« 2013年2月 | トップページ | 2013年4月 »

2013年3月

2013年3月31日 (日)

アーキタンツ スタジオパフォーマンスシリーズVol.3(3/30)

Top_201312

田町にあるダンススタジオアーキタンツの自主企画公演、小尻健太とKENTARO!!(ちなみに二人は同い年らしい)によるコラボ公演「テラスキニ」をアーキタンツスタジオで観る。

HIPHOP vs コンテンポラリーダンス(バレエ系)のコラボレーションでは二人の身体の使い方、身体の成り立ちの違いが面白いくらいよく見てとれて、なかなかに興味深いものだった。

ダンサーさんだったら、それが何故なのか?どこの筋肉を使うとこのように違ってくるのか??なんていうことが具体的に分ってさらに面白いんだろうな。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

あの記憶の記録(3/31)マチネ

Stage33271_1

先日の「熱狂」も面白かったのだが、どうもあれだけではCoRichの年間投票で1位を獲得したという事実に今ひとつ説得力がなかったので、締め切り直前にもかかわらず劇団チョコレートケーキの2本立て公演のもう1本、「あの記憶の記録」を観に新宿御苑へ。

「熱狂」が国を統一する前夜のヒットラーとその参謀たちの話だったのだが、今回の「あの記憶の記録」は戦後、1970年のテルアビブ。アウシュビッツの生存者である父親が初めて子ども達、そして妻に自分の過去ーなぜアウシュビッツで生き延びることが出来たのかーについて告白、さらにはその当時の地獄を見た体験から父親が今何を現代人へ伝えたいと思っているのか熱く語るという芝居。

戯曲の出来からいうと、今回の「あの記憶の記録」の方が格段に優れている。

と言うのも、両方とも物語としての強度は十分に有しているのだが、「あの記憶の記録」の方はさらに明確な今日への繋がりがあり、その繋がりを示すための対話(debate)が作品内できちんと成されているからだ。(演劇的な逆効果を視野にいれ、子どもたち愛国心と父親の戦争否定の意見の間で感情的ではない論理的な討論が起きている。)

この繋がりがさらには客席の私たちへと繋がりを広げ、単なる歴史考察劇ではない、今の芝居へと発展している。

汗だくで熱弁をふるっていたお父さん(岡本篤)の名台詞は一聞の価値あり。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

吾妻橋ダンスクロッシング2013(3/29)

Stage33615_1

複数アーティスとによるイベント企画の草分け的存在の吾妻橋ダンスクロッシング2013を浅草のアサヒアートスクエアー(あの黄金色のう○こが乗っているビル)で観る。

例によって、けっこうバラバラな、だからこそ何が出るかよくわからない、8団体による3時間のお祭り的イベント。(プリコグはこういった観客をまきこんだイベントが上手い)

2013年のダンスクロッシングでは

21世紀ゲバゲバ舞踏団、危口統之(悪魔のしるし)*ダントツ、とマームとジプシーがヨカッタ!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年3月28日 (木)

わが友ヒットラー(3/28)

Stage32992_1

小田急線ホームが地下に潜ってから初めて下北沢で降りた。ーかなり深いところに移動したので、劇場へ行かれる方は普段よりプラス5分早めに向かわれることをおススメする。

で、新しい改札を出てもやっぱり目の前、の駅前劇場でOrt-d.d の「わが友ヒットラー」を観る。

先日、新宿で劇団チョコレートケーキの「熱狂」ー頭角を現し始めたころのヒットラーと彼をとりまくナチス幹部たちの話ーを観た際に、今回のOrt-d.dの主宰で演出家の倉迫康史氏がアフタートークに登場して、下北沢で「熱狂」で描かれていた直後のヒトラーと同士の話ー三島由紀夫の戯曲ーをやるので、興味をもったら観に来て、と言っていたのだが、まさに図ったかのような時系列での上演。

シンプルでシンボリックなセットで三島戯曲の言葉を届かせる演出。

その意図が、がっつりツボにはまっていて濃密な芝居に仕上がっていた。

「わが友ヒットラー」と銘打った真意とは?歴史に関しての「もしも」の仮定が理論的に、かつ演劇的ードラマチックーに展開された傑作戯曲であることを再確認させられた。小劇場で丁寧に語られるので、台詞の美しさも発見出来る。

