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2007年4月

2007年4月25日 (水)

やっぱり好みかも

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今週始めに朝のテレビ番組最後の占で、「予定外の仕事を引き受けてしまい、身動きがどれなくなりそう。出来ないものは断って。。」とありましたが、まさにそんな感じで急になぜかバタバタと忙しくなり始め、なかなか芝居を観に行けない状態です。
ま、原因ははっきりしていて、GWまるまる、、いやそれ以上に休んでしまおうという計画自体に無理があるのかも。
で、ちょっとてんやわんやしているところ、、猫のホテル「苦労人」を観てきました。

作家の千葉雅子がまさに同年代という事もあり、、なんだかこの劇団のお芝居、私にはツボが入りまくりなのです。おそらく、これがジェネレーション同化(ギャップではなく)の作用であることは、ほぼ間違いの無い事実でありましょう。

80年代、、通っていた小劇団の面影を残す、なんとなく小市民的な、それでいて愛すべきエピソードやキャラクター達に会いたくて、、やっぱり劇団名を見つけると、そそくさと劇場へ向かってしまいます。
良いとか悪いとか、、そう言うのとはまた別の、、肌感覚で好きと思える、そしてほっとする作品。
やっぱり、観て良かったー。

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2007年4月20日 (金)

グローバリズムとは?

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新国立劇場で英国人劇作家の新作劇「Cleanskins/きれいな肌」を観てきました。

英国、ロンドンで暮らすイスラム系二世の英国人、シャン・カーン氏の書き下ろしで、なぜか日本でのワールドプレミアです。

この芝居、アジア系外国人としてイギリスで暮らしていた私にとっては、いろいろな意味で興味深い内容のお芝居でした。
それに加え、つい先日のアメリカ、ヴァージニア州での銃乱射事件、、こちらも韓国からの移民学生が起こした事件で、事件後のいろいろな報道を垣間みると少なからずその生い立ちー人格形成時期にあたる重要な時期に二つの全く異なる国の文化の間で、自己の人格を確立するにあたっての混乱が事件を引き起こした一つの要因であったようで、、そう言った意味においても、まさに「今」の世界情勢を切り取ったドラマでありあました。

様々な観点から世界地図がどんどん縮小している昨今、海外との距離も数十年前とは比べものにならないほど近づきました。また、政治的理由から、自国から逃げ出さなければ暮らしていけない人々も沢山流出していて、多民族国家の形成は21世紀の課題の一つと言えるでしょう。
そんな中、多くの難民を受け入れ、もと植民地からの移住者も多いイギリスはその多民族国家の先進国。
ま、ヨーロッパ全体がそうなのですが、肌の色が違い、家族間で話す言葉が違う人が隣人というのが当たり前の国です。
そんな先進国でさえ、、いえだからこそ、日常レベルで遭遇する、人種の壁、文化の違いの壁といったものを作者自身の経験を交えて、ごくごく身近な起こりうる例として舞台に上げています。
劇中、モスリムに改宗した姉を罵倒する弟が薬漬けのジャンキーと同レベルで彼女の改宗をさげすむ箇所が何ともリアリズムがあり、また、後半部家族の秘密が明かされる場面では母親の、つまり個人個人の人間誰もが抱える人本来の弱さを露呈し、、何とも胸つまるものがありました。

3人の役者は低所得者層、というかまあごくごく普通なイギリス人家庭の人物たちを好演。
特に、北村有起哉が体当たりの演技で舞台に緊張感を出し、舞台をひっぱていた。

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2007年4月19日 (木)

只今、営業活動中

ここのところ、新事業発進の為、営業活動で外を回っております。

それにしても、まー、4月半ばだというのに、寒いこと、寒こと。
うっかり、朝薄着で出かけてしまったら、、本当にセール用品売り場でもう一枚買い足したくなるような、芯まで冷える天気です。

