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2009年12月

2009年12月30日 (水)

キレイじゃなきゃいけないワケ(12/29&30)

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年末は阿佐ヶ谷に通い、tptの日本初演舞台、ニール・ラビュート作「キレイじゃなきゃいけないワケ」のWキャスト、2パターンを続けて観劇。

戯曲が、あえて空白を残して書いてあるー観客それぞれがお好きなように解釈してください、と言わんばかりにポコポコと肝心なところが抜けて、そのまま進んでいくーので、それこそ様々に解釈出来る芝居。

必然的に役者さんたちにもそれぞれの解釈が生まれているであろうから、Wキャストのそれぞれが違う芝居として見えてくるので、出来れば見比べて欲しい作品。

さらには、良くも悪くも、これぞ海外戯曲というお芝居ーだって、恋人同士のあんなケンカ、日本ではまず起こりえないだろうし、彼女が吐く罵倒の言葉の数々も、、まずあり得ないーなので、世界にはこんな考え方をする人たちもいるんだな〜〜〜と、そんな外の世界を垣間みるのも一興のお芝居。

スタッフ、役者さんたちが終演後すぐに外に出てくるので、自分が感じた事、解釈に対する疑問などを直接ぶつけてみるのも良いかも。
お芝居の知的遊びが楽しめる観劇体験となること間違い無し。

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野田版鼠小僧(歌舞伎12/25)

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年末、自分へのご褒美(ってか、褒美に値するような事は何もしていないが、。。)で歌舞伎座へ「野田版 鼠小僧」を観に行った。

再演という事態が示すように、ま〜〜〜〜〜〜、返す返すも良く出来た作品です。

上質のエンターティンメントであり、芝居ー特に歌舞伎のーの醍醐味が演出のそこここに溢れ、子供でも分る社会的メッセージ(もちろん良い意味でですよ)もあり、、と平成に生まれた歌舞伎の名作ですよ。
うむうむ。。

でもって、当代の歌舞伎役者の方々がきっちり演じてくれています。

言う事無し。

もう、これを12月演目の常連にしちゃいましょう、ね、松竹さん。お願い。
そうしたら、毎年師走の銀座をその年の出来事を思い返しながら、一方、清らかな心で一年を終える事が出来るんですから。

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2001年壺中の旅(12/23)

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マレーヒルの幻影(12/22)

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フィッツジェラルドの「グレート・ギャツビー」を下敷きにして書かれた岩松了の新作「マレーヒルの幻影」を本多劇場で観る。
全体的なトーン、衣装、セットなどなどはロバート・レッドフォード主演の映画版ギャツビーだが、お話自体は(もちろん)岩松オリジナル。

原作ではアメリカ社会の階級社会が生み出すひずみとその社会に関係なくのし上がることの出来るギャングの成り上がり者サクセス・ストーリーが話の要所となってくるのだが、日本人を配しているこの舞台ではアメリカにおける日本人という、一つの社会クラスがまた大きな要因の一つして幅をきかせてくる。

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Monkey Chop Bruckner(12/22)

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点と線(12/17)

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2009年12月25日 (金)

2009年間総評

http://search.japantimes.co.jp/cgi-bin/ft20091225a1.html

↑09年の演劇総評ということで、今年観たものの中からベスト4を選んで年間総評−「世界規模不景気の中、安定した予算と長期の準備期間がとれる公共事業関連の演目が成果を上げていたことはある意味至極当然の成り行きではある。こんな状況であるからこそ、国民の新しい力ークリエイティビティーーを引き出す為にも、事業仕分けで提言された*アートも自由経済のシステムに組み込まれるべき。個々の団体が経済的な自立を目指すのが当然。。。というある種、パブリックの役割を自ら放棄するような新予算案は再度検討を行う方が国の将来にとっては賢明作と言えるのではないか。環境問題同様、一度失ったもの(ここでは安定した公共資金の注入によりーもちろんその使い道は厳しくチェックをされることを前提としてー安定、そして優れたパフォーミングアートを提供することを指す)を再度再構築しようと思っても手遅れとなる事もある。」ーと一緒に掲載。

そのベスト4として挙げたのが、
*4.48サイコシス(F/T 秋)
*フォト・ロマンス(F/T秋)
*アンドゥ家の一夜(彩の国さいたま芸術劇場)
*ヘンリー六世・三部作(新国立劇場)

