンポジウム」の語源ともなったプラトン著による『饗宴』を下敷きに、各地域のアーティストによる、個人、友人、家族、社会、国内、国外、様々なサイズの問題意識を、『饗宴』と同じく「愛」というキーワードからパフォーマンス化していきます。『饗宴』では、我々はかつて「アンドロギュロス(男女一体)」であり、かつての半身を求めることが「愛」である、と語られます。非同一体であるからこその「愛」。各地でのわたしたちの活動は、あるサイズ、ある視点から捉えると同一でもあり、非同一でもあります。それぞれの抱える問題には“共有/非共有”のグラデーションがあり、それはパフォーマー間だけではなく、観客との間にも生まれる関係です。例えば京都ダンサーソウルの俳優それぞれの抱える問題とその身体、そして観客、その間にある“共有/非共有”、“同一/非同一性”を、アクチュアルに空間に立ち上げることで、世界への豊かな視座を生む事が出来ればと思っています。もしかしたら、非同一である事、わたしと違う、わたしと関係ない、わたしには共有できないことの方に、「愛」を感じることもできるのではと、今は考えています。

過去の三連作でも、客席を排したり、観客が出身地別に区分けされたり、観客の位置付けも作品と密接な関係にありました。『シンポジウム』でも、何しろ「饗宴」ですから、観客の存在も大きな作品の構成要素になるでしょう。特別何かに参加してもらうという事にはならないと思いますが、観客の存在、世界を客人として観る存在と作品の豊かな関係を築ければと思っています。

わたしたちが、わたしたちの世界を生きていくための作品づくりを、これからも続けていこうと思っています。

東京デスロック主宰 多田淳之介

***************

横浜での公演も含めると全部で10回の公演。形式的にはその場に集まった役者たちがMC(藤原ちから・編集者/演劇ライター)の進行のもと好き勝手に話し合うのを聞いて2時間を過ごすという公演なのだが、どうもそれなりにセミドキュメンタリーパフォーマンス、つまりその場での即興発言となんらかの演出意図に添った発言というものが混在し、ある程度の作品の流れが決まっていて、完全なる当日行き当たりばったりの話し合い会というのではなかったようだ。

言葉、さらには発言(主張)というものが作品の核である今回のパフォーマンスにおいて、この作品を面白いと感じるかどうかに関してはどうしてもその話していることの内容、発言内容に大いに関係してくるわけで、、、また、ただ聞かされている側からしてもやはり「おっと驚くような意見」を聞けることに期待してしまうのは仕方のないことだと思う。

その点において、正直物足りなさを感じたのは事実。みんなでの意識共有、連帯体験を求めるとしたらその共有のための時間が少なすぎーおやつの休憩時間のときぐらい?ーるし、何らかのテーマに関するディスカッションを聞くことを期待するのであればそこまでに達していなかったから。

共同体(ジャパン)の他者として参加していた韓国の演劇人マ・ドゥヨン(韓国の劇団「第12言語演劇スタジオ」所属の俳優)のはなしがとても面白かった。

(やっぱり住むなら南仏だよね〜〜〜)

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レイバー映画祭2013「スペイン モンドラゴンの奇跡」「ショック ドクトリン」

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友人が面白そうだから、と誘ってくれた映画祭で2本の映画を観た。

*******レイバー映画祭 サイトより******

「スペイン モンドラゴンの奇跡」

2008年再びの金融危機を迎えた世界経済。多くの企業が一時解雇を敢行する中で、一人の解雇もなく安定的に成長している企業(労働者協同組合)がある。スペインのバスク地方の「モンドラゴン協同組合企業」だ。モンドラゴンの奇跡の秘密は一体何だろうか。労働者協同組合は、果たして新自由主義グローバル時代の代案になれるのか。制作=韓国KBS(リュ・ジヨルPD)・2011年・55分

