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2007年11月

2007年11月11日 (日)

Hydra

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埼玉芸術劇場にて、イスラエルのダンスカンパニー、インバルピントダンスカンパニーの新作「Hydra」を観る。
今回は日本人ダンサー二人、大植真太郎と森山開次が加わっての世界初演プログラム。

宮沢賢治の童話の世界からインスピレーションを得たとか、、その不思議ワールドを類いまれなるダンサー達の身体能力を持って表現した舞台は圧巻。
定評のある、美的な衣装、セットも加わり、ますます、ダンス界の確実なる躍進のステップを目の当たりにするかのような完成度の高いステージ。

タイトルのHydraとはギリシャ神話で9つの頭を持つ蛇のこととか、ヒドロ虫類の総称であるとか、、そんな虫たちの世界を彷彿とさせる動きが頻繁に繰り返される。

顕微鏡で除くいろいろな虫達の世界から銀河系の宇宙まで、、想像は極小の世界から極大の世界まで広がりを見せ、そして最後には生命の息吹を感じさせる春のタンポポ畑へ。

その、まさに唯一無二のイマジネーションと、そして今回の日本人ダンサー二人の舞台上での相性の良さに感謝感謝のステージ体験でした。

それにしても、このところの埼玉劇場のダンスプログラムの充実度はすごい。

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野鴨

Dm_omote

11月7日 ーソワレ

北千住の駅ビルに3年前にオープンしたシアター1010。今回の公演に際し、この劇場に関して検索したら、おもしろい事実が見つかったんです。
すみません、、知らなかったのですが、シアター1010って足立区の公共劇場だったんですね。
で、さらに面白い事に、公共劇場でありながら株式会社組織なんですって。
実際には区の予算からかなりのお金が劇場経営につぎ込まれているにもかかわらずー当然のことながらこの区からの助成金なくしては劇場運営は一日も成り立たないのが実情ー自立した芸術劇場として競争社会での劇場運営を実現してほしいという目的からあえて株式会社という形態にしたのだ、と区議会でその意図を語っているのですが、、実際のところその議会での答弁をウェブで読む限り、区行政において責任者を作りたくないというのが本当のところのようなんです。
まーー、本当に役人の考える事って宇宙人並みでまったくもって理解しがたいとししか言いようがありません。

で、ま、、そんな本題とは関係ないところから始まってしまいましたが、、と言うのも、今回の「野鴨」、シアター1010ご自慢の立派なプロセニウムスタイル大劇場では無く、階下のスタジオで上演されていたからなのです。

はっきり言って、ご立派な劇場の方でなく、こちらの(普段はリハーサルルーム、アトリエとして使用している小部
屋)スタジオで上演してくれて、本当に良かったという芝居でした。

奥まったスタジオに、ノルウェーの森を再現、その森林舞台セットを取り囲むように特設簡易客席100席弱ほどが作られていて、3列ほどの客席なので、どこから観てもかぶりつき状態。
観客一人ひとり、、それこそ大劇場の方ではよく見かける居眠りサラリーマン客(それにしても最初から寝るなら、なぜわざわざ来るのか??それが毎回、よく理解できない。)なぞは皆無で熱い客席からの200の視線の中、それに十分に応える、見応え十二分の舞台が展開しておりました。
ヘンリック・イプセンの哲学的、謎かけのような知的舞台、それを、スタッフ全員でー役者、演出家、美術ーなどなど見事に大人の知性に挑戦する劇に仕立て上げ2時間半たっぷり見せてくれました。

小スタジオというかなり制約のある空間で、お屋敷、森の中、そして主人公一家の簡素な家の中、、とイマジネーション溢れるセットの工夫でもって、それぞれに場面転換をし、ライブのピアノ演奏で音楽が流れる中、子役の鎌田沙由美からベテランの津嘉山柾種まで、それぞれ役者たちのバランスも良く、もちろんタニノクロウの劇作読みの結果も素晴らしく、、本当に久々に大満足の舞台でした。