で、思わず、夜はいろりのある居酒屋へ向かってしまいました(ま、常連の場所なのですが)。
人は火のあるところに集まりたがるんだわねー。

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2007年4月17日 (火)

女優とは

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(写真ボケボケですみません。。。)

月曜日、週明けからうってかわっての雨空。またまた冬へ逆戻りの寒さです。

そんな雨の寒さもなんのその、訪れた新宿の稽古場は熱気に溢れておりました。

流山児祥氏が10年前から初めている45歳以上のアマチュア(開始当時は)劇団、「楽塾」が今度10周年記念公演ー野田秀樹版「真夏の夜の夢」を演劇文化のメッカ下北沢は本多劇場で行なうという事で、取材がてら稽古場へと様子を見に行ってきました。

昼の仕事との二足のわらじの方が大勢いらっしゃるということで、稽古は夜の8時から、、稽古場のドアを開けると、いましたいました、我が身と同年輩の方々がジャージに身を包み、お稽古の真っ最中。

GWの公演まであと少しということで、簡単なセットを組んだ本番用の稽古中。私が入っていった時はすでに一幕の中盤、森の中でオベロンとタイテーニアが言い争っている場面。もともとミュージカル風の歌いながらの演出だった場面を台詞を聞かせるために歌をどう処理するかの意見交換がなされているところでした。
既に10年近くの仲と言う事もあり、演出家の流山児氏と役者達の間で活発な意見交換が行なわれています。
演出家からの指示も一方的では無く、「どうだ?このやり方でやれるか??」と高齢気味ー皆さん本当に若い!ーの役者達と相談しながらの進行です。

で、歌あり、踊りありの盛りだくさんの公演は本番をご覧いただくとして、、一言コメントを。

正直、ドアを開けた時は「お、やはり45歳以上(今の劇団員平均年齢は55歳)の劇団。おばさん達(ごめんなさい、悪い意味ではありません)がんばっているなー。」というのが第一印象だったのですが、、これが稽古を見て行くうちに、印象がどんどん変わっていきました。

まずは、とにかく皆さん、動く、、踊る、、そして、しっかりと台詞をしゃべる!!
とにかく、それぞれの役者さんの声がステキに魅力的なのです。聞きずらい、言い間違えるなんて事が全く無いのは当たり前で、、とてもとてもアマチュアとは思えないーそうですよね、チラシにもありましたが10年キャリアがあるんですものね、アマチュアではありませんーとっても台詞がきちんとしているのです。
それに加え、演技も個性が光ってチャーミング。
さすがに付き合いが長い演出家だけあって、それぞれにぴったりの配役となってました。

見続けるうちに、どんどんそれぞれの役者の個々の魅力が溢れ出てくるのです。

どうも、日本の演劇界、、きれいどころの若いお姉ちゃんがどれも似たり寄ったりの演技、、もしくはちょっと年をいった役はやはり同じようなタイプの中年女性ばかり、、とおしなべて誰がどの役をやっても同じでしょ?みたいな女優の使われ方が多いのですが(そんな中、個性的な女優さんは様々な舞台で使い回されちゃうし)、ここには一人一人の生(ナマ)の女優たちが集まっておりました。

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2007年4月16日 (月)

庭は一日にしてならず

先週に引き続き、実家の裏庭の花壇づくりで半日汗をかいてきました。

本日は庭師の旦那曰く、、一番大事な部分、、土づくりです。

長年ほったらかされ、固くなった土をスコップで掘り起こし、、植物に適した良質な`土’を作るのです。

ただひたすら、掘ってはひっくり返し、掘っては混ぜて、、と来年満開の花壇を頭に描きながらの作業です。

ガーデンデザイナーの頭には既にその光景が見えるらしく、、ご満悦でございました。

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Live performance

本日は昼夜とかなり濃密な時間を過ごさせていただきました。

昼間はパルコ劇場で三谷幸喜演出の「コンフィダント・絆」。
19世紀末、パリのアティック(屋根裏)のアトリエで創作に励む同年代の画家達ーゴッホ、ゴーギャン、スーラ、そしてシュフネッケル、、4人の男達に天真爛漫な(今風に言えば)魔性の女、一時期彼らの絵のモデルであったルイーズが加わっての、、5人の人間模様、そしてそれぞれが己を確立していく過程を綴ったドラマです。