世界地図を塗りかえるほどの歴史上でもまれにみる出来事で、陰謀だらけのエピソードながら、語られる心情にヒューマニティーが溢れていて、それだからこそ「もしも」のドラマにリアリティーが生まれていた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

うぶな雲は空で迷う(3/27)

Stage32790_1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

駆込ミ訴え(3/26)

Stage34316_1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

キャッチャーインザ闇(3/25)マチネ

Stage32792_1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年3月25日 (月)

一方向(3/24)

Stage32364_1

続きを読む "一方向(3/24)"

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年3月24日 (日)

熱狂(3/23)

Stage33271_1

演劇サイトCoRich主催の年間投票で1位を獲得した舞台の早期での再演舞台を新宿サンモールスタジオで観る。

00年から活動を開始している劇団チョコレートケーキ。当初はコメディタッチの作品を上演していたらしいのだが、前述の演劇賞などを獲得するようになった近年は歴史的事件、死刑が絡む裁判のあり方や権力構造のゆがみなどを題材にした社会的な作風で大いに注目を集めているようだ。

今回は昨年10月に初演した2作品日替わり公演の再演で、私が今回観た「熱狂」では独裁者ヒトラーが唯一無二の第三帝国独裁者となるまで、そこへ辿り着くまでのナチス創立メンバーたちを含めた男たちの天下取りへの奮闘、内部の暗躍などが描かれ、もう一本(こちらは未見)の「あの記憶の記録」ではそのヒトラーが実行した生き地獄アウシュビッツの数少ない生存者であるユダヤ人の家族が戦後テルアビブで暮らしているという内容の話で対をなしている。ーーそのCoRichのレビューで2本観ることを勧めていたが、やっぱり出来るならば2本観た方がすっきり!ずっしり!!くるのだろうな、と思う。

ミュンヘン一揆後の裁判で実刑をくらうものの、その魔力のような演説で民衆の心を鷲掴みにしたヒトラー。タイトルにあるように、人々がそしてナチス幹部たちがぶれない強い指導者に熱狂していく様は考えさせられる部分がおおくある。組織の中での集団意識とそれを天才的に利用してますます存在感を増していく総統(Fuhrer)...最初は党内で意見の衝突、ヒトラーへ自らの意見を述べる側近たちがいたものの「指導者は一人だけ」と念仏のように唱えるヒトラーの言葉に飲み込まれるように絶対服従は徹底されていく。

国のスーパーインフレにより自らの生活を脅かされた民衆達の「不安」を大きな力に変え一方向の大きなはけ口(ユダヤ人、共産主義者、そしてマイノリティーらへの攻撃と虐殺)を容認させ、ますますその不安を国民の高揚へと転換させていったヒトラー。

『先日の燐光群の芝居、「カウラの班長会議」の中にもこんな台詞があったな。。。「人を突き動かすものは欲望だとか、動物的本能だとか言う人いるけど、結局のところ「不安」じゃないかと思うんです。」』

と、ナチスの民主主義に乗っ取った台頭、それを組織的に成し遂げた男たちの芝居はそれぞれの思惑などが垣間見えてドラマとして見応えがある。

惜しむらくは、さらにもう一歩、誰かの心情に踏み込んだ、もしくは大胆な脚色が加われば社会性にさらに強度が増したかも。ーーーその強度は2本の対比によってつけているのかもしれないが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

マシーン日記(3/22)

20130222_machine_v

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ひかりごけ(3/22)マチネ

Stage32814_1

御茶の水、文化学院・講堂で山の手事情社「ひかりごけ」を観る。

****演劇サイトより****
大戦中、冬の北海道で起きた事件を題材にした武田泰淳の代表作。難破し孤立した男たちは食糧のない洞窟の中で次々と命を落としていく。生死の瀬戸際で人肉を食べるかどうか苦悩する人々。その姿は、私たちの暮らす社会の姿や、生きる意味をあらためて問いかける。文化学院講堂という会場だから実現した、北の海の孤絶感を表象する思いがけない舞台美術。山の手事情社が初めて挑む、独自の演技様式《四畳半》による少人数公演。

*************

難破した船員たちが洞窟の中で人肉を食べて生き延びるかどうかの意見を交わす第一幕とその後、唯一の生存者である船長が裁判にかけられ、その場で彼の生に対する問いを述べる第二幕との間に必然的な間があり(休憩というよりも1幕と2幕のつなぎ)、この場所を選んだ理由がわかる特別な演出が施されていて、小作品にぴりりとしたメリハリをつけている。

