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2009年9月

2009年9月28日 (月)

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東京芸術劇場の若手支援プログラムの第一弾、ハイバイの「て」、プレビュー公演を観る。

昨年6月に初演、好評を博した舞台の再演なのだが、これが出色の出来で、忘れがたい舞台だった。

一家の絶対なる家長、父のワンマンと暴力により崩壊した家族が数年を経て祖母のボケをきっかけに再会の機会を設けるが、結局のところそれぞれがさらに傷つけ合い、自己嫌悪に陥り、家族の和解など無駄な努力とまたもやバラバラになり、最後にはその祖母の葬式でも自己丸出しの人間の性をみせながらみんなで出棺するという芝居。

それらをシニカルでシュールな笑いで埋め尽くしながら、最大限に効率的な演出により、一見ドラマ性のない日常の一コマを、見事に計算された演出ー時間をずらして場面を後戻りさせたり、登場人物のデフォルメをしたりーにより、幾重ものレイヤーのある人間ドラマ、さらには社会ドラマにまで昇華させた傑作。

様々なところに複数の視点による的確な社会批判が盛り込まれ、深読みしてみたくさせる劇作。

それぞれにボケてしまった祖母に心を寄せながら、一方では自我を丸出しにして自分の人生を生きる、所詮はそれが人間であると気づかされる!
家族というのが、実のところ一番身近な他の人との無理矢理な集団関係なのだな、と気づかされる!
その上、血のつながった家族という不確かにして確固たるくくりの前で、お互いのエゴが否応無しにむき出しにされる危険性を多くはらんだ関係であると示してくれる。

お互いに知っているつもりでいて、その実、祖母の皺くちゃな手に刻まれた彼女の真実、歴史を知っているのか?
やさしい微笑みに隠された母の心の奥を、彼女の実態を、知っているのか?

そんな様々な問題提起を投げかけながら、大爆笑のステージは疾走する。


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ネジと紙幣

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近松門左衛門の歌舞伎・浄瑠璃戯曲「女殺油地獄」を倉持裕が現代版にリメイクした芝居「ネジと紙幣」を天王洲アイルの銀河劇場にて観劇。

これが、お見事なコンテンポラリーへの変換で、古典ベースからの改編という作り方に若手演劇人の活路を見いだせそうな好結果を出していた(数ヶ月前の前川知大による小泉八雲ベースの「奇ッ怪」も成功していたし、これしばらく流行りそう)。

主人公のドラ息子・与兵衛=今回の現代版では兼坂行人(森山未來)と殺される女主人公・お吉=照内桃子(ともさかりえ)との関係性が希薄で、だからこそ主人公の非情な正確が際立つという内容なのだが、今回の現代版では二人の間にかなり長くて深い幼なじみという間柄があり、随所で幼なじみ以上の感情もちらつく関係として描かれている。
そんな最後の理解者でもある幼なじみの桃子を殺してしまう行人の行動に、現代の若者の弱さ、短絡的な思考回路、またどうしようもない貧困と金が全てを牛耳る社会という、それこそ現代社会で起きている実際の事件の背景がしっかり組み込まれていて、今を語る芝居として、底知れぬ絶望感を含んだ平成の芝居として完結している。

全体としてはかなりシンプルな筋立てなのだが、それにちょこちょこと肉付けした部分ー主に登場人物同士の関係を物語るエピソードーが芝居がボディーブローのように効いてきて、最後には圧倒的な劇世界を成している。

とことんイヤでどこまでもダメな男の主人公、そんな主人公に振り回されながらもそれぞれの生活に精一杯で余裕の無い回りの家族やら知人の人々。それを作り出している、ぎりぎりの社会状況、とどこを見回してみても、哀しいかな今の日本というのが滲み出てきて、妙にずっしりくる芝居です。

こうゆう芝居、やっぱり下北沢だの新宿だのの若者が集まる小劇場でやるのが一番なんでしょうが、、ホリプロさんのお家事情で天王洲アイルの自社劇場ーそれも中〜大規模なーでの上演。それだけが若干ひっかかる公演でした。

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2009年9月27日 (日)

BUG

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燐光群プロデュース公演、昨年のトニー賞・ピューリッツァー賞受賞作家(「August: Osage Country」にて受賞)、アメリカ人、トレイシー・レッツによる04年初演作品「BUG」を下北沢スズナリで観る。