ゴッホ、ゴーギャン、スーラ、、この美術史に燦然と輝く芸術家達がその本領を発揮する直前、パリで売れない現実(スーラだけが頭角を表し始めているのですが)を悩みながら、アトリエに集まり仲間と一緒にその悩みを分かち合いながら、それぞれの芸術性を模索していた時期のお話で、もう一人のシュフネッケルが他の3人、いわゆる天才たちのつなぎ役となりその仲を取りまとめているという構造で劇は進行して行きます。ちなみにシュフネッケル自身は彼も他の3人と同様の才能があると信じているという悲劇も付いてくるのですが。

三谷氏がパンフの中で語っているところによると、`「笑いというのは手段であって目的でない」ーといった発言に反発して自らは「笑い」を追求することに力を注いできた、、それがこれまでの作品であったが、今回の作品では新しいコメディに挑戦してみた。’とのこと。

つまりは笑いとりにはあまり執着せず、それよりも話の流れ、ストーリーテリングを重視したという事なのでしょう。
が、何をおっしゃる、三谷さん、結果としては会場中が自然にこみ上げる笑い声で熱気が冷めることの無い、大熱狂の2時間30分となっておりました。

この大盛況の要因、、
1にキャスティング、2にキャスティング、、3、4が無くて、、ととにかくそのキャスティングの妙に尽きるのでしょう。
翻が、、それぞれの台詞が計算され尽くされて面白いのはもちろんの事、三谷さんのお眼鏡にかなった役者陣の演技と存在感がこの舞台を観客一人ひとりに「忘れられない体験」をプレゼントしてくれた事は明白です。
まーーー、それにしても、パルコ劇場を常宿とし、知り尽くしている演出家だからこその舞台使い、ー奥行きが無いので一辺倒なアクセントの無い舞台が出来上がってしまう事もあるのですが、逆にその凝縮された空間をうまく使って、例えば数年前の三上博史主演の『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ」のように、そして今回の「コンフィダント・絆」のように濃密な時間をクリエイトすることも出来るのです。

DVDなどで舞台が観れる当世ですが、劇場だからこそ、倍増される笑いと熱狂、、そして5人のハーモニー(DVDだと誰かにピンがいっちゃいますから)、、とまさに最高級のライブパフォーマンスを見せていただきました。

で、、、そんなマジカル体験で浮き足立ちながら、、夜の予定、、及川光博のライブ「君こそスターだ」の会場東京国際フォーラムへ。

でもって、、ここでも大変貴重な、、ミッチーの底力を見せつけられるという体験をしてきました。

数年前に深夜番組で偶然見た、ミッチーのライブがあまりにも完成度が高かったので、それこそ生でその現場にいたらどうなることやら?と今回、コンサートチケット発売と同時にチケットを押さえました。

フロードウェイミュージカルにせよ、海の向こうからたまーーにやってくる外タレのコンサートにせよ、全ての段取りが嘘くさく、臨場感、そのありがたみがあまり感じられず、日本でのライブコンサートというものにかなり疑問を抱いていたのですが、、その偏見を見事に打ち破って、、ライブの醍醐味を思う存分、、十二分に味わさてもらいました。

