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2010年4月

2010年4月28日 (水)

スプーンフェイス・スタインバーグー朗読ー(4/27)

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パルコ劇場の特別企画・朗読劇「スプーンフェイス・スタインバーグ」を観に行く。

雨の夜長、渋谷の穴蔵劇場で、しんみり聞かせてもらいました。
これがこれが、出色の出来でありまして、全ての要素ー戯曲、演出、俳優(朗読者)ーがコンパクトながら、これ以上は少しでも足されたらバランスを崩しそうなところでゴールデン比率を実現、シンプル イズ ベストの綺麗な作品が完成していた。

まず、演出の長塚圭史の選んだモノローグ戯曲、英国人作家 リー・ホールによる翻が素晴らしい。癌に冒され、死に直面した7歳の少女のその熟成した死生観が、その平板ながら完結な飾りや奢りの無い言葉の中に見事に描き出されている。知能障害も持ち合わせ、常に弱い立場にあった少女が、実のところ誰よりも強い人間であったという事、その小さな目が社会の多くの実態を捉えていたということが、麻生久美子が語る1時間20分のドラマの中で見事に表現されていて、劇場にいあわせた多くの観客に感動と考える時間を与えたのだと思う。

結果として`静’の演出に徹底した長塚の選択も見事であったし、彼と話し合いながら劇を読み込み、その表現者としての任を見事に果たした麻生久美子にも大きな拍手を送りたい。
優れたテキストを、極力分り易く、言葉を伝える、ということに専念した今回のリーディング舞台、完成形のパフォーマンスとして大いに楽しむ事が出来た。
(劇場サイドは時間が空いた隙間を使っての(将来へ向けての)番外編と言っていたが、いやいや、これで十分に劇場のレパートリーの一つといえる作品に仕上がっていた)

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2010年4月27日 (火)

ほろほろと、海賊(4/27)マチネ 初日

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「ひとは元気で楽しいものを見ると元気で楽しくなる」をモットーに13年目を迎える中高年劇団=楽塾。

↑こちらのスローガンを掲げ、毎年このGWの時期に定期公演を続けている「楽塾」、流山児祥率いるところの劇団が今回は本拠地のSpace早稲田で佃典彦による書き下ろし(プラスあて書き!?)の新作を上演。

歌あり、踊りあり、コスプレあり(??)、演劇界の重鎮ゲスト出演あり、の盛りだくさんの内容でスローガン通りの舞台を見せてくれた。

何と言っても楽塾の役者ありきの芝居なので、戯曲の意図は?作者の訴えたい事は??なんて堅苦しい事は言いっこ無し。はなから、とにかく役者一人一人を観て楽しんでくれ!!と言わんばかりのサービス精神いっぱいの1時間半。

伝説の料理の超人、三ツ星鯛一郎(戊井市郎/流山児祥のダブルキャスト)の帰還を待ち続け、湖上にうかぶ落ちぶれたリゾート地のレストランで海賊になってしまった元の従業員たち、とその海賊船レストランを改造して地元の名士の記念館を建てたいと画策する市民団体のおばさん達。。

舞台狭しと個性溢れるおばさま女優の皆様がたがテンポ良く、歌声軽やかに、軽妙なコメディを繰り広げて行きます。

で、今回の目玉が何と言っても、流山児が率いるもう一つの高齢者劇団(こちらは劇団関係、演出家、劇場主など、の高齢者から成る)からの特別ゲスト、前述の戊井さんと肝付兼太さん、このお二人と楽塾女優陣との共演だろう。
絶妙なチームワークを見せている。

いつも観客席側にいると、どうも演劇は観るもの。。という観念から抜けきれないようになってしまっているのだが、今回の公演では「演劇は自らやるもの」と考えても良いのでは?という、新鮮なメッセージを受け取る事が出来た。

演劇教育という理念の中にも、ー先日岩井秀人さんがインタビューでも語っていたようにーもっともっと演劇に関わる=自らで演劇を作る(鑑賞して批評するだけでなく)を積極的に勧めていくというアプローチが加われば良いなと感じた昼公演でした。


ps
芝居のオチがかなり私の年代にマッチしていて、(作者が同年代なので)「それ、それ入れますか?ここで??」というかなり狭いゾーンでの笑いに捕まりました。若い人にはちょっとわかんないかも。。