当初、主役の女性を美保純が演じるということで、チラシにも大きく彼女の顔写真が使われていたのだが、健康上の理由で開幕前にやむなく降板。代わりに、西山水木が演じるというハプニングが開幕のけっこう直前にあったにもかかわらず、西山さんは問題なく熱演&好演。

しかしながら、舞台を観ると、まず美保純を配役した意図も十二分に分るーやっぱりキャラがピッタンコだからーという、美保純でみたかったような、反面いやいや西山水木でかえって良かったとも言いたいような、、こればっかりは舞台がライブのものなので、何とも言えない、不思議なモヤモヤ状況あり。

で、前回のハイライフ同様、こちらもアメリカ合衆国の大部分を占める低所得・下層階級に属すると〜〜〜っても普通な人ー過去に夫からのドメスティックバイオレンスを経験し、今は慎ましやかにモーテルに住んでいる女主人公(西山水木)がある日、ひょんなことから知り合った(一見)真面目そうなもっとも害のなさそうな男(大西孝洋)に知らず知らずにジワジワと洗脳されて内側から壊れていくというお話。以前の夫の暴力が眼に見える形で彼女の身体の表側にその傷を残していた、その一方で今回の男は彼女の身体の内部ー能ーから浸食し彼女を完全に束縛し追いつめていく。

BUGというタイトルの訳として、その単語が意味するー小さな虫、ナンキンムシ、微生物ーという一つの意味が劇の話の核を示しながら、俗語の訳としての伝染病・コンピューターの故障・取り付かれること・キじるしなどの意味も示唆しているというなかなか賢い表題だ。

で、この細部まで計算しつくされた心理ゲーム劇が成立するかどうかの大きな鍵が、男が言い張るBUGの存在ー本当にBUGは放たれたのかどうか、男が主張するところの軍の裏工作というのが実在するのかどうか、という戯曲訳・演出の坂手氏がプログラムで語っているところの「ストーリーの構造的な仕掛け」にどれだけの信憑性を持たせられるか、というところに尽きると思う。

その、どちらだか分りかねるという仕掛けが上手く行けば、この心理劇が何倍もの魅力を持って受け入れられる、、、しかし、残念ながら役者陣の熱演がありながら、その点が成功していたとは言いがたし。


余談:

これだけ立て続けに舞台上でヤクを吸い続ける舞台を毎回見せられると、世界レベルでは麻薬問題というのはこうゆうレベルなんだな、と日本と世界の間の麻薬に関する意識の違いを実感する。(実際にどこまで麻薬が日常に浸透しているのかは知らないが)この夏、話題を独占した麻薬問題だけに、やっぱり麻薬に手を出してしまった人を非難するだけでは、この先の世界、近い未来の日本に対処していけないのでは?と感じてしまう。
基本的には外国では麻薬こそ自己責任論ーやるのも更正するのもその人次第ーという範疇にあるのだなと思う。


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ハイライフ

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流山児事務所の大ヒット作品の再・再々々演(もっとやっているのかな?とにかく01年の初演以降、国内外で既に4回ツアーを行っているらしい)「ハイライフ」を神楽坂シアターiwatoで観る。
マチネ公演だったので、家からぶらぶら歩いてみたら、結構すぐ着いたので、次回からはここの劇場へは歩いていこうと思った。

カナダ人戯曲家、リー・マクドウーガル作によるドジでオバカな男4人チンピラ、ジャンキーの一攫千金夢ものがたり。ーどう考えても大金獲得は夢のまた夢というおそまつな計画なので、その作戦が成功するかどうかというよりも、ジャンキーたちがいかにしてそのどん底生活をどうどう巡りしているか、というそのドン詰まり人生に話の焦点があるー

今回は5回目の上演であるうえにカナダ、マカオ、台湾の海外ツアーを終えてからの東京凱旋公演ということで、余裕の舞台。
とはいえ、水しぶき飛ぶバイオレンスあり、ドラッグ(モルヒネ)はバンバン打ちまくり、タバコの煙が舞台を覆い尽くし(ちなみに、昨今の健康への配慮からカナダでタバコモクモクのステージが問題となり、それ以降ステージ上では健康に害の無い疑似タバコを使っているということ。そのことを上演前に告知していた。そうゆう時代なんですね〜。劇中ではキャラクターがドラッグ中毒なのに、ね〜)赤ペンキ(ケチャップ?)の血がドバ〜〜〜〜っと、血の海をつくっているというハードボイルドコメディーなので、余裕に裏付けられながら舞台上では必要不可欠な緊張感がつねにキープされていた。