ご本人自らも称していましたが、、まるで「カルト宗教の集会!?」のような4,000人の観客の一体感と高揚感。
ところどころ、ミッチーのコンサートヴァージンといたしましては、ベテランの観客の方々から遅れをとってしまうところも多々ありましたし、一時期のアイドル歌手親衛隊のような同一な踊りにちょっとひいてしまう時もありました、、が、こんなにコンサートチケット代がお得に感じたのは久しぶりです。
確かに、(ゼンマイ仕掛けにせよ!???)走っているミック(ローリングストーンズ)もそれなりに貴重ですが、やっぱり「ちょっとチケット、高すぎじゃなーーーい?」というのがありました。。がミッチーのコンサートでは、終演後に感謝の気持ちとポジティブな希望の気持ちで一杯になるのですーこれじゃ本当に宗教かい??、、なんて。ー

見目も麗しく、もちろん唄と踊りもバッチリで、、その上、おもしろいべしゃりと共感するミッチー語録まで聞けちゃうんですから、
これぞ、ライブ。生ですよ。
うーーーーん、楽しかった。

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2007年4月12日 (木)

AOI/KOMACHI

世田谷パブリックシアター開館10周年記念公演の一つ、2003年に同劇場の小劇場シアタートラムで上演され評判を博した作品の再演、現代能「AOI/KOMACHI」を観劇。
2007年の今回はこの日本上演の前にアメリカツアーを実現させての、凱旋公演でもある。
前回は小劇場での上演だったが、今回はメイン劇場でのスケールアップの上演となった。アメリカでもこの規模の劇場で上演されたものと推測される。
物語、その他の詳細は下記の記事をお読みいただくとして、(簡単に、、、「葵の上」と「卒塔婆小町」の川村毅版現代演劇作品で女は恐ろしいというお話2編)今回は演劇の持つ、繊細さを再発見した体験を一言。

2003年版ではトラムのこじんまりした空間の中、能舞台のようにいたってシンプルな舞台装置の中、何時の世でも普遍的にもちろん女は怖くて執念深いのですが、それを現代の観客に自然に受けとめられるよう身近な例ーカリスマ美容師とその年上パトロンというのはとっても分かりやすく、俗な例ーで見せてくれました。
前半のAOIでは、前述のように大きなスケールでの舞台となった為、それように空間使いを工夫し、可動式のスクリーンを使い、それを反転させて、美容室の鏡とその中の世界同様、この世とあの世を見事に表現しておりました。
反面、美容院という閉鎖的な空間でのちょっとミステリアスな人々たち/俳優の緊張感が小さい劇場の時よりも拡散してしまっていたように思います。
また、後半のKOMACHIでは笠井氏のダンスが今回の大きなオープン舞台の方が映えていたようにように思います。また、小劇場よりも舞台が離れているため、前衛ダンス的なおどろおどろしさがかえって洗練されて見え、作品自体のバランスが良くなったように思います。

で、このように同じ作品でも、劇場が違うだけで受ける印象がかなり違ってくるということを今回、話したかった訳です。
劇場、イコール箱、、とだけ捉えていたら、危ない目に遭うという事です。
そのハコ選びで大いにプラスアルファーの魅力を得ている劇団、例えばク・ナウカなど、、があるぐらいですので、あくまでもハコ選びは慎重に。。
(記事リンク)
http://search.japantimes.co.jp/cgi-bin/fq20070406a2.html

おまけーー
その後、渋谷に出て、映画「パフューム」を観ました。

あまりにも自己チューな主人公の動機と安易な結末、殺人容認にちょっとあきれてしまいました。
きらいな作品。
女優のヌードは全て奇麗だったけどね。

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2007年4月11日 (水)

写楽考

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添付のポスターはかなり前からコクーン劇場に貼られていたので、気になった方も多いはず。

堤真一主演の「写楽考」の舞台、観てきました。

故矢代静一氏(女優毬谷友子さんの父)の1971年の代表作。表題通り、江戸時代の人気浮世絵師、その素性が謎に包まれたままの東洲齋写楽の架空の人生を彼と同時代に活躍した浮世絵師の喜多川歌麿、作家の十返舎一九などの人生と絡めその謎の素性の訳と生き様を追ったもの。