で、ここではもう少し枠を広げて「芝居漬け 2009年ベスト10作品」を載せてみようと思う。

*シンフォニーM(大駱駝艦)
*通過(サンプル)
*て(ハイバイ)
*Romeo&Juliet(東京デスロック)
*個室都市 東京(PortB)
*秘密の花園(東京乾電池)
(順不同)

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2009年12月21日 (月)

神曲ー天国編、煉獄編 (12/21)

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ロメオ・カステルッチ、神曲三部作の『天国編(インスタレーション』『煉獄編』と続けて観る。

『天国編』は展示といっても西すがも創造舎のカーテンの中に作られた展示は一つだけなので、入場前に「本日は混雑しているので、鑑賞は5分程度でお願いします。」とお願いされたのだが、どうがんばっても3分しかもたなかった。

で、同じように出来る事なら3〜5分で退場したかったのが、「煉獄編」。
どひゃ〜〜〜〜〜〜〜、これ過去10年間で最低の見せ物だった。
ヒドすぎる。。。。

まず、芝居と言いながら、役者の台詞が聞こえない。その上、外国語で話しているため(イタリア人役者が英語で喋っているのだと思うのだが、なぜイタリア語でそのままやらなかったのか?疑問)、台詞自体が聞き取りづらい(マイクを通しているのに。。ですよ)。
でもって、二重苦、三重苦なのが、日本語字幕がかすれていて全く読めない(ま、たいして長くない台詞なので、ほとんどの観客が英語の方が分り易かったとおもうけど)。

複合的な暗喩を含ませているといいながら、全てが浅い。

でもって、一番許せなくて、気持ち悪いのが、幼児性的虐待ーそれも悪戯どころではなくて、父親の立場の人が力にものを言わせて何度も5〜6歳の小さな子供をレイプしているーをわざわざ「罪」として、それも何の脈絡も無く使っているところ。
普通の中/上流家庭というのを表現するために、前半のかなりの時間を費やし、以前の地獄編同様、登場人物の描写に関してはサラ〜〜〜〜と素通りし、で、いきなり子供の性的虐待をリアルに舞台に上げるって?????? そんなにショッキングに驚かせいたいのかい?

で、もってその後にその罪が子供の寛容な愛で許される!?(それともこれは父親が自分を肯定するためにみせた幻影なの?)???なんてそんなこと信じられないよ。まず。

そんなに幼児性虐待を軽く扱わないで欲しい。そんなのを芸術として舞台にあげるなんて大人と宗教のエゴでしかない。(最近、アイルランドかどこかで、カソリックの牧師が何年間にもわたって、何十?何百?もの子供を(性)虐待していたというのがニュースになっていたけど、カソリック協会は「一人の間違った人間が恐ろしい罪を犯してしまった。申し訳ない。」と言っていたけど、、、解散せい!!!解散なんてあり得ないのは分っているけど、それほどにジーザスをトリックスターとしてかかげるあの宗教にはおごりがみられる。)

あ〜〜〜、気持ち悪い。

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2009年12月17日 (木)

東京月光魔曲(12/16)

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ケラリーノ・サンドロヴィッチの新作「東京月光魔曲」をシアターコクーンにて観劇。

今回はNylon100℃の劇団公演ではなく、シアターコクーンへの書き下ろしということで、ケラワールド全開の本多劇場・紀伊国屋ホール公演というよりは、渋谷の劇場で年末から年明けにかけて芝居を楽しみたいという観客へむけた、番外・特別公演といった趣。

なので、「これでイイのだ!」と思う。

だって、ケラ作の独特な世界が好き(私もその一人)という人々へは秋に「世田谷カフカ」を届けてくれたじゃないですか、でもって、もう一つの変わり種「アンドゥ家の一夜」でも新境地を開きつつ、演劇界、今年一番の戯曲を書いてくれたじゃないですか。

だから、年末のコクーンはミステリー娯楽大作+豪華有名俳優人+それでもそれぞれのキャラクターにケラらしい変な人味が加味されている。。。「東京月光魔曲」なわけです。ふむふむ。

それに何と言っても、ミステリーだから最後までワクワク観れたし。
シアターコクーン制作だからというごっちゃな座組も良いよねー。やっぱり混じらないと。
混じって、チョイスして、されて、、していかないと発展がないからね。

それにしても、Nylonのお二人、犬山イヌ子、大倉孝二、、、やっぱり良い味だしていましたね〜。パンフの中でも自ら語っておりましたが、阿吽の呼吸でケラワールドが表現できるからなんでしょうね。

