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2012年11月 9日 (金)

4four(11/8)

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世田谷パブリック主催好演、劇場の新しい試み「劇作家の作業場」というプロジェクトから生まれた新作劇「4four」を小劇場シアタートラムで観る。

このプロジェクト、初めに上演ありきで戯曲を書くのではなく、劇作家がある程度の期間をかけて劇場支援のもと戯曲を発展させていくというもので、途中ワークインプログレス(WIP)の形式でリーディングなどの発表の場を経ながら最終的に上演までもっていくというもの。

(ちょうど、NYで演劇活動をしていた演出家の小川絵梨子さんに話を聞く機会があったのだが、NYなどではこのプロセスをとることが多いということだった。スコットランド、エジンバラのトラヴァース劇場の文芸マネージャーに会った時にも同じことを話していたのを思い出した。)

例えば、今回の舞台に関してはおよそ2年間を費やしているという。

劇作家は川村毅、そして演出を白井晃と意図的に分業性にしているのも興味深い。(劇作家に作家の仕事に専念してもらうため?ーこのシステムも欧米ではほとんどの場合で当てはまる。)

で、その成果はいかに??ーーー各々(作家/演出家)の代表作と言われるようになるであろうと思わせるほどに素晴らしい舞台だった。

***ネタばれ注意****

タイトルの「4four」とは日本語の音どおり「死」を指していて、日本における「死刑制度」についてを問う内容となっている。

「死刑」に関わる4人の人々(死刑囚、裁判員、法務大臣、死刑執行の刑務官ーー高橋一生、池田鉄洋、田山涼生、須賀貴匡)がそれぞれ「死刑」に向き合い関わったことに関して「死刑」とは「死」とは「国家が裁く」とはといったことに関してのモノローグ(時に他者を糾弾)を展開する。さらに、上演プログラムによるとこの舞台より前のWIP試演段階ではなかった役という第五の男(野間口徹)がその展開をもの静かに見守っている。

白井晃氏の演出はこの`人ごと’`机上の論理’になりかねない目には見えない論理論争を観客一人一人の身体に出来うるかぎり近づけるという手法。みかん箱(世田谷パブリックのネームが入ったポッシュなみかん木箱)を無造作に置いたシアタートラムの床一面が観客席となっていて、各々が好き勝手な方向(とは言え、まあみんなほぼ中心へ向けて座るわけだが)で着席している観客たちの隙間スレスレを縦横無尽に歩き、時に駆け抜けながら4人の男たちがそれぞれに体感した「隣のだれかの死」についての話を続ける。

作者がプログラムの中で「。。(抜粋)そもそもあるひとつのイデオロギーを唱えるためにこの戯曲を書いたつもりではない。。」と語っているように、死刑制度廃止論を諭すものではなく、普段われわれが見て見ぬ振りをしている「死刑」というものが実のところは日常で存在していて、今でも誰かはその朝の通告に怯え、誰かが実務的に法的殺人(多少、言葉の過多な表現であるとしても)の実務、処理を行っているというそのことを法治国家に属する一員として認識しようという呼びかけ、警告であると思う。

その意味からすると、何もこの意識覚醒の呼びかけは「死刑制度」に限ったことではなく、今起こっている多くの問題ー「原発存続するのかどうか」また「TPPを推進するのか」「沖縄米軍基地を議論なきまま続けるのか」。。。さらにはもっと身近の様々な法の壁に関することがらへと繋がっていく。

法を守るためにその法を日々刷新、考え直していく。。。それが国民一人一人の義務ではないのか、と。

5人の俳優はチームワークよく好演。中でも若手二人、須賀貴匡、高橋一生が精彩を放っていた。

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