当作品、2005年にもマキノノゾミ氏の演出により、高橋和也主演によりシアター1010で上演されているのですが、そちらの方は観ておりません。
(執筆時、1971年には西田敏行主演で好評を博したようですが、そちらももちろん観ておりません)

が、似たような写楽、歌麿青春成り上がり物語もので劇団扉座が2003年に「きらら浮世伝」という舞台を上演しておりまして、こちらは大変おもしろく観させてもらった(偽名の謎と若いアーティスト達の欲望のからみが、テンポ良く、たいへんおもしろく描かれておりました)記憶があります。

今回はシアターコクーンの大舞台を一杯に使って、和太鼓と笛のライブ演奏入り、今が旬の(SIS Company 主催なのでそこに所属する)役者達を集めた豪華版です。

が、出来自体はそのライブ演奏以外は取り立てて目新しいところが無く。ちょっともったいない感の残る物でした。

話自体は何度も再演されているだけあって、良く出来ていて、随所に今日に繋がるテーマー/芸術とは??芸術とビジネスは両立するのか?若者のいわゆる勝ち組、負け組の構図、さらには資本主義への懐疑ーなどなど、も読み取れるのですが、なぜわくわくするものが無かったのでしょうか?

答え、、キャストのアンバランスでしょう。
堤、高橋(克美)、西岡(徳馬)の中で、、やっぱり長塚さん一人浮いてましたね。
おそらく、長塚さんが自分で他の役者を集めてやっていたら、もしくはもちろん長塚さんでなく他の人が歌麿役だったら、、もっと全体のバランスがとれて、劇自体がリアリティを増したのでしょう。

扉座の芝居が劇団ゆえの結束感から非常に良くまとまっていたのと対照的でした。

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エンターテイメント

週末、久しぶりに日本での2本観劇を敢行。

昼は新宿厚生年金会館にて、山本耕史主演の「ヘドウィグアンドアングリーインチ」の追加公演。

2004に初演、大好評の結果、異例の翌年再演も行なわれた、パルコ劇場での三上博史版「ヘドウィグ、、」があまりにも良い出来であった為、今回の公演の意図が今一つ飲み込めないまま劇場へ。
スタッフを見ると、翻訳者、演出家などが代わっているため、まったく別もの、これまでのものの再演というくくりでは無いらしい。

会場選びからして(本公演は新宿FACE、クラブハウスで行なわれた)この舞台、演劇・ミュージカルでは無く趣向を凝らしたコンサートでした。
その結果、前回の三上へドウィグ舞台を思い描いていた私には消化不良、、ドッチラケの舞台となりました。

三上版はもちろん音楽、唄も良かったけど、何と言っても「ヘドウィグ、、」のお話ーヘドウィグの哀しみ、愛情を渇望する叫びーが舞台から直球勝負で伝わって来たのですが、今回は山本君の女装ワンマンショーで終わってしまい、確かに唄は上手かったけど、、それだったら他の唄でも、それこそコンサートで良かったんじゃないの??
ってな感じです。
コンサートのアンコールのような爽快感での、カーテンコールでの「皆さん、気をつけてお帰り下さいねー!!」って
いうのにも、すっかりシラケました。
ファンの集いか、っつーの。

夜は世田谷パブリック、シアタートラムにて青年団国際演劇交流プロジェクト、日仏合同公演「別れの唄」。

これが、、近年の青年団の中でも特出の出来で非常におもしろかった。

お話はある晩に起きた日常のスケッチでいたってシンプル。
日本人と日本で結婚したフランス人妻が幼い子供を残して、突然病死(彼女は舞台には一切登場せず)。彼女のお葬式に出るためにフランスからやって来た両親と彼女の弟、日本側の家族ー夫と義理の妹、それにそこに居合わせた葬儀屋、日本在住のフランス人で故人の友人女性、それに後から現れた彼女のフランス人元ダンナ
などが、お通夜が一段落した夜の居間で、故人の思い出話、両国間葬式に関するの風習の違いなどを語りあうという形式で劇が進行。その何気ない会話の中から、二つの国の間に脈々と流れる考え方の違い、カルチャーギャップなどが現れ始め、、またそこからさらに普遍的な問題、、他国の文化に対する接し方、、家族のあり方、何でも分かり合っていると思いがちな家族の間の、実は知られざる心情、、などなどが思わず笑ってしう台詞の隙間から浮かび上がってくるというもの。

