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2012年11月18日 (日)

光のない(11/17)

Stage30424_1

F/T12の目玉プログラム、イェリネク三作連続上演の最後、地点の三浦基が演出した「光のない」を東京芸術劇場、プレイハウス(中劇場)で観る。
三作がそれぞれに趣向が違っていて、それでいてそれぞれにイェリネクの戯曲(というか詩的なテキスト)をしっかりと伝えていて、今年のこの三部作は見応えが十分だった。
****F/Tサイトより****
暗く、不穏な気配に満ちた空間で演奏を続ける「第一バイオリン(A)」と「第二バイオリン(B)」の対話からなる戯曲『光のない。』。ノーベル賞作家エルフリーデ・イェリネクが東日本大震災と福島第一原発の事故への応答として発表した同作は、メディアを中心に無防備で時に狂騒的な多弁が増殖する世にあって、「発語すること」「聞くこと」、その主体性を鋭く問う。
  今回の日本初演の演出は、戯曲を文節単位にまで解剖し、俳優の声、身体と繫ぎ直す地点の三浦基。『中部電力芸術宣言』(2010年)など、電気と人間、音楽の関係を問う論考でも注目される作曲家・三輪眞弘を音楽監督に迎え、哲学から大衆文化まで、さまざま文脈を持つイェリネクのテキストの「声」や「音」が生まれる場所に接近する。
  対話の主はどうやら津波にさらわれた死者らしい。この舞台は彼らの声に耳を傾ける、鎮魂と祈り、自省と思索の時間ともなるはずだ。
*******
今作に関しては、地点特有の不自然な強弱がついた台詞回しも原作のポエム調の言葉に上手くドンピシャにはまり(まあ、その台詞術をラップとして受け入れれば、それもありなのだろうし、話言葉の戯曲ではなかったのでかえって上手くはたらいたのかも)、遠近法を用いたカメラレンズのような光のトンネルの舞台セットも秀逸で、八百屋形式のそのトンネルの傾斜がわれわれの眼前に山積された課題の困難さのようで、ヴィジュアル面でも、音の面でも高得点をはじき出し、かなりの完成度にまで達していた。
ポストパフォーマンストークで演出家自らが「劇団の台詞術がこれほどまでに上手く作品にはまることも少なくて。。。この方法を試してから10年目にしてやっとここまで来ることが出来た。」と自画自賛していたが、それにも大きく首を縦にふりたくなるほどに、見事な出来だった。
まあ、それにしてもこの舞台の勝因の大きなところはやはり、、テキストにあると言わざるを得ないだろう。
PortBの作品評でも書いたが、オーストリア人である作者がここまで的確に、そして深いところでわれわれの身近な問題ー原発採用ーの危険度を指摘してくれているのだから、、やはりそれに対して報いなければならないのだろう。
彼女(イェリネク)が言う通り、そして渡辺源四郎商店の作家畑澤聖悟が今年春の上演舞台「飛べ、原子力ロボむつ」で語ったように、この原発問題は今後何万年も続いていくのだから。

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