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2012年12月

2012年12月22日 (土)

くるみ割り人形(12/21)

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組曲虐殺(12/19)マチネ

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ポリグラフ(12/18)

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Harvest(12/18)マチネ

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RUR(12/17)

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船岩裕太率いる演劇集団砂地の第8回公演、チェコの作家カレル・チャペックのSF古典戯曲「RUR」を上野ストアハウスで観る。

1920年に書かれた戯曲ということで、設定に

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2012年12月17日 (月)

赤い華のデジャヴュー(12/16)

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池袋東口裏道のそのどん詰まりにある劇シアター場喝采(今回初めて訪れたのだが2010に出来た新しい小劇場らしい)で劇作家、久間勝彦氏率いる東京ストーリーテラー(TST)という劇団の2本立て上演公演の一つ「赤い華のデジャヴュー」を観る。
****劇団HPより****
死地を求めて旅に出た男が、辿り付いた南の島。絵に描いたような楽園の景色の中で、男は白い錠剤の入ったビンを取り出した。

これを飲み干せば、全てが終わる

かたわらに目を遣ると、砂の上に一輪のハイビスカス、花を手に取った瞬間、男の心は不思議な既視感に包まれた。

「ずっと昔、随分遠い昔、こんな景色の中にいたような気がするそして、つかの間のまどろみ

男が見た夢は千年の時空を越えた、デジャヴューだった。
*********

今回、この芝居に出演している役者さんからお誘いをいただき、観劇することにしたのだが、その役者さんというのが蜷川氏率いる埼玉ゴールド・シアターのメンバー北澤雅章さん。
ゴールドシアターでは役者たちは先鋭戯曲家たちが創り出す(岩松了、ケラ、松井周など)劇設定からエキセントリックなキャラクターを演じることも度々要求される。さらには大集団の中で他の人と作品を作り上げるというバランス感覚も持ち合わせていなくてはならない。そんな厳しい環境の中、一流の講師陣に鍛えられているお陰なのか、北澤さんの健闘が光っていた。
南の島の長老という役で、それこそゴールドの時のようなひねったキャラクターづくりが必要なく、そのまま比較的自然体で演じることが出来るからなのか、今作舞台の役者たちの中でも良い意味で肩の力が抜けた感じで演じていた。
客席にはゴールドのお仲間たちの顔もちらほら。。。。女優陣もF/Tなどの役者公募プログラムに積極的に参加しているようだし、これからもますますのゴールド旋風に期したい。

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今、被災地は!ー演劇「今伝えたいこと(仮)」を含む(12/15)

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友人に誘われて仙台で行われたイベント「今、被災地は!」へ出向く。
福島の県立相馬高校演劇部(放送部)の女子高校生たちが、みんなで話し合いながら実際の体験談、友人・知人のさまざまな声などをもとに書いた戯曲「今伝えたいこと(仮)」ー注・タイトルに(仮)とあるのはその伝えたいことが刻々と変化していく可能性があり、それに伴い内容も変えていく可能性があるからとのことーを上演。
自前の制服姿でほとんど舞台装置もない舞台で演じられる40分ほどの作品では福島の高校生たちの赤裸々な声が語られている。
飾ったり、レトリックを用いたりすることを一切していない剥き出しの彼女達の言葉が並ぶ舞台は、演劇としての完成度云々とはかけ離れたところで、それでいて、一方では目の前の観客へ伝えるパワーを十分に備えている。
時として演技を越えて素が垣間見えたりする場面もあるのだが、それら全てを含め、観る価値のある舞台だった。
事実、(あとで友人がおしえてくれたのだが)会場に観に来ていた観客の高校生たちは大粒の涙を流していたらしい。
生身の人間が人前に出て何かを伝えようとする。。。演劇のひとつの大きな役割を、福島の女子高生たちが実践している。
この実体験をより多くの人に味わってもらうため、彼女たち、そして学校の先生達が全国各地での出来うるかぎりの上演、さらにはこの舞台を収めたDVDの上映会を敢行中だ。近日中の予定としては12月21/22日は沖縄で、年明けには都内文京区で上映会が行われる予定で、3月16/17日には東京笹塚ファクトリーでの演劇上演が決まっているとのこと。
ぜひ、この機会に福島の現状を聞きにいってみては?
*******
この演劇上演に続いて、上映されたドキュメンタリーフィルム;
栃木在住の米国人ジェフリー・ジョーサン氏( 他にPaul Johannessen, Jeffrey Jousan and Ivan Kovac も参加)が制作したフィルムも大変興味深かった。
*Women of Fukushima
*Then and Now
↓このリンクでご覧下さい。