第一幕では危険をはらんだ孤立した銀世界が、シンプルながら斬新な舞台美術と衣装で見事に表現されている。

全編を通しての役者の安定感はさすが。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年3月22日 (金)

遅かりし~(>_<)

週末に下北沢で小川えりこ翻訳/演出の舞台''ピローマン"を観ようと思ったんだけど、完売だって。。
そうなると、ますます観たい!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年3月21日 (木)

a Go GO III(3/20)

Gamaruchoba2013

紀伊国屋ホールで今や全国区ーいやいや世界的ー人気のパントマイマーがーまるちょばの劇団、「サイレントシアター がーまるちょば プロジェクト」の新作公演を観る。

見てすぐに分るサイレンとジョークに反応した子どもの笑い声が響く劇場での2時間公演。

がーまるちょば(ケッチ!&HIRO-PON)に他のサイレントパフォーマーたち(GABEZ,to R mansion, KAMUI)が加わってストーリー性のある演目を披露する。

シビアなプロであり、商業的に興行するということの意義、その仕事を重々に把握しきちんと成り立たせている。

このような人たちが日本のエンタメ界の底上げを果たしてくれるのだと思う。

とにかく、掛け値なしに面白くて楽しめる!これぞ本物の仕事なり!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

義賊★鼠小僧次郎吉(3/20)マチネ

Stage32957_1

流山児事務所の最新作「義賊★(★好きだよね〜〜)鼠小僧次郎吉」を劇団本拠地、早稲田Spaceで観る。

*****劇団HPより*****

12人の役者による祝祭歌舞伎!!
3.11以降の閉塞状況と同時に暴発寸前の、溜まりに溜まったエナジーを歌い舞い爆発する世直し冒険活劇!それが『義賊☆鼠小僧次郎吉』。流山児祥と注目の実力派演出家:西沢栄治がタッグを組み黙阿弥に挑む。安政の大地震から2年後に上演された、幕末の混乱期に江戸民衆のヒーロー=義賊と呼ばれた男の虚実皮膜のドラマ。

Space早稲田から「世界」に発信する12人の実力派俳優によるカオスに満ち溢れる祝祭歌舞伎!必見!!

河竹黙阿弥(1816‐1893年)

裕福な家に生まれるが、放蕩のため十四歳で勘当され、青春時代は道楽ざんまい。その後南北の弟子となり、27歳で歌舞伎作者としてデビュー。幕末から明治時代にかけて世話物の名作を多数生み出した。幕末には名優4代目市川小團次と組んで、当時の庶民の生活をリアルに描く。代表作としては、「蔦紅葉宇都谷峠」、「小袖曾我薊色縫」、「三人吉三廓初買」、「青砥稿花紅彩画」、「天衣紛上野初花」、「梅雨小袖昔八丈」、「四千両小判梅葉」等々があり、それらの主人公は、すべて泥棒か市井の小悪党。社会の底辺のアウトローを描くことを得意とし「白浪作者」とも呼ばれる。

************

全編を上演したら8時間超え(流山児氏に解説してもらった)るという木阿弥の歌舞伎翻を2時間弱にギュぎゅっと凝縮。時間の都合でのすっ飛ばしについて、つっこませる隙を与えないほどのエンタメ(歌、殺陣、群舞、そしてキッチュな人形劇(!)と歌舞伎テイストの花道使いに早変わり)演出で観客のアドレナリンを刺激する。

前回の「地球☆(あ、こっちは空洞の星なんすね)空洞説」同様、観客みんなに劇を観に行く楽しみをしっかりと与えてくれる、客引きの文句ではないが「見て絶対に損はない」お芝居。

流山児事務所ならではの良い意味でデコボコ(役者のコマが豊富だから出来ること)のキャスティングも魅力。

元気で弾けている女性陣とシブい男性陣ー主役の次郎吉役、上田和弘氏の誠実なキャラがぴったりーのコントラストもなんとも今風でグッド!

