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2007年3月

2007年3月31日 (土)

シェイクスピア

今回の渡英目的はRSC(Royal Shakespeare Company)の1年間かけてのフェスティバル、コンプリートワークスの後半をレポートする為。

その為に今回は最終ラインナップの目玉3本を観るのが最大の目的です。

で、3月末で終わってしまう2本をまず観たところです。

1 Gregory Doran演出の「コリオレイナス」

蜷川演出版がこの春ロンドンで上演されますが、同じ作品をドーランがどのように演出したのか、、興味津々。詳しくは掲載された雑誌を後日お読みいただくとして、一言、、コリオレイナスのキャラクターは唐沢氏とは正反対。筋肉隆々の悪ガキのような、それでいて真っ正直な(これは唐沢氏と通じる)男。

2 Americanカンパニーによる「ベニスの商人」

こちらも一言、現代へ置き換え、衣装もセットもモダンにした作品。現代にシャイロックが現れたら、、こんな感じに映るのかも、、というちょっとひねった作品でした。

で、これから、イアン・マッケランの「リア王」を観ます。

で、おまけの1本、

昨晩、ロンドンでRSCコンプリートワークスの前半の目玉だったインド人俳優たちによる「真夏の夜の夢」を観ました。

これも、今は一言だけ、、、Superb!!!!

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2007年3月30日 (金)

SAS

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I am writing this blog at a public library in Stratford-upon-Avon/ the Shakespeare's birth place!! Ye--i.

I supposed to be here last night, but there was an unexpected matter happen at Copenhagen airport and I could not reach here..

Because.. the plane from Narita arrived Copenhagen on time and I rushed to the next plane to Birmingham,, then, when we were on the way to the waiting airplane, suddenly a woman called us and asked us to get back to a lounge.

She announced that all departure schedule were delayed due to fuel supply company's union meeting, so we were waiting for the next announce for a while.

Finally, pitilessly, there was an annoucement telling us the flight was cancelled.

Oh my God!!!

Then,

(continue.. in Japanese)

さあ、日本語です。

ストラットフォードのインターネットカフェでアップしようとしたら、日本語入力が出来ず、、取り急ぎの英語アップになってしまいました。が、また後で日本語にするならと思い、途中でめげてしまいました。

で、水曜日(ただいま31日の土曜日、ロンドンへ移動してこのアップ作業をしております)の朝から英国入り、ストラットフォードでまず芝居を2本観て、ロンドンへ上ってまいりました。

ですが、まずこの水曜日という時点で実はあるあやまちがあるのです、、というのも成田を出たのが火曜日。SAS(スカンジナビア)でコペンハーゲン経由、そしてその日のうちにストラットフォードのホテルに到着の予定だったのですが、コペンハーゲンの乗り換え時にトラブルが。1時間の乗り換え時間しかなかったので、まっすぐに搭乗ゲートへ、すでにそこで待っていたバスに乗り込みちょっと離れたところに停まっているであろう飛行機へ向かったまでは良かったのですが、そこで、係員のお姉さんから「待った!!」の声が。「一度ラウンジへ戻ってください、離陸が遅れております。」との事でした。ま、いつもの事ねーなんて思いながら、この時点では余裕でラウンジへ戻ったのですが、その後待てど暮らせど搭乗の案内無し。。そのうちに他のゲートでも人がざわめき始め、そこでアナウンスが、「ご迷惑をおかけして申し訳ございません。給油会社の労働組合ストの為、多くの飛行機に遅れが出ております。お待ちのお客様は掲示板の最新情報をお確かめのうえ、ご搭乗下さい。」ときた。

で、少々イラつきながらまたもやただただ待つことに。しかしながら、隣のゲートでは突然パリ行きの飛行機が飛ぶとのアナウンスが入り、人々が殺到していたり、、また、他のところでもロンドン行きが飛ぶとのアナウンスが入ったりで、バーミンガム行きももうすぐだろうなと思っていたのですが、まったくバーミンガムのアナウンスが入らない!

さすがに変だなと思い、上の階の掲示板を見に行くと、そこには無情にも「キャンセル」の文字が。「ひぇーーー、マジっすか?」と疑いながら、やはり同じラウンジで待っていた唯一の日本人の若い女の子(十代とおぼしき彼女)とカウンターへ。なんとそこで見たものは、、人、人、ひとの大混雑状態。

どうも、他にも何便かがキャンセルになったらしく(バーミンガム同様、マイナーなところでしょう)10人弱の人がいるその乗り継ぎカウンターは、まさに大混乱状態となっておりました。しょうがなく、列の後ろにつき順番を待ったのですが、、これが次なる地獄でした。

待てど暮らせど、、あきれるほどに順番が来ない。いったいなんでこんなに時間がかかってるの??と一人一人に聞きたいほどに、カウンターで問い合わせている人の処理にそれぞれ30分くらいかけているのです。ここでも、初めはヨーロッパだからねー、てきぱき出来ないんだよね、はは。なんて笑えていたのですが、、さすがに夜の10時過ぎ、8時間のフライトの後でのこの理不尽な状況に耐え切れなくなってきました。そんなに難しいことなのかしらん??大丈夫かなー、と思いながらやっとの思いでカウンターまでたどり着くと、ものの5分で事が済み、明朝のフライトでバーミンガムへ飛ぶことになり、(当然ですが)その晩のホテルバウチャーとタクシー券をもらいもう時差と疲れでヘトヘトになりながらその女の子(ごめん、名前聞かなかった)とホテルへとむかったのでした。

彼女は高校生の交換留学制度で1年間バーミンガム郊外に住んでいたらしく、今回は春休みを利用してその時のホストファミリーを訪ねるとの事でした。彼女曰く、今は海外留学はいたって普通な事で、彼女の学校でも半分くらいが経験していると言っておりました。

日本人の多くが英語を日常レベルで話せるようになるの日も近いかも。若いと吸収も早いしね。感謝します、団塊の世代のお父様、お母様ってな感じですかね。

ホテルはさすがにモダンファニチャーの先駆者らしく、シンプルながらセンスの良い家具でまとめられ、快適な、、でもあまりにも短いコペンハーゲン滞在を体験したのでした。

チャンチャン。。

ps SASのアテンダントはとなりのおじさん、おばさん??と言いたくなるようなとっても庶民的な顔ぶれでした。スッチーが花形職業なのは日本だけ?