選挙報道と一緒にこのフィルムも流してほしいよね(今、やるべきことを思い出すためにも)。

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2012年12月14日 (金)

ちいさなブリ・ミロの大きな冒険(12/14)

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フランス人の劇作家/俳優/演出家ファブリオ・メルキオ作の「ちいさなブリ・ミロの大きな冒険」を庭劇団ペニノ主宰、タニノクロウが演出した舞台を東池袋あうるすぽっとで観る。
子ども向きに書かれた寓話なのだが、子どもから大人まで、誰にでもーというか「人」であったら誰にでもにあてはまる物事の真実をついた、でもってハートウォーミングな、「人が生きていくということ」をブリ・ミロ少年の視点を通して描いたなんともステキなおなはし。
人として感じるべきこと、考えるべきこと、ー人を愛するということ・他のひとを愛してしまうということ・誰かを愛したらどうやって思いを伝えるかということ・年を経ていくということーなどなど、昨日観た「地獄のオルフェウス」ではその人としての原点を「野生」をとりもどす、と表現していたが、今晩の舞台では寓話ファンタジーらしくカリカチュアされた表現でちょっと変わった男の子の飾らない言葉として見せてくれていた。
ちょっとへんてこな少年少女のカップルが屈託なく発する愛の告白に胸が熱くなった。
でもって、劇場にいる多くの観客が期待するところのタニノクロウ氏のヴィジュアルもフランスのエッジが効いた寓話にドンピシャにはまり、マメ山田氏の突然の小走りに驚かされ、、、タニノ氏の本領が十分に発揮された舞台でタニノファンにはたまらない舞台。

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地獄のオルフェウス(12/13)

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先日、中劇場で観た蜷川幸雄演出の「トロイアの女たち」で「演劇のちから」なるものを信じさせてもらったと思ったら、その下で上演しているTPTの「地獄のオルフェウス」でも、しみじみ身体の芯から「芝居」の魅力、このデジタル世代になぜアナログな、しかも遠い海外の、地名もカルチャーもかけ離れたところの芝居を観る必要があるのか、、ということを大きなよ・ろ・こ・びとともに味あわせてもらった。

***演劇サイトより***

『地獄のオルフェウス』・・劇場の詩人と呼ばれ、世界中の演劇人に影響を与えた20世紀を代表する劇作家の一人、テネシー・ウィリアムズの作品は現在も世界各国の劇場で上演され続けている。商業的作品のデビューとなる『天使のたたかい』(ボストン・ウィルバー劇場1940年初演)を、その後書き直しを続けギリシャ神話の死んだ妻ユリディスを慕い続け、彼女を救おうと死の世界に降りたオルフェウスをタイトルに1957年ブロードウェイ、マーティン・ベック劇場で『地獄のオルフェウス』として世界初演され1960年、作者自身の脚本で映画化『逃亡者』(邦題『蛇皮の服を着た男』)、アンナ・マニャーニ、マーロン・ブランド主演。

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映画化までされている作品ながら、ここ日本においては上演機会の少ない今作。

それこそ、「ガラスの動物園」「欲望という名の電車」などで日本でも人気の高いテネシー・ウィリアムズの作品だからと選んところで、演じようによっては海外戯曲上演のマイナス面ばかりが出てしまい、観客をぐったりと疲れさせ、ともすれば貴重な演劇ファンを取り逃がすー二度とその人が劇場に戻ってくることがなくなってしまうような退屈で苦痛な観劇経験をさせてしまうかもーことにもなりかねないような戯曲である。