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LOVE The World 2010 (4/26)

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2010年4月25日 (日)

西埠頭(4/23)

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こちらのチラシ、今どきあり得ないでしょ?
チラシの意味ー一人でも多くの人の注意をひいて、劇場へ呼び込もうーという意気込みがまったく見られないですよね。いくら事業仕分けの対象になったからって(皮肉です、一応)そんなに極端に地味にしなくても。。。

で、実のところ、この公演、その中味を読んでみると、けっこう凝った取り組みで、それなりに実験的な貴重な公演なんですけど〜〜〜〜。
才能を高く評価され,フランス演劇界の将来を担うべき期待されながら若くしてこの世を去った、フランス人劇作家ベルナール=マリ・コルテスー日本では遺作「ロベルト・ズッコ」の上演でおなじみーの戯曲「西埠頭」の上演で、フランスと日本による共同制作。
フランス人演出家モイーズ・トゥーレ演出、日本人俳優人(その中に新国立劇場 演劇研究所の卒業生が含まれる)による舞台。

で、上演形式もちょっと凝っていて、新国立劇場の中劇場の舞台の上に客席を設置、舞台奥のスペース、何も無い薄暗い空間で上演するという形式を取っている。キャパの問題だけだったら小劇場で、、と思うのですが、わざわざ中劇場に特設舞台を設置して、、ということで、実際のところ大人の事情やらスケジュールの事情などがあったのか、それとも意図的な劇場選びなのか、まあ、結果としては霧深い埠頭のイメージが何も無い空間で表現されていて、これに関しては結果オーライ。

で、上演の方ですが、、どうも翻訳劇の難しい部分、よくない部分が出てしまった感が。

フランス北部のドーバー海峡に面する港町では移民の受け入れがゆるいイギリス大陸、彼らに取っての夢の国へ密航する機会を狙ってその港町に不法滞在するアフリカ大陸からの若者たちの数が増え続け、その無法地帯の整備に国が頭を悩ませているという現実。
と言う事は、フランス南部にはアフリカ大陸からの上陸箇所もあるはずで、、、ヨーロッパでは移民受け入れ政策、そして彼らの処遇への法整備がどこの国でも大きな国民の関心を集めている。

で、今回の舞台では、そんな移民家族が住み着いた危険地帯に部外者のブルジョワ層に属する男女が死に場所を求めた末に迷いこんで、結局死ぬに死にきれず、その場所からも抜け出せなくなった、、またその最下層区域で毎日のあてもなく暮らす若者達が反対側の世界を一瞬垣間みて、もしかしたら自分たちは深くて長い河を超えられるのかもしれないと夢描く、、、そんな双方にとって悪夢のような話が展開されているのだが、
*研修生のお披露目会を兼ねた上演という事情があり、その部分をどうやって組み込むのか、という課題が劇の出来あがりの観点からすると、全体の統一感を途中から失わせてしまった。
*また、ブルジョワを意識した話言葉がまどろこしすぎて、ただでさえ、状況、ストーリー展開を追うのに難しい中、そのまどろこしさが枷となり、舞台への集中力を途切れさせてしまった。
*フラットな舞台の何も無い薄暗い空間で、俳優の声・肉体だけでの表現を課せられているのだが、その社会的背景に馴染みの無い観客にどれほどこの劇の問題提議が届いたのか?ちょっと疑問。


あと、これは蛇足になるのですが、私の個人的な観劇体験なんですが、なんだか隣の観客の方が遅れて入ってきた後に、ず〜〜〜〜〜っと舞台を観ていない(となりなので、なんとなく下を向いているのが分ったからなんですが)。。。。のが気になって、気になって。。
最後にはすっかり、そちらの方に気を取られてしまいました。

見ないんなら、帰ってくれた方が助かるんだけど。ま、途中で席を立つのがいかに難しいか、は重々分るとは言え、ちょっとアンラッキーだったかも。ー特にそんなことが滅多におこらない日本の劇場では。。海外ではよ〜〜く途中でバタンと席があがる音をさせて立ち去っている人とかいるけどねー

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2010年4月23日 (金)