「ショック・ドクトリン」ー惨事便乗型資本主義のつくられ方

20世紀の一時期、世界は資本主義から社会主義へ移行し、より平等な社会がやってくると信じる人々がいた(わたしもその一人だった)。しかし実際は、歯止めのきかない貪欲な資本主義が甦ってきた。1970年代に台頭した暴力的「市場原理主義」の路線は、癌のように浸潤し増殖していった。ナオミ・クラインは『ショック・ドクトリン』の大著で、その歴史ーーチリのクーデターにはじまって、ソ連の崩壊、イラク戦争等々の歴史的なショックの実体を暴いた。彼女は歴史思想家だけでなく、戦争や自然災害などが起きると、その<現場>に行って調査するジャーナリストでもある。それが同名のドキュメンタリーを生み出した。1%が99%を支配する世界がどうしてつくられたのか。映画は、そのまま3.11後の日本の現実と重なる。本邦初公開の傑作。(木下昌明)
監督 : マイケル・ウィンターボトム/マット・ホワイトクロス
原作 : ナオミ・クライン 2009年/80分/イギリス(日本初公開)

***********

北欧型の社会福祉制度を重視したゆるやかな社会主義国家を目指し、志半ばにして脱却したミーシャ(ゴルバチョフ)のアイディアは正しかった。

自由市場経済の「自由」の言葉のイメージに踊らされ、アメリカンドリームを夢見ている消費者、一般市民たちが歴史から見つけ出し、学ばなければならないのはすべてが一部の超富裕層により綿密に練られた搾取の方程式であり、このままでいけば暗黒の毎日が待っているという事実。

大惨事(ショック)、政治不安定により生じた人々の将来への不安感を利用し、経済の発展を理由に市場の自由化を助長、その恩恵に預かれると思っていたのは勝手な市民の勘違いで、多くの利益はごく一部の人たちの間で享受され、気がついた時には時すでに遅し、ルールそのものが変わった後では社会保障は受けられなくなっているというお話。

確かな根拠もなく、見えない不安を煽る政治手法はこの国の政治家たちの十八番の一つ。そんな中、一人一人の見極める力が試されている。

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ウィンカーを、美ヶ原へ(7/26)

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kitt(団員4人ー高坂勝之、岩田奈々、高橋明日香、土田英生ーの頭文字から)第2回公演「ウィンカーを、美ヶ原へ」を下北沢、駅前劇場で観る。

作・演出は土田英生(劇団MONO主宰)が担当。

****演劇サイトより****

7月終わりのある晴れた日。美ヶ原近くのパーキングエリア。
事件があったらしく足止めをされている人々。
会社の研修旅行、姉妹、謎の男たち、女性2人組……誰しもが恋に苦しんでいるようだ。


恋はいつだって苦しい
空に映える山々
ああ、その爽やかさが憎い
どこかへ逃れたい
取り敢えずはウィンカーを美ヶ原へ

***********

酷暑の夏の夜、下北沢で観劇を楽しむのにはうってつけのライトなサスペンス(一応殺人事件が話の中心なので)。

とは言え、その犯人探しよりもパッとしないパーキングエリア偶然に居合わせた人々ー例によってちょっと変わったこまったちゃん、こまった君たちの集まりで、そのグループの中での恋愛バトルが始まったりするーの会話、態度が素直に笑え、楽しめる。

声をかけたキャストの事情からなのか、日本では珍しいレズビアンカップルの設定も、今の時代十分アリ!で面白かった。(女同士だとあれだけウザイ嫉妬でも許してあげられるのかしら??寛容だね)

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プラモラル(7/26)マチネ

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下北沢スズナリで日本劇団協会主催、「日本の演劇人を育てるプロジェクト 新進演劇人育成公演(俳優部門)」の舞台「プラモラル」を観る。

劇団B級遊撃隊主宰の佃典彦氏が作・演出を担当し、佃氏と繋がりの深い流山児★事務所の俳優さん達が多く出演している。

*****演劇サイトより*******

何もない舞台。
「男1」が一人現れる。
彼は「男1」であるがゆえ、まだ何者でもない誰かだ。
あけぼの小学校のPTAの婦人パトロールの人達と遭遇する「男1」。
婦人パトロールの人たちは「男1」を<不審者>だと決めつける。
この町では三年前に小学校女子の殺害事件があり、その犯人はまだ捕まっていないので
見かけない男に対してピリピリしているのだ。
<不審者>から危うく<犯人>に決めつけられそうになった彼だったが、遅れてきた夫人の一人の曖昧な記憶により<コミュニティーセンター職員>となった彼は、責務を全うしようとこの町でイベントを開催しようとするのだが、徐々にこの町の問題点が浮き彫りになってくる。
それは新興住宅地域における新しい住人たちと昔からこの町に住む住人たちとの根深い確執・・・