冒頭の街の女房たちの長台詞、黒人妖術師の男の存在、ヴァルの心理描写、キャロルが伝える伝言。。。etc.etc.とつまづきどころ満載の戯曲なのだ。

今回のTPTの上演舞台(岡本健一演出、広田敦郎翻訳)では、これらの難題を真っ向から受け入れ、それを解決するには「戯曲を読みこと意外になし」という強い信念から見事に「地獄のオルフェウス」の世界を描ききっている。

確かに、一見不可解に思える台詞でも(プログラム掲載のインタビューのために事前に広田氏が訳した翻を読ませてもらった経緯があり)、舞台に集中して聴いて、役者を観ているとすんなりとそのメッセージが伝わってくるから不思議だ。

劇の終盤、この世の真実の何かを見てしまっている街のつまはじき者キャロル(占部房子)が観客へ語りかける台詞でー「こんな土地にも野生は残ってる。。。。昔野生があった、男と女には野生があった、心に野生のやさしさがあった、お互いに、でもいまはネオンに毒されている。」ーという、なんとも(言ってしまえば)狂人の戯れ言ともとれるものがあるのだが、この「野生Wild(ness)」を自分たちの生活の中では何とうけとめるのか、、このあたりの判断がこの劇が普遍のものとして現代の観客(われわれ)へと届くか、それとも演劇史のおさらい舞台として受け流されてしまうのか、の分かれ目になる。

今の私たちが置かれている状況を鑑みて、われわれの多くが無くしてしまった、もしくは忘れかけているもの、として捉えれば、この劇が思い出させてくれる人類の陥り易い過ちというものが見えてくるはず。でもって、世界不況で慌てふためく現代人たちのちょっとした指針にはなるはず。

エンタメ舞台のようなスポーツ感覚は味わえないが、それこそ冬の夜長にちょっとした脳トレになるような知的な面白さが楽しめる舞台。

ライブ音楽、壁一面のガラス張り窓のセットに透けて見える火事の赤い炎、暗いトーンの照明、とヴィジュアル面でも楽しめるのだが、何と言っても主役3人ーヴァル(中河内雅貴)、レイディ(保坂知寿)、キャロル(占部房子)ーの好演が光る。

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この欄の冒頭でも触れたのだが、見事に、東京芸術劇場に野田秀樹が芸術監督として就任したあたりから演劇マップの中心が池袋へ移りましたね。

以前の状況を思い出すと、誰がこの状況を予測出来たでしょうか?ー以前は池袋で観劇なんて年に数回かぞえるほどだったのでーF/Tが本拠地として使ったことなどの偶然(?)も拍車をかけたのだろうが、それにしても、、、成せば成るものでーこの心意気は先日亡くなられた勘三郎さんが身を以て示したという間接的な影響なんかもあるのかもー、何事においても決めつけ、思い込みは進歩の妨げ以外の何者でもないんですね〜〜(自らに言い聞かせながら)。

今月の東京芸術劇場のラインナップなんて、まさにこれ日本演劇史に刻まれそうなものですから。

この身近な例をみていると思い起こされるのが英国ロンドンのナショナルシアターの復活。90年代後半からのテムズ河南岸地域再開発、そして今年のオリンピックブーム、そして何と言っても、現NT芸術監督、ニコラス・ハイトナーの柔軟な判断とリーダーシップ、アーティスティックな才能などなどが全部相まって、ここのところNTの独壇場だから(ま、ウェストエンドもそれにつられて元気があるけど)。

やっぱり、リーダーには独裁者ではなく、賢いリスナーがなってほしい。

週末に向けてのつぶやき、でした。

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祈りと怪物〜ウィルヴィルの三姉妹(12/13)マチネ

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渋谷シアターコクーンで「祈りと怪物〜ウィルヴィルの三姉妹」ケラ演出版を観る。

****演劇サイトより***

北回帰線と南回帰線の狭間にある架空の街に、祖母と二人で暮らす内気な青年。街を牛耳っているのは強欲で好色な市長。彼の三人の娘は、それぞれに複雑な事情を抱え、やがて街を揺さぶる大事件に発展する―。