*ちなみに写真は空港でタクシーの列に並ぶ飛行機に乗れなかった人たちの列、タダで泊まったホテル、翌朝のホテルの外、朝の通勤ラッシュ風景

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2007年3月26日 (月)

大人の芝居

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別役実氏の129本目にあたる新作、「やってきたゴドー」を六本木、俳優座にて観劇。

先日、新聞記事用にインタビューをした際に、「あまりにも権威化してしまった「ゴドーを待ちながら」を元来の喜劇へと引き戻し、ラーメン一杯に行列をつくっている昨今の日本では待つ事がドラマでは無くなってしまった現代日本人へ、21世紀のゴドー待ちを、今の時代に見合った不条理を見せるためにこの芝居を書いた。」とおっしゃっていた別役氏の大胆なベケット作品の改訂版である。

そのあまりにも大胆な、そして勇気ある書き換えーあれほどみんなが待ちこがれていたゴドーが舞台に現れ、さらには何度も無視され続けるという展開ーが何とも言えないおかしみを誘う。
それでいて、本作に通じる、人間本来の自己中心的キャラクター、思い込みによる悲劇(数日前のアイルランド劇の欄もご参照下さい。通じてます。)などが巧みに盛込まれている。

インタビュー記事はこちらのリンクからどうぞ

http://search.japantimes.co.jp/cgi-bin/ft20070322a2.html

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様々な芝居

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来週から英国へ行くので、ちょっと観劇予定が普段よりも詰まっております。

本日、24日(土)はちょっと危ない2本立てを敢行。

マチネは埼玉にて蜷川幸雄氏演出のシェイクスピアシリーズ17弾「恋の骨折り損(Love's labours Lost)」をそして夕方5時から巣鴨でTIFの海外招聘作品レバノンからの「これがぜんぶエイプリルフールだったなら、とナンシーは」を観る。

オールメンズキャストのシェイクスピア喜劇「恋の骨折り損」。蜷川演出のベテランの味が良く出たまったく危なげない出来。
オープニングからマーチングバンドを引き連れての出演者登場で、まずは観客の心を鷲掴み。その後、幕が開くと埼玉の劇場の大きさいっぱいいっぱいに造られた巨大な、それでいて若々しい青葉がまぶしい、しだれ柳の木が一気に観客をヨーロッパの王宮世界へと引き込む。この巨大な木一本で映画の数々の場面転換に匹敵する程の場面設定を許容して可能にしてしまっている。
今回のメンズ役4人、婦人役4人のアンサンブルも良し、(主役の北村一輝が思いがけず、テレビ画面よりも主張せずうまく芝居の中でちょうど良い具合のリーダーシップととり、良い。姜、高橋、月川もいつもながら好演)。
西洋との恋愛感覚の違いから、そのかなりセクシャルな台詞、また恋の駆け引きを楽しむような内容を伝えるのが難しいと思われるこの芝居だが、いつも通り丁寧な観客への心配りから日本人でも楽しめるシェイクスピアの喜劇が出来上がっていた。
これだけ、終始にわたる気の使いよう、、お見それ致します。

で、3時間の舞台とカーテンコールで劇場を出たのが、4時15分。。これで巣鴨の5時の芝居に間に合うのか。。。?

急いで駅まで早足で戻り、31分発の電車に乗り込む。が、、どう考えても池袋に着くのが5時になる。。という事で、池袋の週末混雑を避け、板橋で降りタクシーをひろい、西巣鴨まで。
力及ばず、、5分程の遅刻で会場へ。。くーーー。。

こちらは、一変して、最新のレバノン情勢をExperimentalでシンプルな舞台で表現した実験劇。
舞台ではそれぞれ宗派の異なるレバノン人たち4人(この4人が何人もの約を掛持つ)がソファーに腰掛け自らの生涯について語るといういたってシンプルな劇作。それぞれ4人の後ろにはパネル型のスクリーンが設置され(役者達の顔に付け替えた)実際若くして、闘争、事故、戦争、などで命を落とした若者、歴代の政治家たちの顔を写した映像が映し出されて行く。
4人は終始、ソファーに座ったままで殆ど動くことなく、次々に淡々とそれぞれの短い生涯について、なぜ、どんな状況で死んでいったのかを語り継いで行く。

この半ドキュメント仕立てのトークショー芝居、、シンプルながら、その反復作業が延々と続く様に今のレバノン情勢の行き詰まりを見るようで、、かなりインパクトの強い作品に仕上がっている。
舞台の上で語られて行く状況が、一見まったくわれわれの世界とはかけ離れているようでいて、、その実、これが地球の反対側で実際に起きた事、いやいまだに続いている現実かと思うと、救いようの無い絶望感に襲われる。
死人にくちなし、、と言えるのはもう十分にしゃべったと思える人たちに対してであって、この舞台で取り上げられている若者達は死んででもなお、云い足りない事が山ほどあったにもかかわらず、ほとんどが一瞬で死んで行ったのだた思うと、、この芝居の意味が強く、強く響いてくる。
本当に、嘘であったなら、、エイプリルフールだったらよかったのに、、だがもう時間は巻き戻せない。。

