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2011年11月

2011年11月17日 (木)

ハズバンズ&ワイブズ(11/16)

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いつも誰かのせいにする(11/12)

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The Show Must Go On (11/12)

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かざかみパンチ(11/11)マチネ

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ノーアート・ノーライフ(11/10)

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F/Tシンポジウム1〜3(11/9&10)

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天守物語(11/9)マチネ

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2011年11月 9日 (水)

Notion: Dance Fiction (11/8)

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タイトルを英語表記にした方が作品意図ーフィクション(作り話)だからね〜〜ーというのが分り易くて良いかと思って、わざと英語でタイトルのっけてみました。

*****F/T  HPより***********

シンガポールのみならず、NY、ドイツ、アジア各国、そしてベネチア・ビエンナーレへの出展など精力的に活躍するマルチ・クリエーター、チョイ・カファイ。
交換留学として来日経験もある彼のF/T初参加作品は、人間の筋肉の動きをデジタルで記憶させることにより、ダンス界のアイコンともいえるピナ・バウシュや土方巽などの振りを再現するデモンストレーション・パフォーマンスだ。最先端のテクノロジーと身体言語としてのダンスとの化学反応の先にあるものとは―。

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大風呂敷を広げてお遊びをしてみる、といった趣向のステージ。
それゆえ、その大ボラの精度を高めるための仕掛けーそれがこの真面目くさった、それでいて常に胡散臭いレクチャー形式での上演ということになるのだがーに細心の注意を払って、ダンサー、スヴェンソン・ウルリカ・キンをわざわざ雇い、小芝居を入れながらその虚構の完成度を高めている。

ダンス・そしてライブパフォーマンスというもの、さらには人のノーション(通常観念)への懐疑を促すアート。

面白いとは思うけど、やっぱり魔法が解けた後の虚脱感、小理屈よりもライブパフォーマンスの可能性への人のチャレンジの方が興味はあるかな。

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2011年11月 8日 (火)

アウェイク/ジョーカーズ・ブルース(11/7)

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韓国を代表するダンスアーティスト、自らが振り付け、音楽も担当し、時には出演もするキム・ジェドクがプロデュースするダンスグループ(出演者はその演目により集められる)モダン・テーブルによるダンス2本だてをF/T公募プログラムの一つのプログラムとしてあうるすぽっとで観る。


瞳孔の奥から開きっぱなしで、なんだか引き込まれ、脳内が熱くなるステージは必見!2回だけの限定公演なので、このページをチラ見した方は今から東池袋、あうるすぽっとへ走る!べし。

2名のダンサーによる小作品「アウェイク」
ーF/T HP より Awake: 心の中にあるもう一人の自分への疑心との葛藤を2人のダンサーに投影した。これはプロのダンサーのテクニックに焦点をあてた、新しいタイプのダンス・ミュージカルである。ー 

ダンサーたちがステージ奥に座りマイクを通しての生歌から始まるステージ。観客へ話かけながらのステージングはライブハウスでのショーを観ているよう。作品のテーマである一人の男の陰と陽を描いたダンスではタイプの異なるメンズダンサー二人が重なりあうように、絡みあうように、自らの内にある矛盾に苛立つ様を見事に演じている。
歌あり、演技あり、のダンスパフォーマンス。

複数名ダンサー、そして圧巻のソウルシンガー、パンソリ歌手ユン・ソッギとプログラム終盤でのライブ演奏を担当するバンドメンバーによる「ジョーカーズ・ブルース」
ーF/T HPより Joker's Blues: 道化師の持っている両面性のイメージを現代社会で思うように生きられない人々に喩え、笑いたくても笑えない、泣きたくても泣けない苦しさを躍動する身体で昇華させる。黒いスーツに身を包んだ男性ダンサーによるスピーディーで力強いダンス、臨場感あふれるパンソリとギター、ベース、ドラム、キーボードの生演奏でダイナミックに表現する。ー

