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2012年12月14日 (金)

地獄のオルフェウス(12/13)

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先日、中劇場で観た蜷川幸雄演出の「トロイアの女たち」で「演劇のちから」なるものを信じさせてもらったと思ったら、その下で上演しているTPTの「地獄のオルフェウス」でも、しみじみ身体の芯から「芝居」の魅力、このデジタル世代になぜアナログな、しかも遠い海外の、地名もカルチャーもかけ離れたところの芝居を観る必要があるのか、、ということを大きなよ・ろ・こ・びとともに味あわせてもらった。

***演劇サイトより***

『地獄のオルフェウス』・・劇場の詩人と呼ばれ、世界中の演劇人に影響を与えた20世紀を代表する劇作家の一人、テネシー・ウィリアムズの作品は現在も世界各国の劇場で上演され続けている。商業的作品のデビューとなる『天使のたたかい』(ボストン・ウィルバー劇場1940年初演)を、その後書き直しを続けギリシャ神話の死んだ妻ユリディスを慕い続け、彼女を救おうと死の世界に降りたオルフェウスをタイトルに1957年ブロードウェイ、マーティン・ベック劇場で『地獄のオルフェウス』として世界初演され1960年、作者自身の脚本で映画化『逃亡者』(邦題『蛇皮の服を着た男』)、アンナ・マニャーニ、マーロン・ブランド主演。

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映画化までされている作品ながら、ここ日本においては上演機会の少ない今作。

それこそ、「ガラスの動物園」「欲望という名の電車」などで日本でも人気の高いテネシー・ウィリアムズの作品だからと選んところで、演じようによっては海外戯曲上演のマイナス面ばかりが出てしまい、観客をぐったりと疲れさせ、ともすれば貴重な演劇ファンを取り逃がすー二度とその人が劇場に戻ってくることがなくなってしまうような退屈で苦痛な観劇経験をさせてしまうかもーことにもなりかねないような戯曲である。

冒頭の街の女房たちの長台詞、黒人妖術師の男の存在、ヴァルの心理描写、キャロルが伝える伝言。。。etc.etc.とつまづきどころ満載の戯曲なのだ。

今回のTPTの上演舞台(岡本健一演出、広田敦郎翻訳)では、これらの難題を真っ向から受け入れ、それを解決するには「戯曲を読みこと意外になし」という強い信念から見事に「地獄のオルフェウス」の世界を描ききっている。

確かに、一見不可解に思える台詞でも(プログラム掲載のインタビューのために事前に広田氏が訳した翻を読ませてもらった経緯があり)、舞台に集中して聴いて、役者を観ているとすんなりとそのメッセージが伝わってくるから不思議だ。

劇の終盤、この世の真実の何かを見てしまっている街のつまはじき者キャロル(占部房子)が観客へ語りかける台詞でー「こんな土地にも野生は残ってる。。。。昔野生があった、男と女には野生があった、心に野生のやさしさがあった、お互いに、でもいまはネオンに毒されている。」ーという、なんとも(言ってしまえば)狂人の戯れ言ともとれるものがあるのだが、この「野生Wild(ness)」を自分たちの生活の中では何とうけとめるのか、、このあたりの判断がこの劇が普遍のものとして現代の観客(われわれ)へと届くか、それとも演劇史のおさらい舞台として受け流されてしまうのか、の分かれ目になる。

今の私たちが置かれている状況を鑑みて、われわれの多くが無くしてしまった、もしくは忘れかけているもの、として捉えれば、この劇が思い出させてくれる人類の陥り易い過ちというものが見えてくるはず。でもって、世界不況で慌てふためく現代人たちのちょっとした指針にはなるはず。

エンタメ舞台のようなスポーツ感覚は味わえないが、それこそ冬の夜長にちょっとした脳トレになるような知的な面白さが楽しめる舞台。

ライブ音楽、壁一面のガラス張り窓のセットに透けて見える火事の赤い炎、暗いトーンの照明、とヴィジュアル面でも楽しめるのだが、何と言っても主役3人ーヴァル(中河内雅貴)、レイディ(保坂知寿)、キャロル(占部房子)ーの好演が光る。

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この欄の冒頭でも触れたのだが、見事に、東京芸術劇場に野田秀樹が芸術監督として就任したあたりから演劇マップの中心が池袋へ移りましたね。

以前の状況を思い出すと、誰がこの状況を予測出来たでしょうか?ー以前は池袋で観劇なんて年に数回かぞえるほどだったのでーF/Tが本拠地として使ったことなどの偶然(?)も拍車をかけたのだろうが、それにしても、、、成せば成るものでーこの心意気は先日亡くなられた勘三郎さんが身を以て示したという間接的な影響なんかもあるのかもー、何事においても決めつけ、思い込みは進歩の妨げ以外の何者でもないんですね〜〜(自らに言い聞かせながら)。

今月の東京芸術劇場のラインナップなんて、まさにこれ日本演劇史に刻まれそうなものですから。

この身近な例をみていると思い起こされるのが英国ロンドンのナショナルシアターの復活。90年代後半からのテムズ河南岸地域再開発、そして今年のオリンピックブーム、そして何と言っても、現NT芸術監督、ニコラス・ハイトナーの柔軟な判断とリーダーシップ、アーティスティックな才能などなどが全部相まって、ここのところNTの独壇場だから(ま、ウェストエンドもそれにつられて元気があるけど)。

やっぱり、リーダーには独裁者ではなく、賢いリスナーがなってほしい。

週末に向けてのつぶやき、でした。

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