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2010年5月

2010年5月31日 (月)

眠れる森の美女(5/30)マチネ

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スチュアート キャシディ独占インタビュー


K-balletの「眠れる森の美女」。今回は熊川プリンスではなく、清水健太プリンス&松岡梨絵オーロラ姫を鑑賞。
バレエといっても、ストーリーを伝える事に長けているK-balletの演目は最初から最後までそのお話に引き込まれる。
でもって、日本人ダンサーが得意な群舞はピタッとあって綺麗だし、キャシディの魔女の迫力はウェストエンドの舞台を観ているようだし(キャシディのインタビュー参照あれ キャラクターロールを演じる楽しみを語ってくれています)、満足・満足happy02

助成金無しで運営していく事に、ある種の誇りをもっているのでしょうが、やっぱりやるだけやっているんだから国から助成してもらっても良いんじゃないの?フェアーな関係ということで。

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モジョミキボー(5/29)

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文学座所属の俳優二人ー浅野雅博 石橋徹郎ーによるアイルランド人作家 オーウェン・マカファーティ執筆の翻訳劇「モジョミキボー」を下北沢駅前OFF・OFFシアターにて観劇。

場内パンパンの満席状態。 1ケ月近くに及ぶ、小劇場では珍しい長丁場にしては楽日近くにこの入りは立派。この混み具合がこの舞台の成功を物語っていると言っても良いだろう。(演劇関係者、役者関連の観客が多かったようではあるが)

北アイルランド人作家、オーウェン・マカファーティー(昨年春、新国立劇場で上演された「シュート・ザ・クロウ」が好評を博し、それを機に彼の戯曲の日本上演の機会が増えている。今作の次は秋に演劇集団円で「シーンズ・フロム・ザ・ビッグ・ピクチャー」の上演が決まっている。外国戯曲とはいっても、その題材が一介の市民、どちらかというと労働者階級に属する一般人たち、そしてその家族を扱った作品が多いため、異文化の壁を超えて、普通のひとびとの生活臭ただよう話という点で日本人観客にも共感される部分が多く、それゆえに多少の文化的背景の差こそあれ、台本どおりに上演され、それが受け入れられているのだと思う)の代表作。二人芝居ながら、その中心人物、北アイルランドに住む幼なじみの少年二人モジョとミキボーの他、彼らの両親、さらには近所のガキ大将らなど総勢17人の役が全て2人の俳優によりスピーディーに演じ分けられていく。そのスピード感を出すための舞台セット&演出の工夫が施されている(演出:鵜山仁)。また、それをあうんの呼吸でこなしていく俳優二人の掛け合いも流石。

北アイルランドに住む男の子たちの大人の事情絡み合ったが成長物語なのですが、やっぱり翻の構成が上手い!
育った環境の違う二人(一人はちょっと裕福なプロテスタント一家の息子、そしてもう一人は川向こうに住む低所得階級に属するカソリック一家の息子)がひょんなことから仲良くなり毎日遅くなるまで一緒に遊ぶようになるのだが、二人が熱中している空想ごっこの一つがハリウッド映画の名作「明日に向かって撃て」の二人になりきること。
映画の中では多勢の保安官(?)たちに追いつめられた銀行強盗の二人組が絶体絶命という状況の中、それでもどこかに奇跡を信じさせるような希望をもたせた終わり方(こうゆう希望の持てる時代だったんですよね)をしているのに対し、21世紀の北アイルランドに住む二人の現実は?ー長く続く政治的・宗教対立が日常にまで影響を及ぼしているこの地だからこそ、さらには世界共通の格差社会という問題も彼らのー本来なら子供らしく純粋な関係であってほしいところ、そうゆうわけにはいかないー友情を壊していく。大人、社会、もろもろの事情に追いつめられた少年二人の行く末は、どうにもならない閉塞感に出口を塞がれている。

補助席まで満杯の70席の小劇場で、汗だくになりながら二人を演じきった俳優のお二人には拍手、拍手。

文化の違いから翻訳された言葉、またはその文化背景をくむのがちょっと難しい箇所もあったのにもかかわらず、観客を最後まで引きつけ続けた、その戯曲、そして演出、そしてそして俳優の熱演、それぞれに拍手。

良い翻は長く、広く上演される機会を得るべし!

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にんぎょひめ(5/29)マチネ

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のっけから海面のきらめきを表したロープを波に見立てた美術にため息。
ビジュアル面でのアイディアが、美しくかつ有効的でありました。

何度も再演を繰り返している名作だけあって、一度は見る価値あり。

子供達にやさしい1時間の上演時間もグーーーッドgood

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裏切りの街(5/28)再見

パルコで「裏切りの街」の2回目。

イケメン好きなのになぜか、絶対なる特例として松尾スズキ好きをちょっと恥じらい気味に告白する友人が観たい!と率先してチケットを入手してくれたので、はい喜んで!と2回目の観劇。

前回、お話の筋道について、中年カップルのキャラ設定に多少の無理があるのではないでしょうか?と疑問を呈したのですが、
裏切りの街 レビュー

2度目の今回は、前回とはまた違った面なのどが見えてきて、もしかして、すべての設定さえも練りに練られた計画性の上になされたのではないか、という気になってきた。

中年女性の妊娠騒動にしても、もしかして、彼女はその先の男との展開を見越してプラスに働くようにポーカーフェイスを装っていたのでは(秋山さんの表情から、そんな気がして。。。)とか。。。う〜〜〜〜ん、でもあの状況に流され易い、主体性の無い性格ではそんな事は無いのか。。?とか。

もしかして、この劇全体が根強いファンを持つ昼メロへのオマージュなのか、とか。。

いずれにしても、またもや3時間半目を見開いて、いろいろな事を考えてしまった。
確信犯によるウェルメイド劇?だと思うんだけど。やっぱり。

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2010年5月27日 (木)