おまけの若手演劇人たちとミスターオープン!流山児氏とのアフタートークもかなり魅力的。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

忘れろ、思い出せ。(3/19)

Wasurero_ura2

麿赤兒率いるコンテンポラリー舞踏集団(`舞踏’という言葉から連想される固定イメージを一新する新しさ、現代性を有したパフォーマンスグループ。舞踏はクラシックではなく、現代で進化し続けているよ)大駱駝艦のスタジオ公演、壺中天公演の最新作。

麿氏の一番弟子、松村卓也作(振り付け、演出、美術、主演、、ぜんぶやっている)の「忘れろ、思い出せ。」を吉祥寺のスタジオで観る。

この壺中天シリーズ、大駱駝艦の団員たちが持ち回りで上演し続けているもので、だいたい1時間強の尺の中、7〜8個のシーンからなる作品が上演される。

今回の「忘れろ、思い出せ。」。。。すでに多くの作品(名作)を発表し、他の大きな劇場でも公演をしている松村氏の新作とあって、流石がの「松村家!!!!」と歌舞伎座のように声をかけたくなるほどの完成度。数個のシーンがそれぞれに独立していながら、全体に見事な統一感有り。仲間達・男性ダンサーたちの個性も光り、作品に流れる一本の緊張の糸を途切れさせることなく、一つの作品を完成へと導いていた。

斬新であり、ライブステージの醍醐味あり、もちろん大いに笑いのツボあり。。。でもって扱っているのは、今の日本で大いに問われている“個”のありかた。。。と豊潤で濃密な時間を味あわせてくれた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年3月19日 (火)

長い墓標の列(昼)来訪者(夜)ー(3/18)

Stage32594_1

Stage33840_1

なぜだか、こういうことって起こる。。。昼に3時間(超え)、夜に3時間の観劇日。

ま、どうせ2本観るなら、一気に集中して、こうゆうのもありかも。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

半神(3/16)

1_1359020272

野田秀樹の言葉を聞きたくて、王子にある小劇場シアターバビロンへ。

萩尾望都原作ということでストーリーラインがはっきりしているおかげか、あまり他劇団で上演されることのない野田戯曲の中では比較的多く上演されているシャムの双子のお話「半神」を「満漢全席」という劇団が上演している舞台。

彼らの第16回目の公演ということだったのだが、本家(夢の遊眠社)の舞台が頭に焼き付いているせいかー何回観たかな〜〜〜?エジンバラでも観たもんな〜〜!!竹下さんと円城寺さんの双子ちゃんー役者の演技にどうしてももどかしさを感じてしまう。

思わず、帰ってからVHSビデオ(!!)を再生してしまったが、、、やっぱり野田秀樹という役者はすごい!ものすごいことをあれほどかんたんそうに、でもって、さらにその上に毎回エクストラで何かおまけをつけてくれようとしている。劇作家・演出家としても、もちろんずば抜けているのだが、第三の職業、役者としてもずば抜けている。

と、比べること自体、ちょっと酷?(でも比べないのも失礼だもんね)

まあでも、これこそ`週末の自分へのご褒美?’ってやつ?

やっぱり人間が野田戯曲の珠玉の言葉を発してくれている世界に浸るのは、私にとっての高級スパのようなもの。

この文学性、詩的・リリカルな台詞の宝庫こそ野田戯曲の神髄(唐十郎系譜を引き継いで)。でもって、その先に想像させる仕掛けを何十にも張り巡らせてくれている。

やっぱり一度この味を知ってしまったら、演劇ー戯曲の魅力に取り憑かれてしまったら、抜けられないよね、この魔力からは。。。だから劇場へ行っちゃうんだよね。この言葉で論理的に説明出来ない感動、こそが彼が持つ唯一無二の武器かもね。外国人にはなかなか伝わらない(悪い意味では決してなく)、この日本語を解す人たちだけが真に味わえる特権、、野田戯曲のすごいところ。。。その意味で、目的にあわせて三役(戯曲・演出・役者)を使い分けるのが良いのかも。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

素晴らしき哉、人生!(3/16)マチネ

Stage33318_1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年3月16日 (土)

トカトントンと(3/15)

Stage34316_1

KAATのNIPPON文学シリーズ第三弾で、三浦基氏率いる京都で活動している劇団「地点」による太宰治短編小説を舞台化した作品の2本立て。そのうちのまずは1本目、昨年同劇場で初演し好評を博した「トカトントンと」を観た。
日本の戦後処理がいかに日本人の精神基盤へ未解決の不安要素を植え付けたか、アイデンティティの不在を生み出したかを鋭く、賢く描いた太宰の傑作をさらに演劇手法によってよりはっきりとした形で見事に表現した傑作!
今の日本の源を見つめるために、大人として観て絶対損はない、そんな1本。
見逃すな!!!!!!