カラスの歩く速さ(4/22)

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らくだ工務店の劇団創立10周年記念公演第一弾(と言うことは二弾もあるという事ね)「カラスの歩く速さ」を下北沢・駅前劇場で観る。

このところ、やけにはまっているらくだ工務店。劇団と言っても、固定メンバー(劇団員)は作・演出の石曽根有也を含む数人、ということなのだが、私がこのところ見続けている芝居にいつも出ている客演俳優人ーほぼ固定の常連メンバーーを含めて、落ち着いた、良い味(アンサンブル)を出している。

これまでに観た公演では日常を切り取った、どちらかと言うと市井の人々の隠れた一面、人のおかしさを扱った話が多かったのだが、今回は、10周年記念という事もあり、今まで封印していた(らしい)作者石曽根の自伝的作品となっている。

(ネタばれ注意)
ほぼ全編、実際に彼の身に起きたエピソードという劇の舞台は新宿歌舞伎町の(って断言していたっけ???とにかく東京のどこかの繁華街)ホストクラブ。水商売に足を踏み入れたばかりの新人バーテンダーが見た不夜城における生き残りゲーム、人恋しさからくる逆恨みや思い込みが引き起こす刃傷沙汰、嘘と虚栄がうずまくうわべだけの会話。。。。などなど、それまでの平和な街角のワンシーンとはかなり違ったテイストのものになっている。
が、しかし、その核を成しているのが、いつも通りの緻密な人間観察。そして絶妙なキャラ配置。

でもって、ここの劇団の一番の強みが、最初に述べた通り、俳優人の安定感にあるだろう。

女優はちゃんと綺麗で(特に今回は夜の蝶の方々の役なのでその綺麗さが重要でした)、男優もきちんと仕事をこなし、、、だから全体に締まりが出てまとまる、、よね。

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2010年4月22日 (木)

死ぬのは私ではない(4/22)マチネ

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劇団一蹴二跳を解散した古城十忍が新たに立ち上げた劇団ワンツーワークスの第一弾「死ぬのは私ではない」を中野の劇場HOPEで観る。

日本の死刑制度、死刑廃止か存続か、、その議論を展開する前にそれを判断するのに必要な「死刑」実行の現状に関しての情報開示が日本国民に対しては示されていないことに大きな疑問を抱いた劇作家・古城十忍が実際に起きた、死刑判決が出た事件ー95年五反田SMクラブ経営者殺人事件ーを劇作の中心に置いて書き下ろした社会派ドキュメンタリー劇。

(ネタばれ注意) 帰宅後ネットで調べてみて分ったことなのだが、実際の95年の殺人事件の事実に忠実にそったかたちでの劇になっている。でもって、その殺人事件というのが実際こうして劇にもなるぐらいに様々な背景を含んだ(ま、全てのケースで探れば探るほどいろいろな背景は出てくるのでしょうが)、それもドラマチックな、例えば犯人が瓜二つの双子の兄弟で、主犯とみなされた弟が死刑、兄は無期懲役と刑が確定し、その弟の死刑は既に執行されている(08年)ーその際に当時の法相、鳩山邦夫氏の「死刑執行はベルトコンベヤー式で、、」発言が飛び出すことにーということ、そして当の死刑囚の兄は服役中(というか死刑執行までの待機期間)に膨大な数の本を読みあさり、哲学者・池田昌子さんとの文通を続け、その書簡が一冊の本として「死と生きる〜獄中哲学対話」として発行されているということ、などなど、まさにフィクションを超えるほどの要素をふくんでいるということで、これを芝居にかけているのでストーリー展開自体に澱みは無い。 また反面、既に周知の事実がそれだけインパクトがあるだけに、わざわざ芝居にする際にどこに焦点をあてるのか。。が芝居作りのセンスの見せ所となってくる。 で、結局のところ、古城の上演目的としては、死刑制度を身近な問題として考え直そう、、いやいや直すどころか、まずはきちんと検証してみようという、日本国民として背負うべき問題意識を呼び覚ますというところに辿り着きたいという事だったのだと思う。 私は死刑囚になんかならない、、死刑なんて関係ない、、死ぬのは私ではない。。という根拠の無い無関心を、もっと関心のある事柄に。。。という事だったのだと思う。 公の仕事として死刑を執行する、、人の命を消す。。。それもいつ消すのか、恐怖だけを引き延ばしつづけ、また公の仕事なのにその詳細は公にされず。。。といろいろ考えさせられる案件であることは確か。