2010億光年(5/27)マチネ

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★★

芝居のリアリズムに関して、ちょっと前にも触れましたが、どんなに破天荒な設定でも、例えば存在しない世界の話でも、やっぱりその話がリアルに感じられるかどうか、、所詮は作り事なんだという大前提を前にして説得力があるかどうかという事にかかってきて、やはりその意味においての「リアリズム」は必要だと思うんだけど、この芝居、と〜〜〜〜〜っても今の時代の日常を描きながら、そこのリアリズムが希薄なんだな〜〜〜。

人の心変わりとか、身近な人への嘘とか、劇団内の方向転換、確執とか、、もちろんそこここにあるんだろうけど、もう少しそれぞれの関わりを掘り下げてほしかったかな。

(隣に座っていた彼には非常にウケていたけど。。どうもその勢いにも乗り損ねた。。)

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銀ちゃんになれなかったよ(5/26)

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★★★★(0.5)=4.5★ 

小劇場界に可憐に華咲く女形男優・佐野崇匡(プロフィールのスリーサイズに驚愕!細い! でもって日本人には珍しいツンととんがったお鼻が少女漫画のヒロインのようー岡ひろみかお蝶夫人!?ー率いる東京ミルクホールの新作公演「銀ちゃんになれなかったよ」の初日を新宿で観る。

まず、チラシからして抜群にイカしている。Queenのレコジャケ(Queen II)のパロディーで俳優たちが黒バックの中、完全になりきっている。でもって、肝心の芝居本編。。。。これがまあ、最後に舞台に向かって拝みたくなるほどに面白い!満腹感たっぷりの2時間強(カーテンコールの座長の説明によると、初日の為、客の反応をうかがいながらのネタ試し、客いじりがてんこ盛りで、そのため上演時間大幅にオーバーとのこと)!!

タイトルが示す通りつかこうへいの大ヒット戯曲・映画化もされて演劇界のみならず、一般世間に広く浸透しているお話「蒲田行進曲」の銀幕スター、銀ちゃんと大部屋俳優、ヤスのSM的師弟関係を不況の2010年をガッチリと生き抜く実演販売業界に身を置く二人の幼なじみに置き換えて、いつまでも大人になれない銀ちゃんとそれを尻目に小利口に世の中を泳いでいく、今どきのヤスを配置。

「蒲田行進曲」をよく知る中高年には鉄板の階段落ちを軸に、その回りに今朝築地で仕入れたばかりのようなピチピチはねる最新時事ネタをまぶして、笑いのジェットコースターが急勾配を登りつめていく。

まずもって、その笑いにかける情熱がハンパない。
その最新時事ネタに関しても、ギリギリまでネタを吟味していたんだろうなと思わせるほど`イマ’である。
声が高いテレビショッピング界の御大から、エリカ様にこども(大人!?)店長、そしてみんなが怪しいと思っているはずのあの「シャムワオ」(水分を驚くほど吸い取るという布切れ)などなどなどなど、みんなが????と思っているテレビの不思議ネタが満載。

先日、NHKのテレビ番組でSET(スーパー・エキセントリック・シアター)の三宅裕司が目指した喜劇、その原点は「てんぷくトリオ」にあり、またその後三宅のメジャー進出の大きな力となったのも伊東四郎(伊東自身はきづかないうちに)であったというエピソードを紹介し、東京の軽演劇を継承していく流れを紹介していたが、東京ミルクホールの舞台を観ていると、笑い満載でレビューありで観客との絡みありで、SETの流れが、こうゆうところに繋がっていっているんだな〜〜と感じる。
(劇団東京ボードヴィルショーとかWAHAHA本舗とかSETとか80年代小劇場劇団でも息が長いところは喜劇系劇団が多いですな〜〜、そう言えば)

佐野氏のプロフィールを読むと、まさにSETの研究生であったとのこと、その後WAHAHA本舗の演出助手職を経て、宝塚歌劇団にも演出助手として籍を置いたとか。積み上げてますね〜〜〜。
すべて芸として活かされてますね〜〜〜〜。さすが、喜劇作家は一日にしてならず。


批評家の評価とか(こんなこと言っては身もふたもないのですが。。。ハハハ)、海外進出とか、ごたくを並べてないで、まずは目の前のお客をこれでもかーーー、というほど満足させてみろい!!!ってなタンカが聞こえてくるような、ブレていない劇団の姿勢が感じられる舞台でございました。

いつもながらに、満足させていただきました!


前作 水晶の夜 レビュー


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神崎与五郎東下り(5/26)マチネ

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★★★(0.5)=3.5★

高円寺の公共劇場座・高円寺で扉座の「神崎与五郎東下り」を観る。

開演時間のジャスト1秒前か1秒後に劇場に到着した!と思ったのだが、その0.5秒前に劇場は暗転になっていたらしく、係の方に席まで案内してもらう。

今思うに、おそらくまったく見逃した部分は無かったと思うのだが、暗くなってから入ったため、その上シチュエーションの途中から入る話の導入だったがため、あれ?大分ミスしてしまったのかな??と錯覚を起こす。

善人会議改め扉座となって20年近く、その前の善人会議から数えると一連の小劇場ブームから、随分と息の長い劇団である。
野田秀樹の「夢の遊眠社」、鴻上尚史の「第三部台」、白井晃の「遊機械・全自動シアター」、渡辺えり子の「劇団3○○」、劇団☆新幹線に第三エロチカ、山の手事情社、ジテキン。。。etc.などなどと小劇場スゴロクという出世街道をひた走っていた善人会議。放火魔ツトムの話「夜曲」(今考えると超あぶない設定。。。今上演出来るのかな??)とか名作「フォーテインブラス」(番外編ハムレット)とか「新羅生門」とか観に行ったよな〜〜〜。