でもって、瑛太君もひょうひょうと、しっかりこなしてましたよ。これからもっと舞台出演が増えそうな予感。ーイケメンで演技が出来れば、そりゃみんなお願いしたいものねー

そんななか、やっぱり私はユースケ サンタマリアに釘付け。。。器用というか、何と言うか、、やっぱりある種のスターであるんだわね。

あ、そう言えば、後ろの席の観劇はこの舞台が初めてという20代ぐらいの女の子も休憩中に「ユースケが一番上手い!と思う。」と興奮気味におっしゃっておりました。

なんだか、ビミョウ。。。これで良いのか?   う〜〜〜ん、やっぱり「これでイイのだ!!』


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ANJIN イングリッシュ・サムライ(12/13)

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http://search.japantimes.co.jp/cgi-bin/ft20091204r1.html

ホリプロの日英共同制作作品、英国での上演も視野にいれているという「ANJIN イングリッシュ・サムライ」。日本人俳優と英国人俳優が同時に舞台上で演じ、両国の言葉が行き交い、字幕もそれに応じて2カ国語が並ぶという前代未聞の芝居を観る。

取材をした関係もあり、三浦按針に関しての本を読んだり、戯曲を読ませてもらったりしていて、期待していたのだが、、、ウ〜〜〜〜〜〜ン、発展途上の段階で、まだまだスッキリ、くっきり出来るところが多々あるのでは、というのが感想。(全幕で3時間越えの大作です)

なんだか、歴史の再現劇を観ているようで、かなり思い切って按針の生涯、そしてその時期の江戸幕府の様子をドラマ化しているのだとは思うが、もっとバッサリと的を絞った方が良いかも(先日の「国盗人」の例もあるので、この作品も大いに化けるかもしれないし、そうなって欲しい)。

ただでさえ、2カ国語が飛び交い、江戸と大阪、平戸、逸見と場所もころころ変わるので、それこそ按針の話に詳しくない人には、予習が必要かも。。でも、まさか劇場へ行く前に按針のお勉強なんてして行かないもんね、普通。

例えば、思い切って 
日本上演バージョンー今回は家康がかなりのボリュームを占めていたので、その線でまとめてみるとかと英国バージョンー例えば、日本史の部分を大幅にカットして、按針の困惑に大いにスポットライトをあてるとか、と二つ違うバージョンを作っちゃうとか。。。(言っておきながら、大変そう。。)

ま、いずれにせよ、貴重なプロジェクトなので、ホリプロさんには長い目でこの作品とつきあっていってもらいたいものです。

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幸せは半径1km以内にもある

またまた、我が家のKY外国人のお話。

先日、ルンルンしながら帰ってきたので、ワケを聞いてみると、ご近所の解体現場に幸せを見つけたそうな。

その解体現場に関しては、囲いに囲まれた空き地があったので私も気づいてはいたのだが、どうもやつは出入り口の隙間から中を覗いたらしい。
そしたら、どうも遺跡の発掘調査をしていたらしいんです。

本来はアパートだか会社の寮だかが立っていた土地で、そこそこ広い土地だったのですが、どうも老朽化により建て直すことになったらしく、取り壊しまでは済んだらしいのですが、区の歴史なんたら課かなんかがその土地から縄文時代の土器だかが出てくるだろうということで、期間限定で新しい建物の工事を延期して遺跡発掘に取りかかったのだそうです(これらもすべてKY君から聞いたのですが)。

で、彼はその発掘が気になって気になってしょうがないらしく、私に発掘現場でそこにいる人にいろいろ聞いてみろ、とたきつけるのですが、、、いきなり、話しかけるのも、ね〜〜〜、と躊躇していたら、待っていられなくなったらしく、先日、自分で(それも自分一人で、つたない日本語で)ついに話しかけたらしいんです。

もともと若い頃は考古学者になるのが夢だったとのことなので、もうかってにその場にいた一番エラいかんじの人のことを「せんせい。。せんせいがそう言ってた。」なんて言っちゃって、現在の彼の感心ごとはクリスマスでも、年末セールでもなく、ダントツでその縄文土器の発掘現場です。

ただの更地だと思えばそれまでの土がそんなにも特別なものになってしまうんですから。。。ささやかな幸せなんて、けっこうそこここに転がっているのかもね。

ちなみに、今の私の楽しみは冬になって我が家のベランダに頻繁に訪れるようになったひよどりの歌を聞きながらブロギングすることです。

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2009年12月15日 (火)