シンガーが客席部分にスタンドマイクを置いてパンソリ(03年にユネスコの無形文化遺産に登録された韓国の伝統音楽。歌い手と太鼓演奏による上演が基本だそう。日本で言うところの浪曲?演歌??のようなもの)歌手ユン・ソッギが熱唱を続ける中(これが鳥肌ものに素晴らしい)、舞台上ではK-POPトップシンガー並みのキレの良いエネルギッシュなダンスが展開されるという演出で、まず観客はドキモぬかれ、グイグイとその魅力に引きつられ、なんだかわからないがエキサイティングな心持ちで舞台を見続けることとなる。(群舞のところではちょっとしたみだれもあるのだが、それもが勢いとなってプラスに映る)

K-POPーこのブログを書く前に、ついついYou Tubeに寄ってしまったのだが、「東方神起」、やっぱりものすごくカッコ良い!個人的には、2人になってからの方がさらにパワーアップしてベター。


今や世界を視野に入れている感のあるアジアが誇るK-POP旋風。
その見事なまでの完成度の謎を探りたいと思っていたところにもってきて、今度はこの伝統音楽(芸能)を強く意識したダンスステージ。韓国パワー、そのイマジネーションと創造力!恐るべし。

決して過去に時間を遡ることなく、見事に現代に伝統を加味しているところが強み。

常に未来を見据えての、コリアンパワー(個人ではなく団体としてのパワー)はこれからしばらく衰えることもないだろう。

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River!River!River (11/7)マチネ

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F/T公募プログラム、中国のランドステージング・シアター・カンパニーによる「River!River!River」を池袋のシアターグリーンで観る。

***** F/T HPより********

急速な高度成長を遂げる中国。それにともない加速する環境破壊。この作品は、その中でもダム建設におけるさまざまな弊害に焦点をあて、警鐘を鳴らす。
2009年に多様なアーティストとともに上海で始動したLANDSTAGING Theatre Companyの作品はいつも真っ向からリアルな「生活」そのものと向き合う。中国の新聞各紙で"いままでにない芸術体験"(Nanjing Daily)、"まさに天国から怒りまでの音調!"(Wuhan Megalopolis)と評される本作。映像やダンスを織り交ぜながら、社会に流されず、赤裸々に問題提起する中国の若者の勢いとパワーは必見。

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シアターグリーンの小劇場空間に河川状のステージ空間を作り、その川岸にあたるエリアに沿って観客席を設置。河べりに座りながら巨大スクリーンに映し出されるダム建設により環境ー地理的にも集落の形成という人類史的にもーが激変してしまった今日の中国の様子、現地の関係者へのインタビューを観ながら考えるという趣向になっている。

役者たちはその当事者たちの声を伝えたり、環境破壊のイメージを身体で表現したり、劇場に仮想の河を持ち込んだり、といった役割を担うのだが、何と言ってもこの作品の核はこのような環境問題を真正面から捉えレポートするというその上演意義にある。

「クリーンな発電、水力発電は誰にとっての”クリーン”なのか?」
「政府から言い値でつきつけられた、ダム建設予定地からの立ち退き料は正当な価格と言えるのか?」
「地球規模で考えた時にダム建設による地域発展が、果たして将来に明るい材料だけをもたらすと言い切れるのか?」


今、中国で起きている様々な環境問題、急速な経済発展のかげで置き去りにされた部分が抱える社会問題。。。これらを対岸の火事として眺めていられるような状況でないことは明らかで、例えばまさに直面している原発問題も、何かを意識的に黙殺してきた結果だし、さらには文化発展状況としては中国の先をいっている、進んでいるという観点からすれば、もしかしたらその先にある問題の噴出、爆弾が破裂する時刻に関しては日本の方が時間がないー例えば、山間地にはコンクリートで固めたダムが乱立し、埋め立て地には高層マンションが乱立している現状がすでに出来上がっているーのかもしれない。

その意味でも、考えさせられる「問い」はいろいろなところに散りばめられていたように思った。

あと、役者が話す中国語がとても綺麗に響いたのには驚いた。

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2011年11月 4日 (金)