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2007年3月25日 (日)

エンジェルス降誕

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2004年のぶっちぎり年間ベストワンプレイ、「Angels in America」の再演をTPT(Tehatre Project Tokyo)
の森下スタジオにて観る。

ピューリッツアー賞作家トニー・クシュナー作、ロバート・アッカーマン演出、そしてそのアッカーマン自らのチームと名付けた日本人役者たちによる、7時間に及ぶ超大作。(1部、2部と別れていて、日替わりで、また週末には昼、夜と交互に上演されている)

2004年の初演時とほとんどかわらぬキャストと構成。(初演時のみ出演の中川安奈さん、、彼女の女の狂気の演技はすごかったなーと再確認。今回の宮光真理子嬢も好演していましたが)
初演時と比べて、若干のセットの縮小は経済的理由からなのか???

今回も初演時同様、1部、2部と同じ日に続けて観劇する。。というのも、その面白さ故、一度幕が開いたら席を去りがたい、、とても日をあけての観劇なんて我慢できない事が分かっているから、一度に見通してしまうことに。
同じ体験をしている人も多いと見えて、その日は1部、2部とも続けて観るお客さんが多かったようだ。

これぞ演劇、、お芝居の成しうる可能性を十二分に発揮して、観客ひとりひとりの思想をも、その生き方さえも変えかねないような、それでいて政治アジテーションプレイではなく、素晴らしくエンターテインメントな舞台が今回も実現しておりました。
ありがとうございます。

今までに、毎日でも可能な限り繰り返し観たいと思った演劇が夢の遊眠社のお芝居なのだが、この「エンジェルス、、」もまさにそんな一本。。本当に7時間でも私にとっては夢のような一瞬の至福の時間です。

http://search.japantimes.co.jp/cgi-bin/ft20041229a1.html
http://search.japantimes.co.jp/cgi-bin/ft20040211a2.html

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アイルランド劇

TIF国際芸術祭の招待プログラム、アイルランド、ドイルシアターカンパニーの代表作、John Millington Sungeの「西の国のプレイボーイ」を観た。

初日の会場は、演劇界の大御所ー批評家、劇場関係者、英文学者らがずらっと顔をそろえ、アイルランド人と思える外国人も大勢詰めかけての盛況の幕開けとなった。

(最後に添付したリンクで記事をご参照いただくと、詳しくその内容が書いてあるのですが)
アイルランドを代表するシングの代表作を、これまた近年のアイルランド演劇界の活性化に大いに貢献した急先鋒、98年のトニー賞受賞監督Garry Hynes女史が率いるドイルシアターが自信を持って日本初演に選んだ作品。

作品自体およそ100年前に書かれたもので、アイルランド西部の辺境地のとある酒場を舞台に巻き起こる、隔離された、閉ざされた社会の村人達の思い込みと偏見、あまりにも凝り固まった思考回路から来る行き違い、それに加え思いがけずその閉鎖社会に(間違った)ヒーローとして受け入れられてしまった、これまた辺境地から逃げて来た若者の心の変化、成長をマーティン・マクドナー/現演劇界の寵児、アイルランド系イギリス人ーばりのバイオレンスコミックで綴った作品。
100年前の作品という事で、舞台上のセットは村人達が社交の場として集まるパブとは到底思えないような、質素なテーブルとこれまた崩れかけそうな板ばりのバーカウンター、床は土のままで、かろうじて数本の酒瓶が棚に並んでいると言う、さびれた居酒屋が出来上がっている。
そこで繰り広げられる、ちょっと常軌を逸したドタバタバイオレンス、これこそがアイルランド戯曲の真髄でしょう。
久しぶりに観た、まさに正統派の作りの、テキスト最重要視のお芝居でした。
それにしてもアイリッシュ訛りが、見事なまでに、すみずみまで行き届いていて、、さっぱり、英語分かりませんでした。ふーーー。。。

http://search.japantimes.co.jp/cgi-bin/ft20070222a1.htmlDcf_0004

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2007年3月22日 (木)

サクラサク

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桜もう咲いてますよね。
年々開花が早まっておりますが、四季の風物により季節を感じる日本人としては、こんなところにもジェネレーションギャップのとっかかりを見てしまいます。
ある年代までは、カレンダーに関しても共通の感覚、例えば卒業、入学式の桜吹雪とか、雪のちらつくバレンタインデーとか、向日葵が風になびく夏の青空とかとか、、を共有できていると思うのですが、今の子供達にそんな表現を使っても、、「チンプンカンプン、、なんだかねー。向日葵ってどんな花?」とか言われちゃうんでしょうね。
これって、劇作にもかなり影響を与えてきますよね。
ある程度の共有感覚をシェアー出来ないとしたら、、全て細かく言葉で説明するのか、、それとも季節感の無い無機質な舞台をみんなで共有するか、、
東京スタンダードという感覚もそろそろ捨てた方が良いかも。

で、春分の日、下北沢にてKUDAN Projectの「美藝公」を観てきました。
千秋楽ということもあり、スズナリの場内は満杯、ぎゅうぎゅうの盛況ぶり。
出かける直前に旦那からいろいろと言いつけられた為、またもや開演1分前に奇跡の滑り込み。。フーーー。。