田園に死す(12/4)ソワレ

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下北沢スズナリで天野天街脚色・構成・演出、流山児事務所プロデュース(そして流山児祥も主要な役で俳優として出演、美声を披露)の「田園に死す」ー74年、寺山修司作映画作品よりーを観る。

寺山修司に出会い損ねた演劇ファンとしては、その実の残り香を体感したく、様々な彼の作品舞台を観に行ったりしているのだが、なかなか`それ’を味あわせてくれるものに出会わず(近年では川村毅主演の「毛皮のマリー」がとても面白い出来だったが)、その伝説に近づく事が出来ずにいたのだが、この舞台はその意味ではなかなかにして満足の芝居だった。

前述の通り、舞台で天井桟敷を観る事はかなわない一方で、書籍・詩・また映像では寺山作品を楽しむ事が可能で、だったら、そちらで追体験するのが得策なのかなと半ば諦めてもいたのだが、せっかく彼が様々なチャレンジを行ったパフォーミングアーツの分野でも彼から引き継がれたものを今の舞台上で確認したいとは思っていたところに、この舞台。
寺山戯曲を上演、または天井桟敷スタイルを伝承・再現、という過去へのノスタルジーではなくて、あくまでも今の視点に立って、むしろあまりにも偉大なレジェンドである寺山に「さよなら」を告げ、そのヒーローの呪縛から離れて今の下北沢の観客へ向けて(最後のシーンがこの流れ、決意を物語っている)発信しているところに大きな意義を感じた。

と言って、作品にはもちろん寺山エッセンスがしっかりとつまっていて、つまり、、ただ単に寺山が残した遺産にのっかるのではなく、その極上の素材を活かし再構築、エッセンスの選りすぐりと新たな組み立てを行ったことで、新しい、「田園に死す」が完成し、これこそが先代からさらには後代への伝承ということになっていくのだと思う。

*****

余談を二つ

*ポストパフォーマンストークで流山児氏が演劇創作現場のあり方について、「演出家、劇作家、役者、制作、、全てが対等な立場でモノ作りに参加し、お互いに牽制しあいながら意見を交わす。それこそが演劇の作り方であるべき。日本では作・演出というスタイルが多数なため、権力が偏りがち、、また、自分の頭で考えて現場で意見する役者が少ないのも、悲しい現状ーそんな考えて演じることが出来るのは歌舞伎役者ぐらいかな。。」と言っていたのには思わずブンブンと頭を縦にふってしまった。
そんな現場だからこそ、彼の回りには人が集まってくるのでしょうね。

*この機会に、You Tubeで「田園に死す」を見直したり(如何せん、映画を観たのがはるか遠い昔なもので、記憶がまばらなもので)したのですが、その際に見つけたかなり長いバージョンの実験市街劇『ノック』が、ものすごく面白そうでした。
以前にも『ノック』に関する記述は読んだ事があったのですが、映像で当時の様子を見ると、やっぱりさらに、かなりおもしそうで、、今では規制されて絶対実現不可能だと思われる、かなりはちゃめちゃな事が行われていて。。まず、今だったらいくら長くても、拘束時間は半日でしょうし(ま、PortBとかで何日間か続けて、というのも小規模で行われていましたが)、観客を箱詰めにして移動なんて、、、あり得ない。
かつて演劇がこんなにも実験的で刺激的であったとは。。。って、どっかで聞いたような陳腐な言い回しになってしまいますが、どうせ、寺山魂を受け継ぐのであれば、こういった姿勢ー半歩前へ歩みでて、そこに壁があれば穴をあけて向こう側を覗いてみるーぐらいの実験的な姿勢を大いに今に活かして欲しいなと思った次第です。


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大江戸りびんぐでっど(12/4)マチネ

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久しぶりに昼間の歌舞伎座へ。
基本的にコンテンポラリーの人が関わった演目のみチェックの人なので、たま〜〜〜にしか行かないんですが、「歌舞伎座」システム。良いですね〜。すごく観客に優しい。。。開演に遅れてもじぇ〜〜〜んじぇん大丈夫だし、入ったり出たりもオーケー。幕間のお楽しみ、ショッピングにグルメ(ちなみに今回は鯛焼きなんてのがあったので、それを食べました)も充実しているし。
このぐらいサービスしてくれるから、客は気分も良くなるし、通っちゃうよね。

