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2012年6月21日 (木)

藪原検校(6/20)マチネ

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世田谷パブリックシアターでこまつ座の「藪原検校」を観る。

1973年、木村光一演出で五月舎公演として初演された舞台。その後、木村氏が立ち上げた地人会で上演され続け、90年のエジンバラ演劇祭では賞を受賞するほどの好評を博した作品。

実は、この好評を受けて93年ロンドンで上演された舞台を現地で観ているのだが、丁度、当時、「日本でウケている舞台はそのままロンドンへもってきても受け入れられないのだろうか??ー(大好きだった夢の遊眠社の芝居がエジンバラで上演された際にまったく理解されていなかったというトラウマがあり)」といったことを考えながら、やはり日本からきた芝居に関しては極力観るように心がけていたので、Lyric Hammersmith Theatreへ出かけていったのだが、それほど期待していなかっただけにー新劇でしょう??なんてちょっと高をくくっていたのだがーそのロンドン公演での観客のあまりの反応の良さに脳天をかち割られたような衝撃を受け、。。あらためて普遍的なテーマであれば、たとえ設定が江戸時代の日本でも世界的に通用するんだな〜〜〜と思い知らされたという記憶がある。

別段、最先端をいくような演出ではなく、(失礼ながら)莫大なお金を注ぎ込んでいるような舞台でもなかったのだが、井上ひさし戯曲はまったく問題なく、軽々とカルチャーの壁を飛び越え、さらにどちらかと言えばベタなーというか分り易い演出であったからこそーそう言われれば、イギリスの舞台は演出的にはオーソドックスな舞台が多いー、余計に観客の頭を悩ませることなく、、それこそ昔から上演されていた芝居のようにすんなりと現地の観客に受け入れられていたのだ。

その後、近年では97年にシアターコクーンで上演された蜷川幸雄演出、古田新太主演の舞台も観ているが、こちらはちょっと高尚に扱われすぎている感があって、井上芝居のよい意味で肩に力が入っていない身近な親しみやすさが薄れて、笑う顔もあまり口を大きくはあけれないような、、、そんなところがちょっと不満な舞台であった。


で、今回の本家、こまつ座での上演舞台。
演出を井上作品を多く手がけている栗山民也が請け負い、主役の藪原検校(杉の市)を世田谷パブリックシアター芸術監督、狂言界の大スター野村萬斎が熱演している。

松井るみのセットは階段状の装置にシンボリックな赤い太い紐(血の赤)が吊るされたスタイリッシュでシンプルなもの。

浅野和之が流暢な台詞回しでコミカルに語り手として話を進める。


*****劇団HPより**************

「東北の片田舎に生まれた盲の少年が、晴眼者に伍して生きて行こうとしたとき、彼の武器はなにか」という禅問答における問いかけのような、奇妙な声が響き渡った。わたしは思わず、「悪事以外にない」と、その声に答えていた。 ― 井上ひさし

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盲で生まれた杉の市が悪事の限りを尽くして、僧の最高位検校まで成り上がっていくストーリー。人生で勝つために視力にかわって悪知恵を使った杉の市、生きるということとは、人の真価とは何で決まるのか。。。彼はせちがらい世の中の不運なヒーローなのか、それとも世間の犠牲者なのか。。ちょっとした不注意から大きく人生を狂わせたピカレスクの末路とは。

上手い役者を集めたー秋山菜津子と小日向文世の好演が際立っていたーだけあって、立て板に水のごとくスムーズにそして絢爛豪華(大掛かりでシンボリックなセットによる)に舞台が展開していくのだが、、う〜〜〜〜む、どうもこれまた綺麗すぎて。。。やはり「ざらつき」がほしくなる。

ロンドンで観た舞台では、ラストは奇想天外なオチで(そば食いネタ)笑いが起きていたのだがーこの驚きのオチが神髄だと私はおもうのだが、まったく反対意見の人もいるようで、この笑いのシーンに対して異論を唱えているブログもあったー今回はそのシーンが大仰な残酷シーンとして描かれている。

このラストのなんとも情けない人間の卑小さを皮肉ったシーン=つまりは金ぴかの袈裟をかぶったおエラいお坊様でも人皮むけば、人なんてみな同じ、骨と肉と内臓から出来た生き物だということ、があるからこそ、杉の市が一生かけて成し得たように思えた哀しい、儚い過ちが人間味を帯びて訴えかけてくるのだと思うのだが。

萬斎氏の杉の市は(前回、「ベッジ・パードン」はKYな夏目漱石を好演していたが)、以前演じたハムレット同様、つくりすぎの感がぬぐえない。
スケベな小悪党を演じすぎていて、杉の市の出生のいわれからくる屈折した非情さ、そうならざるを得ない成り行きが感じ取れなかった。

ストーリーの補足説明として挿入歌は重要な役割を担っているのだが、、こちらもきれいにぼかされて、際立ってせまってはこなかった。


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