good

*****演劇サイトより*******
玉音放送の直後に聞こえた「トカトントン」の音に苛まれ、復興へ向かう社会の中で、ひとり虚無感を克服できない日本人―。『トカトントンと』は、戦後保留にされ続けてきた問題として天皇制を改めて捉え直す作品です。一方『駈込ミ訴へ』は、ユダがキリストを裏切るまでの心の揺れ動きを、一人語りの手法で描いた小説『駈込み訴え』の舞台化。この作品でテーマとなるのは、キリスト教です。
西洋社会の基盤となっているキリスト教は、西洋の近代、そしてそれを直輸入した日本の近代を把握するための重要な要素の一つです。芥川龍之介や太宰治といった日本の近代化に自覚的であった作家たちの興味もまた、聖書とキリスト教に向かいました。近代以降現代に至るまで、芸術が立ち向かうべき核心の一つがこの「キリスト教」にあると言っても過言ではありません。
なぜ社会は成熟しないのか。なぜ未だ解決されぬ苦しみがあるのか。太宰治は天皇制とキリスト教という大きな社会システムをとりあげ、それに対応できない個人を描写することで、現実を批評しようとしました。しかもその語り口は軽快で、聞く者を楽しませようという捨て身のサービス精神に溢れています。
この太宰スピリットを手がかりに、『駈込ミ訴ヘ』と『トカトントンと』という二つの作品を同時に上演します。現代社会を日本固有の天皇制と西洋的価値観であるキリスト教という両面から照射しようという野心満々の演劇です。

『人間失格』のイメージが払拭された新しい太宰像

『トカトントンと』初演では、「太宰の現代的ポテンシャルを最大限引き出した」(村井華代)、「歴然と、毅然としてアクチュアルな問題」(佐々木敦)と、太宰文学の色褪せない魅力を伝える舞台として高く評価されました。
『人間失格』に代表される暗い私小説作家としての太宰治ではなく、戦中戦後を生きた冷静な職業作家としての太宰治の姿がそこにはありました。

*************

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年3月15日 (金)

Article: New National Theatre Drama Studio

Img_0028_2

Img_0038_2

Img_0024_2

Img_0005c_2

JT digital page

Grave posts and milestones: The New National Theatre Tokyo reaps the fruits of its cutting-edge Drama Studio for trainee actors

 

If you had a son or daughter who announced they wanted to be a stage actor, whatever would you say to them?

 

In Japan today, as for centuries past, this remains a dreaded scenario for many "respectable" parents aiming to raise children who will better their lots materially and socially. In Japanese, indeed, actors and beggars are both referred to as kawaramono (literally, "riverbank dwellers").

 

Yet plenty of young Japananes still yearn to be in a spotlight on stage performing works by the likes of Hisashi Inoue, Koki Miatani, Shakespeare or Chekov. But how are such aspiring thespians to go about realizing their dream? Sure, there are countless tiny theater groups playing for their friends, and very rarely one of these achieves national or even international standing -- as with Noda Map, founded in the 1970s by Hideki Noda, and Chelfitsch that Toshiki Okada started in the late 1990s.

 

However, Japan's contemporary theater world -- unlike traditional kabuki and noh -- has long been short on any systemetized training. Instead, youngsters often just join a small professional or semi-pro theater, learn to do things its way, and never aspire to greater things.

 

In contrast, as Tamiya Kuriyama -- who was artistic director of the New National Theatre Tokyo (NNTT) from 2000–07 -- explained, actors in European countries with a strong stage tradition learn their trade at national stage schools or leading theater companies. "This leads to them sharing a 'common grammar' -- much as ballet dancers do -- so they approach any part with an already established skill set."

 

Though it may have been late in catching on, in April 2005 the NNTT finally launched its Drama Studio -- headed by Kuriyama -- to provide three-year courses teaching basic acting skills, including elocution and movement.

 

One of the first-year's entrants was Hibiki Kitagawa. Last week, in a splendid rehearsal studio at the NNTT in Shinjuku's high-rise district, the 33-year-old told The Japan Times what attracted him to that course.

 

"I had already done a private training course, but I wanted to study drama at the highest level; I wasn't interested in being in films or on television without mastering the basic stage-acting skills,” he said. "And I was luckily one of 15 aaplicants they chose from about 600."

