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2007年12月11日 (火)

カリギュラ から恐れを知らぬ川上音二郎一座 まで

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11月14日 (カリギュラ)
★★★

カミュの芝居なんて、なかなか観れない、そんな意味では上演の意義は十分にあり。
それも蜷川氏の演出なので、ある程度の満足度はあり。
が、このところの小栗旬人気がかえってアダになった感も否めない。というのも、ジャニーズ系芝居のとような違う意味での異様な盛り上がりだけが先行してしまっていたので、せっかくの奥深い戯曲が、うわべだけなぞられてしまったような結果に。
稽古時間も十分にあったのかどうか、疑問。。カリギュラのあの空々しい笑い声は、、うーーむ。
役者陣ー若村麻由美と横田栄司が素晴らしかった。いっそ、横田に主役を任せた方が劇のバランス、そして結果もかなり面白いものになったかも。
それにしても、ヨーロッパ人、特にフレンチというのは哲学的な人種ですね。シニカルでいて人生に対して真摯ですね。人生の大いなる矛盾、割り切れなさに真っ向から立ち向かい、最後にはやはり`愛’で解決策を模索する、、フレンチですねー。

11月15日(Kバレエ/白鳥の湖)
★★★★

仕事もからんで、今回は白鳥の湖を2回、観る事に。
熊川氏の怪我による不在から男性ダンサーの存在感が危惧される中、この日の宮尾俊太郎が見事にその大役を果たす。
スターに必要不可欠なカリスマ性を備えた、王子様系のヴィジュアル、+立ち姿の優美さ、、でこれからのカンパニーの未来に希望の灯を点す。
作品自体は2003年の初演時の絶賛を裏付ける、Kバレエの総合的な芸術性が作品全体に浸透した完成度の高い作品。
舞台美術、コールドバレエの質、衣装、、などなどの上に熊川氏の深い作品への理解が作品自体を揺るぎのないものとしている。
この日は初演版と同じく、中村祥子が白鳥/黒鳥の二役を踊るバージョンが上演された。
Kバレエの女性陣は、他の西洋のダンスカンパニーのように柱が何本もあり、それぞれに違った個性で趣きの違うステージを見せてくれるように層が厚くなってきている。
この状態を男性陣ダンサーにも構築していきたいというのが、芸術監督ー熊川氏の狙いなのであろう。
道半ばであるが、それも可能な事を今回のツアーで見せてくれているように思う。

18日(日)マチネ ーー清水健太のジークフリード王子と浅川紫織のオデット、荒井祐子のオディールという二羽の白鳥による踊り分けバージョンの上演。
パンフレットの中でも舞踏評論家が触れいてたように、元来このバージョンの方が熊川氏の作品解釈に沿った上演形式のように思える。
清水君は宮尾君とはまた違ったタイプのダンサーで、どちらかと言うと今のバレエ世界の潮流に乗った、ダイナミックに技を決め、見せていくタイプ。


11月16日(円生と志ん生)こまつ座
★★★★(半分★)ー4.5★

2005年2月の初演から約三年、主演の二人、円生(辻萬長)と志ん生(角野卓造)のキャストはそのままで(これは絶対変えられないでしょう)、若干の配役チェンジありで再演。
こまつ座の井上作品レパートリー上演はロングランシステムの無い日本においての実質的なロングラン興行の実現と言える。
その意味でも演劇興行のこれからを考え、この国の演劇芸術の熟成を考える上で大変有意義な公演形態と言える。
作品自体は全てのバランスが文句のつけどころの無い程の出来栄え。
笑いあり、エンターテインメント(唄とライブ音楽あり)、それでいて観に来ている観客一人ひとりへの(決して声高にでは無く)問題提議にあふれた傑作。
主演の二人の熱演もあり、また何役もこなす女優陣たちの活躍もあり(ひらたよーこのはまり役)、物語に説得力がある。
実在の人物に関する話という事もあるが(と言っても彼らの世に出る前の話なので、有名人の話というよりもやはりごくごく一般のある庶民の話という内容)、極めて特異な状況下の嘘のような本当の話であるが、緻密な計算により信じられる話となっている所がすごい。
笑いをとる場面では、特に後半のシスターとのやりとりの場面が秀逸。抱腹絶倒もの。
このような中味のあるそれでいて楽しい作品を学校の教育現場などで取り上げれば、効果は絶大であると思うのだが、いかがであろうか?
いくら傑作とは言え海の向こうのシェイクスピアの話をやるよりも、井上作品の方がずーーっと学生には身近だと思えると思うのだが、、いかがなものか。

11月19日(デンキ島ー白い家編)道学先生
★★

日本版「カサブランカ」という本作品。
日本の西もしくは南に位置すると思われる架空の離島デンキ島。主な島民たちは漁業で生計をたて、その回りには日常生活に欠かせない、しかし最小限規模のコミュニティーで島はひっそりと存続し続けている。
殆どの島民が知り合い同士というこの小さな社会では、20数年前の幼少期の力関係がいまだに実社会の中で活き続け、一度は島から出て行ったものもこの場所に戻ると当時の過去を思い出し、それに振り回されながら生きている。離島の閉塞社会を綴った物語。
島でみんなから頼りにされる存在の漁師シンヤ(山本亨)、島を出てヤクザな世界で成功し戻って来たが未だシンヤには一目を置いているタクミ(井之上隆志)。この二人を中心に対立構造のいやがらせが続くのだが、むしろその構造を利用しているのは回りの人たちで、この二人はそんな狭い世界でお山の大将をとりたがる小物たちに振り回され、それこそ行き場を無くしていく事に。
人情あり、明確な善悪構造あり、、と観ていてそれなりに楽しめるのだが、観劇後に一夜のお楽しみとして終わってしまうくらいのものしか残らないのが残念。
どうせ、地方の行き詰まり、よどんだ閉塞感を表現するなら、もっともっと過激に脚色し残虐さなどを出しても、今の時代だったらそれでも現実に起きている事柄には追いつけないほどかも。
せっかく、劇場へ足を運ぶのだから、テレビのワイドショーでは見れないもの、を見せて欲しかった。

