« 表に出ろぃ!(期待がこもった予告) | トップページ | 聖地(9/14) »

2010年9月13日 (月)

イリアス(9/13)マチネ

Stage14832_1

銀座一丁目、ル・テアトル銀座で紀元前8世紀末(!?)の吟遊詩人ホメロス長編叙事詩の日本で初めての劇化(イタリアでは既にあるらしい)、「イリアス」3時間半の芝居を観る。

演出家、栗山民也がプログラムに、今回の舞台は書き残されているギリシャ悲劇前の口承伝承物語を「朗誦ならではの基本を残す」形での演出を試みたと語っていた。

物語を言葉で観客へ伝えることに重きを置き、舞台装置はシンプル、俳優のアクションは押さえ、その都度にストーリーテラーとなる中心役者にフォーカスをしぼり、また、外国のそれも古代の歴史に関わる説明部分は5人の見目麗しいギリシャ彫刻のような女優コロス(古代ギリシャ劇に不可欠の合唱隊・一塊となり劇中の一群の役割を担う)がナレーション役を担う。途中、予言者役のトロイアの王女カサンドラ(新妻聖子)の歌が入る。

この演出意図にともない、今回は殊更に日本語脚本に重きを置き、劇作家・木内宏昌氏(TPTにおいて数々の海外戯曲の翻訳、脚本、演出を担当)を指名し、膨大なボリュームの詩から台本へと起こす作業を依頼している。その木内氏は演劇雑誌のインタビューで「神々の話をより人間たちの話に近づけた。そのため、登場人物の面でも原文では多く出てくる神のシーンを削り、そこへ女性の言葉も多く盛り込んだ。」と言っている。

演出家がここで公言しているように、舞台構造はいたってシンプル。トロイア戦争における戦場地での男同士の駆け引きと戦いという血なまぐさい話ながら、大掛かりな舞台セットや複雑な場面転換は一切なし。ー途中、若干のチャンバラシーンはあるものの、それは必然としての数分のみー幕開けから最後まで、役者が演じる舞台セットは変わらず、左右両脇に置かれた柱、舞台奥へと続く数段の石階段セット、そして奥には時折背景を変える際に開閉がされる襖戸式の開閉仕切りがあるのみ。その中央部分でそれぞれの台詞を、心の葛藤を訴えかけるスタイルだ。 コスチュームもギリシャ側とトロイア側とを色分けー赤と青ーして、分り易く、女神役のコロスたちは白のドレープドレスとここでも余計な装飾は一切排除している。

この演出意図のおかげか、普段あまり馴染みのない古代ギリシャの神々と人間がいりみだれてのお話がひっかかりなく、眉間に皺のよる事もなく、するりと頭に入っていった。

しかしながら、なんだかそのようにひっかかりなく過ぎていってしまうと、不思議なもので、逆に今度はどっかでズシンとくるような、もっと頭の中がヒートアップするような、何故今この古代詩を検証し直しているのか?ー今の私たちが学ぶべきものがここに見えてくるのか?ーとさらなる欲が出てくるもので、確かに非常によくまとめられた古代ギリシャ詩からの指南劇ではあったとは思うが、あえてさらなる一歩、今の立場からの強い問いかけを打ち出してもらいたかったという気もする。

とても分り易く語られていくため、通常はかけ離れた存在であるギリシャの神々でさえ、今回の舞台では大いにその実態をさらけだしてくれていたように思うー神々というメタファーで示されるものの裏にあるその存在、例えば`世の常の矛盾’`人力ではコントロールできない運命であり不条理’といった古代人も現代人も悩ませるこの世の不平等ー。そのような今回の舞台の功績を大きくふまえた上で、それだからこそ、あともう少しの劇の方向性が示されていれば、、、と悔やまれる。

衛星放送番組のヒストリーチャンネルとか、BBC放送とかで、よく古代ギリシャ、また古代ローマの歴史ドラマなどを放送していたりするのだが、当時起きた出来事、またそれこそ史実を知るのには最適な丁寧な作りのものをよく見かける(NHKなんかでも時々戦国武将物語とかCG駆使して上手く作ってますよね)。 今回の舞台を観て感じたのは、それらの良質テレビ番組とどれだけ違うのだろう?ということ。 わざわざ、銀座まで舞台を観にきているんだから、その驚きの史実、プラスαを見せて欲しいということ。 CG、手に汗握る戦闘シーンの再現に関しては、映画にはかなわないわけで、、それも分っているとしたら、舞台だからこそ、テレビも映画も出来ない事って何なのか?? その辺りがこのちょっとした物足りなさの原因なのかもしれない。

俳優人は少数精鋭制で厳選されていただけあって、それぞれに好演していた。 主人公ギリシャの戦士アキレウス(内野聖陽)、参謀オデュッセウス(高橋和也)、敵軍トロイアの戦士(池内博之)、アキレスの僚友パトロクロス(チョウ ソンハ)。。とそれぞれに負けず劣らない存在感を見せていた。

そんな中、トロイアの王プリアモス王を演じた、平幹二朗のその存在感は一つ抜きん出ていた。 彼が喋りだすと、そこが一瞬にしてどんな舞台装置であるかないかではなく、古代トロイアの戦地へと変貌していた。これが蜷川舞台の中心として世界の劇場で経験してきた力なのだな、と実感できた。

最後に、金子飛鳥を中心とした生演奏の音楽もこの舞台のかなり大きなパートとして異彩を放っていた事を付け加えておく。

蛇足かもしれないが、アキレウスとパトロクロスの男色関係に関しては、まあそれが当時の常識としても、ん??それ、そのシーン必要か???と思わざるを得なかった。

|

« 表に出ろぃ!(期待がこもった予告) | トップページ | 聖地(9/14) »

「観劇」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.f.cocolog-nifty.com/t/trackback/223541/36720174

この記事へのトラックバック一覧です: イリアス(9/13)マチネ:

« 表に出ろぃ!(期待がこもった予告) | トップページ | 聖地(9/14) »