当然の事ながら、桟敷席へ。(正座が出来ない、出来損ないジャパニーズの私にはこれが拷問なのよねー)

映像を駆使した、二人芝居。野次さん喜多さんがエストラゴンとヴラジミールに見えてきましたよ。

日本の芝居で絶対にその技術を世界に輸出するべきと思うのが映像使用法とそのセンスです。
その分野を得意とする天野天街氏の作品だけに今回も多用されておりました。

音楽も、映像も、ダンスも、、、いろんな表現方法のコラボは楽しいっすよね。
それこそ、若い人たちの専売特許だし。

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2007年3月20日 (火)

Addiction

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この二日、書き物をしていて、籠っております。

で、何でだか書き物をしているとタバコが止まりません。。
普段は殆どタバコを日常生活で思い出す事は無いのですが、どんどんノンストップで手が箱に伸びてしまうのです。それも、旦那の影響で端の端まで吸いきってしまいます。
今までは殆ど吸わずに来たのに、このご時世で中年からの喫煙って、、どうなの?
ま、私の家族95%くらいの割合でみーーーんな吸ってますから、家族愛ということで。

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2007年3月19日 (月)

ある日曜日の午後

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まだまだ風が冷たいですが、運動不足の私たち夫婦はこのところ週末の午後には近所の小さな公園でフランス生まれのスポーツ(遊び??)ペトングを楽しんでおります。

ビールを数缶とおつまみを持参し、写真のようなペトング用のマイボールを持って夕方のマッチに挑みます。

という事で、昨日も同じ様に自宅から歩いて2分の競技会場(と言っても本当に住宅地の一画にある小さな公園)へ、するとそこには先客が。
お父さんと女の子が仲良く遊んでおりました。

一応、気を使いながら道具を取り出し、じゃまにならないように遊び始めようとしていると、、案の定、こちらの様子を伺っております。
どうもこのペトングという遊び、そのシンプルさからか人の興味を引く特性があるようで、私たちが遊んでいると犬の散歩に通りかける人たちなども「何の遊びなんですか??」なんて話しかけてくる事もこれまでにしばしばありました。
気さくなお父さん(おそらく30歳前後)が「あ、、それ何でしたっけ?どっかで見た事あるなー。。」なんて自然に私たちと話し始め、それではという事で一緒にプレーをすることに。
今度小学校に上がるというりなちゃんも、金髪の大男にちょっとシャイになりながら、お父さんの陰からボールを見ています。

まず、ペトングという遊びについて説明すると、、、要は写真の中に写っている小さな木の球(コショネ/豚のしっぽ)を投げ、その後次々に銀色の球を一定の位置から投げ合って(転がして)、最終的にそのコショネに一番近く銀の球を投げた人が勝ちというものです。

ゲーム自体はとってもシンプルなのですが、これが、やった人は分かると思うのですが、なかなか奥が深い。
大抵が外の公園などでやるので、まず地面が真っ平らでは無く、、それによってボールの転がり方が変わります。そして、ただ近くに転がすだけでなく、既にある敵方のボールを後からはじき飛ばしたり、、コショネ自体に当ててコショネの位置をずらしたり、、といろいろな事が出来るのです。

で、何と言っても、このゲームの最大の利点が誰でも楽しめるという事。運動神経なんて関係無いのです。

実際、最初はなかなか球を近くへ寄せられなかったりなちゃんも、回を重ねアンドリューのアドバイスをもらうと素直に投げる分、、ゲームに勝つ回数が増えてきました。

今の時代、親子関係の不和が取りざたされ、子が親を殺したり、育児放棄なんてニュースに気分を害したりしますが、今回会った、お父さんとりなちゃん、、少しの間触れ合えばその親子関係が健康的かどうかというのはすぐ分かりますね。しつけもちゃんとしているかどうかもゲームをしていれば一目瞭然。

りなちゃんは子供ながら、際どい判定にも非常に公平で、自分の球がほんの少しだけ(例えば)アンドリューの球よりも遠いと、、冷静に公平に判断し、だだをこねる事も無く「うーん、今回はアンドリューさんの方が近いよね!」と負けを認めておりました。

きっとあの親子は毎週末、いっしょに何かをして過ごしているのでしょう。帰る時も「あ、5時になったから、そろそろ帰らないと。。」とゲームに加わって来た時と同様、自然に普通に、帰って行きました。きっと、お母さんがご飯の用意をして待っている時間がそろそろなのでしょう。

とっても楽しいひと時を過ごさせてもらいました。どこの誰かは分からず、お父さんと呼ばれ続けていたきっとご近所のXXさん、また一緒にペトングやりましょうね。

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2007年3月17日 (土)

モバイル

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世田谷パブリックシアター(SEPT/三軒茶屋)にてアジア現代演劇コラボレーションプロジェクト「モバイル」を観た。

2年前、同じくSEPTで上演されたアジアの演劇人達のコラボレーション舞台「ホテルグランドアジア」の時は取材をしまして、その時には製作過程の方が完成形の舞台よりもおもしろい、という何とも皮肉な結果にこれもこの実験的プロジェクトの一つの答えであろうと納得したものでした。

前回吹き出していた諸処の問題はその後解決されたのかしらん、と半信半疑で観に行ったのですが、今回の舞台は見事に、いやそれ以上に素晴らしく出来上がっておりました。

アフタートークで監督のアルヴィン・タン氏の話を聞いていたら、前回のホテルグランドアジアと今回の舞台は続きもののプロジェクトでは無くて、同じ様な趣旨のーアジアの演劇人たちによるコラボレーションプロジェクトー案であったために出演者、参加者などが重複しただけとの事でした。

