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2013年2月

2013年2月22日 (金)

範宙遊泳展(2/21)

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ホロヴィッツとの対話(2/21)マチネ

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パルコ劇場40周年幕開け作品、パルコとともに歩んできた劇作家・演出家三谷幸喜の新作「ホロヴィッツとの対話」を観た。

*** 演劇サイトより***

神に選ばれた天才と神に雇われた職人
三谷幸喜が二人の男、ふたつの家族を通して
芸術そのものの会話に迫る

三谷幸喜が「コンフィダント・絆」(2007)「国民の映画」(2011)に続く海外芸術家シリーズの新作として選んだのは、三谷幸喜のライフワークともいえる光の中を生きる表舞台の人とその光を支えるバックステージの人のドラマ。
グレン・グールド、ルービンシュタイン、ルドルフ・ゼルキン・・・・・、スタインウェイ・アンド・サンズの専属調律師として20世紀のピアノの巨匠たちの演奏を支え続けたフランツ・モア。この物語は彼が支えたピアニストの一人、20世紀のピアノの巨匠、ウラディミール・ホロヴィッツとの、ある一夜の会話を中心に展開します。

出演者には、28年ぶりにパルコ劇場の舞台に立つ渡辺謙が調律師のモアを、そのモアの妻、エリザベスを万を持して初舞台に望む和久井映見、そして常に圧倒的な存在感で演出家をインスパイアする段田安則が天才ピアニスト・ホロヴィッツを、その妻ワンダには三谷作品初登場となる高泉淳子というベストキャストが揃いました。

その天賦の才能を「ピアニスト」として芸術を表現するホロヴィッツ。天才が「神に選ばれた者」とするならば、その選ばれし者に従事する者は、「神に雇われた者」。
代々ピアノに従事してきた家庭に生まれ育ち、調律師としてピアニストの演奏を支え続ける調律師と天才ピアニスト。彼らの芸術に人生を捧げるそのエネルギーの源泉とは、彼らは何のために身を削り、芸術に奉仕をするのか。あるいはそこから何を得、何を失っているのか。
三谷幸喜が二人の男、ふたつの家族を通して芸術そのものの会話に迫ります。

**************

「腹の底から笑いたかったら劇場へ急げ!」と、ちょっと時代がかった宣伝文句も大げさではないほどの思わず笑い声が溢れ出る三谷コメディーの真骨頂舞台。

太鼓判を押して誰にでもおススメ出来る上質舞台。

何と言っても表題の天才&変人ピアニストホロヴィッツと彼の最大の理解者にしてパートナー、夫人のワンダを演じる段田安則と高泉淳子のコンビが秀逸。二人のアクターの絶妙な間と演技が三谷幸喜氏の台詞をさらに何倍にも光らせていることは疑いようのないこと。

まずは段田安則演じる孤高の天才ピアニスト、ホロヴィッツ。クラシック音楽好きには`神’がかってみえるお方なのだろうが、今舞台の彼に関しては天才故の偏屈ぶりの方がクローズアップされ、なんとも(はたから見れば)かわいらしい“意地悪じいさん”として描かれている(あの青島幸男のあたり役“いじわるばあさん”を彷彿させる)。そんな彼の理解者であり唯一指図が出来る立場である妻、ある意味ホロヴィッツのさらに上をいく意地悪おばあさんであるワンダを演じているのがもと遊◎機械/全自動シアターの看板役者の高泉淳子。

演劇雑誌のインタビューで作者の三谷氏が個性が強すぎて自分の作品からははみだしてしまうかもと、今まではキャスティングしたことがなかったのだが、今回のワンダ役にはぴったりハマるはず、と彼女を指名したと語っていたが、まさにその読み通り、、、まったくブレずにコメディもきっちりとこなす職人(マエストロ)役者の段田安則と互角にはりあい、さらにはきちんと自分の痕跡を残せる女優というと彼女以外にはなかったのでは、と思える絶妙なキャスティング!!

久しぶりの舞台登板となった渡辺謙と今回が初舞台(とは思えないほどチャーミングだった)和久井映見がアクの強い二人に対して絶妙なコントラストでバランスを保ち、舞台全体の調和を成し遂げていた。





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2013年・蒼白の少年少女たちによる「オイディプス王」(2/20)

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隣人ジミーの不在(2/18)

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ミナレット(2/18)マチネ

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2013年2月18日 (月)