カオス*ラウンジ(11/4)昼間

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10分ぐらいで退場なので、コメントなし。

アニメもフィギアもゲームもAKBたち一連も全く興味無しの私には繋がる接点全くなし!だった。

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レッドと黒の膨張する半球体(11/4)

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F/T11メインプログラムの一つ神里雄大率いる岡崎藝術座の新作「レッドと黒の膨張する半球体」を西すがも創造舍で観る。

本日は英語字幕付き上演日ということだったので、舞台の片方に設置された字幕モニターの近くで観劇。
ー英語字幕に関しては、どうも本気で英語字幕付きには取り組んでいないな、という感想。訳自体には問題はまったくないのだが、なんといってもその字幕の存在。F/Tだけでなく、他の英語字幕付き上演の機会でもよく目にするのだが、あまりにも邪魔な存在として設置されているのがあからさますぎる。なるべく観客の目に入らないように、と設置されているとしか思えない。おそらく、海外での上演をみすえての字幕映写のタイミングチェックとかのためなんだろうな〜〜〜(F/Tは違うとしても)。確かに邪魔になるのは困るけど、、その点早くからトライしている青年団での字幕づかいは上手い。

でもって、肝心の芝居に関して。

まずは、ちょっと長めですが、今回のプログラムについての解説を抜粋。

******F/T HPより*******

膨張する半球とは一体・・・?

劇的な身体と日常のゆるい身体を混在させ、フランクな言葉づかいで独自の世界観をつくりだす劇作・演出家の神里雄大率いる岡崎藝術座。 昨年はF/T10公募プログラムに参加し、急速な経済発展を遂げる中国との問題をイメージしたという野心作、新作『古いクーラー』を上演。7人の出演者一人ひとりが、省エネできない「古いクーラー」として、終わってしまった自分の役割や有り余る無駄なエネルギーを言葉や身体でそれぞれ順番に物語るというダイナミックな演出と構成で、大きな反響を呼んだ。
ついにF/T主催のプログラムへの参加を果たした新作で描かれるのは、タイトル同様、不穏なもの、人間個人の力ではどうにも出来ない謎のもの、未知なものに対峙する世界だ。膨張する半球体とは一体なんなのか。怒り、哀しみ、畏れ、喜び・・・・・・。そしてここに想定されているのは地震と原発。震災後一ヵ月間、「あらゆることがぼんやりしていた」という神里が膨らませた謎の半球体のイメージを、劇場で目にしたとき観客は何を思い、思考するのか。
若手最注目の俳優陣と美術に注目

神里は、「演劇は俳優芸術である」というという考えのもと、演劇の方法論や予定調和なものに終始することなく、緊張感と臨場感を重視し、舞台上での俳優の存在を強調する演出を特長としている。(役者・スタッフに関する箇所略)体育館を劇場化したにしすがも創造舎でのクリエイションも初となる杉山が、岡崎藝術座常連のスタッフ陣と神里と共に、どのような空間を立ち上げるのかにも注目が集まる。

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上演に先がけてのプレス発表会で神里氏が「でたらめの過去を捏造するという芝居、そんなデタラメをそのまま舞台にのせたい。(けっこうそれが現実にも近いと思うから)」と語っていた。

そのデタラメを少しばかり説明すると、、

そこは近未来(2032年)日本。20年ぐらい前からーおそらく原発事故の影響でー多くの日本人が海外へ移住し始めた結果、日本に住んでいる人たちの比率は他の国からの移民が過半数を超えるような状況になっている。
移民1世の父が自らの祖国の文化を強要する中、2世である子どもはそれを受け継ぐということに拒否反応を示す。さらに、日本で生まれながら日本人でないというレッテルを貼られる自らのアイデンティティーにも戸惑いをみせる。