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2010年4月21日 (水)

厠の兵隊(4/21マチネ)

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新しい劇場・すみだパークスタジオを見てみたいということもあり、こけら落とし公演、劇団桟敷童子の『厠の兵隊」を観に行く。駅からちょっと遠いのがタマにきずなのだが、話題のスカイツリーのお膝元でもあり、敷地内にはカフェなどが併設されていてタマには下北沢ではなくて下町方面でお芝居というのもあり、という気持ちになる。

が、会社帰りの観劇とかだと、駅から遠いとちょっと大変だろうな~~~、近くまでのバスとかもあるみたいなのだが、駅からちょっと遠い劇場さんたちにはそのあたりの検討をぜひお願いしたい。キラリふじみだって、毎回行くたびにバスがもうちょっと本数があれば良いのに。。いっそ、劇場マイクロバス(今はプログラムによっては実行しているみたいだが)出してほしい~~~って思うものね。

劇団桟敷童子は今回で3回目か4回目ぐらい。

やっぱり池下重大に目が釘付け。

劇は。。。終盤の『今は水洗便所の時代やから。。。』という台詞にいたく共感。

それほどに、この時代、なぜそんなに「厠の神様」なのか、、ついについていけず。

―なんだか、巷では今のトイレの神様(歌)が流行っているようですがー

旧式お便所、離れた場所にあるポットン便所の怪しげな近寄りがたさ、病的なほどのマザコンぼうやと色を持て余す未亡人、田舎の旧家の閉鎖的な風習、それに男と女の性の必然、、でもってそれに旧日本陸軍の前線での悲劇、などなどが時と場所を行き来しつつ話が展開していくのだが、、それぞれのパーツがどうしてもすっきり繋がらない。でもって、全編通して、それぞれを結びつけるキーファクターがお便所なもんだから、どうも、そのサブの部分でもウキウキしたり出来ない。。。それほど見ていて楽しくもない。

ストーリー先行というよりも、美術だの音楽だのキャッチイなフレーズだの、まずはイメージが先行の舞台のような気がする。

役者もなんだか思いっきり陶酔していたしな〜〜(近頃珍しいが)、そこに必然がないから、観客の側にはどうも置き去り感があり。

今何をやるのか、、という大前提の問題意識の中に観客という考慮要項もぜひ組み込んでもらいたいものだ。

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二人の夫と私の事情(4/20)

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★★★★

このチラシ素敵なんですが、ちょっとその中味の良さーモームの傑作をケラの演出で、当代随一の女優、松たか子がコメディエンヌとして輝いている舞台ーというのが今ひとつ伝わりづらいのかも。。チラシを2パターンにしても(時期をずらして配布)良かったかもね〜〜〜。

で、これが、ま〜〜〜ツボにはまりました。私の好きなものが満載されている舞台で、、会場にもう一人えらくツボにはまっていた人がいたみたいで、彼も始終笑っていたようですが。。。ま〜〜〜、なんと意地悪く、面白い!!
これ、これ、イギリス人ってこうゆう底意地の悪い笑いの趣味があるよな〜〜〜、と大いにウケたワケです。

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2010年4月20日 (火)

NINE (4/18)

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武蔵小金井四谷怪談(4/17)(4/21再見)

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★★★★

青年団リンク公演、ハイバイ主催岩井秀人による「口語で古典シリーズ」第二弾、「武蔵小金井四谷怪談」を大いに堪能する。

1本の上演に口語で古典にのっとった、ショート作品2本―四谷怪談 現代版と落語の廓話 現代版 の2本―が含まれているため、2回で計4本を観たような満足感あり。

かなりおちょくっているようにも見える大幅改定の翻案芝居の中に、様々な既存芝居へのチャレンジ・問いが含まれていて、でもって、本筋の翻案の方もまじめに現代化されており、ひゃらひゃら笑っている中、いろいろと考えさせられる作品。