今回は通常の舞台づくりの定石通り、原作者、監督、そして俳優それぞれの役割分担がはっきりと別れていたようです。それぞれの役割にCo- directorなど複数人が関わっていたようですが、それでも前回のような全員が全役割的な非常に混みいった構図ではなかったようです。

それにしても、劇をみて思った事は、、「本当に日本人って、アジアで嫌われているのねー、」という事。ほとんど良く描かれている日本人、日本の行政機関は無く、それにも増して、日本人作家が加わっているにもかかわらず、日本人が描く日本人ですらかなり自虐的に救いのない人として描かれておりました。

実際に行なわれたワークショップなどから生の声をひろって作られたということなので、これが現実なのでしょう。

従軍慰安婦問題は今となってははっきりと証明出来ない、、なんて世界の赤っ恥発言してるうちに、本当にアジアの中で孤立しちゃうのに。。
もう少し、目を大きく開けて世界を見た方が良いよね。ブランド品や高給時計買いあさってる場合じゃないっつーの。

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石の上にも20年

金曜日夜、新聞に紹介記事を載せた、花組芝居のネオカブキ「かぶき座の怪人」を観に行く。

80年代の小劇場ブームの頃からご贔屓の劇団の20周年記念公演という事で、ちょっと思い入れもあり。長く愛される劇団は作品もさることながら、やはり劇団運営がうまくいっているからこそなのだろうと座長、加納幸和氏の統率力のなせる技と納得する。

2001年に改訂して再演した、劇団の人気演目の再々演。
ウエストエンドミュージカル「オペラ座の怪人」のもちろんパロディであり、日本芸能界の㊙裏話(主に演劇界の色恋沙汰などなど)でもあり、その中にエンターテイメント、笑い、芸事の継承の大切さを教える箇所があり、禁断の母子愛、さらには広い意味での人類愛、自由な感性への賞賛などなど、、またっくもってフルコースボリュームの大演芸ショーでありました。
加納様、花組芝居様、カーテンコールの際にもおっしゃっていたように、これからも長くみんなに愛される舞台を作り続けて下さい。!

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2007年3月16日 (金)

お台場温泉

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友人二人と東京大江戸温泉へ。
一人は来週から仕事でフィリピンへ行ってしまうという事で、少しでも日本の情緒を引きずって行ってもらいましょうという企画です。
随所に江戸風味を取り入れたデザインで、前に行った近所のラクーアとはちょっと風情が異なっておりました。
さすがに後楽園にあるラクーアとは違って、ちょっと都心からずれているため、さらには春休み直前の平日ということもあり館内のお風呂はゆったり、すいておりました。
あれぐらいゆっくりお湯につかれたら、大満足です。

で、お土産にサザエさん人形焼きなるものをおまけにつられて購入したのですが、、
カツオ君狙い、、外してもタラちゃんのはずだったのが、、大幅に年齢を見積もり間違えまして、、なんと波平さんが当ってしまいました(箱を開けるまでどなたがおまけでついてくるか分からないのです)。
前日、覗いたMixiでは波平さんの、実はエリートジャーナリストだったネタが出ておりましたが、、高齢(怒られるな)ジャーナリストは既に家にいるので、、他の家族が良かったヨーーーン。えーーーん。
また、行かなくちゃ。

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2007年3月15日 (木)

TOMMY

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13日、井上ひでのり演出による、ミュージカル「TOMMY」をROLLY目当てで観に行く。

平日の昼間ということもあり、日生劇場の入りは60%ほど。殆どが女性、中川晃教人気かはたまたThe Whoの音楽関連ファンか。

監督の井上氏はケン・ラッセルの映画版('75)になるべくちかづくようにとこの日本版の舞台を作ったそうです。ちなみにロックバンドThe Whoのピート・タウンゼント自らが指揮をとり舞台化したブロードウェイ版は映画版よりもかなりマイルドな内容で、希望を盛込んだ作風だったという事です。(未見なので、すみません)

ま、ごちゃごちゃ言ったところで、この日本版の失敗作の言い訳にはならないのですが、、昨年 新国立劇場で上演された やはり英国スカバンドの大御所、マッドネスの曲を題材にしたミュージカル「Our House」同様、制作者の思い入ればかりが前面に出た、なぜこれを`日本でやるの?’式失敗ミュージカルでした。

まず、もとの(Brilliantな)映画も知らない、予備知識が全く無い観客(そういう人はチケット高いし、見に来ないかもしれませんが)には芝居の話自体分かったとは到底思えない程の無理矢理な進行ですし、それに加えて、結構前の方の席だったのですが、マイクを通した歌の歌詞が全く聞こえず、しらけっぱなし。

タウンゼントの幼児虐待体験から出来たという本作、その後の彼の幼児ポルノサイト疑惑(その後容疑は一応はれましたが)などなど、、今やるとしたら、この話そのままでは通じないでしょう。
トミーが虐待される場面などは、思わず目を覆ってしまいましたよ。

いつ、どこでやるのか、、作品選びは慎重にとお願いしたいものです。

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どぶ

日曜日の午後、シアタートラムで大駱駝艦、壷中天公演、村松卓矢作、振り付けの舞踏「どぶ」を観る。

楽日ということもあり、会場は人が溢れんばかりの大盛況。
そして、確実にこの舞踏団が日本で一番外国人観客を呼んでいるであろうという仮説を実証するにあまりあるほど、多くの外国人観客が客席を占める。

冒頭、舞台の中央に設置された天井まで届かんばかりの大階段から白塗りのダンサー達が現れ、降りてくる。
階段の脇には暗闇では光る水滴に見えるようなチェーンがその大階段を支えている。

