











9月の観劇一覧です。月半ば、締め切りが重なってしまい、泣く泣く観劇予定をキャンセル、なんて事もありました。
*人形の家 by SISカンパニー
この秋の話題作。デイビッド・ルヴォー演出、宮沢りえ、堤真一主演の人形の家。
前回のSISカンパニー制作、ケラリーノ・サンドロヴィッチコ演出によるシアターコクーンでの舞台、「ヴァージニア・ウルフなんかこわくない」同様、四方を客席が囲む相撲観戦のような中央設置舞台。
この、どちらも客席に向いている舞台が、役者にも観客にも良い意味での緊張感を持たせ、今回も日本人には馴染み薄で他人事になりがちな外国戯曲を観客サイドへ引き付ける事に成功。
それによって、3時間に及ぶー下手をすると眠りこける人が多く出がちな外国もの名作ーをしっかりと最初から最後まで飽きさせず見せる事が出来、この戯曲の面白さを浸透させることが出来た。
何と言っても、宮沢りえの起用が大当たりで、ルヴォーが各所で言っている通り、彼女の女性としての心の変化、ノラという悪く言えばちょっとがんこな、良く言えば芯の通った女性の気持ちとそれに伴った行動の変化が見事に舞台で表されていた。
ドクター・ランク(千葉哲也)のあからさまでかなり積極的な恋愛意思表示とトルヴァル(堤真一)の現代風`やさしい’パートナーぶりにはちょっと違和感を感じたものの、これも現代の「人形の家」という事なのだろうか。
もう一度、上演日にちを経た舞台を観たかった。
「狂人教育」by 流山児祥 at早稲田大隈講堂
香港、中国ツアーに先駆けての`無料’特別公演。アングラ芝居の聖地(だそうです)早稲田大学・大隈講堂での一日限りの特別上演で、この地での寺山芝居上演が流山児氏の長年の悲願だったとか。それを実現してしまう氏の行動力と情熱がすごい。
アジア公演バージョンという事で、中国人俳優と日本人俳優によるコラボレーション舞台となっている。
劇場での上演では無いので、それによるマイナス面もあるがーと言うのも前回、同じ作品をベニサンピットの小劇場空間で観た時の方がはるかに芝居といしては面白かったのでーイベントとしての面白さ、、いわゆる演劇が事件となるようなそんな雰囲気は味わせてくれる。
赤坂大歌舞伎 by 平成中村座
赤坂ACTシアターって、劇場として使えないな〜と、柿落としのK Ballet「第九」、そしてホリプロの「かもめ」を観て思っていたのだが、今回の歌舞伎はその劇場の悪さがあまり目立たなかった。相変わらずの味も素っ気もない舞台横の壁などは、本当にいただけないのだがーTBSお金あるんだから少しは見栄でもはって劇場の装飾をもうちょっとどうにかすれば????アート産業をやっているというのに恥ずかしいよね。ー歌舞伎の性質上、奥行きがあまり無くても、高さが無くても、大丈夫だったみたい。意外な発見。
そうなると、どんどんこの劇場を使って、歌舞伎公演をやれば良いのに、、といきなり飛躍的に好意的に思ってしまった。と言うのも、従来の歌舞伎座、なんだか(敷居が高いとは決して思わないけど)お手軽には通えなかったから。歌舞伎鑑賞と言うと、それこそ仕事も休みを取っての一代イベントの感があったけど、ここの赤坂だったらOLさんだって、気軽に通えるし、その後の食事やバーのお楽しみもあるし。中村勘三郎氏目指すところの歌舞伎の普及には一役も二役も買ってくれそうに思いました。
演目自体は分かりやすい演目を持ってきたと言うだけあって、全編十分に笑って楽しめるもので、こちらの演目選びは大正解。
怪談牡丹灯籠 by 花組芝居
池袋の新生公共劇場、あうるすぽっとへ花組芝居の新作、「怪談牡丹灯籠」を観に行く。
花組芝居はお気に入りの劇団の一つ。毎回、丁寧に作ってあって、お決まりのベタな笑いも好きなのだが、今回の公演は今一つ、劇場内にちょっとさぶ〜〜い風が吹いていたかも。これって、ハコとの相性なのかな?