そんなアイデンティティーを喪失した国民たちは自分たちの歴史を後世へと語り継ぐために、歴史の捏造を始める。

愚鈍なまでに都合の良い歴史を反駁を続ける国民=牛たち。光り輝く緑の草原のサブリミナル・イメージビデオを見せられて飼いならされていく人々。一方、ダークな闇の後ろでは屠殺されたその牛の宙づり肉がどんどん市場へと出回っていた。

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プログラムのごあいさつのところで、作者・演出家神里氏が

「。。。直面する問題や見なくてはならない出来事をなんとなく、テレビか何かの向こう側に押しつけ、もしくは生贄として誰かを批判し、もしくは目をつむって、やり過ごすことが営みだった。。。。耳の痛いことはふさぎ、なんだか楽しいことを考えよう、、、

わからない議論からは距離をとり、決断をしないで注視する、そのことに頼りきり、「はっきりさせないこと」に落ち着いてしまっていた。

。。。。なんて自分はマヌケなのだろう、屁のようだ。」


と書いている。

うむうむ、ここでは彼の言いたいこと、やりたいこと、がかなりはっきり見える。
書いていることにも同感する部分が多々ある。


しかしながら、一方で、この彼のやりたいことはきちんと舞台で言い表されていただろうか?
そこに疑問が残る。

さらには、せっかくそこまでの動機があったのなら、もう少し先へ進めてみてくれてもよかったのではないか?という不満も残る。

ー劇中での移民問題、つまり日本における在日の立場問題はちょっと目を開けていれば、そこここで目にすることが出来る問題であると思う。さらにはこのような移民問題に関しては、ただ単にそれを見て見ぬふりをしていっこうに先へ進めないでいるこの国の例ではなく、時代と照らし合わせて進めていこうとしている、実際に日々状況が変わっているヨーロッパ各地、英国などでその類いに関する失敗例・成功例を多くみることが出来るのだから、どうせなら停滞している日本の状況だけにとどめず、もう少し広い範囲での問題として問題提起、想像を盛り込んでもよかったのではないか?とも思う。
なぜなら、在日の立場がこれほど進展していないというこの状況は人々の感情という問題だけでなく、国としての正当性の問題、それこそ品格にまで及ぶことでーここの国で生まれ育っていて日本語が母国語にも関わらず外国籍パスポートで扱われている、そのおかしな法整備からして根深い問題が山積みだと思うから。

良い意味での「分り易さ」を加えることで、得られる結果もあるということも考慮した方がよいかもしれない。


それにしても、役者・成可(ソンハ)はいつみてもスゴい。

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砂の駅(11/3)

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太田省吾の沈黙劇「砂の駅」を韓国の演出家キム・アラが(夕方のグムヒョンは若手の旗手らしいが、こちらアラは若いながら韓国演劇界の重鎮とのこと)演出した舞台を世田谷パブリックシアターで観る。

太田省吾の沈黙劇と言えば国内のみならず、海外での評価が高かったことでも伝説になっているのだが、たまたまその海外公演のプロデューサーである青木道子さんと親しくさせてもらっていることもあり、その海外公演での伝説ー大評判ーの話を常々うかがっていたこともり、実際には転形劇場の生の舞台には乗り損ねた組ながら(転形劇場は88年に主宰の太田さんの意志により解散)常日頃気になっていた芝居である。

日本の芝居(現代劇)などがほとんど紹介されていなかった80年代に、しかも無言劇というかなりの忍耐力を要する演目で挑んだ劇団がなぜゆえそれほどまでにヨーロッパ人を魅了したのか、、観た事がなかったのでとても興味があった。

その意味では、「今回のリニューアル上演は当時のその事件となった沈黙劇とはまったくの別ものである(青木さん談)。」ということは確かにそうであるらしいのでーそれがイコール今回の舞台の評価に直結するという意味ではないのだがーそうなのだろうとは思うが、何となくその幻影をみれたような気にさせられたのは事実である。

何もない空間ーと言っても、今回は世田谷パブリックの中規模劇場にみあうぐらいのセット、囲いで仕切られた砂の舞台空間とそこへと入ってくる時に役者が通る大階段が作られていたのだがーで、終始無言で役者たちが出入りし、主に男と女のストーリーを表現して去っていく。