TPAM in 2013 -2/14-16 -

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2月の前半に横浜で開催されていたTPAM(Tokyo Performing Arts Market 芸術見本市)のプログラムを出来るかぎり観たつもりだが、、、結果として今年もショーケースプログラム、ディスカッションプログラムなどを思うようにはカバー出来ず。。。横浜へ通いながら、締め切りをこなすのはなかなかに根性がいるな〜〜と痛感する。
結局のところ、既にTPAMから名を馳せて国内・さらには世界で活躍しているメジャーなカンパニーの作品(ここに挙げている他にも既にブログで書いている、「LOFT」「Zero Cost House」、「あ、ストレンジャー」「Anamorphosis」などがTPAMプログラムに入っている)の観劇が中心となってしまい、若手のショーケースまで見切れなかったのが残念。
若いカンパニーでも(というか若いカンパニーだからこそ)海外バイヤー対応で英語字幕をつけているところも多く、せっかくなのだからやはりTPAM事務局ぐるみで(おそらく既に対応しているのだろうが)ここらへんのところはしっかり海外マーケットへアピールしていきたいところだ。
(作品レビュー)
*1/2PAないっ!?(杉原邦生)
*シャウレイの十字架(富士山アネット)
*静かな一日(ミクニヤナイハラプロジェクト)
*まぬけ ぼやっとする(篠田千明)
*WAGASHI-my master, my words, my death, my will (大橋可也)
*ツアィトゲーバー(村上拓也)
*異邦人(カンパニー・デラシネ)
*****
舞台芸術制作者オープンネットワーク ミーティング
`劇場法’に関して

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2013年2月13日 (水)

Zero Cost House(2/12)

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横浜で開催されているTPAM(Tokyo Performing Arts Market)のTPAM Direction Plus プログラムのひとつチェルフィッチュの岡田利規の新作をアメリカ、フィラデルフィアを拠点に活動する劇団Pig Ironの演出家Dan Rothenbergが演出、劇団俳優が英語で上演する舞台「ゼロコストハウス」をKAATのスタジオで観る。
***演劇サイト より*****
チェルフィッチュの主宰・岡田利規×アメリカの実験的パフォーマンス集団 Pig Iron Theatre Companyの初の本格的国際コラボレーション作品『ZERO COST HOUSE』が日本初演を迎えます!

「建てない建築家」として現在注目を集める坂口恭平氏や100年前に自然と人間の関係性を模索した作家・ヘンリー・デイビッド・ソローらの思想をモチーフに、震災を経て変化した岡田自身の視点を通して「生活のあり方」を問いかけます。

劇中には過去の岡田利規と現在の岡田利規が登場し、ソローや坂口恭平と出会うことによって、岡田自身が東日本大震災によって大きく影響された自身の「生活」についての思考の変遷をたどります。実在の人物を描きつつ、「生活」という普遍のテーマと震災後の日本の状況をアメリカ人俳優が演じるという実験的な作品です。
********
岡田氏の生活に関する持論を岡田利規として舞台に登場する役者が、岡田氏に大きな影響を与えたソローの著書「Walden」に対する彼の感想・理解の変化を自らで分析していくという構造が劇の大部分を占めている。
Waldenに関する探求を続ける中で出会った、現代のゼロコストハウス生活実践者、新しい生活の仕方を提唱し、原発事故をうけ出身地熊本へ移り住み新政府を立ち上げた建築家・坂口恭平の唱えていることが、やはり坂口に扮したアメリカ人俳優の口から語られ、ーちなみに劇中、ソローも登場し彼の考える理想の生活、なぜWaldenを記したのかが語られるー人々が闇雲に信じている定説の枠の外にある新しいアイディア、発想の転換が示され、観客たちに「考え直してみる」ことが提起され幕は閉じる。
この日米合作舞台ー内容的にも制作面でもーは単なる国際交流事業、ましてや記念行事には留まっておらず(そう言えば、最近大きなプロダクションによる大規模な国際プロジェクトの再演舞台がロンドンで上演されて、現地では賛否両論だったそうな)、両国で真摯に地球規模の将来について考えること、真の意味でのグローバルな規模の舞台に仕上がっていた。
日本現代演劇史上のターニングポイントとして特筆すべき点として、この舞台で岡田氏がこれまで日本演劇の弱点ーそれゆえになかなかインターナショナルに扱われないーと言われていたことをことごとく克服しているということを挙げておきたい。
*まずは話の中できちんとしたディベートが成されているということ。論理的、且つ冷静な姿勢でこのディベートを成立させている。
*2点目としてアジテーションするような一方的なやり方でなく、論理としての社会性を隠すことなく明確に盛り込んでいるということ。
*さらには英語で演じられることにより、国際性を保持しているということ。
でもって、ここが重要なのだが、「笑い」が忘れられていないということーもしかしたらこれは演出によるものなのかもしれないが。
これだったら世界のどこへ持っていっても、現地の他の作品と堂々と肩を並べて評されること間違いなし!!!(オリエンタルなゲストとしてではなく)

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2013年2月10日 (日)

漂着種子(2/9)

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先週に引き続き、小劇場好きの友人が誘ってくれて、猫の会の「漂着種子」を下北沢の楽園へ観に行く。
劇団HPによると、猫の会は07年から活動を開始している劇作家北村耕治氏の戯曲を上演する劇団だそう。
この北村氏、猫の会の戯曲執筆、企画、制作の他に、一般市民向けの演劇・朗読のワークショップを数多く手がけているらしい。
******劇団HP より****
といっても、そこも立派な東京都なのですが。