**********************

新進演劇人育成公演(俳優部門)というのは主役の「男1」吉村公祐君(劇団B級遊撃隊)のことなんだろうなと思っていたら、他にも流山児★事務所から三人ー坂井香奈美、小暮拓矢、山丸莉奈ーがその対象であったそうだ。

劇団の枠を取っ払って、いろいろな(キャリアにしろ活動拠点にしろ)俳優達が会せる場を作るというのがこの育成公演の意図なのでしょう。劇団公演では実現しにくい顔合わせ、(まあ流山児★事務所の場合は外部との交流も頻繁に行われていて風通しもかなり良さそうだが)が観れるという意味でもどんどん積極的にやってほしい。

スズナリの舞台空間をそのまま、説明にあるように何もない裸舞台で歌って踊って、子供に戻って(女優陣はママ役とその子供役と二役をこなす)、、とまさに役者の身体ひとつで表現する演出。役者を見せる舞台だった。





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極東の地、西の果て(7/25)

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***演劇サイより***

TRASHMASTERSの代表作は東日本大震災をモチーフにした「背水の孤島」ではなく、この「極東の地、西の果て」である。
確かに、対外的に評価されたのはまぎれもなく「背水の孤島」であるが、私達創り手側にとってのベストという意味では「極東の地、西の果て」が代表作に最もふさわしい。TRASHMASTERSのメンバーの中でも、ベストはどの作品か問われると、必ずこの作品の名前が一番に挙がる。それくらい、私達にとっては思い入れの深い作品である。
私達TRASHMASTERSの魂が込められた作品を一人でも多くの方に観て頂きたい---中津留章仁

***********

このように劇団主宰者が語る劇団の代表作「極東の地、西の果て」を下北沢、本多劇場で観る。

チラシに多くの著名人がコメントを載せているように、劇場にも多くの演劇関係者、俳優らの顔が。これからしばらくいろいろなところで中都留さんの顔をみることになりそうだ。

05(06年?)年初演で08年にも再演されていて3回目の上演とのこと、2013年上演版としてアップデートされている部分も多々あるよう(初演、2回目ともに観ていないのでどこがというところまでは指摘出来ないが)で、例えば直面する問題であるTPP参加、交渉問題、参加を誘導する国の願うところとは、、といったことが前面に出ている。

作者(中都留氏)は「岡本太郎をリスペクとした作品」とも称しておりー宣伝物のイメージからも分るようにー芸術と市場経済、芸術家とビジネス世界との関わり方、芸術家の立ち位置などにも言及している。


全ての演劇が今われわれが生きている社会や政治となんらかの関係を持っていることは明らかなのだが、その一方で皮肉にも真っ向から社会や政治を扱う演劇となるとそれを効果的に成立させるのはなかなかに至難の技だ殊更日本の演劇においては、なかなか成功例を見ない上に、社会性を前面に出す作品自体が少ない、、なんとなく言わんとしていることを行間から察してくれ、的な消極的な問題提起の作品が多い。実在の政治家の名前を出して名指しで批判意見を述べるようなイギリス演劇とは異なるーもちろんこの手法においてはその論を理詰めで説明する深い洞察がないと成り立たないのだがー。

主義主張を押し付けるばかりのアジテート演劇では客は退場するだろうし、2時間といった枠内で論理的に持論を展開するにはやはりそれなりの編集能力と演出能力、そして広い歴史認識・世界情勢の理解、確かな知識が必要になる。

さて、そこで今回のトラッシュマスターズの3時間を超える大作の成果についてなのだが、、、う〜〜〜む今一つ、演劇的大風呂敷の広げ方に無理がある、この社会とリンクさせようという虚構話に大きくうなずけないところが残るのはどうしてなのか。