白塗りダンサー達が、どぶの底で発散させる底辺エネルギーのダンス、地上界で行なわれる白塗りおしろいで包み隠した芸子達の恋愛ゲーム、そんななか生きる力を吸い取られ、抜け殻となっていく旦那。

それら、生命の営みを10人の男性ダンサー達が、力強く、そして自由に、、さらにはユーモアたっぷりに遊び踊りきる。シンプルながら美的なステージセットも非常に洗練されていて、必見。


終演後、もと会社の同僚であるA子さんの、これまた彼女のもと同僚であり、今や大駱駝艦の中心ダンサー、奥山ばらば(聖書の中でイエスの代わりに恩赦を受け、釈放されたユダヤ人の囚人名)氏としばし談笑。
彼に紹介してもらって、麿赤児氏ともしばし言葉を交わす。
いつもながら、このグループの健康的なあり方ーそれぞれに芸に励み、師を敬い、一方師も後継者たちの後押しを惜しまないーに、いたく痛み入る。
日本の劇団、財団、会社、etc..のリーダーが麿さんみたいな心の広い人だったら、、もう少しこの国もどうにかなるのにね。ホント。。とほほ。。。

で、その後 ハビー、アンドリューと合流し、Aちゃんと3人で原宿で飲む。
アンドリューと殆ど同じペースで飲み続けていたAちゃん、、あんたは偉い!!!
君のパワーは絶対活きる!!うんうん。

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いろいろな劇

土曜日の朝(3/10)、名古屋駅できしめんを食べ、東京へ戻る。

今日はTIF(東京国際劇術祭)関連の2本立て。

昼は新宿パークタワーホールにてウズベキスタンからの、日本演劇ファン待望の来日公演、マーク・ヴァイル演出、イルホルム劇場による「コーランに倣いて」を観る。

例のごとく、会場が思ったよりも駅から遠く(いつも余裕をもって向かっているはずなのに、この劇場が2駅の中間点にあり、、いつもあせるのです)、10分前に劇場に着くと、そこにはチケットを求めての長蛇の列。

幸いにして、ご招待をいただいていたため、すぐに会場に入る事が出来たが、当然の事ながらその後もしばらく会場整理のため、時間を有し、遅れて開幕。結局、通路に補助座布団を出ほどの盛況ぶりだった。

芝居というか、芝居、アラビア語朗読、ダンス、ライブミュージック、映像アートの総合アート舞台は、自由な発想による遊び心満載の洗練された舞台だった。
プーシキンが綴る言葉が劇中、あらゆる時代、世界へ向けた啓示のように響き渡る。その中を熟練俳優たちが嘘とも真実ともとれる、俗と高みの中間を演じきる。
「コーラン」という題材だけに、各地で必要以上の警戒と政治的期待を問いかけられ続けてきたが、これはプーシキンが自身のアイデンティティに基づき倣い綴った言葉を、現代の私たちが読み解き、世界へ向けて人間の普遍性を示した演劇、現代にはびこる情報過多による偏見を暴く、今の私たちを表現する演劇です。
と、にこやかに語っていたヴァイル氏のぶれない姿勢が同劇団のソ連邦初の独立劇団という快挙を実現させた源であろう。
嘘のメッキははがれるのです。
確固とした真実とそれを信じる力が、やはり大事なのですねー。

その後、会場で会った青木道子(大先輩)の破天荒話に立ち去りがたく、ぐずぐずしていたら夜、西すがもでの公演に、またもやぎりぎりで到着する。

夜はTIFのリージョナルシアターシリーズ、若手育成プログラムの一環、北海道を拠点に活躍する演出家、北川徹氏、作・演出による「浮力」を観る。

会場へ入ると、いつもとは違った方向へ通される。
舞台を通過して高床式の舞台から観客席を一度見回してから観客席へ着くという演出。
観客との距離、舞台の高さを実感する。

体育館を利用した会場には、先ほども触れたように高床式の簡素な舞台が作られ、その上にはまさにとなりの校舎から持ってきたような学校の机と椅子が並んでいる。
会場では状況説明ー温暖化により日本が沈没し、日本は無数の海面から突起した島々からなる集合国家形態へと変遷を成しているーとの説明あり。
そこへスーツ姿の女性が登場し、テニスコートの審判台のようなところから4つの机に着席した男達へマイクを通して話しかける。
そこは、近未来、東京、豊島区の架空の場所。今から、地球脱出計画推進のための宇宙調査隊の`公務員’を選ぶ面接が行なわれるという。
集まっているのは、微妙に年が違うー20、30、30代ーしかしながら、ごくごく普通の市民達。
通常、想像されるような宇宙飛行士=エリートとは縁の無さそうな人々である。

志望動機を話し始める人々。そして、徐々に各人のいたって叙情的な個人史へと移行していく。

この突飛おしも無い設定、展開がそれぞれのエピソードを丁寧に描く事によって、見事に一つの劇、メッセージとして成立いく。
役者ー燐光群所属の猪熊恒和、下総源太郎らの強力な戦力を得て、一人ひとりの言葉が普遍的な意味を持っていく。
小さなエピソードを積み上げて、上質の台詞を選出し、出来上がったものはとてつもなく大きな、そして今のわれわれにごくごく近いところにある問題を提起する、珠玉の舞台となった。

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怒れる若者

本日(3/9)は英国紙掲載記事用に名古屋へ再度、ホリプロ主催「コリオレイナス」を観に行く。

終演後、10時を過ぎているにも拘らず、主演の唐沢寿明氏がインタビューに応じてくれる。
(内容は掲載紙を読んでいただくとして)
氏の仕事に対する、厳しく、真摯な態度に感服する。