3方を客席に囲まれたキャットウォーク形式の縦長舞台の四方の角には4人の登場人物がはけた時に待機するための簡易ベッドが置かれ、舞台脇から即座に出たり入ったりする分、舞台上のスピード感がまったく落ちない演出となっている。

タランティーノばりの胡散臭くて、それでいて可笑しくてクールな翻とその翻を最大限に活かす演出。
やっぱり5回目の上演を迎えるだけある評判に偽り無しの良く出来た舞台。
それでもって、4人の役者が、その好評を受けてさらに将来へ続けていくほどの勢いで好演していた。

これまでに、数人のキャストチェンジはあったということだが、今回のチーム、完全にイカレているキじるしヤクザのバグ=塩野谷正幸さんはいつもながらの安定感で舞台を引き締め、そんな中、今回特に天然オバカな愛されキャラのドニー、保村大和さんが大いにはじけて輝いておりました。客席からの視線も独り占めしていた感あり。

しかしながら、この実力派俳優陣によるオリジナルバージョン(と呼ばれていた)は今回で、封印し、若手役者によってこれからはこの看板プログラムを上演していくとのこと。その続け方は良いんではないでしょうかね〜。とっても。
今回の東京公演ではこちらのアナザーバージョンの上演回もあり、そちらも見比べてみればよかったのだが、行けずに残念。
ま、近々の再演にまた期待することにしておこう。

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コンドルズ Nine Lives

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コンドルズ、秋のツアーNine Livesへ行ってきました。

今回はめずらしく(初めてなのかな?)、新大久保のグローブ座にて上演。
ここの劇場、英国劇場スタイルの間取りが小振りで縦に高い小屋なので、いつも上演しているシアター・アップルとかサンシャイン劇場とかの横はばがあるゆるい傾斜の中劇場とはちょっと勝手が違うかんじ。

小屋の中の密閉感、閉塞感が高く、見世物小屋的な外界からは遮断されたようなー一歩外を出たら、東京のアジアンワールドマーケット新大久保ですからね〜ー一体感が得られるのだが、コンドルズのいつもの舞台構成からしたら、通常使っていた劇場の方がエンターテイメント的もりあがり、横はば一杯に笑いが連鎖するグルーブ感は、そちらの方が得られるのかも。

いずれにせよ、やっぱりコンドルズは癒される。
ゆるいとかの癒しではなく、心が浄化されるような、、、癒し。こんなに純粋にステージを楽しむことに心血そそいている人たちがいるのかと思うと、シニカルな舞台とか自己チューな舞台なんかを観ている日常に、コンドルズのステージを年に何回かはさむと、心が癒されて、前向きになる。

今回はオクダさんと橋爪さん(アンコールに顔をみせずだったので、ちょっと心配。。大丈夫でしょうか?)の凸凹コンビに眼が釘付け。

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ペコのほっぺ

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神楽坂の始点にある、不二屋のぺこちゃんのほっぺに泥?怪しげなホクロ??

その答えは彼女の手の中を見れば分ります。
彼女はここのお店でしか売っていないという名物の「ぺこちゃん焼き」をつまみ食いしてアンコをほっぺにつけてしまったのでした。

今、神楽坂ブームきているのかしら??
連休中の週末に行ったら、いるわいるわ、、人がた〜〜〜くさん。ちょっと前までこんなに人いたっけ?ってくらい、賑わってました。

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2009年9月17日 (木)

中国の不思議な役人

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PARCO劇場にて、寺山修司作「中国の不思議な役人」を観る。
1977年にPARCO劇場で寺山率いいる天井桟敷が上演して以来、32年ぶりの上演なのだそうだ。

77年の渋谷パルコ(当時は西武劇場)と09年のPARCOとが明らかに違うように32年という時の経過がこの芝居にもたらす意味合いに大きな差異をつくりあげてしまったようだ。

32年前の西武劇場という場所はおそらく若者文化の中心地で、実験的で前衛的な演劇を進んで上演していたところなのだろうが、今の渋谷は、おそらくその対局にあるような、東京に来たら渋谷に行くというようなマスで最も一般的な場所に変わってしまい、毒気も冒険もそこには無くなってしまったように見える。