殆どがフランス語で語られる台詞ー日本人役者も話せるという設定で8〜9割がたフランス語でしゃべってました。すごい。ー用に舞台上方に分かりやすい電光掲示板スタイルで日本語訳表示あり。いつも思うのですが、字幕が舞台の横だと肝心の舞台の方がおろそかになり、もったいないので、形式的、また会場の広さ的に可能であればこの上方または下方の形が望ましいと思います。

まー、このカルチャーギャップのおかしみが、、それほど誇大化したような、純コメディーにあるようなわざとらしいものでは無いのですが、逆にその細かい指摘がおかしいの何のって。。
それでもって、役者達が達者で、、特にフランス人ご夫婦。すばらしかったです。
まるで、隠しカメラで実際のある一日を撮ったかのような自然な演技でした。

日常にある、何と言う事は無いエピソードから不条理な人間社会の真実を切り取った、、平田チームの傑作です。

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ネオコン

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都知事選、石原氏の勝利でしたね。
がっかりです。
ま、選挙は多数決原則ですので、結果が全てなのでしょうが、本当に都民の方々にお聞きしたい。
こんな危ない状況を助長させていいんですか???
私はいやです。
ですので、もうこの場所から離れたいです。
ブッシュが再選された際にカナダへの移住者が増えたとか、、そうするしかないでしょうね、件の場合、、選挙自体の公平性自体が危ぶまれていたのですから、なす術無く、その土地を去るでしょう。
幸いにして、選択肢が残っているので、移住する方向で考えていきたいです。

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2007年4月10日 (火)

園芸、つまりはガーデニング

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写真は我が家のベランダの花壇です。
旦那はバリバリのイングリッシュなので、ご多分にもれず、大のガーデニング好き。
普段は横のものを縦にもしないのに、、ガーデニングとなると夏でも冬でも時間を忘れてせっせ、せっせと土いじりをしております。
ま、これも一種のヒーリングでしょう。
で、かわいい花が咲いていたので撮ってみました。
ピンクの吊り下がった花は「ブリーディングハート(血の流れているハート/ちょっと日本語だと怖い)」というのだそうで、、そう言われればハート型の花の真ん中から白い部分が流れ出ているようですね。
ふむふむ。。

で、ちょっと暗めの木立の写真が実家の裏庭です。
週末、ベランダでは飽き足らなくなった旦那と一緒に春の大ガーデニング作戦の第一弾として、ちょっと広めの庭のある実家へ庭仕事をしに行ってきました。
これはまず第一段階で、雑草取りが終わった段階です。

これから、いろいろな植物を植え、奇麗にデザインしていく予定です。。
もちろん、デザイナーはイングリッシュが担当します。
(いっそ、ガーデニングデザイナーなんて仕事もあっていると思うのですが)
 

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またもやSAS

帰り便は予定通り運行し、無事に成田へ戻ってまいりました。

それにしてもSAS.. シンプルなのも良いが、もう少し、愛想良く、サービスでもやってみたら??

機内でお水を飲もうと思ったら、アゴで水が置いてある位置を指し示したスチュワーデスのおばちゃん!!一応あなたのお給料はサービスをするという名目で払われているんですけど−!!!