で、もちろん若干の変遷はあるものの、けっこうオリジナルメンバーが残って、中心で活躍しているのがこの劇団のすごいところ。

今回も中心でがんばっている岡森諦とか中原三千代とか、、じぇーーんじぇん変わらないんですけど!
で、今回の主役の一人六角精児、、、この方、80年代のイケメン小劇場ブームにあっては異例なキャラだったんですが、、結局成功しましたね〜〜〜〜。それほど化けるタイプでは無いのですが、そのキャラがオリジナルで個性が強い!でもって、キャリアがものを言いやはり安定していて上手い。
でもって、今回の舞台でも危なげなく、観客の目を釘付けにさせておりました。

今回はスペシャルゲストに歌舞伎俳優の市川笑也を迎えての公演なのですが、現代劇にちょっと違和感ありの笑也さんのその状況を上手く劇の話に取り込んで、そつなく話をまとめておりました。
さすがです。

それにしても、こんなに良い人たちの芝居、悪いイヤな奴がいない芝居がこの金融危機で金をめぐって血なまぐさい話が飛び交うこのご時世にあってもよいものなのでしょうか?
良いんです。確信犯だからこそ許されるのです。

ちょっと心がすさんでしまっている私なんかは、「ぜったいこのままで終わる筈が無い。すんごい悪い奴が出てきて、もしくは誰かが裏切って、大ドンデン返しがあるはず。。。」なんてうがった見方をしてしまいがちなんですが、、それがなく、清涼感溢れるエンディング、なのが今どき珍しくて、良いんじゃないでしょうか。

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ああ、自殺生活(後期版再見)5/25

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劇団、無現舎の「ああ、自殺生活」2回目を観る。

公演期間を前期・後期とくぎって、前期が終了したあと数日の稽古期間を経て後期公演を慣行。

ハンドメイド&ハンド・イン・ハンド演劇ーーつまるところ、観客との関係を密にして観劇後の感想をアンケート、そして終演後の歓談などから丁寧に集めあげ、それを活かして訂正、調整を加え後期の上演へと結びつける、当劇団の上演形態ーーを名打つ無現舎ならではの2度観システム。
2度観チケットを購入すると、今回の駅のホームという舞台設定にあわせて、2回分のチケットが往復切符の形になっているチケットを渡してくれる。
入場の際にはそれぞれの往路、復路の部分に入場の挟みを入れてくれる、というなんともキッチュな演出付きなのです。

数日間のインターバルがあったとは言え、劇の筋に関しては前期バージョンと大幅に変わる事はなく、それこそ微調整、細かい磨きあげが施されていて、それによる、また役者のこなし度合いによるテンポアップあり。
2回目ともなると1回目のときのような、劇がどう転がっていくのかを予測するようなドキドキ感がうすれてしまうのは仕方の無いことなのだが、その代わりに役者の細かい表情のチェック、また前回との微妙な違いを探す楽しみはあり(これはどの芝居の2度観に関しても同じですが)。

で、そんな違いを思い出しながら観ていて、今回、特に気がついたこととして、、

奇しくも劇中にも出てきた言葉ですが「不条理」。
これって、日常生活の不条理、人が生きていくという事の不条理を描いた芝居なんだな〜〜〜と言う事。

言葉で武士道ならぬ「自殺道」なるものを(他)人に説くという、その設定の不条理、でもって言葉が口から発せられたその瞬間から始まる「不条理」の連続、言った端から嘘になる。。。といったなんとも人の世の不条理。
そんな世界を、好対照な二人がくっついては離れ、離れてはくっつきながら喧々諤々。。。

なんとも演劇らしい舞台でございました。

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2010年5月26日 (水)

寝台特急”君のいるところ”号(5/24)

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ナカフラ(中野茂樹+フランケンズ)の本編作品観劇を初体験。
(「忠臣蔵のこと」本公演に向けての準備段階公演は観た事があるのですが。でこのクリエイションの途中段階を見せる、ワークインプログレス形式の公演がとっても面白かった)

でもって海外戯曲上演(の独自解釈訳による上演)を得意とする中野さんのなかでも、特に上演頻度の多いソートン・ワイルダーの作品、それも今回で4回目の再演となる作品で「列車特急寝台列車ハヤワサ号」(原作)のフランケンズ版。

原作は読んでいないので、どのくらい変えているのかは比べられないのだが、おそらく列車に乗り合わせた乗客たちが交わす会話、それぞれ登場人物のバックグラウンドなどを日本人観客用に身近な会話に置き換えたぐらいなのかな?と想像する。

ある晩、特急寝台列車の中で起きた出来事ー劇的な一日となってしまう夫婦もいるのだが、概して、別に殺人事件が起きたり、列車強盗が起きたりする訳ではなく、むしろ毎夜繰り返されることの、その何万回にもおよぶ毎日の出来事の中のある一日という描き方ーを主に若いボーイ(乗客世話係)さんの目を通して語っていく。

幾万日というたゆみない月日の流れ、マクロの宇宙時間のほんの数時間、それも生き物が眠る時間の数時間をきりとり、その列車に居合わせた一介の人々の個々人の歴史(ミクロ)を垣間みながら、その宇宙的スケールで人間の継続する営みを描き出している。しんみりと考えさせられるお芝居。

ナカフラチームとしてはそのオリジナル作品の劇全体のトーンー真摯にひそやかに名もなき人一人一人の人生を探るーを維持しつつ、その流れがより自然に映るように、日本の土壌にあわせた細やかな変更を加え、アゴラの観客の釘付けの視線を逃さないよう作り上げたということなのでしょう。

余韻の残る舞台でありました。

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2010年5月22日 (土)

