« 彼らの敵(7/25)マチネ | トップページ | プラモラル(7/26)マチネ »

2013年7月29日 (月)

極東の地、西の果て(7/25)

Stage35904_1

***演劇サイより***

TRASHMASTERSの代表作は東日本大震災をモチーフにした「背水の孤島」ではなく、この「極東の地、西の果て」である。
確かに、対外的に評価されたのはまぎれもなく「背水の孤島」であるが、私達創り手側にとってのベストという意味では「極東の地、西の果て」が代表作に最もふさわしい。TRASHMASTERSのメンバーの中でも、ベストはどの作品か問われると、必ずこの作品の名前が一番に挙がる。それくらい、私達にとっては思い入れの深い作品である。
私達TRASHMASTERSの魂が込められた作品を一人でも多くの方に観て頂きたい---中津留章仁

***********

このように劇団主宰者が語る劇団の代表作「極東の地、西の果て」を下北沢、本多劇場で観る。

チラシに多くの著名人がコメントを載せているように、劇場にも多くの演劇関係者、俳優らの顔が。これからしばらくいろいろなところで中都留さんの顔をみることになりそうだ。

05(06年?)年初演で08年にも再演されていて3回目の上演とのこと、2013年上演版としてアップデートされている部分も多々あるよう(初演、2回目ともに観ていないのでどこがというところまでは指摘出来ないが)で、例えば直面する問題であるTPP参加、交渉問題、参加を誘導する国の願うところとは、、といったことが前面に出ている。

作者(中都留氏)は「岡本太郎をリスペクとした作品」とも称しておりー宣伝物のイメージからも分るようにー芸術と市場経済、芸術家とビジネス世界との関わり方、芸術家の立ち位置などにも言及している。


全ての演劇が今われわれが生きている社会や政治となんらかの関係を持っていることは明らかなのだが、その一方で皮肉にも真っ向から社会や政治を扱う演劇となるとそれを効果的に成立させるのはなかなかに至難の技だ殊更日本の演劇においては、なかなか成功例を見ない上に、社会性を前面に出す作品自体が少ない、、なんとなく言わんとしていることを行間から察してくれ、的な消極的な問題提起の作品が多い。実在の政治家の名前を出して名指しで批判意見を述べるようなイギリス演劇とは異なるーもちろんこの手法においてはその論を理詰めで説明する深い洞察がないと成り立たないのだがー。

主義主張を押し付けるばかりのアジテート演劇では客は退場するだろうし、2時間といった枠内で論理的に持論を展開するにはやはりそれなりの編集能力と演出能力、そして広い歴史認識・世界情勢の理解、確かな知識が必要になる。

さて、そこで今回のトラッシュマスターズの3時間を超える大作の成果についてなのだが、、、う〜〜〜む今一つ、演劇的大風呂敷の広げ方に無理がある、この社会とリンクさせようという虚構話に大きくうなずけないところが残るのはどうしてなのか。

どうも、その一方的な答えの出し方にあるように思う。

演劇という制約の多い、そして明らかに虚構である(例え事実をもとに作品づくりをしたとしても、所詮は他の人が`演じる’わけなので)芸術表現において、ドキュメンタリーテイストの作品(今回の作品はこの部類ではないが)であったり、ポリティカルな内容の作品を届けようとするとき、観客までの距離のあいだで何が起こるのだろう。。。さらにはどのような渡し方が一番効果的な結果を生み出すのだろう。

観客の想像する領域を加味し、その分を作品の中で空のまま残しておくこと、、、それによって観客自身がその隙間を埋めようと働きかけたときに成立するのでないだろうか。

幕スクリーンに流れる大量の言葉によるインフォメーション、カリスマ的なアンチヒーローによる思わせぶりな決め台詞、あまりにも飛躍しすぎて現実味の薄い近未来図(それもショック・ドクトリン方法によるショックによる危機喚起)、「あ〜〜〜恐ろしい」だけでは劇場を一歩出たとたんにそれが劇場内だけのこととして片付けられてしまう危険がある。












|

« 彼らの敵(7/25)マチネ | トップページ | プラモラル(7/26)マチネ »

「観劇」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/223541/52653994

この記事へのトラックバック一覧です: 極東の地、西の果て(7/25):

« 彼らの敵(7/25)マチネ | トップページ | プラモラル(7/26)マチネ »