で、今回のお目当てはジーザス・オーマイゴッド官九郎(宮藤官九郎)様の「大江戸りびんぐでっど」。
そんな歌舞伎ど素人の私なので、12月にこの演目があることも、あやうく見逃すところだったのですが、なんだかアンテナにひっかかってきて、無事に観る事が出来ました。セ~〜〜フ
ちなみに来週は「野田版 鼠小僧」をクリスマスの自分ご褒美にする予定です。
まったくもってし・あ・わ・せ!だぜ〜〜〜。

ところで「大江戸。。」ですが、やってくれてましたよ。官九郎節でガンガンと。
聞くところによると、新聞の投稿欄に「あんなのは歌舞伎じゃない!!!!」とお怒りの投稿があったとか。ま、その反応でOK!それこそが、欲しかった反応なんでしょう。
宮藤官九郎に書いてもらって、演出してもらって、でそれをさよなら公演にのせちゃって、「たまには変わった演目で楽しめました。」なんて言うんじゃ、それこそさよなら出来ないっちゅーの。

途中、多少の中だるみはあったものの、私は3階席でヒャヒャヒャと笑わせてもらいました。初っぱなのくさやのひもの染五郎、なんて、それだけでもう拝みたくなるほど満足です。

で、やっぱり今回も思ったんだけど、歌舞伎役者の方々のプロ意識、筋金入りの役者というのはこの方々を言うのだなという感想です。

あんな(そう言う意味ではなくてね)戯曲をこなしちゃって、その上舞台上で楽しんじゃっているー勘太郎に腰はふらせるは、ほとんどの役者に顔がわからないほどのゾンビメイクをさせちゃうわ。。染五郎さんなんて顔がピカピカ輝いておりましたよー本当に頭が下がります。

毎回言っていることだけど、だからこそ、さらにもっと、もっと古典芸能と現代演劇の混じり合いが盛んになってくれることを願います。


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2009年12月14日 (月)

Rosas -Zeitung (11/28)

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ベルギーの人気ダンストゥループ、日本でも多くのファンを持つRosasダンスカンパニーの最新作「Zeitung(独語で新聞の意)」を埼玉芸術劇場で観る。

前回、同じ埼玉の劇場で観た「ビッチェス・ブリュー」がオリジナリティー溢れる舞台でとても良い出来だったので、今回も期待に胸膨らませての鑑賞。

今回の舞台の大きな特徴は舞台上にピアニストがいて(アラン・フランコ)、彼が演奏するバッハ、シェーンベルク、ヴェーベルンの楽曲演奏もダンス同様にかなりの大きな比重を占めるということ。

つまり、ダンスのためのBGM、ダンスパフォーマンスの効果音という音楽の役割から大きくはみ出して、コンテンポラリーダンスとライブピアノ演奏のコラボレーションという形になっていること。

普段着のようなラフな服装(と言っても野暮なジャージとかではないですが)のダンサーが、音楽に挑むかのようにインプロのような真剣勝負のダンスを展開し、ステージには張りつめた緊張感が。

で、そこはさすがにRosas,ヨーロッパの洗練されたテイストで、その緊張を徐々にアーティスティックな高みへと持っていき、曇りないダンステクニックとスタイリッシュテイストですっきり、美しくまとめあげていた。

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アジア舞台芸術祭(11/29)

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アジア舞台芸術祭の若手劇団によるショーケースの舞台を何本か観た。(毛皮族、Ort-d.d,中野茂樹+フランケンズ、冨士山アネット)

ショートバージョンのショーケースながら、それぞれのカラーを比べながら観る事が出来て、面白かった。

で、その際に感じたことだが、これからこのようなショーケースを発表して、海外からのバイヤーへアピールするという機会も年々増えてくるー増えてこなくてはこまるーと思うのだが、その際、作品自体の質はもちろんのことプレゼンの仕方もかなり重要な要素となってくると言う事。短い持ち時間だからこそ、なおさら、インパクトのあるプレゼン方法が求められてくるだろう。

で、今回、海外へのバイヤー向けということなのか、全ての作品に英語字幕がついていたのだが、4作品の中で中野茂樹+フランケンズの字幕がダントツで効果的だった。
はっきりと見えるように(字幕をつけておいてよくありがちなのがこれで、字幕がまず読めないことが多々ある)、そしてキャッチーな短いフレーズで印象深く(これはショーケースなので)。。
ちょっと半歩先を行ってましたな〜〜〜。

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Cargo Tokyo-Yokohama (12/2)

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F/Tの顔、ドイツのリミニ・プロトコル演劇集団のツアーパフォーマンス「Cargo Tokyo-Yokohama」に参加。