どうも、その一方的な答えの出し方にあるように思う。

演劇という制約の多い、そして明らかに虚構である(例え事実をもとに作品づくりをしたとしても、所詮は他の人が`演じる’わけなので)芸術表現において、ドキュメンタリーテイストの作品(今回の作品はこの部類ではないが)であったり、ポリティカルな内容の作品を届けようとするとき、観客までの距離のあいだで何が起こるのだろう。。。さらにはどのような渡し方が一番効果的な結果を生み出すのだろう。

観客の想像する領域を加味し、その分を作品の中で空のまま残しておくこと、、、それによって観客自身がその隙間を埋めようと働きかけたときに成立するのでないだろうか。

幕スクリーンに流れる大量の言葉によるインフォメーション、カリスマ的なアンチヒーローによる思わせぶりな決め台詞、あまりにも飛躍しすぎて現実味の薄い近未来図(それもショック・ドクトリン方法によるショックによる危機喚起)、「あ〜〜〜恐ろしい」だけでは劇場を一歩出たとたんにそれが劇場内だけのこととして片付けられてしまう危険がある。












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彼らの敵(7/25)マチネ

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駒場アゴラで瀬戸山美咲率いるミナモザ最新作「彼らの敵」を観た。

****演劇サイトより*****

今から22年前、僕はインダス川で誘拐された。
44日間の監禁生活。砂と水しかない場所。あいつは昨日殺された。僕は気が狂いそうだった。だからなるべく小さなことを考えた。おばあちゃんのこと、大学の履修登録のこと、松屋の牛丼のこと。そうしている限り、僕は僕のままでいられた。

44日後、僕は帰国した。僕はいつの間にか有名人だ。日本中からたくさんの手紙が届いた。太陽にかざせば「死ね」という字が浮かび上がって来るファンレターだ。パパラッチたちは今日もアパートの前にいる。

それからいくらか時間が経った。
「銃口」を向け続けられた僕は、ある日「銃」を手に入れた。
僕は、引き金を引くことにした。

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1991年3月、パキスタンのインダス川で川下りをしていた日本人大学生3人が
強盗団に誘拐される事件が起きました。
3人のうち1人は伝達係として解放されましたが、残りの2人は44日間、監禁されました。
2人のうちのひとりである服部貴康さんは、帰国後、週刊誌のカメラマンに追われ、
激しいバッシングにさらされ、苦悩する日々を送ることとなります。
しかし、大学卒業後に彼が選んだ道はまさにその「週刊誌カメラマン」でした。
これは、「私」と「彼ら」の中にある「敵」をめぐる物語です。

【服部貴康プロフィール】
1970年生まれ。愛知県出身。週刊誌専属カメラマンを経て、フリー。「人」と「土地」との関係をテーマに紀行、音楽、舞台などさまざまなフィールドで撮影をおこなう。2001年、『ただのいぬ。』(PIE BOOKS&角川文庫)を発表。2005年に世田谷区でおこなった「ただのいぬ。展」は入場者数5000人を数え、大きな反響を呼んだ。2009年には視覚障害者と写真をテーマにした「ふれる写真展」を企画・ディレクションした。国内外で写真展、ワークショップ、講演など多数。 

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福島第一原発事故後、その事態の大きさにどのように扱うべきかを考慮する演劇人が多くいた中で、福島の状況を直接的に作品として取り扱いー11年9月に上演された「ホットパーティクル」という芝居ではセミドキュメント手法を用い、実際に事故直後(翌月4月)に立ち入り禁止区域ギリギリをゴール地点と定め友人と福島を目指した作者の実体験が描かれているー直接的にいち早く反応した演劇人瀬戸山美咲が今日の日本社会を見事に浮かび上がらせた秀作「彼らの敵」(イプセンが「民衆の敵」で現代社会の危うさを描いたように)を上演。

人生のターニングポイントについての雑談の中でミナモザの舞台写真を撮り続けている写真家服部貴康氏が漏らした一言「誘拐かな」。。。その時はその内情を深く知る由もなかったであろうが、瀬戸山氏はすぐさま「芝居にさせてください」と頼んだと言う。