SASスチュワーデスおばちゃん斬り!! 残念。

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リア王

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(4/3&4日)

ストラットフォードへ戻って、今晩はいよいよイアン・マッケラン主演の「リア王」初日。

心なし、街全体が浮き足立っているような、夜まで待てない!!!よいった独特な雰囲気。
(この雰囲気は、1月のリチャード三世の初日の日にも経験しましたが、街のパブに入るとなんだか見た事があるような、ー思い過ごしかもしれませんがー演劇批評家のような風貌の方々が新聞片手に開演時間を待っている姿を良く見かけました。)

で、、、その世紀のプレスナイトまであと数時間とせまったところで、RSCの担当者から電話が、、そこで思いがけない言葉を聞く事となったのです。

「実は、、ゴネリル役の女優(Frances Barber)が昨夜、事故にあって膝を怪我して舞台に上がれる状態では無い。手術も必要で回復までに数週間を要する。今晩からの舞台は代役で上演するが、プレスナイトは延期する事になった。。全スタッフ、役者の為にも不完全な状態の舞台をオフィシャルなものとして発表する訳にはいかない。日本から来てもらって、誠に申しわけないが、このような状況なので、舞台評は書かないで欲しい。」
との事!!
ひえーーーーー、、そんなー、!!

とは言え、もちろん一番悔しいのはこれまで稽古を続けて来て、開幕目前に怪我をしてしまったご本人、そしてチームでしょう。。
泣く泣く納得し、、せっかく来たのだからという事で、評はまだ書かないという約束のもと、舞台は見せてもらい。

書きたい、、書きたい、、、モヤモヤを抱えたまま、とりあえず今回はストラットフォードを後にしました。

5月初旬にはプレスナイトをやって、評も解禁になるとのこと。。

さあ、私のリア王評はその時に書けるのかどうか、、またこの続きは後日談でご報告出来れば良いのですが。

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Birmingham

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(後追い日記) 4/2(月)

本日はヴァージンレコード(よりも飛行機会社の方が有名かな?)社長、リチャード・ブランソンが新たに参入した英国鉄道ビジネスで走らせている、ヴァージントレインに乗って、またもやイングランド北部へと北上。
国鉄時代の座るのがはばかれるボロボロ列車とは違い、さすがにヴァージン、、見た目はバッチリ奇麗になったスマート列車で一路バーミンガムへ。
ここでも、もう十年くらにの付き合いになる友人宅を訪れ、そこで一泊させてもらい、翌日再度ストラットフォード入りの予定です。

バーミンガムはイングランド第二に大きな都市(ロンドンに次いで)ですが、観光地というよりもビジネス、工業の街でなぜか今まで降り立った事が無いところでした。いつもは高速道路からその市街地を眺め、マンチェスターへと向かっていたため、通過点となっていたところです。
で、今回、初めて駅に降りてみて、、さすがに2番目、2番目と騒ぐだけあって、便利で都会な街だという事を実感致しました。
イギリスの場合、都会と言っても日本で言うところの大阪、福岡、札幌などの規模には及ばず(ま、ロンドン自体も規模としては小さいですし)、、ふーーーん、と言うところが多いのですが、イースター休暇直前という事もあるのか、ここバーミンガムもロンドン同様、、人が溢れ、バブリーな匂いがプンプンしておりました。

街のあちらこちらで建設中のビル、改装中のビルなどを目にし、、カフェに入れば、なんだか小奇麗で仕事バリバリしている風(この風というのがミソ、なんだかワークホリックのイギリス人というのが想像出来ない)のヤッピーがわんさか、、朝からミーティングなんぞをしておりました。

その横で、世界的パフォーミングアーティストの友人とカフェラテを飲みながら、舞台話に花を咲かすのはなかなか楽しいひと時でした。

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2007年4月 2日 (月)