東京から、南へ300km―

はじめてその地を訪れたのは、2010年の夏でした。明日葉が練りこまれた緑色のうどんをたぐって、丸揚げされたトビウオを頭からかじりました。古民家にあった太鼓を恐る恐るたたいて、八丈富士の中腹から荒れる海原を見降ろしました。流人の島として恐れられた絶海の孤島のイメージははるか遠く、その独特な風土と文化に心地よく酔いました。

漂着種子はそんな八丈島と、その隣にひっそりと佇む八丈小島に材をとった連作です。ある建物の一室を舞台に、ある母娘の物語をそれぞれの視点から描きます。

1984は、今よりほんの30年の昔。当時は島と羽田の間を一日6便の飛行機が飛び交い、年間17万人の観光客が訪れました。三宅島が噴火して、テレビでは「ふぞろいの林檎たち」や「スチュワーデス物語」が流行っていた頃。近くて遠い故郷と遠くて近い東京の狭間で、母は何を思ったでしょうか。

2013は言うまでもなく、いま私たちがいるこの現代。観光地としてのブームはとうに去り、飛行機は一日3便に、観光客は年間10万人にまで減りました。現在、八丈方言はユネスコから消滅危機言語として指定されています。がちゃがちゃとした都会の暮らしに倦み疲れた娘は、この地に何を見出すでしょう。

ひとつ、小劇場楽園の扉をどこでもドアだと思ってみてはいかがでしょう。どんな旅行代理店よりもお求めやすく、八丈島のパックツアーをご提供します。

時は30年、距離にして300kmの旅。

楽園でひそやかに紡がれる物語をご覧にいれましょう。

************

私たちが観た日は1984年バージョンの上演。

東京都に属しながら、東京を「国」と呼び、国へ出ることは島と縁を切るほどの覚悟がいる時代の話。標準語とはかなり違った言葉で成りたつ八丈島の方言で語られる、それぞれ違った距離で島と関わることを選んだ三姉妹ー一人は国へ移り住み、一人は島で生活していく道を選び、そして一人はまさに今その選択を迫られているーそして近隣の島民、さらには国からの新参者と島民との新しい関係。

1969年、島民の自発的な請願により「日本初の全島民完全移住」が実行され、無人島となった八丈小島ー八丈島本島への移住理由としては、止まらぬ過疎化・生活条件の過酷さ・子どもの将来の教育上の不安などがあったらしいーから本島へ移り住んで15年を迎えた姉妹が今度はさらなる利便と情報、チャンスを求めての移動を視野に行動を起こす。

その後の地球規模の環境破壊、資本主義経済の行きづまりの兆候などを知っている客席の観客達は、そこに個人的な姉妹の人生プランだけでなく、人類規模での将来設計を思い描くこととなる。

近年、福島での原発事故の影響もあり、本当に豊かな暮らしに関して考え直す人々も多く出てきている昨今、、、劇の終演後の姉妹の暮らしがどうなっていくのか。。その一つの答えが2013年度バージョンで示されるのだろう。

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2013年2月 9日 (土)

LOFT(2/8)

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***劇場HPより***


セブンフィンガーズ(7 Fingers)は、シルク・ドゥ・ソレイユ出身の7人が、2002年カナダ・ケベック州モントリオールで結成したサーカス・カンパニー。

「7本の指」というユニークなカンパニー名は、フランス語の慣用句“5本の指(独立した5つの存在が一致団結し、ひとつの目標に向かうこと)にちなんだもの。シルク・ドゥ・ソレイユに代表される、今までの「サーカス」のイメージを覆すような新しいサーカスが生まれる中、とりわけセブンフィンガーズは、演劇的で緻密な構成とエンターテイメントな演出で、世界的に高く評価されてきました。

彼らが目指すのは、アクロバティックで、クリエイティブで、想像力にあふれ、哲学的とさえ称されるほど、人の内面に深く迫ったサーカス。毎回、作品には時代を強く意識したテーマがあり、そのテーマをパワフルで明快で、そして息もつけないくらい緊迫したアクロバティックなパフォーマンスで表現します。
ダンス、スポーツ、ドラマ、コメディなど、様々な要素が一つになったアート・サーカスは、老若男女をとわず、誰もが楽しめる仕掛けがつまった極上のエンターテイメントです!