おそらく、その語るに語られないその無言の台詞、沈黙による説得力、緊張感が当時の観客を唸らせたのだろうな、と想像する。

題材としてもー荒廃後の日本ー今の上演というのはそれなりに意味を持つとも思う。

しかしながら、一方では、もっとシンプルに粗野に生身の役者を舞台に放り出してもよかったのかも、とも思う。

韓国人の役者陣は良い意味でデコボコしていて、味があった。

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油圧ヴァイブレーター(11/3)

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F/T公募プログラム選出作品、韓国から参加、作・演出・出演一人三役をこなすマルチメディアアーティスト、ジョン・グムヒョンによる「油圧ヴァイブレーター」を池袋、シアターグリーンで観る。

これ、わたし的には愉快痛快、拍手喝采というほどに面白く楽しめた。(かなりにhilarious!!)

まず、日本ではあまり聞き慣れないマルチメディア演劇というジャンル。

実は、先日初めて韓国へ行って「韓国のシアターマーケット KPAM」の視察と演劇文化隆盛なるお国情勢を体験してきたのだが、KPAMのショーケースプログラムにも、演劇ーストレートプレイ、ミュージカル、ダンス、そしてマルチメディアプレイーとあるほどに、韓国ではこのマルチメディア枠ーその名のとおり多元的なアプローチ、映像を多くの割合で使用したもの、または新しいテクノロジー、さらにダンス、音楽の比率が多くを占めたプログラムのことーが通例化しているらしい。

慣例となっている演劇上演方法を一度とっぱらって、広い意味でのパフォーマンスアートを、特に言語が違う海外へむけての有効方法論として、模索・上演していこう、という取り組むとみてとれた。

ーーーま、その他にも韓国には目から鱗の、日本の演劇界が学べることが沢山あったのだが、またその話は別のページでーーーー


今回の「油圧ヴァイブレーター」。写真にあるようにステージには表現者であり語り部であるグムヒョンがぽつりといるばかり。彼女は大半の時間、机でデスクトップコンピューターを操りながら淡々と彼女の自伝的(それはあまりにも破天荒で真の自伝ではないのだが、彼女の心の声として語られる)ストーリーを語っていく。横には彼女がコンピューターから送る映像・画像を映し出す巨大なスクリーンがあり、観客はほとんどの時間をその手作り映像を映し出すスクリーンを観ながらテキストを聞くという時間を過ごすこととなる。

******F/T HPより************
女は語りだす。
映像を提示しながら、一体どうやってあの重厚な油圧式の重機が彼女の人生に関わってくることになったのか。
レクチャー・パフォーマンスの形式をとりつつ、「現実」と「フィクション」の境目を行き来する。
掘削機に恋をする以前の彼女の経験などは、ジョン・グムヒョンがアーティストとしてこの物語を上演しているようでもあり、彼女自身のリアルな性生活を告白しているようでもある。

*******************

集団によるヒステリックなそれでなく一人の小さな女性によるささやかなフェミニズム運動。
その訴えは個人的な独り言に留まらず、一人の女性解放から、さらに広い意味での今の時代の「人」としてのあり方、理想的な生き方を求めるピュアな活動として輝いて見える。

掘削機に恋するあまり、相当に難易度の高い機械取り扱いのための国家試験に挑む彼女。スクリーンの中の物語に嘘はなく、嘘がないかわりにその歩みはかなりに小さな一歩で、、、でも何かを変えるということはこういうことなんだと気づかせてくれる。


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2011年11月 3日 (木)

あゝ、荒野

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復活(11/2)

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昨晩に続いてF/T公募プログラム参加作品、ピーチャム・カンパニーによる東京タワーを借景するというどドでかいスケールの屋外劇「復活」を東京タワーのお膝元、芝公園につくられた特設ステージで観る。

いやはや、これが、翻・演技、音楽、美術・アイディア・。。。と全ての面で高得点をはじきだしている見応えのある舞台だった。必見!