めぐるめく(5/22マチネ)

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★★★

不覚ながら、地下鉄事故の影響で開演時間に遅れてしまう。。。すみません。。。
いつも、開演1分前にギリギリセーフで飛び込んでいたこの性格のせい??
今思うと、これまで間に合っていたという方が奇跡に近いかも。。ちょっと反省。bearing

昨年秋に、今回と同じシアタートラムで観た同劇団、桑原裕子率いる・KAKUTAの「甘い丘」という芝居が良く出来ていて、面白かったので、今回も続けて観劇。

甘い丘レビュー

今回はバラバラになった年の近い4姉妹が、長女が引き起こしたあり得ない奇跡により10年ぶりに向き合い、家族の関係を築き直すというお話。

4人姉妹それぞれ+彼女らと日々を過ごす家族の日常のぐちゃぐちゃをそれぞれにバラバラになっていた音信不通の期間にも遡って追って行く中、絡み合ってしまった関係の糸をじょじょに丁寧に解いていく。
あり得ない奇跡まで起こして蘇った長女が、相変わらずの姉妹たちを見て、あきれながら、暖かく微笑みながら最後の強く絡まった糸をとき解く。

劇作・演出の桑原さんのブログを覗いたら、ハイバイの「て」を観に行ったときの感想が書かれていた。
桑原ブログ

”芝居を観ながら、しみじみ、家族というのは妙なものだと思う。妙でない家族はいるのだろうか、と考える。。。。。(ブログより抜粋)”

もしかして、この日のしみじみ、、がこの4姉妹(近い家族)の話を書かせたのかも。

前作の「甘い丘」と比べると、ちょっとばかり平坦だった流れに、、ちょっと★が少なくなってしまいました。。
それにしても、遅れてすみません。

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プランクトンの踊り場(5/21)

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★★★★(0.5)=4.5★

赤坂レッドシアターで、近年若者を中心に大ブレイク中の劇団イキウメの最新作「プランクトンの踊り場」を観る。
03年から活動を続ける劇団を率いるのが演劇界のミスター平常心(以下のインタビューでお会いした際の印象)、前川知大(ともひろ)率いるイキウメが得意とする超自然的現象ー(ネタばれ注意**人の思念が形となり、それによりドッペルゲンガーの混乱が起きるーをストーリー展開の軸とした芝居。

JT前川インタビュー

先日、朝日新聞の演劇評欄で山口宏子さん(お帰りなさい!)がこの芝居の魅力を。"この劇の魅力は、そうした技巧的な展開の先に超自然的な出来事と、、、人間の内面が共振するところにある。これまでの前川作品は、ともすると奇想の面白さが前面に出て、、、(劇中人物が)平面的な存在になりがちだった。だが、この作品では、中核となる人物に厚みが感じられ、そのことで、奇想もより生きた。”と評していたが、その意見にまったくもって同感する。

今回の舞台、ストーリーのオリジナリティー・↑前文の中の奇想性、そして簡潔な舞台セットの有効性、そしてそれぞれに丁寧に作り上げられたのキャラの魅力、そのキャラにはまった俳優人の演技、とそれぞれがバランス良く、完成度の高い作品となっていた。

2時間の上演中、淀む箇所は全く無く、中味の濃い作品に仕上がっていた結果が、巷での反響(演劇レビュー欄などでも高得点をたたき出している)につながっているのだろう。

それぞれに(善くも悪くも)人間味溢れるキャラクターが揃う中、出戻りの主人公要(伊勢佳代)の兄、小説家くずれ(らしい)の悠々自適な金持ちボヘミアン、輝夫(安井順平)の生き方、発言は社会批判を含み・哲学的ともとれるほどに魅力的。

「仕事に就いて、結婚して、、、それが普通っていうその発想が変」「仕事しなくてもよいだけのお金があるんだから、別に働きに出なくてもよいでしょ?」
って、おっしゃる通りでございます。

今の格差社会には制度にゆがみがあると思うけど、生まれながらの貧富の差っていうのはあって当たり前。それを金の取り合い合戦で更地にするという方向性の方に疑問を感じる。

ここのところ、人々の盲目的な勝ち負け人生勝負ゲーム(それもその基準が全てお金)に疑問を呈するお芝居をよく目にするが、本当にそうゆう素朴な疑問だよね、言いたいところは。
誰がそのゲームのルールを決めたの??でもって、それに従う人が増えれば増えるほどほくそ笑むのは誰???ってね。

ストーリーの核となる「信じる力」を多面的に描いたー信じる者は救われる。が、反面、じゃあ、信じただけで救われるのか??という表裏ー最後のオチも効いている。

少々突飛に思えるイキウメ芝居の発想も、実社会の裏のウラの意外な事実に比べたらかわいいものなのかも。

とにかく、今回の前川芝居に見られた、ナチュラルな「主張」は大いに歓迎すべきところ。だと思う。

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ムサシ(5/21マチネ)