日本では、2011年9月、福岡で初の来日公演を行い、大好評を博したセブンフィンガーズ。(福岡・キャナルシティ劇場にて『PSY(サイ)』を上演)。今回は、数あるレパートリーの中から、記念すべき結成第一作の『LOFT』を携え、満を持して首都圏・初登場!ベルリンでのロングランを終え、新バージョンにパワーアップしてやってきます。
*******
神奈川芸術劇場(KAAT)でシルク・ドゥ・ソレイユから派生した、もっと観客に身近なサーカス集団 7フィンガーズの「LOFT」を観る。
道化役のパフォーマーの動きに観客席では子どもたちの笑い声が響き、シルクのような豪華な衣装はないーメンバーが集まるロフト(屋根裏部屋)で起きているというコンセプトからパフォーマーたちはもっともリラックスした衣装“下着姿”で演じているーもののミニマムな衣装に身を包んだ一見普通の人たちがみせるチェーンに身体を任せ空中で旋回したり、細い棒の上で神業的なバランスをみせたり、、といったアクロバティックなショーに大人たちからは自然と拍手喝采が沸き起こり、ステージと観客席が一体となったショーは、エンターティメントの原点=“劇場へ行ってその限られた時間を大いに楽しむ”を思い出させてくれる、素晴らしい体験だった。
客入りの時から観客とのコミュニケーションを第一に考えている演出がほどこされ(これは行った人たちだけが味わえる楽しさ)、全編を通して、決して客たちを客席に置き去りにしないその演出、そして努力は感嘆に値する。
彼らは、ごくさりげなく行っていたが、何と言っても台詞部分のほとんどが「日本語」というのもす・ご・い!!!(出来るようでいてなかなか出来ないっすよ、これ。。だって字幕を出せばもっともっと簡単なんだから)もう日本のパフォーマーたちも英語出来ませ〜〜〜ンとは言ってられないよね。ー何も全てを英語で演じなくてはいけないということではなく、出来る限り「お客さまたちにやさしく!なるべく通じ合える方法を見つける」といった基本のことなんだよね。
みんなで楽しい時を過ごす、といったコンセプトが絶対的に明確なので、演目自体も強度の強いものに仕上がっている。
今週末までの限定公演なので、まずは中華街でランチを楽しんだあとにその近くにあるKAATで楽しい時を過ごしてみて下さい!
ps
ちなみに私の一押しは8本目のフィンガー、DJのDJ Pocketです!

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インナーヴォイス(2/8)マチネ

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初台の新国立劇場で、同劇場の研修所6期生の卒業公演ー実質的にはこの公演が彼らの将来の所属先を決めるスカウト先へのアピール公演でもあるー、イタリア・ナポリを代表する劇作家エドゥワルド・デ・フィリッポ(1900-84)のナポリ市民喜劇「インナーヴォイス」を観る。
***新国立劇場 HPより***
3年間の研修の集大成として、演劇研修所の所長でもある栗山民也の演出で、ナポリ市民の生活を見事に描いた人間喜劇『インナーヴォイス』に挑戦します。演劇界の次世代を担う6 期生の舞台に、どうぞご期待ください。
******
このフィリッポさん、最期は国葬で送られるほど、ノーベル文学賞候補にも挙るほどの国民的作家だったということなのだが、日本での知名度は今ひとつ。
知らないというのはなんとももったいないことで、、この戯曲が実に良く出来ている。
不条理の可笑しさあり、一介の市井の人々という老若男女のキャストのそれぞれに魅力あり、おろかで欲深い人間への苦言があり、、、とさすがに人生の達人であるイタリア人たちが賞賛するだけのものなのだ。

3年間、みっちりと演技の基礎を学んできた研修生たち。
確かに、これからさらに`幅’というものがどんどんついてくるのだろうな、という

青い部分もあるものの、反面、それこそ基本の部分では安定感もあり、何と言っても

舞台そのものを十分に堪能させてもらった。


コケティッシュでチャーミングな女優陣が特に光っていた。


(ニュース:3月8日(予定)にJTでこちらの国立劇場研修所関連の記事を掲載する

予定なので、そちらもチェックしてみて!)

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2013年2月 8日 (金)

Anamorphosis (アナモルフォーシス)(12/7)

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アトリエ春風舎で青年団とフランス人演出家フィリップ・ケーヌとの国際共同プロジェクト、青年団の女優4人が出演、英語・日本語の字幕付き上演のケーヌの作・演出による新作「Anamorphosis」世界初演を観るーというのも今作、この東京公演の直後には横浜でのTPAM(Tokyo Performing Arts Market)においてインターナショナルショーケースのプログラムとして上演され、その後ヨーロッパツアー(ベルギー、オランダ、フランス、ドイツのフェスティバルを回る)に出ることが決まっているからだ。
そんな背景もあり、初日の客席にはフランス人演劇関係者と思われる人々、そしてTPAM関連、さらには国内の演劇関係者ー国際フェスティバルのディレクター、チェルフィッチュの岡田氏などーなどの顔が。とっても国際色豊かな世界初演を迎えていた。
***TPAM HPより / 青年団HPより***
昨年のTPAM in Yokohamaで『セルジュの特殊効果』を上演し、独特のユーモアと世界観で日本の観客を魅了した演出家フィリップ・ケーヌが、青年団国際演劇交流プロジェクトにて再び登場します。これまでも数多くの才能を排出してきた青年団の実験工房・アトリエ春風舎で、青年団の女優4人と滞在制作を実施。彼女たちとの出会いからインスピレーションを得て生まれるフィリップ・ケーヌの新作にご期待下さい。
////////////
演劇そのものを見つめる確かな視線と壮大な遊び心で観客を魅了する、演出家フィリップ・ケーヌ。
彼と青年団女優4人との出会いが生み出す「アナモルフォーシス(歪み絵)」は、いったいどんな像を結び、何をそこに映し出すのか。