11月20日(異人の唄)新国立劇場
★★
芸術監督が鵜山仁へ変わってからの第一弾、ギリシャ悲劇三部作の最後の作品。
アンティゴネを題材とした話は伝説の歌姫を母に持つ対照的な姉妹二人(村のタブーを受け入れひっそりと暮らす姉とそのタブーを破り新しい時代を切り開こうとする妹)とその二人に関わる近しい人々の、村に伝わる伝説にどう関わっていくのかを描いた物語。
砂を舞台一面に配した装置は印象深いが、あまりにも話が観念的すぎて、それにしては最後に唐突に戦争へと結びつけてしまうあたりは無理矢理感も否めず、、現代にも古典にもなれない中途半端な作品。
ギリシャ悲劇の普遍性が、これだけの極小ーなんでもない村の迷信話ーの世界にすり替えられてしまうと、、このシリーズの最大意図であるギリシャ悲劇の現代への読み直し、、というスタート地点から必要があるのかどうか?との疑問を抱いてしまうような結果になってしまった。

11月20日 (ハウ・ トウー・サクシード)
★★

半年後に早くも再演。。てことは期待出来そう、と会場へ出向いたのだが、大いなる期待はずれ。それとも私があまりにもブロードウェイミュージカルというものに体質が合わないのか?
西川貴教扮する、野心溢れる若者がその人柄と機転をいかしてどんどん出世していく様をただただおかしく、華やかに見せていくミュージカル。
1960年初演というミュージカルを現代版に置き換える工夫の後は随所に見られ、それなりに無理無く見られるのだが、如何せん、やっぱり題材が古すぎる。
お気楽を通り越して、そんないい加減な人事をしてる会社なんて空恐ろしい、、とコミックホラーに感じてしまうほどのダイナソー的な古さ。
カラフルな衣装とスター(西川?)俳優の演技と唄、それだけを観るために劇場に足を運ぶのかね〜?そんな観客、ファンはエラい。私は無理。。疲れた。

11月21日(欲望という名の電車)
★★.5

篠井英介版ブランチ、三度目の観劇。
やっぱり、わざわざ篠井氏(男/見た目はとりあえず)でブランチをやる意味が解せず。
戯曲自体の面白さ、さすがに三度目の再演という手慣れた演出の妙もあり、それなりに観れるのだが、平均点以上にはなれず。
それにしても、やはり戯曲それ自体はかなり面白い。。だからこそ、その時の最高のキャストで臨んで欲しい芝居。

11月28日(東京/オリンピック)Port B

★★★★

参加型の半日がかりのバスツアースタイル演劇。観劇者(参加者)ははとバスに乗って都内のオリンピックゆかりの場所巡りをするというもの。
まったく行き当たりばったりの体験式、実験劇のようでありながら、、実のところかなり計算し尽くされた演劇演出であることがバスを降りた後からじわじわと分かってくる、奥の深い演劇。
街をツアーガイドの旗について歩きながら、バスの窓から外を眺めながら、自然と「こうゆう演劇もありなのね〜」と考え入ってしまう、とても貴重な体験が、自然と出来る素晴らしい企画。
只今、この芝居についての記事、、他紙向けに執筆中。

12月中にも引き続き上演(?)日があるので、お時間のある方はぜひどうぞ。

11月29日(恐れを知らぬ川上音二郎一座)シアタークリエ
★★★

老舗劇場の新装開店と言う事で、一年前から話題に上り、前売り完売状態の三谷幸喜作・演出による新作舞台。
初めて海を渡った日本の劇団、川上音二郎一座の奮闘記、、と題材的にも観る前から期待大の舞台だが、なぜか見終わった後はいつもの三谷作品のような高揚感は無く、ま、こんなものでしょ、ぐらいの感想。
その原因はどこにあるのか、、、どうも作品にチャレンジ精神が欠けているように思える。爆笑の中にプラスαー人生の機微が見られるのが三谷作品の魅力なのだが、今回はあまりにもストレートで解りやすすぎる。大衆のマス(観客)に融合した結果であろうか?
豪華キャスト陣も切り貼りのようで、それぞれに力を見せつけてはいるが全体のチームワークが感じられず。
あと、劇場自体も休憩時間があってもくつろぐスペースも無く、また、いくら長い芝居とはいえ、観客の拍手を遮るような客席の点灯は、まったくもって興ざめでしかない。


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「恐れを知らぬ川上音二郎一座」という舞台を妻と一緒に見て来ました。 夫婦揃って大好きな三谷幸喜作演出の舞台です。 芸術座が新しくなり、シアタークリエとしてのこけら落とし公演でした。 発売初日に完売したというチケットでしたが、ラッキーにも手に入りました。... [続きを読む]

受信: 2007年12月29日 (土) 18時14分

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