 

At that point our chat was truncated when Kitagawa was called to a rehearsal for “Nagai Bohyo no Retsu (A Long Line of Grave Posts),” a highly charged drama written in 1957 by former newspaper reporter Yoshiyuki Fukuda and set in Japan's militarist prewar period.

 

With its March 7-24 rub at the NNTT, the production marks an important "educational" milestone for the NNTT as it is the first time the company has ever cast youthful graduates from its Drama Studio together with established actors in an extended program -- rather than a weekend's "Students Special."

 

Commenting on this landmark staging, its director Keiko Miyata, the NNTT's current artistic director, said, “I realized there was still a big gap between the Drama Studio graduates and experienced professionals, so I wanted to create a career bridge between them. Here, it's exciting that the graduates play important roles in a major program -- rather than in a trainees' ensemble. So I hope that working with veteran actors will help them learn how to prepare and play a role.”

 

One especially sharing Miyata's excitement is Kuriyama, who still heads the Drama Studio. “Once the NNTT was founded in the high-tech hardware of this theater in 1997," he said, "I started to focus on creating the software of an academy to train actors. Otherwise, I thought, there could be no future for Japanese theater.”

 

In fact, in his 2007 book “Enshutsuka no Shigoto (The Work of a Theater Director),” Kuriyama recounts how he was once "thunderstruck" on a research trip to Sweden prior to setting up the Drama Studio. That was simply, but stunningly, because the head of the National Academy of Mime and Acting there wondered, since Japan had no national training course for actors, who were the people on the NNTT's stage?   

 

Speaking last month, Kuriyama continued in "thunderstruck" vein, noting, “South Korea started its national actors studio in 1946 and there are almost 80 drama colleges today. Consequently, most Korean actors have a proper theater education, while many of their counterparts here have to learn just by performing -- so obviously there's a big difference in skills."

 

But it's not just comparative skills that exercise Kuriyama. "When I did a workshop in Seoul a few months ago," he said, "I was struck by the actors’ passion for theater creation. In Japan, that is easily lose that due to the pressure for profits and business efficiency. In other words, after World War II Japan chose economic growth and Korea chose human growth -- and it’s time to get back to drama's basics here instead of chasing instant rewards.”

And though they were speaking separately, Kuriyama and Miyata both stressed it's not just the systems in Japan to blame for its unfulfilled theatrical potential -- but many entrants to the profession.

 

As Miyata recalled, “I've seen many young trainees who don’t want to communicate with others; it's not that they can't, but they don’t want to. Many tell me they've never even argued with their parents, and they have no strong relationships with anyone. However, I believe an actor must have a deep curiosity about people and life -- but that doesn't come from sitting at home staring at screens.”

 

In a similar vein, Kuriyama said, "I believe the essence of theater is ongoing renaissance in the depiction of the human condition. Hence I even tell young actors doing off-the-wall stuff that they must be sure to acquire the basic skills first. Just as professional musicians play their instruments well and ballet dancers move magically, actors must deliver their lines finely and true to the text. Then I'll call them professional actors.”

 

While echoing those views, Miyata added a further point: that strong egos are not conducive to good acting. "I wish the NNTT students would concentrate on gaining maturity and the flexibility to cope with any type of director and all types of plays. However, it's better if directors and playwrights are individualistic and self-centered -- and I'm saying that as a director (laughs).”

 

In fact she chose to stage “Nagai Bohyo no Retsu,” she said, because it was so apart from the young actors' life experiences as to be a great test for them. Loosely based on the real-life intimidation of a liberal economist by the prewar militarist authorities, the drama traces his miserable descent into acquiescence. And although the dissenting economist is played by veteran actor Takehiro Murata, the roles of his youthful followers are mostly taken by Drama Studio graduates.

 

Certainly one of those being truly tested is 2011 Drama Studio graduate Satoshi Imai, who admits to being "distressed" about playing a rightwing student named Konishi.

 

“I can’t figure out what Konishi means by loving his country, and why he feels it justifies him being violent to others," he confessed. "I’ve hardly ever thought about patriotic feelings, so it’s hard to understand him. However, I am studying books and newsreels about that period.”