青年団国際演劇交流プロジェクト最新作、アトリエ春風舎にて世界初演!
***************
説明文にあるように昨年のTPAMでの舞台「セルジュの特殊効果」(こちらの舞台の様子はTPAMのHPでダイジェスト版をみることが出来るーー残念なことに見逃しているのだが、確かにこれは面白そう)が好評で、それもあって大いに注目を集めていて、多くの人が初日からつめかけているようなのだ。
**ネタバレ注意****
青年団の中でも小さくて“カワイイ”**ココがミソ**女優陣4人が次々と部屋に集まってきて、そこで未来を透視する?もしくは妄想を視覚化してみることの出来る特殊なゴーグルをかけそれぞれの妄想の世界をイメージし、そのあと実際にその世界を体現してみている。。様子が描かれる。
妄想のバーベキューを楽しみ、みんなで仲良くテントに入って眠り、お誕生日のプレゼントの包みをあけはしゃぐ彼女たち。グロウワームという蛍に似た黄緑色に発光する虫ー雌だけが発光ーの青白い光に魅せられ夢見ごこちになる彼女たち。
やがて、魔法はとけ、それぞれの現実へ戻っていく。
****

彼女たちとの出会いからインスピレーションを得てつくられたというが、、フィリップ・ケーヌが見た日本人女優たちって何なんだろう??

一見少女のようないでたちの夢見る女の子で、いつも楽しそうにグループではしゃいでいて、それでいて無自覚に男性を魅了する?????おいおい、ちょっと待ってよ。これってかなりな(日本)女性蔑視。
確かに、一方では、このようなイメージ戦略でインターナショナルマーケットに売り込んでいるー少年ナイフとかAKBとかアニメのロリ顔で巨乳のヒロインたちとかーーーという事実はあるものの。。。それらは商業戦略でしょう? 商品でしょう??

青年団の生身の女優さんたちを使って、これっぽっちの貧弱なイメージしか表現できないって??何??

だいたい、多くの台詞を字幕(日本語)で出して、彼女たちの声も聴くことが出来ないって、、なぜ?

これを持って、ヨーロッパを回るって??ヨーロッパの観客に一体何を見せるつもりなのかしら?あ〜〜〜恥ずかしい。

こんなドリームランドに住んでいる人たちが今の世の中にもいるんだよ、ってか??
彼らはそんなもの、わざわざ観たくないだろう。ーその世界に触れたい人はアニメとかの方が有効なでは?

今、こんなもの見せている時か?

わからん!!!

彼の眼に彼女らが不思議に映ったのだとしても、それを昨年上演の舞台のように上質なウィットで、時に疑問を素直にぶつけながら描いてほしかった。

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2013年2月 5日 (火)

サロメvsヨカナーン

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池袋、東京芸術劇場シアターイーストでFUKAIPRODUCE羽衣の新作「サロメvsヨカナーン」を観る。
*****演劇サイトより*****
ワイルドのサロメでは、まずサロメはヨカナーンの声に惹かれます。それから容姿(肌や髪や唇)に惹かれます。そしてその唇に触れたい、キスをしたいと思います。サロメの恋の欲情が聴覚→視覚→触覚、とエスカレートしていきます。
だけど、今、僕が出来ることは多分、もう触れて、キスしてしまった後のお話です。

サロメの最後、サロメはヨカナーンの生首にキスをすると、苦味を感じます。そのビターさから始まる物語を、サロメとは逆の道筋で辿ってみたいと思います。

糸井幸之介

:・…╋── サロメvsヨカナーン ───╋━…・:
―糸井幸之介がオスカー・ワイルドの古典名作の妙ージカル化に挑みます。

今夜もアメ降る、ワイルド系な街に溢れるカップルは皆、互いを“サロメ”“ヨカナーン”と呼び合っている。
硝子のタクシーに乗り込んだ男は、乗ったはいいが、なかなか降ろしてもらえない。

生・死・性・愛を描き続ける羽衣が、19世紀の愛の淋しさを大都会に連れて行きます。
CoRich春の舞台芸術まつり!2012 グランプリ受賞後、第一作。
さらに心を込めて。

****************

隣に座っていた女の子は終盤でー男女の一生を走馬灯のようにおったぞろ目の歌あたりでーグスングスンしていたみたいだが、今回で2回目のFUKAIPRODUCE羽衣観劇だが、、、私にはぜんぜんダメです。

どんなに長い芝居でも、めったに時計見たり、それこそ早退したりしないのですが、、、今晩はキツかった。。。

チュッパチョップスで表現した雨だれの舞台セットは良かった。。台詞や歌詞のはしばしに言葉のセンスも感じた。。。がいかんせん、つまらない。。ぬるい。。

客入りの音楽が80年代英国のカリスマバンド、The Smithsで、、「ほ〜〜〜、懐かしい。モリッシーはロマンチストだね〜〜」なんて聴き入ってよろこんでいたのだが、本編始まって、初めの方のリフレイン、シャ〜〜!!のかけ声も良かったのだが、、男女(サロメとヨカナーン)の愛の話が、どうにもこうにもつまらん。。
恋愛How to 本か??!!
もっと、ドロドロして、もっとつきつめて、、頭使ってハートで恋愛してくれよ!!登場してくる男女に魅力が感じられん。