市長の後妻と百歳を越える母親、子供を亡くした使用人夫婦、テロを企てる市民たち、怪しげな教会の司祭、謎の錬金術師と白痴の助手、そしてよその街からやってきた放浪の若者。幾多の登場人物が壮絶に絡み合う一大クロニクル。

******

作家自らが「大人の寓話」と称している作品。ウィルヴィルの街を事実上牛耳っている独裁者その名もドン・ガラス(生瀬勝久)を中心にウィルヴィルに暮らす勝者と敗者が、そのレッテルだけでは語れない、おのおのの事情、人が知らない内面を暴き、暴かれていく様子を詳細に描いたドラマ。

時代背景とともに、その立場も逆転する

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2012年12月12日 (水)

あつ苦しい兄弟(12/12)

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青山勝が主宰する劇団道学先生の新作舞台、2組の作家・演出家ー1部/作・桑原裕子 演出・青山勝 2部/作・演出 中島敦彦ーがチラシにある(あつ苦しい?)兄弟(という設定)を中心として描く、近い間柄の人たちの気持ちの掛け違いを描いた芝居を座・高円寺で観る。


働き盛りの中年時代の兄弟、そしてその後ウン十年経ってからの人生後期の二人ということで2部構成になっている。

でもって、作家がバトンタッチしているところで、それに連れて作風もスイッチしている。

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トロイアの女たち(12/11)

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東京芸術劇場プレイハウスで東京芸術劇場とイスラエルカメリ・シアターとの共同制作作品「トロイアの女たち」の初日舞台を観る。
客席にはーおそらくイスラエル関連者たちであろうがー多くの外国人の姿が。ダンス公演でなく演劇公演でのこの国際色は、やはり世界の蜷川の成せるところだろう。
********演劇サイトより*******
世界のニナガワが挑む、最も過激な国際プロジェクト

紛争絶えぬイスラエルと、震災の傷なお深い日本、二国の共同制作により上演される究極のギリシャ悲劇。白石加代子、和央ようか 他の 日本人俳優、イスラエルのユダヤ系・アラブ系の傑出した俳優が集結、それぞれの母語で激しく台詞をぶつけあう。
戦争、暴力、憎しみの果てに、それでも人間は未来に一筋の光明を見出しうるのか?…混迷の世界に放たれる、蜷川渾身の舞台を目撃せよ!

東京芸術劇場と、イスラエル最大のパブリック・シアターであるテルアビブ市立カメリ・シアターとの共同制作により、両劇場で連続上演。
*************
添付はJT記事執筆の為、埼玉の稽古場へ行った際に移した写真で後半、コロスートロイアの女たちーがトロイアの没落を嘆きながら輪になって行進をしているところ。
三か国語で演じられる舞台は15人のコロス(アラブ系イスラエル人、ユダヤ系イスラエル人、そして日本人がそれぞれ5人ずつ)のシーンでは同じ台詞をそれぞれの言葉で繰り返し演じるので、コロスの場面は三倍の長さとなる。
一言で言ってしまえば、トロイア戦争に負けた側のトロイアの女たちへがギリシア軍の慈悲なき処遇に嘆き悲しむという劇内容で、この戦争の不毛さを描いたギリシア古典劇を単一言語で演じれば1時間半ぐらいですむところなのだが、前述のように3回繰り返している台詞の部分が多くあるので、上演は休憩を挟んでの3時間弱となっている。
で、この3時間が、濃い。目の前の文化的背景の異なる役者たちがコラボしている舞台をじ〜〜〜〜っと眺めていると、そこからにじみ出てくる、台詞プラスアルファの化学反応物質(俳優たちのケミカル反応)のまあ、多彩で意外で奥の深いこと!!
エウリピデスのギリシア文学古典を学ぶだけだったら、書籍の文字を吟味した方が分ることは多いと思うのだが、目の前でライブで展開されていること、その演劇というものの与えてくれるものの質量の長大さに圧倒される。
ーーそれ自体が何であるのかは、申し訳ないが劇場で感じ取って下さいとしか言いようがないーーー
なぜ日本人のコロスとイスラエルのコロスとではこれほどまでに表現方法が異なるのか、(例えば、ありきたりのようだが、個人主義とグループ社会の違いとか、感情をおさえる文化と外へ外へと発散させる分かの違いとか)、、、彼女ら一人一人は何を思い台詞を叫んでいるのか、、、思考はどんどんと広がっていく。
余談ではあるが、同じく蜷川氏が演出しているゴールドシアター(高齢者劇団)の上演の際に、「なんでプロンプトがいけないの?」という根源的な問いをつきつけられたことを思い出したのだが、今回の演出の多くがこれまでの氏の作品の中で使われた手法(セット/楽曲)の再現であるのだが、、、、ここでもまた「なんでまた使っちゃいけないの???」(それこそエコで良いんじゃない??)と、問われた気がした。なんだかいろいろなことを気づかせてくれるな〜〜〜〜。

