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2010年9月 3日 (金)

桜の園(9/2)

Stage16355_1

あうるすぽっとチェーホフ・フェスティバルの1本、流山児★事務所の「桜の園」を観る。

翻訳・シナリオを木内宏昌が担当、演出が千葉哲也、役者に安奈淳(ラネーフスカヤ)、池下重大(ロパーヒン)、塩野谷正幸(フィールス)そしてガーエフに流山児祥が満を持しての登場とあいなった。他にも、(流山児氏の人徳からか)バラエティに富んだ役者ー町田マリー、下総源太郎、関谷春子。。。etc.が集まり、にぎやかな顔ぶれとなった。

今回のチェーホフ・フェスの趣旨が`多彩なアプローチによって表現されるチェーホフの世界’ということで、今回も開幕前の会見では演出の千葉氏が「ストレートチェーホフ劇です」と語っていたが、実際にはかなりの部分で独自の解釈が加えられた、オリジナルな「桜の園」となっていた。

木内氏の肩書きが単に翻訳担当ではなくて、台本執筆と記されているところでもその意図がくみとれるだろう。

全体的な色調としては、流山児氏がチラシでも公言しているように「熱いエネルギーを持った桜の園impact」となっている。

没落貴族の能天気な可笑しさ、そしてそれがまかり通る世の中の不条理を従来の`ダメダメな人々が彼らの実態を把握せず、破滅へと進んでいく’なんとも愚かな人間の性をため息まじりに眺め、それだからこそこれからは`少し(だけでもよいから)’は学んでいこう、というちょっとハズカシさで苦笑いがでるような自省の劇ではなく、それぞれのキャラクターがそれこそエネルギー全開で彼らのダメぶりを開き直り気味に披露しあっていた。

****ネタばれ注意*****

キャラクター設定にもかなりオリジナルな解釈が取り入れられ、

男優が演じるべき男役ーヤーシャ(ラネーフスカヤとともにフランスから戻ってきた若い召使い・ロシアをあか抜けない未開の地と嫌っている)、エピホードフ(執事、誠実だがなんとも全てに間が悪く、うだつの上がらない男)を女優陣が演じ(朝比奈慶、町田マリー)、それゆえに屋敷のミーハー娘、小間使いのドゥニャーシャ(坂井香奈美)をめぐる3人の恋のかけひきが必然的にレズビアン関係として描かれる。

ラネーフスカヤに輪をかけて、現実に疎い前時代の忘れ形見として描かれる事の多い、ガーエフだが、ここでは身の丈高く、がたいが立派な流山児が演じることにより、その頑固さゆえ世間からずれてはいるものの、まだまだ枯れる事の無い、誰よりも元気を持て余している老人として描かれている。

そして、そのガーエフよりもさらに前時代、天国への距離が近づいている老僕フィールスをこのチームの看板である塩野谷が演じることにより、他のどの「桜の園」よりも、この老人フィールスにスポットライトが当たっている、影の重要なフィクサーというような要の役所を担っている。

また、従来ではインテリの青二才としてその頭でっかちな理想論者として不完全な人間として描かれる トロフィーモフはかなりに実践的な未来をしょて立つ切れ者として終始弱みを見せる事は無い。


また、終盤、この劇の謎の一つであるロパーヒンとワーニャの恋の結末を見せる場面。
今回、わざわざロパーヒンとワーニャのキス&熱い抱擁シーンを入れ、愛し合っている二人だが、別れざるをえなかった。。。ということで示している。

。。。。。が、これらの解釈にどうしても疑問を抱かずにはいられない、というのが私見です。

まず、最後の二人が離ればなれになる理由、、、ここまで、明確に二人は愛し合っていた、求めあっていた、、と見せることは人物解釈の先取りでは無いか?
かえって、そうしてしまうことで、二人の関係の整合性が成り立たなくなってしまう、それまで見せてきた二人のやりとりさえ意味を無くしてしまうのではないか?と言う疑問。

あと、どうも微妙にキャスティングによる役の力関係の調整が生じたため、従来の劇作中の人間関係ではないバランスが出来上がってしまったのではないか?
====実際、今回の「桜の園」はラネーフスカヤとフィールスがそれに続く世代を憂う劇、となっていた。


劇の終盤、ロパーヒンが桜の園の競売で競り落としたと告白し、家族らの眼前で自重気味にその心境を語るシーンでは、80〜90年代の一時期バブル経済に浮かれる中、ヨーロッパの美術マーケットで破格な値段で美術品を競り落とした、あの成り上がりと呼ばれた日本を思い出し、そう言った意味では、2010年にここ日本で上演する「桜の園」がチェーホフ生前時の上演とは異なって然るべきではあるとは思う。また、そうあるべきだとも思うのだが、どうにもその現代化に関して、様々な要素が混ざりあい、中途半端に終わってしまったように思う。

なぜ、このように新解釈をするのか?なぜそれをする必要が今あるのか???
古典、特に確固たる評判を既に勝ち得ている古典の上演は手強いです。

それだから、チャレンジする意味もある、というものなのですが。

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