もっと心の奥がジンジンするようなヒリヒリするような本当のマジなうその話が見たいよ〜〜〜ん。

日本語ミュージカルの上演には大賛成だし、さすがにいろいろなところで賞をとっているだけあって詩と楽曲にもセンスを感じるのだが、中味、、もうちょっとどうにかしようよ。
せっかく、時間とお金を使って上演しているのだから、何か残るものが欲しい。

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狂人教育(2/5)マチネ

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中野の小劇場MOMOで寺山修司初期一幕劇連続上演企画の第二弾、青木砂織演出・構成・美術、本田実:音楽、石丸だいこ:ダンス振り付けの「狂人教育」を観る。
2013年の日本人アダムスファミリーが寺山修司の「狂人教育」の案内役となっているキッチュでポップ、でもって楽しい唄と踊りまでついてくる寺山舞台。
↓これは91年の映画版。この中で真ん中のママさんと両脇の三つ編みの女の子(映画版:クリスチーナ・リッチー)と縞シャツのボクが舞台に登場
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このファミリー役三人が見た目も唄も秀逸ー伊藤弘子・松山友佳・眞藤ヒロシー。
(海外のコスプレファンとかが大喜びすること間違い無しのクリソツぶり)
実はこの青木砂織・本田実・石丸だいこの製作チームは昨年夏にエジンバラへ持っていった流山児事務所の「花札伝綺」の製作チーム。
ということで、今度はどんな舞台で楽しませてくれるのかとの期待を胸に初日舞台へ。
またもや、120分、、ヴィジュアルと唄と音楽、そしてゴス衣装のコミカルダンスとウィットの効いた歌詞ー(今の世で)寺山を観たいのなら消しゴムやさんを呼んできて!!(といったような)ーこれらを繊細な演出で大いに見せてくれていた。
ーーーー3日間限定公演なので、お見逃しなく!!!ーーー
シェイクスピアにしてもチェーホフにしても、今それらの戯曲を上演する意義を打ち出さないとわざわざ労力を費やしてやる意味はないわけで、、それと同じことで、寺山にしてもつかこうへいにしても、ピンターにしても、ブレヒトにしても、あらたに上演する場合はその都度にアップデートしないとお金と時間の無駄。。。青木砂織の演出はそのところをきちんとフレッシュな視線で向き合い、丁寧に今日の観客へ向けてつくりあげている。
ーこの作業をきちんとやり遂げないことには古典・もしくは既存の戯曲の上演理由がたたない。。例えば、野田秀樹が過去の戯曲を上演する場合においても、必ずこの経緯は経ているはずー
前回の「花札伝綺」と今回の舞台、寺山シリーズとして英国で日替わり上演出来たら面白いだろうな。余裕があったら流山児演出の「狂人教育」もあわせて上演して、寺山戯曲の普遍性を系統的にみせられたら、、、面白いかも。

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2013年2月 3日 (日)

HUGHIE(2/2)

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ここのところ週末の小劇場通いが定着しつつある、小劇場マニアの友人に誘われて、下北沢楽園でアムリタスタイルのユージン・オニール作、アメリカ人演出家Andy Utech演出の「ヒューイ」を観る。
*****劇団HPより****

1928年、夏のある日。午前3時ごろ。

ニューヨーク・ミッドタウンにある小さな安ホテルのフロント・ロビー。

ツキに見放された小者のギャンブラー、エリーは、ホテルのフロント係りとして夜勤の仕事にしかつけない疲れ切った男、チャーリーと出会う。

エリーはフロント係りを相手に、先週亡くなったヒューイの話などを始めるのだが、彼の耳には入っていかず・・・。

アメリカ人作家、ユージン・オニールが社会の底辺であがき苦しむ男たちの姿を描いた作品を、アメリカ人、

アンディ・ユーテックの演出で描きます。


***************


前回は英国人劇作家、ハロルド・ピンターの代表作、今回の作品と同じように男二人だけの芝居「ダム・ウェイター」を上演したらしい。でもって、日本では圧倒的なボリュームの大作「喪服の似合うエレクトラ」「楡の木陰の欲望」「氷屋来る」そして「夜への長い旅路」などなどの戯曲上演が圧倒的に多いユージン・オニールの男二人だけの小作品の上演ということで、珍しさもあって足を運んでみた。




ホテルのフロントとその前の小さなスペースで繰り広げられる会話劇なのだが、最期まで戯曲の面白さは今ひとつ伝わってこず。

飲んだくれのヤクザものエリーが追いつめられているのは明らかなのだが、一見まともに見えるフロント係のチャーリーにしても実のところかなりメンタルなところまで病んでいる社会の負け組の代表格。それでいて二人とも地に足がついておらず安ホテルのロビーで妄想世界に浸っている。。。そんな二人を醒めて眼で観察する役を与えられているのが観客席のわたしたちであるはずなのだが、二人しかいない舞台の上のその二人のやりとり、お互いの演技が関わりあっていないので、どうも言葉ばかりが通りすぎて話そのものが伝わってこない。。。机をたたく前に言葉を伝えて!