で、今回の「中国の不思議な役人」に関しても、かなり上手く処理していたとは言え、チーム全体としては良く出た部分とそうでない部分とがまだらになっているかなという感想。

オペラ歌手が歌う音階がビミョウにずれた「通りゃんせ」、また大駱駝艦の舞踏ダンサー二人の肉体の存在感、そしてマイムで演じる小野寺修二、怪しさ全開の春海四方、と何と言ってもダントツ怪しすぎる平幹二郎。。。ライブ演奏。。と随所におっと思わせる役者を配しておきながら、一方でアニメ声で、今ひとつ自分を壊しきれない主人公の少女とマネキンのような女優陣、彼らがドロドロに混じりあわないと一つの世界を作り上げることは難しいと思うのだが、そこまで俳優達がこの芝居にコミットしているようには見えなかった。

寺山修司の芝居があまりにも完成度が高いために、寺山戯曲の上演というと、天井桟敷カラーにどこまで近づけられるかを競い合うような上演舞台が多い中、(作家が演出家をかねる場合が多い日本の演劇では、この傾向が強く、多くの人を魅了した野田秀樹の作品でも他の劇団が全く違う演出方法で上演することは稀。ーとはいえ、つい最近ミュージカル版「贋作・罪と罰」ー天翔ける風にーが上演されたばかりで、こう言うのもなんですが、、、)その点では、善くも悪くも、白井晃版という演出家のカラーが出ていたように思う。しかしながら、多少綺麗すぎて、お行儀が良すぎて、物足りなさは感じた。
少なくとも、驚くような見せ物芝居。。。というテイストでは無かった。

それにしても、寺山戯曲、なかなか奥が深いです。
この深い戯曲をまったく違った手法で見せてくれる人なんて現れないでしょうかね?観てみたいのですが。

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2009年9月16日 (水)

青木さん家の奥さん(青年団プロジェクト)

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青年団プロジェクト公演「青木さん家の奥さん」をアゴラ劇場で観る。

今回、青年団+南河内万歳一座の共同企画ということで、南河内。。の内藤裕敬作の芝居を青年団の平田オリザ氏が演出、青年団の役者陣が演じるという舞台。

(その逆で平田氏の代表作、「S高原から」を内藤氏の演出でという舞台もあったのだがこちらは夏休み中だったために見逃している)

パンフによると飲み屋での冗談からでた企画ー「平田くんが静かな「青木さん家の奥さん」をやって、俺(内藤)がうるさい「東京ノート」でもやるか?」という雑談ーから端を発し実演までこぎつけたという舞台らしい。

企画自体、とっても面白いのだが、残念なことにこの演劇版・異種格闘技は、今回の舞台に関してはあまり良い結果をだせたとは言いがたい。

本家の舞台ー南河内版「青木さん。。」ーを観た事が無いので、比べようがないのだが、今回の舞台に関しては空回りしてそのまま着地できずに最後までというのが、感想。

「おかしさ」がどうにもこうにも空回り。
関西と関東の笑いの違い、、なんていうのも関係してくるのかこないのか、役者たちからも湧き出る爆笑エネルギーどころか、冷や汗が流れるような、、なんともさぶ〜〜〜いものになってしまっていた。

異種でも組み合わせてみて、意外としっくりいっちゃうものと、やっぱり相反するものってあるのでしょうか?

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コースト・オブ・ユートピア

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今秋、一番の話題作、通しで9時間強の三部作「コースト・オブ・ユートピア」を日曜日の昼間から夜にかけて渋谷のコクーンにてぶっ通しで観劇。

あまりにもすごい(crown(*≧m≦*))すばらしい舞台だったので、後日、さらにレポートをするとして、今日はまず、そのスゲ〜〜〜ってことだけ伝えておきます。

休憩時間を挟んで、12時間超えの観劇ということで、尻込みする方もいらっしゃるかもしれませんが、いやいやなんの、多少のお尻の痛みなど吹っ飛んでしまうほどの魅力に溢れた舞台でした。
ちなみに、私の見終わった時の感想が、「出来ることなら、明日もここに来て、再度観劇したい!!」でしたから。マジ。

だって、ちょっと思い出して下さいよ。
面白い本だったら寝るのも忘れて読みふけるでしょ?よく出来た映画だったらビデオ屋からまとめて借りてきて夜中中観ちゃったりするでしょ?それも時間も忘れて。
若かりし頃でも、徹夜というものがまず出来なかった私でさえ、「ツインピークス」を夜通し見続けた、そんな経験はありますよ。