イプセン、読み直そう!っと。面白すぎる。

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博多湾岸台風小僧

01wan


(11月7日)ーマチネ

日にちの順番が入れ替わりましたが、気にせず。

旬の劇団の作品を次々と上演、演劇ファンのお気に入りリストへしっかりと入り込んだ感のある吉祥寺シアターへ。
劇団桟敷童子、初の再演舞台2本だてシリーズの第一弾、「博多湾岸台風小僧」を観る。

TPTのアッカーマン演出、「エンジェルス イン アメリカ」での好演で知った、劇団の看板俳優・池下重大を観に、劇団桟敷童子の芝居を観に行ったのが2006年初めの「泥花」。再演とは言え、その作品の少し前に書かれたのが今回の「博多、、」。かなりの部分でよーーーく似通った舞台でした。

特筆すべきは、舞台美術。同じく2006年上演の「海猫街」でもベニサンピットの高い天井空間を活かしたセットで劇の出来にかなり貢献していたのだが、今回も吉祥寺シアターの舞台上だけでなく、客席全てを劇世界へと変貌させて、客席に入るなり、舞台で咲き乱れる赤い彼岸花とそれを覆い隠すほどの草木が客席をも包み、観客へまるで学園祭のお化け屋敷に入ったときのような(もちろんそんなにチープでは無いのですが)高揚感をもたらしていました。
前述のとおり、お話に関しては、いつもの桟敷童子路線の王道で、九州、博多の貧しい村で一般市民からは隔離されたところで暮らす、下層民たちの成り上がりを夢見ながら、、最終的には現実の壁にぶちあたり、挫折していく、、という物語。
最初に泥花を下北沢のスズナリで観た時には、へーーー今時の若い劇団でこんなノスタルジックな昭和初期的演歌の世界をやりたいなんてところがあるんだー、となぜなぜ+興味津々で観ていたのだが、、こう何本も同じテーマの作品が続くと、、興味を通り越して、なんで〜〜〜、、ばかりが残っちゃいます。

確かに、現代にも差別、格差は至る所にあって、社会の上下関係によって、事件なんかも起きているけど、それにしても、こうストレートに非差別民を弱い者たち、、そんな弱者が最後には行政ーお上ーに見捨てられるという構造を繰り返し叩き込まれても、、確かにその通りなのですが、、なんだかそれこそただお化け屋敷を除いているようで、あまり発展的とは思えないです。

美術も良いし、役者も魅力的なので、今度は違うシチュエーションの劇を観てみたいものです。

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ゼブラ

Zebra2

(11月8日)
一行レビュー欄で絶賛されていたONEOR8の「ゼブラ」を観に行く。

後にサクラ行為ー身内が載せた好レビューーとの疑惑も上がっていたが、一行レビューでのPR作戦が大きく影響してか、Theatre Topsの劇場は超満員御礼状態。客席を、まさに埋め尽くすように補助席をつくり熱気ムンムンの中幕が開く。
向田邦子の「阿修羅のごとく」へのオマージュ作品だという、現代版4人姉妹が人生半ばで、家族の中心だった母親(離婚して女手一つで4人の娘を育て上げた)母親を亡くし、それぞれの人生を顧みるという機会を与えられ、少々思い描く軌道を外れた人生を振り返るというお話。

それぞれの夫、その愛人らに若干の現代風アレンジがありながら、、基本的には登場人物それぞれに予想外の深い闇、感情のねじれなどは無し。そんな全体的に善人同士の言い合いなどを見ていると、原作の向田作品の人間洞察力の深さにあらためて感嘆する。
この劇で、結局一番、いわゆるおいしいところを持っていったのが、葬儀屋の兄弟で、役者の風貌とそのキャラクターが妙に合っていた事もあり、本筋とあまり関係の無いところで一番うけていた。

昭和懐古風ホームドラマで`それなり’におもしろかったのだが、一方、幼児虐待だの、老人介護で家族内殺人だののニュースを見ていると、それこそ事実は小説(や演劇)よりも奇なり、、ニュースを所詮超えられないのでは?と危惧してしまう。
向田邦子の小説のように、本来は小説、舞台だからこそ表現出来るリアリティーがあるはずなんだけどね。


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2007年11月 6日 (火)

小沢一郎騒動

民主党(元?かどうか)党首、小沢氏の進退問題が物議をかもしておりますが、もしも、一連の騒動が民主党が仕組んだドラマだとしたら??