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2013年2月 2日 (土)

スペイン国立バレエ団(2/1)Aプログラム

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文化村オーチャードホールでスペイン国立バレエ団の舞台を観る。


****プロモーター HPより***

1978年の創立以来、ホアキン・コルテスやアントニオ・カナーレスなど名だたる一流ダンサーを多数輩出、日本にも根強いファンを持つスペイン最高峰の舞踊団が、6年ぶりに来日!

アントニオ・ガデスやアイーダ・ゴメスら錚々たる顔ぶれが歴代の芸術監督に名を連れねるこの舞踊団で、昨年、新芸術監督となったアントニオ・ナハーロは、フィギュアスケートのステファン・ランビエールらへの振付でもその名を轟かせるなど、今、世界で最も注目を集める若き鬼才である。

本公演では、そのナハーロ振付による最新作で、スペインでの初演時には連日完売の人気を博した「セビリア組曲」を日本初演。さらには、同団の代表作として愛されてきた「ボレロ」、ギリシア悲劇をモチーフした名作「メデア」など、世界各地で絶賛を浴びてきた極上の作品を引っ提げ、豪華2プログラムをお届けする。

フラメンコをはじめとするスペイン舞踊の奥深き豊かさ、魂で踊るダンサーたちが魅せる情熱と官能のドラマ?スペイン屈指の精鋭たちが贈る、熱きステージは見逃せない!

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バレエというとチュチュをつけてポワントーつま先立ちーで踊る姿を想像するが、お国が変わればなんとやらで、スペインのバレエと言うと、大地を力強く踏みならして情熱的に、官能的に踊るこのフラメンコスタイルが正統らしい。

国立バレエ団は78年に創立され、アントニオ・ガデス、アイーダ・ゴメス、ホセ・アントニオと言った世界で名だたるスペイン舞踏家たちが芸術監督として伝統と革新の両輪を軸に運営してきたバレエ団。

自らのオリジナル文化/舞踏に誇りを持ち、そのスタイルをさらに広い範囲で広めていくといった使命の中、カリスマ的魅力を放つ歴代踊り手たちのジャンルを越えての活躍ーアントニオ・ガデス、ホアキン・コルテスなどなどーもあり、日本でも根強い人気を誇っている。

踊りに入る前の背筋に鋼の線でも入っているかのようなりりしい立ち振る舞い、独特の裾がマーメイドスタイルに美しい曲線で広がったドレス、そしてライブ歌唱とクラシックギター、、、と、お約束のあれやこれやに「これが伝統が育んできた美しさ」なんだなと納得。

一昨年に就任した芸術監督、アントニオ・ナハーロは就任時には35歳だったとか。100年先、200年先を見越して若手にチャンスを与え、ポジティブに継承していく、この懐の深さはさすが。

ーカーテンコールに舞台に呼ばれたナハーロが最期にパフォーマーたちに華をもたせてさっさと袖にひっこんでいたのがクールー

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2013年2月 1日 (金)

撫で撫で(1/31)

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座・高円寺で演劇フェスティバル三作品の最期、劇団宝船・番外泥舟公演「撫で撫で」を観る。

****劇団HPより*****

「お嫁さんにもお母さんにもなりたいなんて思ってなかった」
学生時代からの親友同士、マリカ(西牟田恵)とメグ(高木珠里)は共に38歳。 マリカはサークル仲間の千々岩(黒田大輔)と結婚し、今は働くかたわらで妊活中だが、なかなかうまくいかない憂さを晴らすようにホームパーティと称して仲間と家飲みでガス抜きをしている。一方、メグは年下の恋人・大哉(岩瀬亮)との関係に自信をなくしていた。

ーーこの恋人と一生添い遂げる決断をするべきか。結婚したら子どもを持つか持たないか、そもそも持てる可能性はあるのか。ーー

結婚と妊娠をめぐる、“期限”目前の女たちを巡る物語。

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今回の企画意図「女性が創る演劇」に一番即した内容のお芝居だった。
今作では番外公演ということで、劇団宝船主宰で二児の母、新井友香が執筆、女の本音を描かせたら定評のあるブス会主宰のペヤンヌマキが演出を担当している。

女の人生における二大重要イベント「結婚」「出産」だが、これらには本人の意向とは関係なく、実質的なタイムリミットもついてくる(結婚に関してはリミットはないが)。

そんな、女の決断時期にある二人の主人公が暮らす部屋、二つが並んだ舞台でそれぞれの私生活が交互に描かれる。

***ネタばれ注意****

ヒモのような腐れ縁の恋人との結婚への道筋が見えず、会社のかなり年下の男の子へなびいて目的をすり替えるメグ。

長年の不倫の果てに最終的には手頃な相手と結婚し、今は子づくりが絶対使命で、そのあまりののめり込み方に回りをひかせてしまっているマリカ。

途中、絶体絶命の崖っぷちにまで追いつめられる二人だが、最期のシーンで女のしたたかさがふつふつと再燃し、男を撫で撫でしていたのが、いかにも女が創った芝居で面白かった。

あと、主人公の会社の同僚役で出てくる脇役連中が超ハマった!!