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★★★★★

ムサシ再演(ロンドン・ニューヨークバージョン)を蜷川先生のお膝元、埼玉芸術劇場でたっぷりと観る。

観れば観るほどに、一見シンプルに見えるこの芝居の奥の深さ、熟慮の末の完成品という質の高さを実感する。

例えば、****ネタばれ注意****この世で言い残した事を伝える為に戻ってきた先人たち。。彼らが誰一人として著名な人では無いという事。村の役場の伝記にさえ残らないであろう市井の人たち、その彼らの死に方がかっこ悪い、どうしようもない理由であるというこの設定がいかに大きな意味を持つかを観ているその場で誰もが実感できる。単に情けないエピソードで笑わせるという理由だけではなく、彼ら9人がこの世に生きとし生けるもの全てを代表しているという力強いメッセージとなっている。その簡単であることの偉大さ!そこに到達するのが大変なんだよね、井上先生、、とそこに至るまでの膨大な捨てられた台詞を思うと心底頭が下がる。
また、あのエリート小次郎が皇位継承順位第18位と聞いた途端にそのとんでもないいかさまにまんまとひっかかる、その皇位という存在の摩訶不思議。最後にそのプライドの高い小次郎が最後には名前も名のらずに去るというエンディングも粋なんですが。その前の武蔵の即答(小次郎を称して)「友人です」と言い切る姿も清々しい。
でもって、沢庵和尚の最後台詞「去る者は去り来る者は来る、これ人間世界の実相なり。」って、これで締めくくるって、どうよ。ジ〜〜〜〜ンときちゃうよ。
諸行無常は人の世の常、でもってその人生も始めがあって、で、終わりも誰にでもいつの日か必ず来る。って、短い人生だからこそお互のいつまらない欲や怒りで終わらせてしまうのは愚かな事って。

分っているつもりでも、日々の生活の中でなかなか思い出させてはくれない事を笑いながらに説いてくれる、井上芝居のマジックでありました。

今回、ロンドン公演後の凱旋公演ということで、ロンドンで出た劇評がでかでかと張り出されていたのですが(もちろん自慢出来るものだったから大々的に見せていたわけですが)、それにしても「スゴい!」。四つ星をもらえれば上々のところ(メジャー新聞演劇批評家は軒並み四つ星をつけていた)、まずめったにお目にかかれない五つ星(老舗新聞Independent紙)までもらっているんだから、もの凄い快挙と言って良いでしょう。
英国演劇界は蜷川芝居びいきなのでは?という声も聞かれてきそうなものだが、実際のところ過去の蜷川芝居にはかなり手厳しく批判された作品もありーもちろん、初期の「Ninagawaマクベス」そして近年の「タイタス・アンドロニカス」「ペリクリーズ」などはかなり高い評価を得ているのですがー、一概に盲目的に褒めそやしていないという事は明らか。そんな中、シェイクスピアでもギリシャ悲劇でもない、英国ではよくは知られていない宮本武蔵のお話がこれほどまでに受け入れられ、言葉の壁をものともせずに感動を与えたというのは、本当にこれから海外公演を行う全ての日本演劇関係者が検証すべき事例です。

前述の井上マジックもさることながら、やっぱり総合点としていかに良く出来た芝居かー真っ赤に燃えたぎる夕日を背にした二人の剣豪の決闘シーン、一変して竹林がそよぐ鎌倉の禅寺、と蜷川ヴィジュアルマジック、それに優しくそして印象的な宮川彬良の音楽、でもって役者陣(前回の小栗君もよかったけど、またそれとは別のハングリーな小次郎を演じた勝地涼君、、よかったです!)好演、とやっぱりどれをとっても弱い部分が無かった!
素晴らしい!!!!芝居の世界の片隅にいれて良かったと思う瞬間です。


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オブセッション(5/20)

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シアターコクーンで勅使河原三郎&佐東利穂子のダンス「オブセッション」を観る。

昨年フランスのフェスティバルで世界初演を迎えた本作。日本のダンスファン待望の凱旋公演。それだけに初日の会場には待ちわびた勅使河原ワールド信望者がぞくぞくと押し掛けていた(外国人もチラホラ)

ルイス・ブニュエルの初期代表映画作品「アンダルシアの犬」に着想を得て、創作したという1時間のデュエットでは、光と闇のコントラストが鮮やかな舞台上でだまし絵を見ているような、一筋縄ではいかない男女の関係、恋愛の駆け引きが展開される。

それにしても、優美でアーティスティックなステージ。

フィジカルとヴィジュアルの総合美、プラス世界有数の演奏者ーファニー・クラマジランによるヴァイオリンの生演奏コラボーとなんとも完璧すぎるほどに隙がない。

JT Preview

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2010年5月20日 (木)

露出狂(5/20マチネ)

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王子小劇場ーここの劇場初めて行きました。商店街の中で思いっきり回りに溶け込んだ感じで劇場があるんですね〜〜。その違和感なし加減からして、もしかして以前は映画館とかだったのかな?ーで劇団・柿食う客の最新作、女優オンリーによる女子校サッカー部を舞台にした芝居「露出狂」を観る。

前回が、イレギュラーな短編2本の上演舞台だったため、今回が初めての柿食う客本舞台の観劇となる。
短編2本立てレビュー

とは言え、今回も公演形態自体にいろいろとサービス、工夫ありで観に行く日によって、ガールズナイトだの振る舞い酒ありだの、配役を替えての公演回あり(通常パターンの他に何パターンか用意している、とアフタートークで作・演出の中屋敷法仁氏が語っておりました。スゴッ!)、、と出血大サービスの公演内容なんで、今回もかなりお祭り気分を呈している。

既に海外公演も実現し、でもって、毎回手を替え品を替えのサービス興行。これこそが、IT世代の興行ビジネス術というものなのでありましょうか?
でもって、劇の中味も徹底して「女優を魅せる」ということに終始していて、小劇場でAKB48??、小劇場で少女コミック???(最近、少女漫画を読まないからこの表現があてはまるかどうか、定かではないが、、イメージとして)というストーリーは度外視したナンセンスを承知した上で女優陣それぞれのキャラを見せる事にあくまでも重きをおいて劇を作っている。

どこかに歌舞伎を想起させる。。。と劇団の特徴を記した文があったが、この`俳優全面押し出し姿勢’がそう言わせているのでしょう。

女子校サッカー部内で起こる部員同士の友情は、時にはレズビアン行為にまで発展、かと思うと小学校の班作りの過程のようなお友達作りゲームにチェンジ、徹底してデフォルメしたギャル描写とコギャル語の連続技で怒濤のごとくエンディングまで突っ走る。