仕切り板を上手く多用して、場面転換を行なっていたり、相変わらずの芸達者な役者さんたちが、込み入った話を処理していたように思うのだが、、それにしてもやっぱりもう少しストーリーをすっきりさせても良かったのかも。
エンタメ路線で魅せる舞台にするか、それとも筋を伝えるドラマ路線を取るか、、、白黒はっきりさせた方がメリハリが出て良かったのかも。
「森の奥」 by 青年団・王立フランドル劇場、トランス・スカンカナル
「Here We Are」 by 青年団・テアトロフィーア
青年団って、本当にすごい。一年を通しての劇場のラインナップ、その多彩性、国際性、どれをとってもどっかのご立派な新国立劇場よりもそれに近い役割を果たしていると思う。近頃の全くもってお粗末な新国立劇場の内紛ゴタゴタ話ーこれも突き詰めれば日本の官僚地獄の結果の一つのようなのだが、、ま、この話をし始めると頭にきすぎて血管がキレそうになるので、今回は止めておきますが、、ーを耳にするにつけ、それこそ平田オリザさんが国立劇場の面倒をみれば良いのにと願ってしまいます。本人が断るかもしれないけど、と言うのご自身でそれなりのそれに匹敵する劇場を作り上げているから。
で、本題の劇ですが、
「森の奥」、平田オリザが王立フランドル劇場の依頼を受け書き下ろした新作で、ベルギーで今年春に初演されたものの、来日公演。
かなり、ウィットに富んだ内容で、現代人の無意識な偽善への様々な皮肉がこめられていて、とにかくこの翻が大変面白い!! + ベルギーの役者陣たちもそのリアリステイックな演技が秀逸で、まさに演劇の醍醐味が十二分に体験できる舞台。
普遍的な翻というのは誰がやってもどこでやっても、成立する。
「Here We Are」、こちらスペインのカナリー諸島からやってきた男3人組による無言喜劇スケッチ。正直、舞台は全然面白くなかった。ゲロとかオナラネタとか、ま、確かにどこの国でも誰でも分かるネタなんだろうけど、観たくないし、、面白くないんだよね〜。子ども騙しの内容。
終演後の出演者によるトークの方が断然面白かったって、これ皮肉だよね。
で、この青年団の国際演劇月間シリーズをもっと観る予定だったのだが、冒頭に触れたように締め切りとおもいっきり重なってしまい、、泣く泣く断念する演目も。。。締め切りは事前にきっちり押さえておかなくては、、とつづづく反省。
ミセス・サヴェッジ by 文学座
吉祥寺シアターで文学座アトリエの会による「ミセス・サヴェッジ」を観る。翻自体はピューリツア賞受賞歴にある作家、ジョン・パトリックによるものという事で、それなりに面白く、良く出来ているのだが、如何せん、演劇鑑賞用の`お’舞台になってしまっていて、今日の上演意図が観客席までは伝わって来ず。。これを続けていると、芝居って衰退の一途を辿るんだろうな〜〜と思わせるような舞台だった。残念。
本気でオンリーユー by フジテレビ主催、Parco劇場
ご招待をいただいて、観に行った、松浦あや主演の全編竹内まりあの曲で構成したミュージカル。
申しわけないが、観劇人生中、2度目か3度目(前回は東京劇術劇場での「空中ブランコ」)の幕間での途中退場をさせてもらいました。
芝居好きに「これ観る時間がもったいない」と思わせるのって????と思いながら、フジテレビ主催と聞いて、妙に納得。このかる〜〜〜〜いノリのトレンディードラマ風に耳障りの良い楽曲あわせという発想が、まさにフジテレビノリ!??
食わず嫌いは損をするという思いのもと、何か発見があるかも、と足を運んだのですがーそうです、決して始めから途中退場しようと思っていたわけでは無いのです。絶対に。ー見事に裏切られました。
毒にも、ましてや薬にもならない、1mgほどの軽さのこの芝居。バカにされていると感じてしまうほど、観客も見くびられたものだ、と思ってしまいます。こうゆうのもう止めにしようよ。どうせ、無かった事になるんでしょ?だったら最初から止めておこう。
踊る妖精 阿国のメタモルフォーゼ by シアターX
シアターXの国際舞台芸術祭のプログラムで 「ケイタケイ、ヨネヤマママコ、竹屋啓子、美加理、折田克子」5人のパフォーマーがそれぞれ15〜20分ほどの独舞を披露。
舞台は白いペーパーに3方を囲まれた裸舞台。
これが、かなりイタい独舞上演会だった。次こそは、次こそは、、と期待していたのだが、、そのイタさは癒される事は無く、最後はかなり凹んでしまうような舞台だった。途中で吐き捨てるように一言「ひどい。。」と言い捨てて帰る客がいたが、彼に1票。あなたは正しい。
現代能楽集 綾の鼓・弱法師 by 新国立劇場
三島の現代能楽集、2本立て。なんともこちらも寒々しい舞台だった。十朱幸代さん、舞台をなめているのでしょうか?テレビではそのお綺麗な顔となんともかわいらしい声(ちょっと気味悪かったけど)で、十分迫力があって良いのかもしれませんが、舞台ではまず台詞をきちんと聞かせて下さい。宜しくお願いします。
何で、この舞台を今やるのか?また、その舞台に最適のキャストとは??と時間とお金がた〜〜〜っぷりある国立の劇場だったらもうちょっと何とか出来そうなものを。。
新国立劇場って、これから衰退の一途を辿るのかな?そうなんだろうな〜〜。そうしたら、誰がその責任を取るのかな?他の省庁と同じように歴代のトップが責任の所在をたらい回しにするのかな?