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2012年12月11日 (火)

恋と音楽(12/11)マチネ

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昨年の「ぼっちゃま」の創作チームー作・鈴木聡、演出・河原雅彦、主演・稲垣吾郎ーが今年はミュージカルコメディで再集合。
ぼっちゃま同様に、稲垣氏演じる主人公のあて書きー国民が抱く吾郎ちゃんのイメージでーキャラを重視し、そこを中心に据えての軽妙なコメディを作り上げている。

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あの山の稜線が崩れてゆく(12/9)

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アゴラ劇場で(青年団の山内健司さんとは別人のーってこの枕形容も今や名前の一部!?)山内ケンジ率いる城山羊の会、最新作「あの山の稜線が崩れてゆく」を観る。
****演劇サイト より****
戦前に流行った古いドイツの山岳映画のようなタイトルですが、別に山はでてきません。
ただ、その男は、まるで山に登るかのように、女性を征服しようとする。女性はその時から自分を山だと思うので、ちゃんと登山のマナーだけは守ってほしいと思うわけです。例えば、挨拶をする。登りが優先される、ゴミは持ち帰る、どんな時でも助け合う、等等。しかし、男はそんなことは、どうでもいいと思う。ただ、登るだけだ。なぜか?そこに山があるから。などと、有名な言葉を言うのではなくして、さらにありきたりなこんなことを言う、「山がオレを呼んでいるんだ」
************
このところ続けて観ている劇団。

1年半前に同じアゴラ劇場で上演した「メガネ夫妻のイスタンブール旅行記」の完成形とも言える、夫婦の日常にシュールレアリスム菌(なるものがあったとしたら)がはびこってしまった結果起こる白日夢のような話。

前回のメガネ夫妻。。の場合にはその菌が一部(妻と隣人)に繁殖していて、中心にいる夫はその菌に冒された人々を傍観している立場だったのだが、今回に関しては登場人物全員が適度にその菌を保有してしまい、全員がーその中で唯一、やはり話の中心である娘だけは最後まで平常を保とうとしているのだが、彼女も「少女」という残酷さで他の人物とのバランスを維持しているー良い意味でどこか日常から逸脱している。その結果、作品全体としてのまとまりがよく、完成度が格段に上がった。

一家で夕食を囲むのが常となっているような、`ありきたり’よりもさらにレベルを上げた格段に普通の家族が、タイトルにあるように徐徐に崩れ、歪んでいく様が様々な意表をついたエピソードと台詞で絶妙に描かれていく。

当日パンフで作・演出の山内氏がふれているように、これ以上ない、というキャストも大きな魅力の一つ。

常識ぶった変な隣人をやらせたら右に出るひとなし、。。の永井若菜(ハイバイ)と岡部たかし夫妻、その`変さ’を小劇場では貴重なお色気でねじふせ納得させる石橋けい、マジなのか騙されているのか、常に疑わせてくれる古屋隆太(青年団)。。。。登場人物全員が好演。


スペインの奇才、ルイス・ブニュエルの映画を東京・駒場風にあっさりめに味付けしたような大人も隅から隅まで楽しめる傑作。

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生きちゃってどうすんだ(12/9)マチネ

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2012年12月 8日 (土)