青年団の役者陣にかなり前衛的な演出を施しており、そのことに関し演出家岩井氏本人が「もしかして、スペースと役者の無駄遣いをさせてもらっちゃったかも。。」とアフタートークで語っていたが、舞台そしてその発言、、、すべてにおいてその独創的かつ確信をもった演劇方法にこの人の並々ならぬ才能を感じる、そして、彼が及ぼすであろうその影響について、楽観的観測で期待を膨らませるばかりである。ヒッキーしていた時に密かにバージョンを10段階アップぐらいしていたとしか思えない。放出するばかりでなく、貯めることも必要なのね。

岩井秀人インタビューコチラから

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MAX (バットシェバ舞踊団)(4/17)

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★★★★

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2010年4月16日 (金)

★を追え

ある人のアドヴァイスにより、なまけていたブログアップが埋まるまで、、ということで★評価をとりあえずつけてみました。ー詳細はおいおいついてくるはず。。。きっとはず。。です。

そうさ、ボブ・ディランを追っかけていたらあっという間に月日が経ってしまったのさ。

それにしても、あのボブのやりきり具合ーサービストーク一切なし、まるで役所のサラリーマンのように定時に来て、定時に去って行くーでもって、日に日にライブの内容は進化していく。。。クール!!

恐るべき69歳よ、あれだけ悟りを開いていたら迷わないんだろうな〜〜。スゴい。

ちなみに、最近池袋での観劇が増えたが、どっかおしゃれなバーは無いのか〜〜〜、とお怒りのアナタ。

東京ボブが経営する、年がら年中ボブ様の音楽が聞ける+マスターの貴重なボブ情報付き(もし知りたいなら)というつまみもとってもおいしい「Polka Dots」はいかがでしょう?
音楽が良い、酒が旨い、食べ物もいけるぜ、でもってマスターがクール。
ポルカドット

要チェック!!

ちなみに東京ボブの記事はこちらから↓
http://search.japantimes.co.jp/cgi-bin/fl20090517x1.html


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八百長デスマッチ/いきなりベッドシーン(4/15)

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新宿タイニィアリスにて、「柿食う客」の短編二本立てを観る。
この劇団、今回が初見なのだが、幕間に流していたPRビデオによるとフランスで上演の経験もあるとのことーその上演の際の会場の様子、終演後の観客の様子などが映っていたー、そのビデオによると、かなりウケもよかったようだ(ま、PRビデオなので良いとこ撮りの要素を差し引いたとしても、、カーテンコールではかなり盛り上がっていた様子)。
なんだか、アニメっぽいいでたちの役者陣でもあるので、フランスの日本狂などには特に喜ばれるのかも。それにしても、海外公演というのが、ある一部のフィールドー主に若手の劇団ーでは身近になっていることを、今更ながらに実感する。
フットワーク軽いのね。ネット世代にはクロスボーダーは当たり前の感覚なのかも。

それぞれ30分強ぐらいの短編で、二人芝居、そして一人芝居。。。というか英国などでよく劇場で上演されているスタンダップコメディー(日本で言うところの漫談や漫才のようなコメディアンによる語りコメディー)の方にかなりよっているパフォーマンス。

吉本興業などのシアター興行なんかが増えてきたな〜〜〜と思っていたら、演劇界の方からのお笑いへの歩み寄りもあるのか〜〜。双方からのラブコールで漫才コント芝居みたいなジャンルが確立されつつあるのね、とお勉強になりました。

確かに、会場は若者層の観客で補助席も足りなくなるほどの盛況ぶり。
裸舞台に役者、身一つでのパフォーマンスというかなりシンプルな作りで、話自体も、それほどえ〜〜〜〜〜!!と驚くほどの意外性、独創性はないのだが、これもいわゆるテンポと軽妙な笑いという、そのバランスの成せる効果なのか。。。客席の若者世代は大いに喜んでいたご様子。

ま、他の公演も観て見ない事には、まだまだちょっと????判断しかねる感あり。

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博覧会〜世界は二人のために〜(4/14)

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改装中の為渋谷のホームグラウンドを離れている、パルコ劇場製作の新作芝居「博覧会〜世界は二人のために〜」を新大久保のグローブ座で観劇。

「猫のホテル」主催、千葉雅子作、俳優として引く手あまた、それに加え近年では演出家の仕事も精力的にこなしている池田成志の演出による舞台。
戦時下の台湾で芝居上演を夢見る、日本からの旅一座。なかなか公演が実現しない状況にあって、資金難、劇団員のモチベーション低下、さらには嫁ぎ先から突然訪ねてきた娘のふるまいに頭を悩ませる座長の淡水(篠井英介)とそんな弟子思いの座長を支える家族同様の劇団員。芝居の為には犠牲にしなければならない事情も。。。そんな崖っぷちの状況でそれぞれが下した決断とは?