この直感が、最終的にここまで大きな成果を生むとは、本人達も気づいてはいなかったかもしれない。

***ネタバレ注意****

22年前に世間を騒がせた事件ー早稲田大学探検部 パキスタンで強盗団に誘拐され44日間の監禁後、解放されるーの当事者であった服部氏(劇中では坂本となっている)が一夜にして日本社会の“敵”となってしまった実体験ー帰国後、当人のもとには非難の手紙や電話が殺到したーとともに、一方では作り上げられたスケープゴートの側面があったことー現地取材のレポート記事として事件をとりあげた週刊文春だったが、その後本人たちの弁によると(希望的?)フィクションの部分が多かったことが判明ー、さらにはこの体験を経た服部氏が選んだその後のキャリア選択、彼が当事件を通して問い続けたメディアのあり方、世の中の仕組み・社会の現実といったことが多角的にもりこまれている。

誰かに起こった特異な出来事ではなく(実際、彼らも一介の大学生だったわけで)、実のところ日本社会に属している国民であればだれの身にも起こりうる出来事である、そしてそんな(理不尽な)世の中こそが現実なのだ、ということがきっちりと盛り込まれている。


終演後のポストパフォーマンスで服部氏の人生のどこまでを切り取るのが効果的なのか、ー戯曲のその後として服部氏は保健所で生死の狭間にいる犬たちを撮影した写真展で注目される(余談だが、この運が大きく左右する生死の狭間にいる犬たちをパキスタンで明日の運命もわからぬまま拘束されていた自分の姿に重ねたこともあると語っていたらしい)ーと思いめぐらしたと作者が語っていたが、今回のこの演出・選択はまさに正しかったと思う。

劇作家、坂手洋二氏が帰国後の三者会談ー早稲田の学生二人、パキスタン大使館の職員、週刊文春の担当編集と記事を執筆したフリーライターーのシーンが秀逸と褒めていたが、確かにこのシーンはそれぞれの思惑と困惑が交差して見応え十分。





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虚人の世界

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十二夜(7/20)

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ワーニャ伯父さん(7/20)マチネ

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ストリッパー物語(7/18)

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頭痛肩こり樋口一葉(7/17)

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ジュリアス・シーザー(7/16)

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原サチ子のぶっちゃけドイツ演劇話(7/15)

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私の子供=舞踏団(7/14)

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2013年7月17日 (水)

ドリアン・グレイ(7/12)日本版(7/13)UK版

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2013年7月13日 (土)

百年〜風の仲間たち(7/12)マチネ

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先日の「道元哀歌」につづいて新宿梁山泊韓国凱旋公演2本目「百年〜風の仲間たち」を池袋シアターウェストで観る。

****演劇サイトより****

「ナショナリズムも嫌だ、コスモポリタンも真っ平。民族的偏見に満ちたチョーセンジンもご免やけど、

  バター臭い<在日コリアン>も嫌い。このまま、陽気な在日関西人として生きるんや!」

大阪のコリアンタウン・猪飼野(イカイノ)にある居酒屋「風まかせ人まかせ」。その開店20周年に集う、在日コリアンの仲間たち。彼らは、泣いたり、笑ったり、喧嘩しながらも、日本と韓国の狭間で翻弄され続け、それでもなお強く生きてきた在日100年の歴史をふり返る。そして、国、民族を超えた新たな未来へと繋いでいく―。 浪花の歌う巨人と呼ばれる趙博の歌「百年節」を元に描かれた、哀しくも美しい痛快音楽劇!!

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2012年初演時 劇団サイトより*****

大阪「玉造」、ここは居酒屋「風まかせ人まかせ」(実在します。) 在日コリアンたちのたまり場のようになって20周年を迎えたこの店は、しっかり者のおかみスジャ、その妹ヨンミ、 料理人のアジェで切り盛りしている。そこに集う人々、歌手のヨンテ、新進画家のゲン、自称学者のピョンミン、 サンダル工場を経営しているクワンイル、その妻、キョンヒ、皆陽気で元気な面々だが、それぞれに大きな過去を背負っていた。 取材に来た新聞記者:吉田のインタビューにより、1人1人の物語が蘇る・・・。 大阪在住の歌手・趙博の歌「百年節」をモチーフに、在日100年の歴史を日常の生活の中に描いた叙事詩。 哀しくも楽しく、ちょっぴり皮肉で意地悪でひたすらに優しい物語を、新宿梁山泊流に時間空間飛び越えてダイナミックに描く痛快音楽劇。