でもって、その見せ方に関しては往年の第三舞台を彷彿とさせるような、`イケメン俳優客席に向かいトクトクと弁明す!’、という意外にもレトロな正統色もあり。

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2010年5月19日 (水)

ヒッキー・カンクーン・トルネード(5/18&19)

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岩井秀人率いるハイバイのデビュー作にして代表作、6回目の再演となる「ヒッキー・カンクーン・トルネード」、初めて組(今回の公演にむけてオーディションで選んだ俳優たち)と経験組(何度かこの芝居を演じている主にハイバイの俳優たち)の公演を夜、次の日のマチネと続けて観劇。

6回目の再演でも観客がおしかけるのも納得!の秀作。

笑い続けた先に無限に広がりをみせる世界観が現れ、劇場の誰をもにそれぞれに考えさせるきっかけを与えるというその先へ続く発展を見せた。芝居の醍醐味が体感できる舞台。
ー実際のところ、あんなに反響が大きいアフタートークってめったにない。まず、アフタートークへの参加者が多く、また質問する人の数も他の通常のケースの比ではない。岩井氏の受け入れ態勢の柔軟さがそうさせている事もあるが、やっぱり今観た芝居に興味があった証拠であろうー

劇団ハイバイを知る人だったら、言わずと知れたというところだが、本作は作・演出・出演を兼ねる岩井氏のひきこもりであったという自身の経験をもとに書かれた作品で、ひきこもりである主人公の登美男(岩井秀人・篠崎大悟ダブルキャスト)が15年(10年ー初めて組ではこの設定)の、今では家族の日常事態となったひきこもりの日々から脱却する(?ー?ここは謎)その日に至る数日を描いている。

がたいの立派な男優が母親を演じ、漫画さながらのプロレス熱狂エピソード、ひきこもり対処アドヴァイザーのとんちんかんな対応。。。などなど、サービス満点の面白さなのだが、当然のことながら、ただの爆笑劇に収まっていないところが、昨今のハイバイ熱狂群を生み出している理由であろう。

本日観た、経験組では岩井氏自身がプロレスラーに憧れるひきこもりの主人公を演じていたのだが、彼の一挙手一投足、わずかな眉毛のピクピクに、言葉には出てこない、彼の心の内が表されているような、一秒一秒を見逃せない、わずかな言葉尻を聞き逃せない、、そんなSensitive (感覚の鋭い)な演技で、圧巻でした。

ヒッキー(ひきこもり君)が見つめるその先には何があるのか、そして、ヒッキーを見守る、妹、母、アドヴァイザーの視線の先には????
最後には人という生き物を妙に愛しく思ってしまう、何かがしっかり心に残る、多くの人に体感してもらいたい芝居です。


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2010年5月18日 (火)

裏切りの街(5/17)

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ポツドール主催、三浦大輔、パルコ劇場パルコ劇場初進出作品「裏切りの街」を観た。

3時間を超える作品ながら最初から最後まで見入ってしまう、その構成力はさすが。

劇のエピソードとかけるわけでもないが朝に情報番組のチャンネルがなかなか消せないような(みんな同じネタなんだけどね〜〜ザッピングしちゃうんだよね)、お昼にテレビの前でチャングムを見続けてしまったような、、覗き見趣味ながら中毒になるような魅力あり。
場面の移行の間に入る大音響の音楽も長丁場にメリハリをつけ、劇的効果をあげるのに大きく貢献している。

でもって、役者が良いーこれがパルコでかなえられる恩恵か!ー。
特に中年夫婦ー松尾スズキ・秋山菜津子ー、この二人が手堅い!上手い!!!でもって見目麗しい(舞台役者として)!!!!
もう一人の主役、田中圭君のうつむきっぱなしのヘタれ具合も良かったが、何と言っても松尾スズキの登場のインパクトがすごすぎる。今回は演出なしの役者オンリーだったので彼が天才役者たる、その天才ぶりが十分に発揮されているので、松尾ファンは必見。

と、ここまではベタ褒めなんですが。。。ですが。。劇に関してはちょっと首を傾げるところもあり、なんです、実は。

*******ネタばれ注意**********

劇中の中年夫婦(妻はもうすぐ40歳、夫はもう少し上(?))の年齢をとっくに超してしまっている私としては、どうしても中年夫婦の方に特に注意して観てしまう傾向があったようで、
で、どうもこの二人の夫婦関係が、納得いかんのです。

劇のリアリズムを考えた時に、たとえそれがかなりぶっ飛んだ、破天荒なエピソードでも、展開でも、そして過激な役のキャラクターであったとしても、「こういう人、もしかして広い世界の中にいるかも。」自分では思いつかなくても、こうゆう考えもありかも、、、と思えれば、それで十分にリアルであり得るとは思うのですが、今回の主婦はまるでエイリアン(ー特に妊娠発覚後)。
倦怠している夫婦関係の末に若い男の子との不倫、それでも夫とは別れられない、結局また若い彼と会えばズルズルと続けてしまう。。。というところまでは十二分に分るのですが、40歳を前にした女が子供を産むか産まないか、という決断の前にあれほどまでに他人事のように振る舞えるのかな〜〜〜???
不倫相手とにせよ旦那とにせよ、少なくとも半分は自分の遺伝子が関わっているわけだし、実際お腹に子を孕むのは自分なわけだし、さらには事の流れで旦那の子ではない子を夫婦で育てて行くことになってしまったようだし、、、いくら、優柔不断なキャラクターとは言え、ちょっと人間的な部分が欠如しすぎているような。
でもって、その不倫関係の二人。年の差があってもお互いに居心地の良い相手、しっくりいく相手を見つけたのかな?なんて最初は思っていたのですが、最終的には「顔」と「許容(決して咎めない)」だなんて、それがみんな本心で求めているものなのかな????かえって逆じゃないのかな???結構、心の奥ではもっとウェットな部分、ドロドロしている愛情を求めているんじゃないのかな?
いくら、不毛な不倫関係の強調とはいえ、お互いの名前を知らないって??それこそあり得ないでしょ、実際問題。