それと同じで、いや、生で行われている分、さらに、これハマります。でもって、ますます眼が冴えます。

革命前夜のロシアの知識層の人々の話ということで、難しく思われがちですが、作者のストッパードが言うようにロシアのことなんか知らなくても前々大丈夫!かなり人間味あふれた、そういう意味では下世話でもある`ドラマ`なので、純粋に理屈無しにおもしろい演劇!!として堪能できます。ぜったいに。

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兵士の物語

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英国、ロイヤルオペラハウスの小スタジオで04年に初演。好評につき、翌年にも再演されたが、それでも英国内でも12回きりの限定公演のみということで、今日、門外不出の名作と言われ伝説となっている舞台がついに日本へ上陸。もちろん国外では初めての上演となる。

マシュー・ボーン振り付けのメール・スワンの「白鳥の湖」で日本中の婦女子の♡をわしづかみにしたイケメンダンサー二人、アダム・クーパーとウィル・ケンプの共演とあり、初台の駅には普段、新国立劇場・小劇場へと向かう演劇オタク系客層とは大いに異なる、きらびやかな女子群がぞくぞくと到着していた。

ストラヴィンスキーの音楽にあわせて、踊りと語り(主にウィル・ケンプが担当)、さらには芝居演技もいれての寓話劇「兵士の物語」。
もともとは400席ほどの小さなスタジオで上演された作品ということもあり、4人の出演者のみで全ての役を演じている。(上記の二人に加え、マシュー・ハート、ゼナイダ・ヤノウスキー。。彼ら全員、さらには振付家のウィル・タケットも全員がロイヤル・オペラハウス関連のダンサーたちで今作の前から周知の間柄)

それぞれがそれぞれのキャラ、役割分担を心得ていて、踊りのアダム、演じるウィル、そして紅一点・長い手足を自在に使い表現するゼナイダ、、そして、何と言っても見事な七変化をみせるマシューと4人という少人数ながら、新国立の中劇場の広さにまけないほどのカラフルでエンターテイメント満載のステージを見せてくれた。

マシュー・ボーンのプロダクションほどの派手さ、大掛かりな仕掛けはないものの、その分それぞれの踊りの技術とチームワークで、ちょっと大人な舞台を届けてくれたチームに着飾ったファンたちもご満悦のご様子だった。

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吾妻橋ダンスクロッシング(11日)

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浅草のアサヒビール本社に隣接する、アサヒ・アートスクエアで週末にかけて開催されたCutting-edgeなパフォーマンスセレクション、「吾妻橋ダンスクロッシング」へ。

期待通り、いや、いやそれ以上にホットな現場でありました。

ダンスクロッシングとあるように、ダンスパフォーマンスを中心に、アートあり、演劇あり、そしてもちろんダンス、ダンスコラボとカラフルな出演者たちによるー飴屋法水、チェルフィッチュ、Line京急、鉄割アルバトロスケット、Chim↑Pom、contact Gonzo、ほうほう堂、ハイテク・ボクデス、いとうせいこう+康本雅子、快快(faifai)ーそれぞれにオリジナリティーあふれるハイクオリティーなパフォーマンスが展開され大満足の3時間。

会場は超満員の熱気でつつまれていたー若者たちは面白いイベントには目ざとい!ー。
以前、シアタートラムでの「奇ッ怪」上演の回にも書いたことだが、不景気などなどのあおりを受け、演劇界全般の停滞ムードがささやかれる中、質の高いもの、面白い舞台にはいつの時代にも期待に眼をぎらつかせた人々がわんさか集まってくるものです。それほどの力がパフォーマンスにはあるのです。

で、まさに、そんな眼を見開いた観客たちが、ここには沢山集まっておりました。

contact Gonzoの危ない格闘パフォーマンスに眼をみはり、チェルフィッチュの不思議モードに浸っていると、次から次へと面白いステージが続いていくわけですが、そんな中、終盤パフォーマンスの2組、いとうせいこう+康本雅子と飴屋法水の多人種パフォーマーによる舞台を迎え、かっちりと締めくくってくれました。