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2013年7月12日 (金)

ストリッパー物語(7/11)

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東京芸術劇場小劇場 シアターイーストでつかこうへ原作、ポツドール主宰の三浦大輔 構成(小説「ヒモのはなし」、映画台本、戯曲を再編成している)・演出、リリー・フランキー、渡辺真起子 主演の「ストリッパー物語」を観た。

****演劇サイトより****

新進気鋭の演出家 三浦大輔がつかこうへい作品に挑む!
東京芸術劇場の新しいシリーズRoots。企画の第一作目は、つかこうへいの代表作『ストリッパー物語』をとりあげ、演出に「ポツドール」の主宰、三浦大輔をむかえます。現代演劇のルーツと言える60、70年代の優れた戯曲を、現代演劇界で活躍している若手演出家の解釈と演出により復刻し、作品の普遍的な魅力を伝え新たな魅力に迫ります。

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ここにあるように、芸劇が新しく始めるシリーズRoots(60〜70年代に一世を風靡したアングラ演劇の戯曲を若手の演出家が演出するという企画)の第一弾として上演された今作。この新企画Rootsの可能性を示す舞台として第一弾の口火を切るのにふさわしい傑作舞台が生まれた。これだから、こんな思わぬ出会いがあるからこそ、連日連夜の観劇も、、、やっぱりやめられない。

演劇ファンならその名前を知らない人はいない70年代大きなブームを巻き起こした作家・演出家「つかこうへい」。若者が演劇というジャンルを超えてカルチャーを牽引する原動力となるうることを実践してくれた偉大なる劇作家で、そのカリスマ的存在感、影響力の大きさから彼の軌跡を追う演劇人、劇団は数多く存在する。

その多くが、追いかけるからこそ、愛するがために「つかこうへい」に近づこうとして、彼のスタイルをそのまま踏襲、いかにつかこうへい演劇を再現出来るかということに心血をそそいているーたたみかけるように大声でかけあう熱い台詞回しと超シンプルな舞台セット、派手なアクションとダンスなどー。

その系譜では近年、シアターコクーンで筧利夫主演「広島に原爆を落とす日」などの好演が思い出される(コクーンなのでスケールはアップしていたが)。


そこにきて、今回の三浦演出のつかこうへい芝居。全てその王道の逆を行くような演出ー役者はリアリズム演技(リアリズムは三浦演出の心髄とも言える)でボソボソと喋り、暗い照明でリアルなストリップ小屋のセットを作りこみ、ストーリーを丁寧に追うーでかつて観たことのないつか芝居をみせてくれている。

2時間40分(休憩10分)かけてそれぞれのキャラクターの人生を丁寧に描き、時にこれまでとは違ったところにライトをあてることにより、また新たにこの芝居を今の日本で観ることの意義をプラスしてくれた。

つか芝居の代名詞、差別、非差別、弱い立場のものたちへの眼差しといったことに付け加え、人間の性、男女関係の不思議、根底部分での人のやさしさ、といったものが舞台から伝わってきた。




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ドレッサー(7/10)

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2013年7月10日 (水)

不思議の国のアリス(7/7)

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すっかり、抜けておりましたが、週末東京文化会館で英国ロイヤル・バレエ団の新作「不思議の国のアリス」を観た。

英国在住期間中は定期的に観劇しいてた英国ロイヤル・バレエ団。熊川哲也の伝説の舞台ー当時ロンドン中のバレエファンが彼のゴールデン・ブッダ観たさにコヴェントガーデンの劇場チケットオフィスに押しかけたー観たさに桟敷席のチケットを入手したことも。そんなご贔屓のバレエカンパニーから遠ざかること十年ちょっと。すっかりカンパニーの事情、ダンサーの顔ぶれにも疎くなっていて、2012年に芸術監督交代があったことさえ(モニカ・メイスンからケヴィン・オヘアへ引き継がれた)、知らずにいた私がおバカでした。。。。(反省)

英国ロイヤルバレエ団が16年ぶりの新作、それもグランドスケールの新作品として2011年に発表したこの「不思議の国のアリス」!!!!