Petersfield

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今日は4月最初の日曜日。

芝居小屋もお休みとあり、ウン十年前、ロンドンに着いて、その時以来ずーーっとという仲の日本人の友人宅へ遊びに行ってきました。

今回のタイトルのその町、ピータースフィールドは英国南部にある中規模まではイマ一歩のサイズのアットホームな田舎町。

友人は結婚以来この町の住人となり、今ではすっかり電灯のない小道をアクセル全開ですっ飛ばすほどの生粋のイングリッシュマザーとなっております。

英国人ハズバンドとの間に生まれたボーイズも今ではすっかりハンサムガイとなり(日本で言うと中学生と小学生)、、ママの腕の中ですやすやと眠っていたころから知っている私としては月日の流れを感じずにはいられません。

やはり長年にわたる友人でロンドン在住の友達とお昼過ぎに駅に降り立ち、待つこと数分、ピータースフィールドマムは愛車のゴルフでボーイズたちと一緒に迎えに来てくれました。一向は近くのパブへ直行。

ラブリーな天気にも恵まれパブランチーステーキ&エールパイ(イギリスのパイ料理はお勧めです)-を堪能し、その後彼女のお宅へ。

しゃべり続け、食べ続け、気がついたら夜の10時。。

女たちのおしゃべりで時間はあっという間に過ぎてしまうものですね。

ちなみにボーイズ達はごくごく普通に2ヶ国語を使い分けております。頼もしい。

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ウェストエンド

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ストラットフォードからロンドンへ、ちょっと気分を変えてシェイクスピアからウェストエンドのお芝居にスイッチ。。といってもやっぱり芝居小屋ですが。

土曜日のマチネでハリーポッターのハリー役で英国のアイドル俳優となったダニエル・ラドクリフ(君)の「Equus/エクウス」を観てまいりました。

ちょっとミーハー?とも思ったのですが(別に彼のファンではないのですが)スター起用ものはやっぱり期間限定なので観れる時に観ておかなくてはと思い、アーティスティックなデザインの裸身のポスターが一段と目立つ劇場へ。

彼のほかにも今や英国フィルムには欠かせない俳優となった、そのテディベアー体型で一度見たら忘れられないリチャード・グリフィス、マシュー・ボーンの男版「白鳥の湖」の王子様 GAPのコマーシャルで日本でも有名なウィル・ケンプがしっかりと脇を固めておりました。

1973年、センセーショナルな題材と演出で話題となり大ヒット作となったPeter Shaffer原作の リバイバルですが、舞台セットはかなりモダンに洗練され、主役の少年(ラドクリフ)の心の核となる馬の衣装ー人がメタル製の馬の頭部と同じ素材のハイヒール馬蹄をつけて馬を表現ーは美的に美しく、それでいて馬のイメージを的確に表していて秀逸。

役者陣はグリフィスがベテランの味を随所に見せつけ、その朗誦術を披露した一方、ラドクリフも善戦するものの、やはり生の舞台ならではのプラスアルファーを生み出すほどではなく、、優等生らしく合格点の演技でそつなくまとめていた。

話題の全身ネイキッドは、たっぷり堪能(!?)させてもらいました。

で、夜はハリウッド女優、ジェシカ・ラング主演のテネシー・ウィリアムズ「ガラスの動物園」。

昼の「エクウス」と似通った、円形の枠が取り囲むシンプルな舞台セット。

アメリカ演劇だとアメリカンアクセントでやらないとということもないと思うのですが、、と言いつつ、反面、シェイクスピア劇はニューヨークの劇団でもやはり英国アクセントでやられているようなのですがー主役のトム役の英国人俳優のわざとらしいアメリカンアクセントが耳障りなのが残念。。

1930年代のミシシッピー州という舞台背景を表すためにはやはりその国の言葉で演じられるのが一番よいのでしょうが、それが自然に語られないのであれば、、その技巧よりも内容を重視して英語できちんとドラマを伝えた方が賢明でしょう。

他の俳優たちが自然に演じていただけに、、残念。

ジェシカ・ラングは自己チューな無神経女を好演。ローラ役の女優(Amanda Hale)が特出した出来で舞台を支配していた。

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