 

Imai's confusion came as no surprise to Kuriyama. As he explained, "When I asked 30 NNTT students if they'd read any Shakespeare, just a few said they had. It’s a crisis, because actors can’t act a Shakespearean role by mimicking someone else's performance. Nowadays, even in our digital age, it still takes intense analog work by actors –- reading a text carefully and expressing it using their voices and bodies –- to get to grips with a role. There are no short cuts, so what's crucial is for actors to think for themselves, find their inner selves and stand on their own two feet. I always tell students to be self-reliant as people.”

 

As if vouching for Kuriyama's philosophy, Imai freely admitted that thanks to his Drama Studio experience he could now unflinchingly confront his own weaknesses. "People used to say I was shifty," he said, "and I'd just interpret that as me being prudent. But now I've stopped trying to gloss over that trait, and I've been trying to do something positive about it."

 

Meanwhile, with his few more years' experience, Kitagawa declared that what he'd gained from his three-year Drama Studio experience was: "The right to perform for audiences with a firm belief in myself as a stage actor."

 

Then, after a short lunch break, as the cast returned to the rehearsal in great spirits, they exuded a real sense of optimism for the future of Japanese theater -- as Miyata appealed to them from her director’s chair to imagine they were living back in the 1920s or '30s.

 

“Nagai Bohyo no Retsu (A Long Line of Grave Posts)” runs till March 24 at the New National Theatre Tokyo, a 2-min. walk from Hatsudai Station on the Keio New Line. For more details, call the NNTT at (03) 5352-9999 or visit www.nntt.jac.go.jp/play.   

 

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

城(3/14)

Stage32976_1

松本修率いる劇団MODEの城をあうるすぽっとで観る。

05年に新国立劇場で上演した作品(好評を博し、読売演劇大賞、優秀作品賞・演出家賞を受賞している舞台)の改訂版、ということで新たなキャスト、新たなスタッフにより新しい舞台として作り直している。当日配布のプログラムの中で、構成・演出の松本氏がその新たに制作し直した過程が語られているー。。(中略)23人中20人が城のある村を初めて訪れる。。。全員が今回「城」をゼロから読み直した。。。そして様々な場面と役を演じてみた。役者が変われば、当然、言いたいセリフ、やってみたい身振りが違ってくる。演出家もやらせてみたい役柄に変化が生じる。。ー

05年の初演舞台は、カフカの小説の舞台化というのに興味があり、当時The Japan Times内でも記事にしている。とても面白かったので、その後のMODEのフランツ・カフカ小説の舞台化シリーズはお気に入りのシリーズとなり、見続けさせてもらっている。(「審判」「失踪者」ー世田谷パブリックシアター’07年、「変身」ースズナリシアター’07年、アメリカー世田谷パブリックシアター’03年)

(昨年、一昨年のカフカ短編シリーズは残念なことに見逃しているのだが)

舞台ではカフカ小説の不条理、迷路のようなストーリー展開が見事に視覚化されていて、長編小説の舞台版はそれぞれに3時間近い大作ながら飽きることがない。カフカのストーリーを目の前で3Dで、役者の身体を介して体験できる、貴重なアート体験だった。

城 JT記事

そこで、今回の改訂版。。。なのだが、残念なことに、05年の舞台と比べてなんだか今ひとつ大きなまとまりが感じられなかった。

それこそ長編小説を読み進めるようなずっしりとした手応えが感じられず、小さなエピソードを繋ぎあわせたような小間切れな長編作品になってしまっていた。

前回の演出を踏襲している場面もあれば、新しく(劇場・舞台セットにあわせて)作り変えている場面もあり、、いったいどこでその違いが出てきてしまったのか?

劇場の形状、そして大きさの違いからくるものなのか?

それとも新キャストチームの違いなのか??

セットの構造の違いによるものなのか???

もっと具体的にバジェット(舞台制作dollar予算)とかも関係してくるのだろうか?ー今回もパブリックシアターでの公演ということではあるのだが、、、05年と現在の全体的な景気の違いの影響なのか??

