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2010年9月 9日 (木)

ハーパー・リーガン(9/8)

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「ハーパー・リーガン」観てきました。

Simon Stephens, YOU ARE FUCKxxx GENIUSgood

マーティン・マクドナーも良い、エンダ・ウォルシュも良い、デイビッド・ヘアーもトム・ストッパードもディビッド・ハロワーも、、、でも今、私の中ではサイモン・スティーヴンスがダントツなのである。

限りなくストレートにガッツリと真実を語っている。

ここ10年の中で間違いなく、私のベスト10、いや5に入る芝居でした。
この2時間余の中に、今、芝居で観たいものの全てが入っていました。完全にやられた!!

このデジタル時代にアナログなメディアである芝居が何故必要なのか?
蓮舫流に言い換えれば、「芝居でなければダメなんですか?映画やテレビ、ネットで代用出来るのではないですか?」という問いに対する答えとして、こう答えたい。

`日々加速するこの世の不条理、人の複雑さをダイレクトに頭の中だけでなく、身を以て伝達するのに、最も適した、もしかしたら唯一それが有効となりうる方法であるから’、と。

例えば、「つい昨日までごくごく普通の人だと思っていたアパートの隣人が連続殺人犯!??驚きました。そうは見えませんでしたけど。。」という近隣住民の感想だとか「誰でもいいから殺したかった。。」という犯人の供述などがテレビの画面から毎日のように流れてくる今の世の中。混迷を続ける現代において、従来の想像の範疇を越えた事件、出来事が多発している今日において、なぜそんな事が起きてしまったのか?人はもしかしたら、その状況下において、一見突飛押しもない方向へ向かってしまうことがあるのかもしれない、といった様々の仮想状況を舞台の上で見せる事により、その過程を追うことにより、さらには自分と変わらない肉体を持った役者が目の前で演じることにより、観客はその状況を「こんな事も起きうるかもしれない。そんな時私だったらどう感じる?どうする?」と、本やCG映画の中の出来事よりもより身近な事として考える事が出来るかもしれないから。

****ネタばれ注意*****

で、今回の「ハーパー・リーガン」。

常日頃、私が感じているもやもやを一刀両断してくれた。

「この世の中には確実なことなんて何一つないんだ。」と。

犯罪者本人のみならず、その家族までにもその過ちからの再生の道を完全に拒むこの日本において、ある瞬間に標的にされてしまった者へ皆で一斉にバッシングを唱えるだけの今日のメディアにおいて、ちょっと待ってくれよ、世の中そんなに分り易くはないだろう?簡単な丸バツだけ、それも一回きりのジャッジしかチャンスが与えられないなんて、どこか変だよ、本当のところをその根っこから自らの頭で考え直してみようよ、と問いかけるこの芝居。
無駄な進歩により複雑化し、それによって時間に追いかけられる本末転倒な生活に浸りきり、疲弊してしまった現代人へ、根本のところで問いかける。
ー家族とは?愛とは??夫婦とは??さらには信じるということ、生き続けるということ、人と関わり合い生活していくというその社会の根源にあるもの、そして自分として生きていくということ。を。

舞台上、Britロックの音の高まりと一緒に(これ誰の曲?誰か教えて〜〜〜)暗がりに浮かび上がる主人公ハーパー・リーガン(小林聡美)。その後、彼女に迫り来るのっぺりした舞台一面を覆う壁。
迫ってきたかと思ったら、また後退し、舞台が明るくなってそれが今回唯一の舞台セットである四面の壁ボックスーそれぞれの面が場面ごとにあわせた簡易な背景となっていて、シンプルな居間であったり、屋外の階段状の橋のたもとの背景であったり、バーの壁面であったり、、と回転しながらその場面にあわせてその四面のセットが現れるーであることが分る。

主な登場人物はハーパーの日常で身近にいる人々ー娘サラ(美波)、夫セス(山崎一)、上司のバーンズ(大河内浩)、しばらく会っていない母アリソン(木野花)とハーパーがこの芝居で描かれる何日かで出会った人々数人。

第一部ではハーパーの変化のない日常に亀裂が入るところからー父危篤の知らせを聞いて上司に休暇願いを出すが、いとも簡単に拒否されるー始まり、そのひびが徐徐に大きな亀裂となって彼女をいつもとは違う行動へと向かわせるその過程が描かれる。

ハーパーという、ごくごく普通の家庭の主婦、少なくともこの段階ではそう見えている彼女がとる大胆な振る舞い、それもどんどん加速するその有様にちょっと面を食らうことにもなる。

が、第二幕に入り、彼女のそれらの行動を引き起こした影に何があったのか、長い間積み重なったその要因がぽろぽろと見え隠れしてくる。
まるで、いままで一幕でいったい何を観てきたのか?と問われているかのように、その隠れていたものによって様々な動機、行動に至った理由が見えてくる。
そこで、思い返してみると、
彼女と夫との会話、彼女と娘の間のやりとり、何気なく導入された近所の黒人の美少年との会話に、彼女の抱えていた心のわだかまり、言葉にならなかった思いなどがきちんと挟まれていたことに気がつく。

その一見チェーホフのような、偽りだらけの台詞の中に彼女の心の叫びーまた夫側からも娘側からもそれは同様にーがきちんと組み込まれていること。
でもって、その個人個人の悲痛な心の叫びの中に普遍の真実が埋め込まれている事。
それもとても繊細な表現で心に響く形で綴られているという事。

この台詞の一つひとつが宝のようであるということーそれゆえに立ち上がれないほどにこの翻に打ちのめされているのですが。

もちろんの事ながら、この素晴らしい戯曲をその魅力を損なうことなく上演した日本チーム(翻訳・演出・役者・制作etc.)の功績もここで大いに讃えたい。

英国留学の成果が十二分に発揮されていると思われる長塚演出、その演出には少しの奢りも感じられず、優れた戯曲へのリスペクトに溢れている。

制作スタッフから漏れ聞いたところによると、今回長塚氏はリハーサルの多くの時間をさいて、役者と共同で役づくりー翻からそれぞれの役を掘り起こすーに挑んだと言う。
みんなでテーブルを囲み、それぞれの役に関する解釈を丁寧に聞いて話し合ったのだという事だ。

その地道な作業は確実にステージで実をむすんでいた。
焦る事なく、確実に翻を伝える、その演出姿勢にも一つ何かを越えたような、彼自身の決意のほどが感じられた。

小林聡美を始め、それぞれの役者が迷いなく演技をしていた。美波に関しては彼女の今までの中でもベストの舞台と言えるかもしれない。

素晴らしい舞台をありがとう、と、またこの機会に言わせてもらいたい。

********

舞台終盤、夫がハーパーの留守中に行方不明の彼女を思い、ベッドの彼女の側で寝ながら彼女への思いを募らせたと語っていた箇所があったが、その`匂い’`空気’で夫婦の関係を描く。

そんな繊細な表現。

かと思うと、大声でイスラエル寄りの大国世論を批判する。

そんな間正直さ。

う〜〜〜〜〜〜〜ん、やっぱり名作だ!


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