ちょうど、旦那の休暇中だったので、彼も連れて行く事に。

ツアーパフォーマンスということで、劇場屋内ではなく、制作側が用意したツアー、今回は東京横浜間のバスツアーに参加するという形式の演劇体験。

バスツアーと言えば、日本のPortB(高山明主催)による1日がかりの「東京オリンピック はとばすツアー」が記憶に新しいところで、そのPortB公演が目から鱗の忘れられない演劇体験となったので、今回も期待大で参加。

はとバスツアーでは、日本式のバスで車内ではお決まりのバスガイドさんの解説、そして時たまバスから降りてスポット観光(?スポット観劇)という形式で、バス観光を楽しんでいるうちに自然と観劇体験(車内でも外でも巧みにテーマがちりばめられているので、知らず知らずのうちに1本の劇を観ているようなストーリーが心の中に組み立てられていく)が出来るような作品だったのだが、今回は側面がガラス張りで外が見れるような特別な観光トラックに乗っての数時間のツアーで、一端乗ったら、降りる事はなく、それどころか、席の移動もかなわない、観光といっても写真もダメというーーーつまりはトラックの荷台の積み荷として輸送ツアーを体験して下さい、というもので、当然の事ながらかなり様子は異なる。

独特な運搬業界をもっとよく知るためのの大人の社会科見学的なツアーとなるはずだったのだが、、、

いつも通りに異国の地でリサーチをしたものの、勝手を知らない日本の社会の裏までは上手く暴きだす事が出来なかった。。。と言ったところだろうか。

見れない景色が見れて、良かったんだけど、それぐらい。。。ですかね〜〜。

楽しいバスツアーではあったけれど、演劇体験というところまでは達していなかったかな。残念。

秋晴れの景色のようにどこまでも青く、澄んでいて、、、で中はぽっかりと何も無く、刺激も無く。。ですか。

で、面白い事に、言葉が分らなくても景色が楽しめるこのお芝居(?!)は我が家の旦那様には大ウケで。とっても楽しかったらしい。

ま、帰りに横浜で美味しくご飯も食べられた事だし、、隣の人は大満足しているし。。。これはこれで良し、と。

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エドワード・ボンドの「リア」(12/4)

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シェイクスピアのリア王を71年にイギリスの劇作家、エドワード・ボンドが翻案劇として上演したものを2009年の日本版として今回上演。

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演劇/大学 09秋 (12/2&5)

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卵を立てることからー卵熱(12/6)マチネ

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前回も思ったのだが、もう見なくてもよいかも。

DVDとかで見るので事足りちゃうかも。。。美しいけれど、生身の身体が、、、踊るという躍動感(そんなに激しく動かなくてもいいんですが)が伝わってこない。
山海塾、、しばらくいいかも。。

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太陽と下着の見える町(12/6)ソワレ

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奇才、タニノクロウ氏の新作舞台「太陽と下着の見える町」を西すがも想像舎で観る。

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見えざるモノの生き残り(12/7)

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妹と油揚げ

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新宿三丁目の小劇場にてmetro(月船さららと出口結美子のユニット)の「妹と油揚げ」を観る。
演出の天願大介が90年に自ら書き下ろし、自主制作した映画の、今回は舞台版だそうである。

で、残念なことに、映画の方は大層、面白いんだろうなという感想。

おそらく映画では功を奏していたであろう、猥雑さやいかがわしさ、良い意味での作り物っぽさが、すっかり`ただ単にウソっぽい’芝居になってしまっていた。
それこそ若手の劇団で若者達が演じているのであれば、それなりに、「へ〜〜〜、けっこう今どきの子達も屈折してるんじゃん。先が楽しみ。」ということにもなるのだろうが、演劇界の重鎮役者(若松武、鴇巣直樹、外波山文明、寺十吾)らが出ているもんだから、なんともさぶ〜〜〜〜く、やってる側のみで盛り上がっているようになってしまった。

唯一、この舞台をやる意味としては、生の月船さららが間近で観れるというだけ。
でも、まさかそのためだけにこの芝居をやっているとは思えないからね〜〜〜。

あ、あと男性陣では寺十吾が孤軍奮闘ー彼は客のことを視野に入れてくれていたと感じた。お疲れさまでした。

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パッチギ(12/10)マチネ

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映画「パッチギ」は観ていないのだが、そちらの方をぜひ観てみたくなる作品。