!!!!マークがいくつあっても足りないほどに、Mind-blowing / Epoch-making とにかくものすご〜〜〜〜〜くワクワクするブラボーな作品だった。

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道元哀歌(7/9)マチネ

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池袋の東京芸術劇場、小劇場シアターウェストで新宿梁山泊の2本立て公演(韓国凱旋公演)の1本目「道元哀歌」を観る。

*****演劇サイトより*****

150年前の渋谷・道玄坂。宇田川の畔で出逢った、はつと昭円。二人は求め合い、引き裂かれ、異界を駆け、運命を知り、そして愛を誓う。永久にも近い時間を隔てて尚、再び出逢う約束する。今生の命を捨てて―。時空を超えて愛を貫こうとする、はつと昭円の真実の愛と、愚かな妄執にとり憑かれた異世界の亡者たちをめぐる壮大な愛の物語。

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楽日であった観劇日のカーテンコールで新宿梁山泊の創立者で演出家の金守珍(キム・スジン)がー前の晩にはコクーンで役者として「盲導犬」に出演していた彼を観ていたので、ちょっと驚いたー「小林恭二の原作「宇田川心中(’04)」を忠実に舞台化したら8時間はかかっていただろう。。それを圧縮して削って、削って2時間40分の今回の舞台に仕上げた。これからもこの宇田川心中に関わったものを創作していきたい。」と語ったように、何百年もの時空を越えて展開する大恋愛ものがたり。(「宇田川心中」ブックレビューより–<愛とはつまるところ約束なのだ。それも再び逢うという、ただそれだけの約束なのだ―承久年間から幕末、現代へ、渋谷・道玄坂で出会った十七歳の男と女の愛の輪廻をたどる、時空を超えた再生の物語。>)

添い遂げられなかった悲恋の恋人同士が輪廻転生の末に再会し、最期には今日の渋谷の交差点で運命の出会いを果たすところで、今後の執念すえの恋の成就を示唆して舞台は終わるのだが、そこに至るまでの成り行きとして2つの時代の悲恋がたっぷりと描かれるので、まあ、2時間半越えにはなるのでしょう。

歌舞伎的と銘打っている舞台では拍子木が鳴り響き、踊りあり唄あり(この唄の部分はもうちょっと堂々と歌い上げてほしかった。せっかくわざわざ唄うのだから、効果的に歌を聞かせて欲しい)立ち回りありで大いに舞台を華やぎ、活気づかせている。

主要役者陣がなかなかに華があり、魅せてくれるー松田洋治、今村美乃、申大樹、柴田義之ーので長さは感じず、ベタな悲恋物語を堪能。ー何と言っても、松田洋治のアンラッキーなキャラに説得力がありグッド。


PS。。余談

話の核として、気づかない近親相姦による悲劇、というのがあるのだが、近親相姦って、キリスト教的モラルの観点からタブーなのでしょうか??

なぜ、「ダメ」なのでしょう? まあ、遺伝学的にその子どもに及ぼす影響からして、そちらの理由としては子ども生むのはリスクが大きいということなのでしょうが、現代の医学から「絶対に子どもはつくらない」と決めての近親相姦なら、それも選択肢のひとつとして、まあなくもないんじゃないか。。。と。

まったくもって余談ですが。

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盲導犬(7/8)

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シアターコクーンで唐十郎作、蜷川幸雄演出、上記のお三方が主演(宮沢りえ、古田新太、小出恵介)の「盲導犬」を観る。

******劇場HPより******

演劇界を騒然とさせたシアターコクーン・リニューアルオープン公演『下谷万年町物語』で、アンダーグラウンド演劇の真髄、そして唐十郎作品のスペクタクル性と繊細さを同時に表現した蜷川幸雄が40年前の衝撃をそのままに再び『盲導犬』に挑みます!
本作は唐十郎が「櫻社」のために書き下ろし、蜷川幸雄が初めて手掛けた唐戯曲です。初演時(73年)は、当時の社会情勢が色濃く反映されたアジテーション演劇とも評価されていた本作。時にコミカルでありながら、美しく詩情に溢れた台詞の数々、底辺を生きながらも高潔な魂を感じさせる剥き出しの登場人物など、普遍的な唐戯曲の真髄が散りばめられています。

