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2012年12月12日 (水)

トロイアの女たち(12/11)

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東京芸術劇場プレイハウスで東京芸術劇場とイスラエルカメリ・シアターとの共同制作作品「トロイアの女たち」の初日舞台を観る。
客席にはーおそらくイスラエル関連者たちであろうがー多くの外国人の姿が。ダンス公演でなく演劇公演でのこの国際色は、やはり世界の蜷川の成せるところだろう。
********演劇サイトより*******
世界のニナガワが挑む、最も過激な国際プロジェクト

紛争絶えぬイスラエルと、震災の傷なお深い日本、二国の共同制作により上演される究極のギリシャ悲劇。白石加代子、和央ようか 他の 日本人俳優、イスラエルのユダヤ系・アラブ系の傑出した俳優が集結、それぞれの母語で激しく台詞をぶつけあう。
戦争、暴力、憎しみの果てに、それでも人間は未来に一筋の光明を見出しうるのか?…混迷の世界に放たれる、蜷川渾身の舞台を目撃せよ!

東京芸術劇場と、イスラエル最大のパブリック・シアターであるテルアビブ市立カメリ・シアターとの共同制作により、両劇場で連続上演。
*************
添付はJT記事執筆の為、埼玉の稽古場へ行った際に移した写真で後半、コロスートロイアの女たちーがトロイアの没落を嘆きながら輪になって行進をしているところ。
三か国語で演じられる舞台は15人のコロス(アラブ系イスラエル人、ユダヤ系イスラエル人、そして日本人がそれぞれ5人ずつ)のシーンでは同じ台詞をそれぞれの言葉で繰り返し演じるので、コロスの場面は三倍の長さとなる。
一言で言ってしまえば、トロイア戦争に負けた側のトロイアの女たちへがギリシア軍の慈悲なき処遇に嘆き悲しむという劇内容で、この戦争の不毛さを描いたギリシア古典劇を単一言語で演じれば1時間半ぐらいですむところなのだが、前述のように3回繰り返している台詞の部分が多くあるので、上演は休憩を挟んでの3時間弱となっている。
で、この3時間が、濃い。目の前の文化的背景の異なる役者たちがコラボしている舞台をじ〜〜〜〜っと眺めていると、そこからにじみ出てくる、台詞プラスアルファの化学反応物質(俳優たちのケミカル反応)のまあ、多彩で意外で奥の深いこと!!
エウリピデスのギリシア文学古典を学ぶだけだったら、書籍の文字を吟味した方が分ることは多いと思うのだが、目の前でライブで展開されていること、その演劇というものの与えてくれるものの質量の長大さに圧倒される。
ーーそれ自体が何であるのかは、申し訳ないが劇場で感じ取って下さいとしか言いようがないーーー
なぜ日本人のコロスとイスラエルのコロスとではこれほどまでに表現方法が異なるのか、(例えば、ありきたりのようだが、個人主義とグループ社会の違いとか、感情をおさえる文化と外へ外へと発散させる分かの違いとか)、、、彼女ら一人一人は何を思い台詞を叫んでいるのか、、、思考はどんどんと広がっていく。
余談ではあるが、同じく蜷川氏が演出しているゴールドシアター(高齢者劇団)の上演の際に、「なんでプロンプトがいけないの?」という根源的な問いをつきつけられたことを思い出したのだが、今回の演出の多くがこれまでの氏の作品の中で使われた手法(セット/楽曲)の再現であるのだが、、、、ここでもまた「なんでまた使っちゃいけないの???」(それこそエコで良いんじゃない??)と、問われた気がした。なんだかいろいろなことを気づかせてくれるな〜〜〜〜。

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