なんで、舞台化なんかしたのか?(良質の戯曲不足??)その目的が図りかねる。世の中には分らない事がまだまだ沢山ある。

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時計は生きている(12/12)ソワレ

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忠臣蔵のこと(12/12)マチネ

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神曲ー地獄編(12/11)

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秋のF/Tの目玉、イタリア人アーティスト、ロメオ・カステルッチの神曲三部作の地獄編を東京芸術劇場・中ホールで観る。

招待客を初日に集めての上演ということで、映画の試写会会場のような、関係者大集合の初日舞台となった。

前回のF/T春での公演「Hey Girl!」でも思った事なのだが、演劇ならではの良さがあまり感じられなくて、不満。もう一度観たいとは思わない。

それぞれのシーンは、それこそ美術館での作品陳列を立て続けにみるがごとくの芸術的完成度があることは認めるのだが、、それで?何? という感じ。

天井まで届く大規模なセット、50名の一般人エキストラ、やはりエキストラの親子ー子供はかなり幼いーーいいのかな〜〜?、生きた(!?)ドーベルマン犬に白馬(!!!)、炎上するピアノ、と見せ物としては十分なラインナップ。
なので、さすがに一瞬、一瞬のステージには見入ってしまうのだが、見終わったあとは、「それで。。?」、という虚脱感とあんな大げさなものを見せつけられたー押し付けられたー嫌悪感。

エキストラの人々は人形のようで、単なる頭数あわせだし、子供と親たちなんか見せ物のようだったし、制作者の自己顕示欲が、すごいだろ〜〜、こんな事するのってすごいだろ〜〜、と呪いをかけてくるようで、その舞台上には観客が関わる余地は全く無し。。。だから演劇じゃなくて、映像とかインスタレーションでやってよ、こうゆうの。

******

これ、書いていて、思い出したのですが、最近ハリウッドの最新映画「アバター」とかいうの(タイタニックのジェームス・キャメロンがCGばっかりで撮った最新作)の宣伝をあちこちでやってるんだけど、これも製作者のエゴ作品としか思えない。
ま、作り手としていろんな手を試したいんだろうけど、宣伝をみただけだけど、、、CGにお金と時間を費やす前に、何を伝えたいのか、、ストーリー作りにもう少し力をそそいだら?って。
結局、善悪の二極が戦うーそれも原住民をアメリカ人が襲って、そこにある巨万の富を手にする、という筋書きのようだし(ま、それ以降自戒のメッセージも付いているのかもしれないが)ー使ってるお金のわりにはひねりが何にもないよね。その薄っぺらさを例のアメリカンジョークでコーティングしちゃってるし。。。
このまんまの方向へ行ったら、作家のストが無くても、ハリウッドは自滅するでしょう。
なんだか、先日聞いた話に寄ると、ブロードウェイも同じような状態らしいし。。。(作家がいない)

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2009年12月11日 (金)

フォト・ロマンス(11/27)

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(冒頭の写真は今回の「フォト・ロマンス」の舞台写真ではなくて前回のフェスティバルで上演された「これがぜんぶエイプリルフールだったなら、とナン シーは」の写真です。あしからず)

F/Tの常連アーティスト、レバノンの演劇人、ラビア・ムルエとリナ・サーネーの構成・作・演出による新作「フォト・ロマンス」を池袋芸術劇場、小ホールにて観劇。

レバノンの社会事情から

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2009年12月10日 (木)

国盗人(12/9)

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2年前に初演された国盗人(リチャード三世翻案)の再演を初演同様に世田谷パブリックシアターで観る。

狂言バージョン、シェイクスピア劇の第一弾「まちがいの狂言(間違いの喜劇翻案)」がとても良く出来ていたので、期待して観に行った2年前の時は、ちょっとあれもこれもと欲張り過ぎで冗長な印象だった舞台が、驚くほどの進化を遂げていた。

すっきり、はっきり、あれもこれもと入りすぎていたものが全てふるい落とされ、そのおかげで芝居の輪郭がくっきりと見えて、かなり引き締まった。
狂言バージョンという事で、形式としてはシンボリックな動き、語りなどが多い演出なので、話がすっきりすることで、今度はその演出方法が活かされて、メリハリがついて全体としてとても良い作品になったように思う。

リチャード三世劇をやっているのではなく、あくまでも翻案劇なのだから、そのオリジナリティーが活きてくるような作りにして大正解。ーそれでこそ、わざわざ狂言役者で狂言バージョンをやる意味があると言うもの。
主演(悪三郎=リチャード三世)・演出の野村萬斎氏が自信でプログラムの対談で「今回は観客のイマジネーションを信じる形でより抽象的な作品となった。。」、と語っているように抽象的で形式的ではあるものの、その形式美が舞台の動きー現代劇のように役になりきって台詞を言うというよりも、型にのっとって話を伝えるという方向ーに一連の連続性を生み、一本の作品として流れるように観る事ができた。