だって、小沢氏の記者会見により、多くの人々が確実に注目する場で、
*自民党の本音(補給支援特措法にはこだわらない。)もパブリックに聞かせることが出来たし、
*そんなにも、自民党は民主党にすり寄りたいという意思を持っている、、というイメージも伝えられたし、
*いかに各メディア(特にテレビ報道)が偏った編集報道をしているか、という、、そもそも自民党が長年政権を守ってこれた訳ートリックに関しても触れる事が出来たし、、

これだけの事が出来たんだから、かなり効果は大きかったはず。

さらにメディアの小沢イジメ(昨今のホリエモン、朝青龍、亀田一家、、などの流れをくむ)は続くでしょうが、それこそ捨て身の作戦で小沢氏にはいろいろと政界の内情を暴露して欲しいものです。

彼は既に総理なんてものには興味ないんじゃないの??
長年の政界暮らしで、あきらめの境地なんでないの??だからこそ、あのマスコミ批判があったんだと思うけどね。

それにしても、それに対して(自戒の意味を持った)コメントをしていたのがTBS筑紫哲也ぐらい(全部をチェックしていないので一概にはそれだけとは言えないけど)というのも、、トホホ。。。な状態ですね。

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nostalsia

Formindeximg

週末、埼玉芸術劇場にて大阪基盤の劇団、維新派の「ノスタルジア」を観る。

20世紀三部作の三部作の第一部ということで、20世紀初めに海を渡った日本人ーブラジル移民のノイチが混沌する希望の大地ブラジルで生きていく姿を描く。

大阪を拠点に活動する劇団で、かつ、舞台装置が大掛かり、そして野外での公演を主軸にしているという、諸々の条件が重なりなかなか東京では観れない幻の劇団、維新派。
私個人もかつて新国立劇場で劇場内公演を行なった時には切符を購入していたにもかかわらず、家族の事情により海外にいたため、見逃したという、、まさに幻の劇団であった。

そんな、維新派の南米ツアー帰りの凱旋公演を大阪で観る機会があり、昨年、その「ナツノトビラ」を大阪の劇場(屋内)で観たのだが、その時には期待していたほどのものを得られず、、、少々肩すかしに終わった感が残っていた。(維新派を観続けていて、屋外で行なった南米公演も観ている人に言わせると、その時は屋内公演用にかなりの変更をほどこしていて、それが裏目に出ていたとの事だった。南米での公演の方がはるかに良かったそうである。)

そんな経緯もあり、今回、、気持ちを押さえ、、平常心で観劇に望んだのだが、、、これがとてつもなく良かった。

劇団側も過去の経験をふまえ、劇場使用を意識した演出で、屋内で活きる作り方をしたのであろう。また、埼玉劇術劇場の奥行きのある、大きな劇場がこの劇団に作風に適していたのであろう、埼玉芸術劇場の舞台に壮大な維新派の世界が現れていた。

演劇でありながら同時に上質の絵画、そして映画を観ているような、そんなジャンルを超えたーと言うか、、総合アートであるとも言えるのかー舞台で、まさにオリジナルの創造性を満喫させてもらった。

この劇団が提唱している方法論に様々な演劇の可能性と演劇に対する問いかけを見る。
ー個としてよりも、集団として存在する役者のあり方、台詞の使われ方、インターナショナルな舞台の見せ方などなど、、

週末のみ3日間の公演というのがもったいない。ご足労でなければ、、もっともっと東京にもやって来て欲しいものです。

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