彩の国さいたま芸術劇場で蜷川幸雄シェイクスピア全作品演出シリーズの第27弾ーあと残すところは10作品だそうで、、最初は冗談半分の(あくまで全作品が希望といった程度の)企画だったこの試みもゴールテープが見えてきた感あり。信念あるところには実が伴うものなんでそね〜〜〜ー数年前に新国立劇場での鵜山仁演出による10時間におよぶ三部作一挙上演が大評判となった「ヘンリー六世」(ちなみに蜷川演出でも、蜷川氏には珍しい若干のショートバージョンで2部構成で上演された)の時代=赤薔薇・白薔薇戦争の発端となったのが暴君リチャード二世からボリンブルック公(のちのヘンリー四世)への王位奪還、でもってその張本人であるヘンリー四世が在位中の話ではあるのだが、話自体はそのヘンリー四世(木場勝己)の息子ハル(ヘンリー)王子(のちのヘンリー五世ーつまりはヘンリー六世のお父さん)と彼が戴冠前の放蕩の青年期に市井の生活の様を教わったジョン・フォルスタッフのあいだのやりとりが中心となっている。
今回、初めての蜷川劇/シェイクスピア劇ということで松坂桃李がハル王子役に挑んでいるのだが4時間半の長丁場、放蕩息子から歴史に名を残す名君への切り替え、そして剣を振り回しての戦闘シーンもしっかりと決め、好演している。ー以前、このシリーズに度々登場していた小栗旬を彷彿させるきれいな王子っぷりー
実のところの主役フォルスタッフは蜷川組、とくにシェイクスピアシリーズでは度々主役を担っている吉田鋼太郎が着ぐるみにちかいほどにふくらませた衣装をまとい、床を転げ回り、重量衣装で汗たっぷりにタップをふみながら、客席で観客とのやりとりをこなし、彼のフォルスタッフの世界をつくりあげていた。
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「ヘンリー四世」はもとはと言えば、第一部完成のあとに第二部が書かれたのでそれぞれに独立して上演されるものなのだが、今回は前記に記した「ヘンリー六世」上演時と同様に松岡和子訳をもとに河合祥一郎が再構成をし、1日での一挙上演舞台として上演している。
とは言え、休憩の15分をはさんで4時間20分の舞台。同じ名前が敵味方でそれぞれに出てきたり、年代によって呼び方が変わったり、ただでさせ日本人にはまったく馴染みのない英国の史劇。フォルスタッフというかなり個性的なコメディパートがあるものの、平日の観劇は日本人観客にとってはかなりの忍耐になるのでは?しんどいのでは?と思うのは蜷川組にはまことに失礼な思い過ごしであったようだ。
またもや蜷川氏の力量をまざまざと見せつけられたような圧巻の出来だった。
では、一体どこがどうすごいのか?
*まず4時間20分の間中、だれるような箇所“ただそのままシェイクスピアの台詞を喋らせている”ようなところがない。
細部にまで気を配り、聞いて観て劇を楽しむように演出が施されている。それは15分の休憩、そしてその直後の演出にも見られ、通路を使った賑やかな趣向で観客の頭を活性化している。
ーーー逆に、これが英国だったら、ほとんどの観客はシェイクスピアの台詞の一語一語を聞きに来ているので、これほどまで動きやヴィジュアルでサービスをする必要はないのだろうーーー
*どちらかと言えば、シンプルな舞台セットで、ここでも劇のテンポアップを重視している。しかしながら、シンプルとは言え、ヴィジュアル的な美的完成度が高いためー例えば、王宮の場面では遠近法を使い、広い王宮の間を視覚化しているー舞台美術そのものも十分に堪能出来る。
でもって、やはり何と言っても特化しているところと言えば、役者の贅沢さだろう。
ヘンリー4世、フォルスタッフ、ハル王子、、これらの中心人物たちを囲む伯爵・貴族、フォルスタッフの回りの市民、聖職者たち。。。それぞれが個性的で、でもって舞台役者としての力量が安定している。
第二幕の冒頭、高等法院長役の辻萬長が話始めたときには“お、!!日本のイアン・マッケラン!!”と思わず顔を覗き込んでしまった。
酒場の女将役の立石涼子も出色の出来だった。
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一つ付け加えておくと、このように思ったのは私だけではなかったようで、10時半に近い終演時間の劇場でスタンディングオベーションの拍手が続いていた。
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