これまでのポツドール作品では主に若者世代の恋愛状況の孤独と渇望をかなり過激なエピソードと演出で描いてきたわけですが、そこには前述のリアルがあった。だからこそ多くの人が共感して劇場へ通ったのだと思うけど、ちょっと今回の大人の二人に関しては、大人にしてはスカスカしていたな〜〜〜。

専業主婦だって、ま、テレビもかなりの時間観ているだろうけど、韓流スターにはまって貢いだりもしているだろうけど、、、それなりに生きてきているから、どんな方向であれそれなりに深みはあると思うんだけど。。。いかがなもんでしょうか?


前回の本多劇場での「顔よ」が傑作だっただけに、ちょっと残念。
顔よ レビュー


でも見続けますけどね。

ps.
劇のパンフに面白い対談(リリー・フランキーvs三浦大輔など)がたくさん載っているので、これはお買い得。


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2010年5月16日 (日)

春の祭典(5/15)マチネ

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★★★★

ストラヴィンスキーの「春の祭典」にあわせて、現代社会の縮図ー人と人との関わり、衝突、体制による民衆コントロール、価値の崩壊、再生へ向けての闘争etc.ーを描いたダンスプログラムをシアタートラムで観る。

20世紀初頭、ロシアの芸術パトロン(今で言うところのプロデューサー)ディアギレフが設立したバレエカンパニー、バレエ・リュスが最先端モダンバレエ作品としてパリで初演した「春の祭典」を閉塞が続く現代の日本社会に移して読み直したダンス。

可能なかぎり舞台すれすれまで降ろした照明機材が照らす舞台、その何も無い舞台へダンサーが入ってくる。舞台右手奥の楽屋との通路階段を開け放し、階段を上り、舞台へ出るダンサーの姿が見える。

初めに大橋可也(かくや)が黒のスーツで登場。ディズニー映画「ファンタジア」でミッキー・マウスが演じた(?)魔法使いの弟子の魔法の帽子を被っている。その後に出てきたダンサー(魔法使いの弟子)にその帽子を渡すとその弟子役ダンサーが魔法の杖をふる。

「ファンタジア」さながら、その後に続々と階段から表れるダンサー達(この中には公募で集められたエキストラダンサーがかなり混ざっている)が舞台上に現れ、人々の春(生活)を表現していく。

で、このプログラムの最大にして、特筆すべき魅力がこのエキストラダンサー達。

ダンサー予備軍というよりは、一般の(カンパニーのエキストラダンサー募集要項にはダンスの経験不問とあり)、それぞれに表現発表の場を楽しみたいというよう人々が30人ぐらい、プロのダンサー達との共演を果たしているのだが、この交わり加減が絶妙なんです。

その、個々の表現に関して(もちろん簡単な動きで時間も短いのですが)は同じ舞台に立つダンサーたちと比べても、全くの遜色はなく、何と言ってもやらされている感がまったく無い。それぞれに舞台経験を楽しんでいる様子が、素晴らしい。

で、彼らをまとめながら物語を紡ぎだしていく大橋可也&ダンサーズの完璧なコラボがCoolでこれまた素晴らしい。

大人数のエキストラを単なる数として舞台へあげる作品もみられる中、このような作品作りが出来るんだという事を見せつけてくれた。ブラボー!

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革命日記(5/14)

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★★★(0.5)=3.5★

1997年に共同プロジェクト用に執筆された「Fairy Tale(お伽噺)」という作品(当時は安田雅弘が演出した短編作品)を平田オリザが大幅改定し、08年に自身で演出したのがこの「革命日記」。
08年の若手公演も観ていて、その時にかなり面白かったという思いがあり、今回の再演も青年団芝居初見の友人を誘って観劇。

若手公演の時よりも、セットがいくらばかりか立派になっていて、駒場アゴラの劇場の特徴を活かした演出の変更箇所が若干あり、なのだが、基本的には08年公演と同じ。ーキャストもかなりの部分で同じー

で、前回の初めて観た時ほどの感激はないものの、、改めて観て、やはりかなり、周到な仕掛けを組み込んで書かれた作品だな〜〜〜と感心する。

「革命日記」と銘打たれ、テロ行為の決行を間近にひかえ、潜伏するテロリストという大まかな筋になってはいるものの、観れば観るほど、昨今「革命」という2文字がこれほど似合わない国(日本)も見ないな〜〜〜〜という思いを強くする。

`微笑みの国’のタイでは革命があっても、やっぱり`全国民で微笑みを投げかけ合う’この日本には革命は無い!!だろう。

過激派集団の一人一人が熱く語るほど、集団のリーダーが組織の集団目的を言葉を駆使して説くほどに、あらら、あららと彼らの既に腐敗したボロがポロリ、ポロリと剥がれ落ちてくる。

それこそ、彼らの革命理論が空虚であるがゆえ(劇中、その理論の中味について語られることは決して無い)、かれらの生活、行動がひねりを効かした大いなる喜劇として出来上がってくる。

それぞれのごたいそうな言い分、、かなり変ですから、それに矛盾していますから。でもって誰もそれに気づかず、喧々諤々している。集団って恐ろしい。ーやっぱりオウム真理教の悲喜劇を思い起こさせますー
でもって、やもすると多くの場合で国民レベルで「集団」化してしまう、日本人気質への皮肉です。この劇。

