« いないかもしれない 動Ver.(6/22) | トップページ | みんなしってる(6/23) »

2012年6月24日 (日)

キリング・フィールドを越えて(6/23)マチネ

Stage27923_1

静岡SPACでシンガポールを代表する演出家オン・ケンセンの代表作、「キリング・フィールドを越えて」を観る。
カンボジア、ポル・ポト政権下、宮廷と関係していたアーティストということで弾圧され、死の恐怖と隣り合わせの状態で生き延びた宮廷舞踏家エン・ティアイの回顧をベースに、彼女が生涯を通して継承、伝え続けてきた伝統舞踏の実演をおりまぜながらセミ・ドキュメンタリーのスタイルで75〜79年の間のカンボジア恐怖の時代を語りきかせるパフォーマンス。

今週末はこの作品のみのため静岡行き、ということで少しでも経費節減ということで、高速バスを利用して静岡へ向う。

スケジュール通りに走れば、上演開始時間の1時間前には東静岡駅に着く予定だったのだが。。が。。。

高速で事故渋滞発生。。ノロノロすること数十分、どうもこのノロノロのおかげで予定の1時間遅れの走行だったらしく、、当然のことながら到着も1時間遅れ、ギリギリのところで開演に間に合わず。。。く〜〜〜〜。。今回はこのためだけに来たのにもかかわらず、遅れてしまうとは。。

とにかく、開演を過ぎてしまったということで、区切りのよいところまで入場を待たされてから途中で上演中の会場へ。

カンボジアの民族衣装に身を包んだパフォーマーたちがドキュメンタリー部分の映像を流す(作品の題材であるエン・ティアイが独裁政権終了後、強制労働を強いられていた地帯を再訪、またポルポト政権下の虐殺の実態を展示している博物館も訪れている。その様子を映像で流している)スクリーンの前で伝統舞踏をおりまぜ演じている。

ふむふむ、と頭を切り替えパフォーマンスに集中しようと心がけるのだが、、いかんせん、、何が起こっているのか、わからない。

と言うのも、カンボジア語で語りかけているパフォーマーたちのその内容の字幕表示がないのだ。

座席には彼らが語っている内容を訳したプリントが置かれ、どうもそれを読みながら観劇してほしいという演出意図によって、意図的に字幕なしの公演ということらしいのだが、、、


暗闇の中でその配布プリントを読む事は至難のわざで、まず無理。休憩時間を利用してまとめ読みをすることでなんとか筋はつかめたが、、、字幕を表示するとそちらに観客の注意がそれてしまう、ということを懸念しての配慮とのことだが、、それにしても、字幕を表示して彼らが語っていることを理解しながらパフォーマンスを観てもらった方が、どちらかの利点を採用するのだとしたら、効果的だったのではないか? 舞台自体それほど大きな空間でもなく、パフォーマンスもこじんまりとしたものだったので、字幕を読みながらの観劇もさほど難しいものではないと思われたのだが、どうだろう。

せっかく、パフォーマーが生の声で語ってくれていることを、やはりその場で出来うるかぎり共有したかった。

|

« いないかもしれない 動Ver.(6/22) | トップページ | みんなしってる(6/23) »

「観劇」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/223541/45832611

この記事へのトラックバック一覧です: キリング・フィールドを越えて(6/23)マチネ:

« いないかもしれない 動Ver.(6/22) | トップページ | みんなしってる(6/23) »