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2012年11月14日 (水)

光のないII(11/14)

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フェスティバル/トーキョーの顔、高山明率いるPort Bの最新作ウォーキングツアー型パフォーマンス「光のないII」を新橋界隈で体験する。

***F/T HPより*****

2011年9月、エルフリーデ・イェリネクは自らのウェブサイトで3.11に応答する戯曲『光のない。』を発表した。さらに2012年3月12日に公開された続編『光のないⅡ』は、既にエピローグ化され忘却されつつある福島の状況に大きな疑問符を投げかけるものであり、そこには死者に味方し、法や制度などの強大な権力を前にしても「言うこと」をやめなかった『アンティゴネー』(ソポクレス作)の言葉が散りばめられている。
F/Tから委嘱を受けたPortBの高山明は、この戯曲を上演するにあたり、東京の都市空間を福島に見立てる手法で、フィクショナルな「福島ツアー」を組織するという。観客は見慣れた東京の風景と報道写真によって印象づけられた福島の表象を重ね合わせながら、イェリネクやアンティゴネーの言葉に耳を傾けることになる。世界初のツアーパフォーマンスによるイェリネク戯曲上演。福島−東京のアクチュアルな関係を捉えなおす試みが始まる―。

*********
震災後に観た演劇作品の中で、震災を直接あつかったものが何本かあり、演劇作品であの震災を扱うことの難しさを痛感してきたのだが、ここにきてついにその分野における演劇表現の完成形ーかなりの完成度でこのテーマに適した作品ーに出会うことが出来たように思う。
先日観た、同じF/Tにおける「言葉」ー作・演出家の村川拓也が俳優とともに実際に被災地東北をボランティアとして訪れ、そこで感じたことを記録してきた言葉を再構築し、舞台にのせたもの。舞台では俳優二人の対話と手話通訳者によってそれらの言葉が発表されるー、そしてアゴラ劇場で観た「震災タクシー」(架空の劇団x渡辺源四郎商店合同公演)ー架空の劇団のくらもちひろゆき氏が震災当日に体験した出来事=いわき周辺の交通が麻痺してしまい、見知らぬ人たちとタクシーを相乗りし、到着地のいわきを目指したという珍道中の話とただひたすらに友人のために走るメロスの話(走れメロス)を平行して描いた作品ーその両方ともに物足りなさを感じ、そのなんとも訴えかけてこない距離はなんなのだろう、と思っていたところ、奇しくも今夜のこの「光のないII」でその足かせとなっていた距離感の問題の解決策を教えてもらったような気がする。
*****ネタばれ注意****
いたってシンプル、そして新橋の喧噪の中、なかなかに孤独(というか一人で集中しながら行う)なツアーパフォーマンスとなっている。要約してしまうと、耳からはイェリニクの研ぎすまされ、選び抜かれた今回の震災に関するテキストが入ってくるのだが、その背景には今のトーキョー(福島から200km離れた距離にある日本最大の都市)がべったりと、そして生生しく見えてくるという趣向。
頭で想像する福島の風景と目の前に広がる新橋の様子ー得体の知れない店が乱立する雑居ビル、威勢のよいパチンコ屋のノイズ、電気を放出し続けるネオンサイン、あの日、そしてあの場所が存在しないかのように忙しく日々をすごすトーキョー人たち などなどーが約2時間に渡って(長さは人それぞれの観賞ペースによる)ダブルサイトで情報として頭に流れ続ける。
わたしたちに現実に迫っている問題、今、そして明日も続いている問題、それらは200Kmの距離を一気にワープするかのように眼前に表れる。
イェリニクがヨーロッパにいながらにして福島を描いたように、理解と想像、そして演劇は距離を越えて、その主題に迫ることが可能だ。

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