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イノセント・ピープル(1/31)マチネ

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東池袋あうるすぽっとで劇団昴による好評舞台の再演畑さ畑澤聖悟作・黒岩亮ー青年座所属ー演出「イノセント・ピープル」を観る。

2010年の初演版も観ていて、その際に戯曲の完成度に度肝を抜かれたのを覚えている。ー年末には演劇雑誌のアンケートでその年の優秀戯曲に選出もしているー

初演版レビュー

今回、初演時のシアターグリーンから若干広めのあうるすぽっとに場所を移したということがあり心持ち舞台空間に広さが感じられたものの、基本的には初演時と演出は同じ。

アフタートークに出演者たちが総出で出てきていたのだが、キャストも若干の入れ替わりはあるもののほぼ初演と同じという舞台で、その意味では新たな驚きなどはないのだが、再度観劇してみて、やはり物事を良い悪いの一元的な尺度だけでなく、俯瞰で、より広い視野で捉えた素晴らしい戯曲だなという感想を持った。

平日の昼間の回ということもあり、観客の年齢層が高かったのだが、このような芝居こそ、安倍新政権になって改憲論も出ていいる中で若い人たちに観てもらい、考えてもらいたい芝居だなと思った。

ネット検索やデジタルニュースのような早くて端的な答えが瞬時に手に入る現代において、長い歴史の中でどのように人々が考え、世論が動いてきたのか、そしてその時間軸とあわせ地理的な差異も加味し、戦争、核、そしてそもそも人間同士の対立をどのように考えていくのか、さらには将来をどのように想像していくのか、、、まさに芝居だから提供できる問題提起のやりかたであると思う。

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コリオレイナス(1/29)

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京都へ三浦基率いる地点のシェイクスピア劇「コリオレイナス」を観に行ってくる。

JT 三浦氏インタビュー

と言うのも、先日JTで三浦基さんのインタビューを掲載したのだが、その際に彼が語っていた「今、コンテンポラリードラマを上演する意義。。。今のコンテクストで読み直し演出し直さなければ古典を上演する意味はない」「助成金をもらいながら演劇活動を続けるということは。。。それを市民に還元するという使命を担っているということを大いに自覚しなくてはならない」といった意見に大いに共感し、その成果であり、また海外上演の実成果でもある今舞台(2012年にロンドンで行われた37カ国語によるシェイクスピア劇上演の祭典Globe to Globeの一演目として英語字幕無しの日本語でロンドン、グローブ座で上演され、喝采をあびた)を目撃したいという強い思いがあったから。

京都府の公共劇場Altiにグローブ座さながらの舞台を再現。ー舞台の回りの一階部分が本家のグローブ座のように立ち見席エリアになっていて、観客はその席がない空き地空間で自由に移動しながら劇を観ることが出来る。コンサートのアリーナエリアのようなものー

私はその回りに設置された席のある場所で観劇したのだが、グローブ座の舞台空間を模した工夫がされていて、柱のような舞台装置であったり、舞台背後の壁を金屏風で作ってみたり、とそれなりにグローブ座での上演を体験できたのではないかと思っている。

戯曲を大幅に改訂、言葉の使用にも独自のこだわりをみせる地点の舞台だけあって、シェイクスピアの戯曲は大胆にカットされ再構築されているのだが、面白いことにかえって舞台の強度は増していた。

そもそも慣れない外国名ーそれも同じような響きの長い名前がいくつも出ている古代ローマ劇ーの役者が馴染みのない軍や役所の役職を肩書きに登場してもその関係性をすっきりと理解するのは至難の業。シェイクスピア劇に詳しい学者先生たちが何回目かに観てさらに詳しく内容を掘り下げて考えるのには役立ったとしても、生涯この1回がせいぜいであろう日本の観客達にはかえって無用の長物。

それよりも劇の中心人物であるコリオレイナスに焦点をあわせ、他はすべてコロスで演じわけ、とにかくこの劇の重要部分であるコリオレイナスの自己矛盾に関してはしっかりと観察して見極めようという、この方法は日本でのコリオレイナス上演には確かに最適なのではないか、という感想を持った。

この舞台を観て、この古代KYの最たるものであった悲劇の武将のことに興味をもったらまた別の機会にRSCの舞台でも、また日本の蜷川版の大スペクタクル舞台を観ても良いわけなので、まずはコリオレイナスの芝居の幹の部分を共有する上演舞台としての役目は十二分に、さらにはその部分を丁寧に見せているという点において大いに観る価値のある舞台であると思った。

戦闘シーンが話題の一つとなる群衆劇の中でやもすると埋もれてしまう、主人公の不器用さが今回の舞台ではより近いところで感じられた。

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