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05年に劇団唐ゼミ*による同舞台(中野敦之演出)を初台の新国立劇場で観ていて、無名の若い役者たちによる舞台だったのだが、意外にも(?)彼らにとっては一時代前の唐十郎の世界を見事に体現していて、大いに堪能したのを覚えている。

横浜国立大学教授だった唐十郎のゼミナールをもとに発足した劇団。主に青テントで唐十郎作品を上演。

 で、今回のシアターコクーンでの舞台なのだが、どうにも些細なボタンのかけ違いからくるものなのか、ステキな俳優でビューティフルな舞台セット、、なのに如何せん、どうにもこうにもしっくりこない。

 安保闘争の敗北による苛立ちと虚無のなか、理想を打ち破る現実社会、高度成長経済の暴走に対する抵抗を叫ぶには、場所も俳優も豪華なセットさえ、また客席に座る安穏としたエンタメ思考の観客たち(我々)さえも、、その全てが何か違うボタンのような気がする。

唐が投げかけた問いかけが、謎解きが広い空間に拡散され、すっかり薄まって、聞き取れなくなり、単に過去の名作の再演に留まってしまっている。

主役の宮沢りえも綺麗すぎるのがアダになる(前回の「下谷万年町物語」でもそうだったのだが)というのはなんとも皮肉な結果だなと感じる。

幕開けの獣臭(本物の盲導犬、立派なシェパード犬が数頭登場するのだが、彼らが走り去ったあとにはほんのりと獣の匂いが。。)漂うような危うさを、その後も持続して我々を挑発し続けて欲しかった。

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そうじゃないのに(7/7)マチネ

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新宿二丁目のタイニィ・アリスで日韓演劇交流センター主催の韓国演劇「そうじゃないのに」を観た。

2012年の韓国での演劇賞を総なめにした作品だということで、私も前日に劇場であった演劇関係者から勧められて急遽観劇することに。

警察署の取り調べ室の設定でテーブルと椅子のみといういたってシンプルな舞台上では容疑者である、街であばれた象の調教師と刑事、彼の精神鑑定をする医師、息子を心配して訪れた母親らによる「事件の真相(なぜ象は急に逃げ出して、暴走したのか)」を憶測する会話が続く。

誰もが、それぞれに都合のよい解釈を延々と続ける中、追いつめられた調教師は耳をふさぎ、そして。。。

(良い意味で)エンタメ色の強い、もしくは大掛かりなミュージカル舞台というイメージが強かった韓国演劇。

こんな別役実的な芝居ーちなみにこの劇を勧めてくれた人と会したのが別役実の「場所と思い出」の舞台を上演していた劇場ーが好まれているのね〜〜。

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断色(7/6)

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青山円形劇場で巷で好評を博している舞台「断色」を観た。

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グラン・ヴァカンス(7/6)マチネ

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象(7/5)

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場所と思い出(7/5)マチネ

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アトムへの伝言(7/4)

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太平洋食堂(7/3)

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はぐれさらばがじゃあねといった(7/3)マチネ

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2013年7月 3日 (水)

シレンシオ(7/2)

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無欲の人〜熊谷守一物語〜(7/2)マチネ

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鉄瓶(7/1)

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わが闇(再演) (6/28)

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リヤの三人娘(6/27)

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ダンシング アット ルーナッサ(6/26)

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ドドと気違いたち(6/26)マチネ

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The Homecoming (6/24)

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Shut Up, Play!!(6/21)

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JT ウォーリー木下 インタビュー

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邯鄲・葵上(6/20)

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バイト(6/19)

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(飲めない人のための)ブラック・コーヒー(6/17)

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Salves(6/15)マチネ

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効率の優先(6/11)

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オセロ(6/10)

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chouf Ouchouf(6/9)マチネ

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ジゼル(6/6)マチネ

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帰還(6/6)

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東京るるる(6/5)

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SPAC演劇祭ー6月の週末通いー

6月は静岡SPACの月。

剛柔のバランスのとれたプログラム、でもってどれもが「今」の私たちの未来への選択と関わっている内容で、毎週末通って、結果大満足の演劇祭だった。

ー各プログラムの寸評はのちほどー

JT SPAC 演劇祭

(以下が今年観ることの出来たプログラム)

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