誰かが言っていたように、そもそも、国立劇場の存在意義から話し合った方が良いのかもね。
アトミック・サバイバー by 川崎アートセンター
07年東京国際芸術祭(TIF)で初演され、大好評を博した舞台の待望の再演。
制作者が日本各地にある原子力発電所、青森、六ヶ所村にある核燃料再処理工場にまで出向き、フィールドワークを行ない作り上げた力作にして大傑作。
実際に調査して得たその事実とそれを演劇として舞台にあげる際に用いる演劇的手法の妙により、最大限の効果をもたらした演劇。
今回も前回の公演から進展した事柄、変わった事実関係などは忠実に舞台へ反映させての上演。
これ、エジンバラの演劇祭とかで上演したら面白いと思うんだけど、どうだろう。
原発って、日本だけの問題では無いし、、地殻断層に沿って原発所がある日本って、地震の発祥地が一歩間違えば、かなり危ない状態にある、という話も聞いた事があるし、、その話の後にこの芝居を観るかなり怖いです、この芝居。
瀕死の王 by あうるスポット
月初の、花組芝居に次いで、あうるスポットへイヨネスコの「瀕死の王」を観に行く。
観劇以前に新聞用の取材で主演の柄本明氏に話を聞いていたので、楽しみに出かける。
今夏、エジンバラで観たサイモン・スティーブンスの傑作「ポルノグラフィー」舞台を彷彿とさせる、王の玉座の部屋以外は舞台を丸裸にしたような、楽屋裏を見せるような舞台装置が面白い。
柄本氏の王は圧巻。侍従役の松本夢子も柄本氏とのカラーが一致していて間の取り方が素晴らしい。
やっぱり、これ、東京乾電池の役者オンリーというのが実現したら観てみたい。
高田聖子は大好きな役者の一人だけど、、ちょっと全体的なハーモニーから言うとあっていなかったかも。
The Diver by 野田マップ&SEPT
ロンドン、ソーホーシアターでこの夏6、7月に上演された舞台の日本公演。前回 The Beeの時はロンドン版とは別に日本人俳優による別バージョンも同時上演されたが、今回はロンドン版の凱旋公演のみ。
一緒に行ったイギリス人の旦那(彼はロンドンでも観劇していて、かなり気に入っていたので連れて行った)が隣でなんだかブツブツうるさくて、ーロンドンでは客席でビールのコップ片手に観劇なんていうのも有りだし、みんなリラックスしながら観劇しているんだけど、日本だと劇場内は水を打ったように静かですから、、特に今回は英語での上演、日本語字幕だったのでなおさら劇場内の空気が張りつめていて、彼の観劇態度が邪魔になる事この上ないー舞台に集中出来ず。今度から日本の観劇では`子ども’は家に置いて行く事にする!
と、まあ、散々だったのだが、物事なんらかのご利益もあるもので、、そんな条件下で2カ国で上演された舞台を比較してみると、やっぱり、ただ単に舞台を輸入・輸出するというだけのことでは無いんだなーと改めて考えさせられた。
舞台を見る側の文化にも両国で違いがあるし、もちろん、同じ芝居を同じ演出で上演しても観客の国籍によって、見えてくる物も違ってくる。それを熟知した上で、どこで何を上演するかというのを考えなくてはならない。演劇ってセンシティブなアートなのですね、改めて。
実際、今回の舞台も全く同じキャストで同じ演出にもかかわらず(ロンドン版ではライブでのお囃子は無かったけど)、出来上がった舞台作品はその色調が違っていたものね。
日本上演では男女の心情のすれ違いがさらに前面に出ていたが、ロンドン版では個人における内面の葛藤というのが浮き彫りにされていたように感じた。
ちなみに旦那の文句の源は日本版ではロンドン版で観られたような日本社会への批判が薄れていたというのが原因らしい。
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