皆のためのピザ(12/7)マチネ

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*****演劇サイトより*****
韓国と北朝鮮の断絶から60年以上。
若き韓国のアーティストが試みた交流の第一歩は「ピザの作り方」。届ける方法は「DVDの密輸」。芸術と社会運動の境界を横断する韓国独自に発展した芸術運動‐ダウォン芸術の最注目作品が日本初上演。
2008年12月、平壌(ピョンヤン)に北朝鮮最初のピザ屋がオープンした。しかし利用出来るのは高級官僚のみ。北朝鮮の人々は未だピザの味を知らない。このような北朝鮮における文化的断絶に対し、アーティスト、キム・ファンがとったアプローチは、ピザの作り方を紹介する短編映画の制作と密輸ルートを通してのDVD500枚の配布だった…。

2年間のリサーチを経て上演される本公演は、4本の短編映画と制作過程を撮影したドキュメンタリー映像の上映、さらに現在も北朝鮮から送られ続けている感想を綴った手紙の朗読で構成され、韓国と北朝鮮の今を様々な角度から浮かび上がらせます。
****************
関内駅から歩いて5分、商店街のなかにポツリとある小劇場十六夜スタジオで上演されている、韓国の若手アーティストの作品。
1時間ほどの小作品なのだが、独創的、でもってその成果は多大。
現在の演劇が出来得ることを、演劇だから発揮できる方法で、アイディアのひらめきと綿密なリサーチ、そして行動力によって創作した傑作なので、ぜひぜひこの少ない機会を逃さないよう。
(一部抜粋)

北朝鮮との文化的断絶に対し、韓国のアーティスト、キム・ファンがとったアプローチは、短編映画の制作とそのDVDの密輸だった。

短編映画の内容は
 1. ピザの作り方
 2. 海外旅行の荷造り
 3. K-pop
 4. クリスマスの遊び方

このどれもが、一般の北朝鮮の人々が知り得ない外国文化についてだ。

*******

作品は三部構成で、一部は上記4テーマのショートフィルムの上映。北朝鮮の日常を想像して模したスタイルで作られた北朝鮮の若者たち(作者と同年代の人々)へあてた「ちょっとした日常のしあわせ」を描いたコメディスケッチ。

そして、第二部では実際どのようにしてこのプロジェクト、ー短編映画を収めたDVDが北朝鮮へ渡って配布されたのかーが行われたのかのドキュメント短編フィルム。

そして、最後に三人の俳優(彼らはショートフィルムにも出演している)が出てきて、DVD配布の後に密輸業者の手を介して届いた北朝鮮からの手紙が朗読され、エピローグとしてその中にあったビデオの中で演奏されていた曲の生演奏がなされ終幕となる。

これらにプラスして、小さな会場の入り口付近では関連資料の展示、そして毎回終演後に行われるポストパフォーマンストークがつくという趣向で、かなりの充実度。

この作品の作者キム・ファン氏は演劇畑の人ではなく、映像アートとヴィジュアルアートを融合させて現代社会における問題提起を発信し続けているアーティストとのことなのだが、韓国の若手アーティストに広がっているダウォン芸術という分野の中心的人物ということだ。

**↓劇場HPの説明から**

多元=ダウォン芸術。既存の芸術が持つ文法を超えて社会と直接コミュニケーションする芸術、そして韓国独自に発展した芸術運動として注目を浴びています。
一方、日韓の両国を貫く社会的かつ政治的な諸問題について、生産的な議論を行うことができる機会は多くありません。十六夜吉田町スタジオでは、ダウォン芸術の中で最も重要な作品として世界各地で上演されている作品『皆
のためのピザ』を招聘します。

**********

社会とアートの密接な関係。そこから生まれるさらなる社会的な影響力。

愛好者たちだけが集まって観賞するだけではない、その先の次元にまで繋がっていくような演劇の可能性がここにあるように思う。

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Topdog/Underdog(12/4)マチネ

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青のはて〜銀河鉄道前奏曲(12/3)マチネ

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ロミオとジュリエット(12/2)

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菅原伝授手習鑑~天神さまの来た道

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ハヤサスラヒメ(11/30)

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