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2012年3月23日 (金)

魔笛(3/22)

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彩の国さいたま芸術劇場でオペラ「ピーター・ブルックの魔笛」を観る。

演出家ピーター・ブルックと彼の翻案チーム、フランク・クラウチック、マリー=エレーヌ・エティエンヌがモーツァルトの「魔笛」オリジナルを大幅に改訂、簡略化して新しい舞台作品へと生まれ変わらせたために、わざわざ“ピーター・ブルックの”と前につけているのだが、そこにはブルックに付随する演劇界の巨匠、“サー・ピーター”の付加価値がビジネス的に加えられているのは明らか。
それでいて、実際のところ、作品としては“巨匠ピーター・ブルック”の冠を軽やかに脱ぎ捨てているところに、この作品の素晴らしさが凝縮されている。

人は年をとればとるほど、そして社会的地位が高くなればなるほど、、、往々にしてそれ(年や地位の高さ)ばかりが残ってしまった人々に多くみられるのだが、どんどん背負うものが多く、重くなってきてその鎧でがんじがらめ、身動きが出来なくなってしまうことが多いものだ。

が、ブルックの場合、この舞台を観る限りでは、従来の社会通念に反して、そのような世間的な重力傾向を跳ね返すかのように、軽く、少なく、シンプルに、身軽になっていっているようだ。

お話もバッサリ&スッキリと割愛し、セットは竹の棒のみ、音楽はオーケストラからライブのピアノ伴奏へ、一枚布を多用した小道具と飾り気のない衣装、ブルックの演劇論「なにもない空間」の舞台構築を実践
してみせてくれているかのような、「ほ〜〜〜ら、余計な予備知識を強要するよりも、なにもない所には想像力のタネがたくさん撒かれているんだよ〜〜〜ん。でもってそれこそが演劇を観る醍醐味。」と言っているのが聞こえるような舞台。

枝葉を省いたストーリーの中心には目から鱗の真実ーそれは決して新しい理論などではなく、むしろ人々が忘れかけている、つまるところ人々の良心に依るところの多い、ジョン・レノンの「イマジン」のような解決策の提案ーが据えられているし、オペラ歌手&役者たちは自らの仕事をナチュラルに、でもってきっちりと果たしてくれていて、多くの人々が敬遠しがちなオペラの特異要素=高尚で時に冗長といった概念を打ち破ってくれる、誰でもが楽しめるザッツ・エンターテイメント(良質な演劇体験)に仕上がっている。

子どもからオペラ好きの紳士淑女まで、同じ劇場空間でその舞台恩恵をシェアする事が可能というごくごく希少な舞台。なので、ぜひとも躊躇しないで、さいたままで、どうぞ。

演劇がいかに創造的な芸術であるのか、が実感出来る。。。役者の身体さえあれば、特別な準備などしなくても、どこでも出来るんだということを本当に心から信じられる、魔法(魔笛)のようなステージ。

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