最終場面での理知門(リッチモンド)と悪三郎の対比を、その形式美にのっとって、殊更際立たせることで、今回の「国盗人」の芝居の核がはっきりと浮き上がって、この芝居の上演意図がしっかりと観客へ伝わるようになっていて、これで、本当に最後がぴりっとしまって、全編が完璧な形で終演。

大満足の再演バージョンだった。
もしも、もしもこれからの再再演などがあるのだとしたら、、、女性役を一人で(白石加代子)演じ通すというところだけ、ちょっとばかり考え直しても良いかも。。その必要性よりも、変えて何人かで演じるというその可能性の方に興味あり。

やっぱり、変えた方が良いところはベストな状態へ持っていった方がさらにさらにベターだと思うので。。。


それにしても、萬斎さんてやっぱり「華麗」なるきれいな俳優だな、と再確認。

綺麗な容姿の冷血漢、なんて役があったらぜひやってもらいたいものです。
(やっぱりリチャード三世の醜さからのコンプレックスというのは、いくら衣装でそれを表しても、あまり説得力がなかったからね〜〜。)

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2009年12月 2日 (水)

海をゆく者

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2009年12月 1日 (火)

花は流れて時は固まる(ダンス)11/17

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黒田育世主催の超人気ダンスカンパニーBATIKによる04年初演の彼らの代表作「花は流れて時は固まる」をF/Tのプログラムの一つとして観る。

少女の繊細で敏感な感覚をー解説によると演出・振り付け・主演の黒田さんの自らの幼少期における限界まで自分を追いつめ、その後に表れる失心の体感を舞台化しているというー白いワンピースを着て無邪気に跳ね回る女性ダンサー達は一様に幼子のイメージで、顔があってないような一人の幼女をそれぞれにイメージし、演じ踊っている。

女になる前の女ながら、すでにすっかり「おんな」である、そんな女性性が匂い立つようで、ちょっとひいてしまった。

私も女ですが、やっぱり女って怖いのね〜〜〜、と思わされる。「ガハハと笑い飛ばして、その数秒先には媚を売る」みたいな(だれの中にもある)魔性の女が夢にまで出てきそうな作品。
胸を両手で覆い隠しながらのダンスにはちょっと抵抗あり。かえってなんだか艶かしくて、そこだけ大人になっちゃうの?ってなかんじ。

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H3(ダンス)(11/11)

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えらく遅くなりましたが、F/TのダンスプログラムH3に関してです。

ブラジルからの若手ダンスグループGurupo de Ruaによるでストリート・ヒップホップ系ダンス。
と言う事で、実際に観るまでは海のものとも山のものともつかない、前情報が無いまま、まっさらの眼でみたのだが、強く心に残る作品で、Very GOOD!! ダンス表現の柱である身体性と、それに芸術性、さらには最先端Cutting Edgeな表現と三拍子揃った力作。

会場である西すがも創造舎の客席前方の舞台スペースがほとんど何も無い状態でがらんどう状態。床面にはダンススペースにあわせてリノリウム版が敷かれ、その回りに照明機材が最小限に設置されている程度で装置はほとんど無し。
薄暗い照明の闇の中からTシャツに腰落ちジーンズ、どこの国でも見かける街角にたむろする若者といったいでたちのダンサーが現れ、2人で高速のストリートダンス、そして格闘まがいの組あいダンスーパドゥドウを始める。
車が近くを通り過ぎる音、クラクションなどのBGMが流れる中、パートナーを入れ替え、2人が4人5人と増えていき、最終的には9人ダンサー全員での迫力溢れるパフォーマンスが展開される。

空手の寸止めのように振り上げる拳をくりだす側と受けて側との間には緊張感がみなぎり、ビデオの早回しさながらの逆走行でダンサー達が体育館の会場を汗を飛ばして駆け回る。

衝突ギリギリのタイミングで関わり合い、それぞれの身体全身を使って踊りをぶつけあうダンサー達。

そんなヒリヒリするような関係性が、まさに「今」のダンスを表しているのだろう。

若さゆえ、最後までその高速スピードにかげりが落ちることはなく、濃密なステージが最後まで堪能できる。

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