この「集団」化がもっとも嫌いで、だったら異国の地での異端者のはぐれ者の方が良いなと思い、海外へ出た私としては、この劇を観る度に気持ちがどよ〜〜〜〜〜んとなるのです。


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2010年5月14日 (金)

「ああ、自殺生活」(5/13)

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★★★★

南高円寺のスタジオで昨今の演劇界の潮流には自主的にのらずに、我が道を行くを実践している劇団、夢現舎の新作公演「ああ、自殺生活」の初日を観る。

99%は自殺願望を持ちながら、この世にも未練がある男二人の会話劇。
****ネタばれ注意*******

今まさに電車へ飛び込もうと、その時を待つ、若い男の背後から土気色の顔で忍び寄り、自殺を思いとどまらせる謎の男。
その邪魔によって、思いとどまったはよいものの、その後その謎の男の厭世論に延々とつきあわされるはめになるーというか積極的にその男と関わり合うー若い男。
二人は、この世に蔓延する自殺的事象ー軽めに訳すと`ダメダメな日常’`哀しいほどに思い通りにはならない現実’ーについて検証していくこととなる。

********************


で、言ってしまえば、この男優二人による掛け合いの会話喜劇なのですが、その細かいネタが、その面白みが私のツボにはまっておりました。

ちょっと斜に構えたモノの見方、何事にも芝居のネタは隠れている。。。というしつこいまでの掘り下げ方。
この劇団特有の丁寧で、ユーモア溢れる作品作りー最後にオリジナルの「ああ、自殺生活」楽曲が流れてきた時には涙がちょちょぎれましたよ。


ライトな感覚で笑いもふんだんにありという、でもって社会派劇。。。。これだからやっぱりイギリス人の好みにはドンピシャなんだと思います。ーーーこの劇団、イギリスでの上演を繰り返しております。

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2010年5月13日 (木)

甘え(5/12)

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★★★★(0.8)=限りなく5つ★に近い4.8★

戯曲で読みたいと思わせる、数少ない劇作家、本谷有希子の新作「甘え」はやっぱり面白かった。でもって、観劇後にやはり台詞を読み直したいと思わせてくれた。珠玉の名台詞が散りばめられていた。
かゆいところに香りの良いムヒを塗ってくれるように、台詞に意外性がありながら説得力がある!

「いいとも」月曜日に出ていた小池栄子が語っていたように、円形劇場なので客席と舞台が近く、それも円形舞台全面をめいっぱい活用していたためにそれぞれの表情なども良く見えたのだが、何と言っても小池栄子が良い。
殻を突き破れず躊躇する賢い娘、順をきっちり演じているし、主役をはりながら、回りがちゃんと見えている。前にも何度か小池出演舞台は観ているが、その都度、きっちり何かを会得しながらやってきているんだろうな〜〜という積み上げが見えるようだ。
(何事も考えながらやるのと、そうでないのとでは後で大きな差が出てくるんだろうな)

でもって、その小池を囲む役者陣も、これまたー特に義母役の広岡由里子ー良い。

昔、「甘えの構造」って本がベストセラーになって売れていたよな〜〜、どんな内容だっけ?

と、それはおいておいて、、自己に対する「甘え」、つまりは自分にとって心地良い状況に安住し、そこから出て行かないー今回の場合、一見外からみると父親から甘え(依存される)られる立場で、いやいやそこに留まっているように見えるが、義母らの指摘によりそれが実のところ究極の自分への甘えー自意識の堅持であることを見いだし、そこを乗り越えて行く、そしてその過程において、回りの人にもケースバイケースでその甘えは存在しているんだ、誰でもが持っているものなんだという事に気づいていく、という順の成長が小池栄子という役者の肉体を借りて丁寧に語られている。

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ザ・パワー・オブ・イエス(5/11)

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★★★

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夢の泪(5/11)マチネ

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★★★★+(3本連続上演の企画へ)★

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ホットペッパー、クーラー、そしてお別れの挨拶(5/10)

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★★★★(0.5)=4.5★

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2010年5月10日 (月)

ウィンドミル・ベイビー(5/10)マチネ

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★★★★+0.5=4.5★

全ての要素ー翻・演出・役者・音楽ーがバランス良く整った、良質の舞台。

オーストラリア、カナダなどの少数民族に関する芝居を中心に上演している演劇企画集団・楽天団による上演で2008年に日本で初演。その際の大きな反響に応え、今回同じキャスト、と言っても一人芝居なのですが、大方斐紗子さんにより杉並区の公共劇場・座・高円寺2(小劇場)で再演された舞台の楽日を観劇。
これが、舞台の幕が降りるやいなや、待ちきれないというタイミングで大きな拍手が沸き起こるというような、誰が観ても自然と楽しめる、良い舞台でありました。

オーストラリアの先住民族、アボリジニの(今は)老女のメイメイ(大方)が、まだ階級制度が色濃かった時代、若かりし頃に農奴として仕えていた白人主人のお屋敷で起きた出来事を、自分の半生を振り返りながら、当時の奴隷システムの様子をユーモアを交えながら語っていく。

大方さんの無理なくナチュラルにオーストラリア先住民を演じる演技、また舞台横で様々な楽器ーギター、オリジナル(?)打楽器ーと澄んだ歌声でオーストラリアの大草原を表現するバロンなかざわさん、と舞台上は二人のパフォーマーのみ。

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日本語を読むーポンコツ車と五人の紳士(5/6)

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★★★★

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化粧(5/6)マチネ

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★★★(0.5)=3.5★

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オママゴト(5/1)

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★★★★

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動け!人間!(4/30)深海魚

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★★★★(淡水魚編がみれたらさらに0.5がプラスされていたかも)

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夏の砂の上(4/29)マチネ

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★★★

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Blue/Orange (4/28)

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★★★(0.5)=3.5

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