やはり、反骨精神の面で演出家と唐沢氏は同士関係にあるのでしょう。二人に相通じる、プロフェッショナルな面を見た気がします。
この二人が作る、「コリオレイナス」、英国でも話題を集める事間違いなし。

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出かける時はまとめてね

ついつい、外出日に用事をまとめてしまい、、今日(3/7)も観劇2本です。

マチネー渋谷シアターコクーン&キューブ共同制作「橋を渡ったら泣け」

土田英夫2002年に自身の劇団MONOに書き下ろした作品を生瀬勝久の演出により再演。
今をときめく、人気舞台俳優を一同に集めて、大倉孝二、八嶋智人、奥菜恵、、、etc.の豪華な企画。チラシもキラキラと滑り輝く豪華さ。
が、が、、、なんとも、風呂場の湯気のように実態の無い、ゆる〜〜い芝居でした。

具体的な状況設定が無い、近未来、大災害による崩壊後の日本のどこかで生き延びる人々のゼロからの出発、ふり出しに戻された人々がコミュニテイーを形成していく過程においての戸惑い、問題、衝突などが描かれて行く。初演時の小劇場ではそれなりに形を成していたかもしれない、曖昧な状況設定がシアターコクーンの大舞台ではまったく対応できず。空間の大きさとあまりに大掛かりなセットに話自体が収縮してしまった。
俳優の問題、、演出の問題、、云々の前段階、企画の問題であろう。
ぜーーんぜん興味はないものの、おそらく家でアメリカンTV番組「LOST」を観ていた方が、同じテーマでは楽しめたかも。

ソワレー下北沢、スズナリ劇場で松本修主催の劇団MODEによる、フランツ・カフカ原作「変身」を観る。

松本氏はこれまでにカフカの長編小説2編、「アメリカ」と「城」を演出しており、それぞれに大きな成果を上げている。
彼の描くカフカの世界ープログラムでも自身が語っているように、カフカの小説のヴィジュアル化は非常に魅力的である反面、当然のごとく難しさが付いてくるーがかなり気に入っているので、今回も期待して劇場へと足を運ぶ。

ある朝目覚めると、ザムザは巨大な虫になっていた、、、というお話。皆様殆どの方がどこかで読んだ、もしくは聞き及んだ覚えのある話だと思います。
(以前、ZAZOU Theatreで「変身」やってたっけ??余談)

今回もその難しいカフカのヴィジュアル化を見事にやり遂げていただいておりました。
不条理劇の真髄でも観客が想像するものを信じての空白部(つまり不条理な部分)を絶妙なバランスで舞台上にちりばめておりました。
当時、プラハの灰色の空と町並みを背景にザムザ家で起こる、中(低)産階級市民の悲劇を大変おもしろく、また視覚的にも美的に見せてくれました。

これぞ、学生諸君に観て、大いに語ってもらいたい、良質の演劇です。
大満足。。。

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2007年3月 9日 (金)

スター誕生裏話

蜷川氏インタビューのため、埼玉芸術劇場を訪れる。

インタビュー後、数ヶ月前に取材したゴールドシアター(高齢者劇団)の数人と会うチャンスに恵まれました。

「最近はいろいろなメデイアで取り上げられているし、先日の「ひばり」ではコクーンの舞台にも上がったし、、お忙しそうですね。」とふったところ、、
「そうなんだよねー、もちろんコクーンの舞台になんか出れるとは夢にも思っていなかったから、、何だかあまりにも予想外の方向へ、、それもあれよあれよというスピードで事が起こっているから、、何だかいまだに夢か現実か、、なんて浦島太郎状態なんだよね、、へへ。ちょっと足が浮いている状態で、、現実のレッスンが身に付かなくて。」と少々困惑気味でありました。

それも納得。1年前には普通の会社員、主婦だった人たちですから、いくら毎日厳しいレッスンを積んでいるとは言え、松たか子と同じ舞台に立とうとは、、やはり夢にも思わなかったはず。

これこそ現代のスター誕生物語。
スターのまた一年後の姿にも大いに興味があります。

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週明けから2本

5日、月曜日から観劇2本立てを敢行。

昼は新宿、紀伊国屋ホールにて文学座の「初雷」を観劇。

数日前にシアターガイドのウェブページにて、前編集長今井氏が勧めているのを読んで、千秋楽ぎりぎりでチケットを押さえる。
劇場は昼の回ということもあって、中高年の方々が大多数を占める。
舞台にはごくごく一般的な日本家屋一軒家の食堂と居間が丁寧に再現されている。
舞台上ではちょっとばかりタイムスリップしたような、まだ昭和の価値観が染み付いているようなホームドラマが展開されていく。
突然の家族の不幸により、やりたかった事を我慢してきた主人公理子も、年月が経ち家族も自立し、やっと自分の時間を取り戻そうとしていた。旅行会社でのキャリアウーマンの道を諦め、家に入った理子は人生も中盤に差掛かかったこの時に、第二の人生の決断をせまられ、大いに悩む。その背景には中年からのキャリア再開だけではなく、やはり家族のために婚期を逃した女の気持ちも微妙に絡んでくる。

まるで、トレンディードラマ全盛以前のテレビのホームドラマを観ているかのような、ごくごく普通の家庭のあくまで身近な、ありそうなエピソードが詰まった話。
まさに、集まった観客が一番興味を持ちそうな、さらには最後にはほんわかとした温かい気持ちで席を後に出来そうな、、そんなホームドラマであった。
ちょっとご都合主義的な嘘くささがちらほらしていたが、、ま、これもありなのかなという感想。