私としては、何と言ってもいとうせいこう+康本雅子、これがど真ん中ストライク。
いとうせいこうが力強い声で規則的なリズムにのりアジる言葉ー9/11で世界が変わったなんてアメリカ煽動のウソに騙されるな。世界はまったく変わってなんかいない。錯覚から眼をさませ!ーと語る姿に拳を振り上げたくなった。(感覚がここらへんなんだな〜)
今や、ロックフェスとか言っても、ミュージシャンにやじったり、怒鳴ったりなんて無いんだろうな〜〜。

飴屋氏の先月上演した「3人いる!」に参加した国籍様々なパフォーマーたちによる「顔に味噌」。
グローバルと言われる21世紀にあっての個々のアイデンティテイ、人ひとりひとりを丁寧に取り上げる、一見ごちゃまぜのようでいて、全体像がそのなかにくっきり、はっきりとテーマ性をもったパフォーマンスも流石!の感。(丸瀬顕太郎、再見!!あなたは何者なんですかね〜?)


会場でビールが飲めるのもGOOOOOOOOOOD!!

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2009年9月11日 (金)

ワルシャワの鼻

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ーーーまたもや「芝居漬け生活」に入りますーーーー

世田谷パブリックシアターにて、明石家さんま主演の「ワルシャワの鼻」を観る。

いや〜〜〜〜、これが、これが、意外と言ってしまうと失礼ですが、変な先入観は危険という良い例で、大満足の舞台で心から拍手をさせていただきました。

どこからどこまでも「さんま」の「さんま」による「さんま」の為の舞台に徹底した点で焦点が定まり、舞台にぶれが無かった。その結果、お笑いだか芝居だかというありがちな中途半端さが消え、そのオリジナルなさんま舞台を満喫することが出来たということが大いなる勝因。

舞台上では度々導入されるお笑いの時間でさんま師匠の芸が光り、一方では、生瀬勝久がさんまに当てて、あて書きしたキャラクターを大阪を舞台にした話の中でさんまが生き生きと演じ、お芝居の筋を成していく。3時間超えの大作ながらずっと舞台に眼が釘付けでした。

役者としてのさんまさん、最初出て来た時に声の出方が他の舞台役者さんとは歴然として違っていて、ちょっと不安になりかけたのだが、すかさず朗々と台詞を喋る吉田鋼太郎さんに対して「なんや、その腹式呼吸での喋りは」とつっこみを入れてその ハンディを早々とクリアー。ーこれはアドリブなんですかね〜〜?それとも生瀬さんの作戦??
その後は独特のかすれ声もまったく気にならず、かえって個性的な魅力を加え最後まで主役を堂々と演じきっていた。台詞の間なんて、絶品でした。

お話のいたるところにさんまさんを意識した仕掛けが組み込まれていてー例えば、実生活と同じように年頃のかわいいひとり娘がいる。また、仕事場のちょっとダメンズな子分たちがさんまを慕っている。などーさんまの存在がこの舞台を作る全ての核となっていて、中年の酸いも甘いもという年頃のさんまの魅力全開という、ま、本当に上手く出来た舞台でした。


もちろん脇を固める役者陣の好演、どこの場所にもなる回り舞台も、大きくこの舞台の成功に貢献しておりました。

追記
「ワルシャワの鼻」というタイトルからして、とってもセンスが良い。このタイトルだけでも、この芝居の成功が占えるというもの。

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2009年9月10日 (木)

夏休みー終わり

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日本海に沈み行く夕日とともに、2009年の夏休みは終わったのでした。。

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夏休みー続々続 トライアスロン

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旅の計画をたててから知ったのですが、9月6日(日)に佐渡で国際トライアスロン大会が開催されていました。

一年で島が一番混む週末とあって、土曜日ぐらいから、どこもかしこも日に焼けて黒光りした体脂肪率限りなくゼロに近いアスリートたちで溢れておりました。

スイム2km,バイク(自転車)100(sign03)kmでもって最後に(ほとんど)フルマラソンでフィニッシュというとんでもない競技。(その半分の距離のコース競技もあり)
**(後日追記)すみません、上記の距離は半分コースのものでした。。フルコース参加の方々はスイム3.8km、バイク190km、ラン42.2km -トータル236kmのコースです。フルマラソン5回分以上の距離!!!!絶句。**

6時にスタートした選手達が同じ場所のフィニッシュ地点に戻ってくるのが12時間後ぐらい。国際レベルのトップの人でも10時間をちょっと切るくらいで、最終タイムアップの時刻が夜の9時半。つまりは15時間絶え間なく身体を酷使しつづけている選手も中にはいたということで、マジ頭が下がります。