千葉雅子の戯曲ー以前にも本拠地「猫のホテル」の公演の際に触れているのだがーなぜかツボにはまる、好きなお話が多いのだが、なんだか今回はちょっと物足りない感が。

ドロドロさもダメダメ加減も、ちょっと薄まって、なんだかきれいにまとまってしまっていたかな、というのが正直な感想。
グローブ座という空間も、いつもの濃〜〜〜〜い泥臭い人間関係を浄化してしまって、ファブリーズ吹きかけちゃったという気がする。

ちと残念。
また、下北沢あたりでドロドロした空気の中、観たいものです。
大谷さんの三味線とオープニングのオネエ座談会は良かったけど。

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2010年4月14日 (水)

ホームカミング(4/13)

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演劇集団円のスタジオでハロルド・ピンターの「ホームカミング」を観る。

(ネタばれ注意)
ロンドンに住む家族のもとへアメリカから長男夫婦が突然の帰省(ホームカミング)をはたす。今は隠居の身ながら、叩き上げで財を成した父親、ヤクザな商売で儲ける次男、ボクサーの卵だという肉体労働者の三男、そこに居候する独身のハイヤードライバーの叔父は自分たちとは違う世界に属するアメリカから帰郷者インテリ夫婦、長男と連れの美人奥方の訪問に対し日常をつくろうでもなく、ありのまま、自分たちの生活ルールで向き合い、次第に彼らを自分たちの生活流儀に引きずりこんでいく。

母親亡き後の男所帯の家族では、かつての親分(父親)と今のボス(稼ぎ頭の次男)が日々の抗争を続けていた。それまでは、力関係が家族内のヒエラルキーを決定していたが、そこに長男の妻、女性が入る事により、新たなパワーストラクチャー、女という武器で対抗する兄嫁、またその女の所有をめぐっての競争が勃発。
そんな、人間のエゴまるだしの言い争いに業を煮やした長男はその場から逃げ出すことを決めるが、家族の共有財産として受け入れられた(?)嫁は家族団らんの中に我が身を委ねる事を決める。
****************************************


不条理とかなんとか、その他もろもろをぶっとばすほどのfucking brilliantでcrazy なピンターの戯曲に脱帽。

あらゆる修飾句をとっぱらって、人々の生身の姿を舞台にあげたらこうなりました、という皮肉なほどに鋭い人間観察から出来上がった家族がおりなす会話、行動は、一見非現実的に、ありえないデフォルメとして受け止められがちであるが、よ〜〜〜〜く見ていると、「こうゆう奴いるいる。。」「あ、あの部分、私の中にもあり。」という、見事な人間標本として描き出されている。とんでもない奴らだけれど絵空事としてはすまされないリアリティーがあり、さらにはこの家族の文化的背景が横たわりーと言うのもユダヤ系の家族だというのが一つの核にあり、男尊女卑の家族(民族)ルールの中で、女性が果たす役割、子供を産み、家族の為に奉仕するという大前提が兄嫁のとった行動の根底にあるー、何が個人の価値となるのか、家族、民族の歴史とは?さらには各自が抱え込むトラウマが影を落とし、、、と考えれば考えるほどいろいろと出てくる翻になっている。

今回、登場人物である家族のロンドン北部の労働者階級という設定ーロンドンの下町で労働者階級が話す言葉は同じロンドンでも中心部・西部に住む中・上流家庭に育った人たちとは違うという事実ーその話方、独特な言い回しによりお育ちが出ると言われているー、さらにはその家族から唯一外の世界に出て行ったエリート出世頭の長男との暮らす社会の格差を表現するために、彼らに関西弁を喋らせている。

この関西弁使用に関しては、今でもYesかNoか、考えあぐねている。
関西弁とまでしなくても良かったのではないか?言葉遣いでそのニュアンスを出す事は出来なかったのか?
しかしながら、英語から日本語に変換されている時点で、原文そのままではないのだから、その文化的背景を明確にするために、やはりこの決断は有効だったと言えるのでは???とも思える。。
う〜〜〜〜〜む、それぞれの関西弁に対するイメージの違いによるのか??