夜は昼のほんわかホームドラマとは対局にあるような、現代若者の挑発劇、若手一番の注目株、三浦大輔率いるポツドールの「激情」を下北沢で観る。
もちろんのことながら、昼間の観客層とは交わる事無く、10代〜20代の若者が占める観客席。

過激な舞台表現で(前前作では、台詞なしで若者の生活実態をほとんど裸状態の俳優が2時間演じきった)何かとお騒がせな同劇団の2004年初演の今回は再演舞台となる。

近年は都会の若者達の風俗を描いた作品を続けて発表しているが、本作は舞台を行き深い東北の田舎町に設定し、田舎の若者達の閉塞感、狭い社会での人間関係をネガティブな視点から、どろどろとした人間模様を見せつけて行く。
根雪が残る東北の田舎町の風景のようにその泥の混ざった雪の固まりのような嫌悪感が心に残るように仕組まれている。

このどうしようもない、閉塞感は現代の若者に共通する心象なのであろう。「どうして希望が持てようか?」というのが彼らの言い分なのであろう。
そんな中、一組の素朴なカップルが一筋の希望を小さく灯している。

いつもの公演より若干小屋が大きくなった分、役者の台詞が聞きづらくー特に方言部分は客席まで届かずー、一方、劇団のこれからの方向性(マンネリズム)を危惧する感もあるが、、近年んのワンルームマンションプレイばかりでなく、このような広いセットで、ナレーション、ストーリー付きの芝居をこれからも観てみたい。

あっぱれと言いたくなる程のいやらしさ、人の暗部を露呈するこの芝居、現代をある角度から描写したらこのように映し出されるのかもしれない。差別の連鎖も性的暴力も全てが計算し尽くされた、頭の良い、現代若者劇であった。

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2007年3月 8日 (木)

新しい演劇の形を模索して

3(土)、先週に引き続き、TIF(東京国際芸術祭)プログラムの一つ、ドイツで約5年間の演劇修行を積んだ若手演劇人、高山明率いるPortBによる舞台「雲。家。」を観た。

旧小学校の体育館を利用したTIFの会場へ入ると暗闇の中、舞台背面一面に3階建ての鉄骨が組まれ、その前方には中味が透けたマネキン体のように、衣装が直立しながら点在しているのが目に入ってきた。(実際はその衣装が天井から吊るされていたのだが)

ドイツ人のノーベル賞作家、エルフリーデ・イェリネクによる散文詩のような戯曲「雲。家。」の台詞が暗闇の中に響く。
女優、暁子猫によるモノローグ劇と自作映像によって劇は進行していく。

イェリネクの戯曲内容(ドイツ国に関する国民意識や愛国心といったもの)に呼応して、映像では日本での「我が国」に関するオリジナル作品ー例えば、池袋で人々へ「サンシャインビルの前身は何だったのか?」という問いに(東京裁判で死刑判決を受けたA級戦犯らが処刑された巣鴨プリズンなのだが)殆どの人が知らないと答えているインタビュービデオやら、日本語学校の生徒である外国人へそれぞれの国についての討論をしてもらっているビデオなど、ーが流される。

ドイツ語圏外での上演、つまり他言語での翻訳上演は困難との分析通り、「雲。家。」のテキストがどれほどまで日本人観客へ響いたかは疑問が残る。
が、一方、その抽象的なモノローグ劇が展開する舞台セットはイメージを喚起するのに十二分な、シンプルでいて美的なものだった。

何と言っても、本日の一番の収穫は高山氏との終演後の会話で彼がこの先一年ぐらいかけての創作を考えている新しい形でのリアルタイム参加型演劇の企画についての話が聞けた事だった。

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2007年3月 4日 (日)

コペンハーゲン

2日(金)、新国立劇場で英国人、劇作家 マイケル・フレインの大ヒット作「コペンハーゲン」を観た。

実は、この作品 200x年に本家本元、英国ロンドンで観ているのだが、いかんせん物理学教授二人の、それも政治色の濃い会話劇だけに、大筋はつかんだものの、細かい、、特に重要な台詞の裏読みなどは出来ず、訳が分からずの消化不良で終わっていた作品だったので、今回日本語でお芝居を観る事が出来、大満足。
あらためて、英国での大ヒットを納得したのです。

英国での観劇のきっかけとなったのが、英国文化庁機関`Visiting Arts'の担当者と「良い芝居は世界中どこでも通用するものかどうか、、」という話をしていた際に、その人が「自分はやはり外国向きとそうでないものがあると思う。英国劇でいくらそれが良い芝居でも、外国人にはそれほど理解されない芝居もある。例えば、現在ウェストエンドにかかっている芝居で「コペンハーゲン」というとても優れた芝居があるが、その英語の難解さゆえ、それをそのまま(英語のままで)外国へ持って行ったところで、その良さがその国の観客へそのまま伝わるかどうかは疑問である。。。それにしても、その「コペンハーゲン」という芝居は素晴らしいから、ぜひ一度観た方が良い。」と勧めらての観劇でした。

で、今回新国立劇場での芝居ですが、こちらの芝居、実は2001年に上演され、その年の日本での演劇賞を総なめにした舞台の再演です。登場人物は3人だけの密室会話劇で、今回は初演時江守徹が演じた実在のデンマーク人物理学者ボーア役を村井国夫が演じ、その他の二人、妻と彼の弟子ハイゼルベルク役は初演時と同じく新井純、今井朋彦がそれぞれ扮している。

(つづく)

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