実際、私たちも島を一周するサイクリストたちを追いかけて(車で。。。)回ったのですが、100kmといってもただその距離だけでなく、かなりのアップダウンのある山道コースが何回も含まれていて、実際その道のりを辿ってみて、その過酷さを身体で実感致しました。

島中一丸となって、競技を盛り上げていて、ま、これを一度見たら、島の運動好きな少年少女たちはそのゴールを目指すようになるのでしょうね〜〜。

素晴らしかったです。

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夏休みーおまけ テトラ

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世の中にいろいろなフェチはいるけれど、うちの旦那はテトラポッドフェチ。

佐渡の中でテトラポッドを作っている工場、そして丁度テトラポットを海中に設置している作業中の人たちを発見し、興奮気味にシャッターをきりまくっていた。

テトラポッド関連の皆様にこんなにテトラちゃんを愛して止まない人がいる人を教えてあげたい。
そんな気持ちで苛々しながら撮影し終わるのを待っていました。

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夏休みー続々 佐渡

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旅の後半は佐渡で過ごす。

ま〜〜〜〜〜、奇麗とは聞いていましたが、その予想を遥かに上回るほどに佐渡の自然はきれいでした。

海岸線をドライブしたのですが、海のコバルトブルーと稲穂のみどり、紅葉が始まりかけた山々に農業、漁業に精を出す島の農家の方々ーほとんどが高齢のおばあちゃん、おじいちゃんー、いかずくしの旅館の夕飯と「佐渡おけさ」を歌ってくれたカラオケバーの常連さんと気さくなママさん。
コンビニよりも多い島の郵便局。
島中をその姿を夢見て追いかけたのですが、青空に朱鷺はみつけられませんでした。が、保護施設の中でその勇姿をみることが出来ました。
その保護施設の中で流していたビデオで知ったのですが、朱鷺ってホントに滅多に繁殖(H)しないんですってね〜〜〜〜。普段とっても仲の良いつがいでも、めったにないらしい。でもって、その上、佐渡の朱鷺は年がら年中、その時を。。。繁殖を願う研究員の方々に監視されているらしい。。今の世の中、自然って繊細で難しいものなのね〜〜〜、ってこれ蛇足。

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夏休みー続 富山妙子

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そのトリエンナーレの作品群の中で、今日88歳の現役アーティスト、富山妙子さんの作品群(今回、200点におよぶ彼女の作品群を時代別に紹介している)と出会う。

少女時代を旧満州で過ごした彼女が、戦時中に見、また戦後の日本が行ってきた対アジア諸外国への対応をみるにつけ疑問に思って来た事がらがストレートに作品に反映させたその力強い作風、そして政治的メッセージに溢れたエキジビションに打ちのめされる。

このかたの存在を知らなかった事を恥じ、また今、出会えたことに感謝。

それぞれの作品にこめられたメッセージは限りなくオープンで小利口に隠し立てしているところはどこにも無い。

古いと言われようがなんだろうが、どうしてもアート=演劇に政治的、社会的なものを求めてしまう。。。それがないなら、なんの意味があるのか??と。


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夏休み1

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遅い夏休み。自民党の終焉を見届けてから、心穏やかに新潟・佐渡方面へと出かける。

このところ、休みと言っても観劇絡み(ま、好きでそうしているので何とも言えませんが)の休みばかりだったのだが、今回は芝居無しの完全ホリデー。

毎年恒例の夏のエジンバラをパスして、3年に一度開かれている上越・越後妻有の「大地の芸術祭」を体験しに出かけてみた。
稲穂が青々と実る、米所新潟の大地にありました、ありました!!!

大地とコラボしているアートたちが!
村の鎮守の社、緑の大地を背景に存在するアートたち、空気を吸って、生き生きとしておりました。

ツアーとかで回ると2日間くらいで300点超のアート作品のうち結構な数を見て回るらしいのだがー実際、共通の芸術祭パスポートというのが入場券がわりに発行されていて、どれを何個みたのかスタンプの数で確認できる仕組みになっているー如何せん、東京にいながら超スローライフを実行している(というかそれが彼本来のペース)わが夫と回ったので、時間をかけじっくりと鑑賞しこれでもかと写真を撮りまくり、スタンプの数はこなせなかった。

が、大いに満足。
たまには劇場を出て、課外授業も良いものだ!若者よ、書を捨て、大地に出よ!!!

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