あと、長男の描き方、、もう少し彼の屈折を見せても良かったかも。

それにしても、ピンター恐るべし。
なかなか、他では見られないお話なので、恐いもの見たさに、という人におススメ。

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夢の裂け目(4/9)

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井上ひさし作、栗山民也演出の「東京裁判三部作」の再演舞台、第一部「夢の裂け目」を観る。

初演の際には、毎度お決まりの初日の幕開け直前に翻があがったということで、今回のプログラム中で初演の出演者でもあるキムラ緑子が、「魅力をかんじるところまでいけていたかどうか?。。。(それどころではなかった)」と語っていたが、今回の舞台、こちらの見る側としても2度目ということもあり、さらに細かいところまでしっかりくっきり観えてきて、作品に組み込まれた仕掛けにも気づく事が出来て、初演よりさらに楽しむ事が出来た。

これって、挿入歌だけでなく、お話も日本版「三文オペラ、本歌取りバージョン」なのね〜〜〜〜、っと。

ついこの間も、40年間以上も国民が騙され続けてきた、「核の密約疑惑」の事実が明らかにされたばかり。このような事実を確認するにつけ、戦後の混乱をそのままにせず、再度検証することがいかに大切なことか、と思い知らされる。

で、演劇界でその役を引き受けてくれていた井上ひさしさんが、まさに私がこの芝居を見終わって、あまりの素晴らしさに興奮状態で電車に乗っている時に亡くなられていたとは。。。

これがあるから(日常に風穴を開けるほどのパワーあるので)井上芝居はやめられない、止まらない。。と力みなぎりながらパンフレットを握りしめていた時はそんなことになっているとは、予想だにしなかった。。週末はショックから抜けられず。
それにしても、皆がみんなしてやさしい笑顔に甘えすぎていたのかも。
その仕事の裏にどれほどのエネルギーを費やしてくれていたのか。。待っていると、次々に宝のような翻を提供してくれていたので、ただ待つばかりであったような気もします。
これからは、井上芝居で気づかせてくれた事を引き継ぎ、私たちが続けていくという自覚を持たなければと、。

蜷川氏の追悼コメントにによると、「自分の芝居をチケットを買って観るような人だった。劇場では誰よりも大きな声で、椅子から落ちんばかりに笑っていた。演劇人の鏡のような人だった。」とのこと。

心から「素晴らしい戯曲をどうもありがとうございました。」ご冥福をお祈り致します。

2006年にインタビューした際の記事です。
この時もこちらの緊張を察してか、ジョークたっぷりに、心憎いまでの気遣いをもってお話いただいたのを覚えています。

http://search.japantimes.co.jp/cgi-bin/fl20061001x1.html

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薔薇とサムライ(4/7)マチネ


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★★★★(+0.5)=4.5★

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無頼の女房(4/6)マチネ

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★★★★

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Duet for One(4/1)マチネ

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カガクするココロ(4/1)

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★★★

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謝罪の罪(3/30)

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★★★

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ヘンリー六世 (3/28)

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★★(0.5)=2.5★

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師走やぶれかぶれ 田上パルと女子高校生(3/27)マチネ

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★★

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罪 (3/26)

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★★(0.5)=2.5★

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狼たちの午後(3/25) マチネ

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★★★★

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三月歌舞伎 金門五山桐ー石川五右衛門(3/24)マチネ

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★★★★

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相対的浮世絵(3/23)マチネ

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★★+(0.5)=2.5★

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さぐらんぼうい(3/22)大駱駝艦 壺中天 マチネ

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★★★

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宦官提督の末裔(3/20) マチネ

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★★+0.5=2.5★

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パリオペラ座ージゼルー(3/19)

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★★+0.5=2.5★

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