前回の好評シーンを再現しているシーンでは不条理を見事に俳優の動きと身体で見せてくれていた(役所で皆同じ格好をした役人たちがロボットのように忙しく働いているシーン、書類が箪笥から溢れ出るシーンなど)のだが、Kが街/酒場で部外者として冷遇される理由、そして謎の男クラム、城とKをとりもつバルナバス、さらにはオルガそれぞれの役わりがはっきりと描かれていなため、話としての強度が弱くなってしまっていて、せっかくのカフカの小説の面白さが伝わってこなかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2013年3月14日 (木)

気がついたら冬から春へ

大雪だ〜〜、寒い、snowなんて言っていたいたと思ったら、なんだかあっという間に春。cat

すっかりブログアップまでに間があいてしまいました(^-^;
と言うのも、我が家のKYさんが思わぬ怪我で入院。hospital
観劇の合間の時間ほとんどを病院へ通っておしゃべりをしていたら、すっかり病院→劇場→病院。。。たまにヨガ、でもってお仕事(取材・執筆)もそこへ入れたりしていたら、すっかりnobbyの芝居漬けが滞ってしまいました。。すみません。
怪我した場所から黴菌が入って深部まで感染していたら大変、ということで入院治療ということになったのだが、どうやらそれは免れたよう。でも病院サイドとしては万全を期してから退院の許可を出すらしく、本人いたって元気ながら病院からの許可が下りず、それでもそろそろのご帰還となりそう。
ヨカッタ良かった!
と言うことで、春一番が暴れまくっている今日この頃。
予想に反し、あっさりと法王も決まりーー朝の情報番組で「バチカン広場に世界各国から信者が集まり、もうこなるとイベント化してますよね〜〜」とキャスターが無邪気に語っていて、ディズニーランド大国(妄信国)ならではといった宗教観のないコメントが笑えた。(^-^;悪気もなく、皮肉もなくの素直なコメントだったのだろうが、いみじくもバチカン、カトリック教会の宗教制度が抱える矛盾を皮肉る内容となってしまっていた。
先日観た映画「ライフ・オブ・パイ」の中で幼少期の主人公がキリスト教に興味を示すきっかけとなったイエス・キリストの受難の意義ーーー十字架を背負うキリスト像を見て、パイが神父に神の子ならなんでこんな目に遭うの?と聞くと神父がキリストは身をもって受難の姿を示すことにより人々に「信仰」の意義深さ、真の価値を示していると説明するーーーを語っていたように、神の(人間界での)代理である法王が自らの意志で退任、とかーーおいおい、勝手に辞めて良いのか?それじゃあ、全てが作り話なんで、と認めているようなもんで宗教の根源からなし崩しにしているよね。内部での権力闘争とか、女性蔑視とかあるタイプの人間たちの本質を無視するとか(同性愛を認めず、中絶の選択を認めず)、、、、それでいて一方で絶大なる権力を固持、その力を横行するって、自分たちで決めたルールを守っていくこと自体に矛盾が見え始め、崩壊し始めているよね。。。ここでもやっぱり政治主義の矛盾と同じように、宗教主義の矛盾を繕いきれなくなってきているのかな。。まあ、どの宗教にも言えることだけどーーー3/11の特番も一通り終わりーこの春の行事みたいな取り扱いもどうかと思うけど、でもそれでも番組を見ていると「ぜんぜん終わっていない」ということを新たに気づかされ、その基本姿勢を保つためのカンフル剤ぐらいにはなっているかも。。。。自民党が土筆のようにモコモコ生え出てきて、なんだか怪しい行動をとり始め、こんな世の中でチープなエンタメにつきあっている暇は無い!!

| | コメント (0) | トラックバック (0)

水の音(3/12)

Stage33604_1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

LAND→SCAPE/海を眺望→街を展望(3/9)

Stage31417_1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

始まりのマーチを待っていた(3/9)マチネ

Stage33013_1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

カウラの班長会議(3/8)

Stage32975_1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ハムレット(3/7)マチネ

Stage32818_1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

秘を以て成立とす(3/6)

Stage32570_1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

月の剥がれる(3/5)マチネ

Stage32490_1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

春.一夜にして(3/4)

Stage33994_1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

借景芝居「パーマ屋さん」(3/3)

Stage33104_1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

Greco-Roman-Holiday グレコローマンの休日(3/3)マチネ

Stage32804_1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

デカメロン21(2/28)

Stage32157_1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

発情ジュリアス・シーザー(2/28)マチネ

Stage32518_1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ルル(3/27)

Stage32031_1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

マクベス(2/27)マチネ

Fly_130329_macbeth__pm_img_2

| | コメント (0) | トラックバック (0)

つか版・忠臣蔵 スカイツリー篇(3/2)Returns

Stage32956_1

| | コメント (1) | トラックバック (0)

幻戯(2/25)

Stage30381_1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

国語の時間(2/24)

Stage32736_1

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2013年2月 | トップページ | 2013年4月 »