F/T今年のテーマの一つでもある劇場(建物)外での公演形式となった今作、土ぼこりをたててのカーアクション(先日のポレシュのプログラムでも豊洲の空き地でカーアクション演出ありましたね〜〜)もコンパクトにスピンをきかせて、インパクト大。でもって、その車にガンガン登っての役者の身体表現もグッド!
サザンから黒人シンガーバージョンの「チムチムチェリー」(You Tubeでチムチムチェリーの楽曲聞いていたら、他のメリー・ポピンズの歌も、それもいろいろな言語ーフランス語とかスペイン語とかーで見れたよhappy01映画メリーポピンズはやっぱりOne of my favorites、かなり完璧なほどに好きかも)、役者による歌唱もあり音のセンスもとても良い。

*****ネタばれ注意*****

近未来、トーキョー(これもフェスティバルの主旨とばっちり合致)を舞台に福島に置き去りにされた犬たちを処置するアウトロー、メッキ-・メッサーを中心に、大きなフィクションの枠組みの中、ある時は「三文オペラ」にある矛盾に満ちた(格差)社会構造への揶揄をふまえ、ある時はファンタジックな、そして日本人にとっての鉄板のおとぎ話「フランダースの犬」の浄化効果を胡散臭い目でにらみながら、現代社会、そしてこれからのトーキョー=日本が語ろうとしている物語に対して現実をつきつけ警鐘を鳴らす。

***どうして福島のあの犬たちだけがころされなきゃいけないんだ?他の犬と、どこに線が引かれてるんだ?(劇中台詞より)*****

もともと、2つの別カンパニーで活動していた劇作家(清末浩平ー劇団サーカス劇場)と演出家(川口典成ー劇団地上3mm)が09年に合併し、ピーチャム・カンパニーとして再出発したという経緯を持つ劇団らしいのだが、(ピーチャム・カンパニー)この出会い、大正解だったんじゃないでしょうか?

****テレビの音量をあげておけば、悩むことなく暮らせるんだ。(台詞より)****


巷のサイト、ツイッターなどでも好評を博しているようですが、まさに演劇の醍醐味を味わえる舞台。

4日がラストなので見逃さないように。

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常夏(11/1)

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F/T公募プログラムの一つ、三浦直之率いる、ロロの「常夏」を池袋、シアターグリーンで観る。

若者層に得に支持されている劇団だが、どうにも私にはまったく響いてこない。

恋する日々から遠ざかってしまった老年だから??なんて、そんなことも多少は関係するのかもしれないが、それだけでもないような気がする。なぜなら、他の演目で、遠い昔にため息をついた夜中の時間を思い出すこともあるから。


*******劇団 HPより************
夏の思い出とか、ぼくは全然ない。
ぼくにとっての夏の思い出って、秋に読んだ夏の小説とか、冬に観た夏の映画とか、春に聴いた夏の音楽とか、夏に読んだ夏の漫画とか、なんかフィクションばっかり。
ぼくは、春夏秋冬いつだって、フィクションの夏が大大大好きで、だから10月とか11月でも夏の物語をやります。
『常夏』ってタイトルで。
ぼくの夏の思い出の話です。
よろしくお願いします。
************************


学校生活でもダントツに一番長い休みがある「夏」の季節。
夏の前後に、何かが変わるということも多々あるもの。

そんな日本人にとって、特別な季節である、年中で一番のハイライトである夏を描いた作品。

それでもそんな「夏」に浮遊しているだけではいられない、そんな「今」だと思うんだけど。。

つまり、劇場で2時間弱かけて観賞しなくても良いかも。。。なんて、この感覚が老年なのかな?

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パゴダの王子(10/30)マチネ

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モチベーション代行(10/29)

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静物画 Still life(10/28)

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Barber (10/27)

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バナ学バトル★☆熱血スポ魂秋の大運動会!!!!!!(10/27)マチネ

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